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第4章

156話 偽の記憶

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「だから、会場から飛び出して来たあの子と対峙した時、あの子を手にかけるどころか……満面の勝ち誇った様な笑みを向けられて……思わず怯んでしまった隙に……自ら身を投げてしまうなんて、思いもしなかったんだ。」

結果から言うと失敗してしまった。
本当は、死ぬほど弱らせてから…その魔力を奪う筈だったのに。
その魔力を奪う前に、自身の眼前で、死なれてしまった。

……そう、侯爵は力なく言うから。

「……どういう事?シルヴィアは、ユリウス殿下に言われて、修道院に向かう途中で、馬車で転落死したんじゃ……」

僕が知るシルヴィアの記憶と違う。
侯爵と対面した記憶も無いし、自ら死を選んだ覚えもない。
疑念を孕んだ目で睨む僕に、侯爵は僕の方に向き直った。

「それはおそらく、両親とシルヴィアと共に、追っ手から逃げていた時の幼い頃のあの出来事と、記憶が混同して、お前に幻を見せたのだろう。本当は、パーティー会場から近かったあの公園の湖の前に佇んでいたシルヴィアに近寄り、全ては私が仕組んだ事だと明かして、手に掛けようとしたんだ。」

……それじゃあ。
馬車から転落した事こそ、夢で。
シルヴィアの望みだと思っていた、あの、湖での入水こそ。
侯爵とのやり取りは隠されたが……。
あの湖での記憶の方が、シルヴィアの本当の記憶だったんだ……!

「シルヴィア……」
「……あの子に、シルヴィアに……その魔力を奪い返す為に、全てを仕組んだ事を簡単にだが話したら……あの子は……本当に笑っていたんだ。あの、アナトリアとそっくりの笑顔で……。目の前であの子を失って、その時になって初めて思い知った。ずっと憎んでいたあの子は、誰よりその幸せを願った人の……誰よりも愛した子だったんだ、と。」
「…そうだよ。シルヴィアは、肖像画でしか知り得ない母親と似ていく自分自身を、何より誇りに感じていたから。」

自分の見た目も資質にも、何もかも無頓着で、何の関心も持てない自分と違って。
彼女は、その全てが誇りで、自慢だった。

いつもあらゆる事に全力で、一生懸命だった。
その全てを奪われたのに。
最期の時に、彼女は笑っていたなんて。

その瞬間の記憶を、僕は知らない。
引き継ぐ事は出来なかった。

「最初から、覚悟していたつもりだった。憎しみを抱いたとはいえ、アナトリアの子を手に掛けるという事を。けれど、結局出来なかった。そして、また過去に戻った時、今度はあの子ではなく、お前の存在を知って……。お前があの子だと気付いた時は、訳が分からなかったが、何故かすんなり理解した。きっとあの子の生まれ変わりなんだろうと。だから、今度はお前の魔力を狙おうとしたけど……よく分からなくなってしまった。」

目にしたお前は確かにあの娘だと、頭では理解しているのに。
お前はあの子とあまりに違って大人しいし、出歩く事が無い。
学院からの下校途中に、街に立ち寄る事も殆ど無く。
全くといっていい程、付け入る隙が無かった。

……ただ何事にも無気力だった僕に、そんな評価をされるとは。
あの時には見据えていた敵が違っていたから、まさか、本当の元凶からその様に言われるとは、僕は思いもしなかった。

「前世ではシルヴィアの時の記憶が強烈に沁みついていたから、全ての元凶から避ける事で、死を回避しようとしたので。」

けれど、してやったと言う満足感なんてものは無く、ただ虚しいだけだった。
侯爵の語る話を聞くうちに、僕はどんどん気力が無くなっていくのを感じて。

分からないながらも、自分自身の人生を懸命に生きて、最後は敵すら翻弄して、自ら死を選んだ彼女の後で。
ただひたすら、全てから逃げ回っていただけの僕の時の事を耳にしたって。
ただただ情けないだけだ。

忸怩たる思いで俯く僕に、侯爵は目線をまた手元のカップに戻した。

「私は何をしているのか、何度も自問自答した。あの子と違って、大人しく生きているお前を手に掛ける事が、本当に殿下をお救いする事になるのか。……前回、あの子を苦しめてしまったのは、間違いだったんじゃないかって。けれど、いくら手を尽くそうとしても、私の残っている力だけじゃ、やっぱり殿下は救えなかったから。だから、せめてお前はもう、一思いにやってしまおうと、簡単に瀕死に至る猛毒を仕込んだのに。」

まさか、それを救世の巫子に飲まれてしまうとは。

「いや、それよりも。何故あの時、簡単に罪を認めたんだ。自分は違うと…抗うと思っていたのに。止める事も出来なかった……。」
「……」

苦々しい顔で呟く侯爵に、僕は何も言えなかった。
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