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一章【魔女と眷属】
五十五話「紫雷の魔女と優先順位」
しおりを挟む【轟龍奈】
――作戦と役割分担が決まり、あとは作戦開始時間を待つのみとなった。
既に各々所定の配置に着いて待機している。
私とお父さんは怪物幼女を担当。もちろん正面から闘り合うなんて馬鹿なことはしない。
ふわふわ頭の情報によるとあの幼女は少なくとも一級以上の回復魔法が使えるらしい。
一級といえば即死級の攻撃を与えない限りはまず倒せない。
加えて攻撃系の魔法もかなりのものだと言うのだから、まず闘って勝てる相手ではないだろう。
そこで、施設スタッフに変装して薬を盛る事にした。普通の魔女ならいざ知らず、高い回復魔法を持っている奴ほど危機管理能力がおろそかになる傾向がある。
毒薬だとすぐに気付かれて分解されるのが目に見えているし、今回は殺したりするのが目的ではないから、即効性は無いけど強力な睡眠薬を使う事にしたのだ。
そして既に、わたしは期間限定のトマトジュースの試飲と称して薬を幼女に飲ませていた。
つまり、ベンチでうとうとし始めたこの幼女が眠りに落ちた時こそ、作戦開始の時間となる。
* * *
「――こちら轟龍奈、目標Xが眠ったわよ」
「……こちら姉狐、では手筈通り妨害電波を流しますねー」
「……こちら平田、目標Aとaは現在ワニノ池に向かっている。レオナルド、警報を鳴らすのはもう少し待ってくれ」
「……こちらレオナルド、了解したよ。警報を鳴らすタイミングはそっちで決めてくれ。あと目標Dが単独で移動を始めたよ、温泉街の本道から逸れているみたいだけど」
姉狐が手配した無線機とござるペアの魔法で、目標の魔女達の行動は常に把握していた。
目標にはそれぞれコードネームを振り分けている。
イレヴン、つまりフーちゃんは本命だからA。そして一緒にいるハレがa。
フーちゃんはもちろん、ハレのことは新都の元々の担当官である私が処理すると言うことで話がついているから、殺されることは無いだろう。
ふわふわ頭が偵察時に撮った写真に写っていた幼女組織の魔女は、灰色の髪を簪で纏めた奴がB、夕張ヒカリがC、後ろ姿しか写っていなかった黒髪のセミロングの奴がD、眠たそうな目の奴がE、写真には写っていなかったが、新たに現れた五人目、魔女女将の娘と思われる奴がFとなった。
ちなみに幼女は作戦開始の基盤となるためにXとした。
警報が鳴ればおそらく魔女達はワニに気を取られるだろう、その隙に奇襲を仕掛けて倒せそうなら捕獲、難しそうなら適当に相手をして、出来るだけ目標Aから遠ざけるというのが『陽動隊』の仕事だ。
つまり、実際に魔女達がどんな動きをするかはまだ分からないし、私がもしもの時にハレの元へ駆け付けることが出来るかどうかは運に掛かっていた。
『緊急警報、ワニノ池からワニが脱走しました。屋外にいる方は速やかに近くの建物、地下シェルターに避難して下さい。繰り返します……』
「……始まったな、取り敢えずは近くに身を潜めるか。Xはもう起きないだろうし、俺達は遊撃に徹しよう」
「そうね、お父さんはこの付近で待機しておいて。龍奈はもう少し離れた場所で待機するわ。ござるのゴーレムだけじゃ情報の取りこぼしがあるかも知れないしね」
もちろんこれはお父さんと別行動する為の口実である。いざハレの元へ行った時に、お父さんが居たのでは話にならない。
「わかった。何か異常があれば無線で知らせろ。気をつけるんだぞ」
「はいはい、お父さんもね――」
* * *
――どうしてこうなった。
途中までは何とか順調に進んでいたのに、気がついたら手がつけられない程に、事態は最悪な方向へ進んでいた。
ふわふわ頭から応援要請が来たのだ。
ハレとフーちゃん相手に何があったのかと思ったが、何とハレはフーちゃんの眷属になっていたらしい。そんなこと私はこれっぽっちも知らなかった。
しかも立て続けに姉狐から、一度捕らえたと言っていた目標Dと、駆け付けた目標Cの二人と戦闘になり、退却したとの連絡を受けた。
しかも外装骨格まで使ったらしい。アレは一時的に魔力が爆発的に増幅する代わりに、僅かな稼働時間を過ぎれば、副作用でしばらく魔法が使えなくなる。
実質、虎邸と姉狐ペアはもう戦力にはならないだろう。
その連絡を受けて余裕が無くなったのか、ふわふわ頭は眷属のハレに手加減する余裕は無いから命の保証は出来ないと抜かした。
私はおっとり刀で現場に駆け付けたけど、既にフーちゃんの姿はなく、ハレは血塗れで地面に横たわっていた。
「……ハレ、起きて、よく聞きなさい。アンタ、フーちゃんの眷属なんでしょ? 今すぐ手に意識を集中して、傷を塞ぐの。アンタなら出来るわ」
残っていた桐崎を追い払って、私はハレに縋りよった。こんな筈じゃなかったのだ、ハレはただの一般人で、私が始末をつけるフリをして密かに逃がすつもりだったのに、こんな、こんなに血が出て――
眷属は、主人である魔女の魔法を使うことが出来る。百パーセントの効果は期待出来ないが、フーちゃんの回復魔法がベースならまだ望みはあるかもしれない。
私はハレに顔を見られるのも構わずに、必死に魔法の発動を促した。
「……そう、そのまま集中して。傷を塞ぐの!」
その甲斐あってか、回復魔法が発動した。ゆっくりとだけど、傷がだんだん塞がっていくのが見える。
――しかし、安心したのも束の間。近くで轟音が響いた。落雷のような音だ。
音はフーちゃんとふわふわ頭が向かった先から聞こえてきた。レオナルドからは何も連絡はきていないから、おそらく幼女の組織の魔女ではない。
「……っな、この音……まさか」
というか、この轟音には聞き覚えがあった。
紫雷の魔女、バブルガム・クロンダイクだ。鴉の魔女で、こいつの手に掛かった異端審問官は腐るほどいる。いったいどこから嗅ぎつけてきたんだ。
私は逡巡の末、心を決めた。ふわふわ頭と桐崎に加勢する。
桐崎はさっき既に外装骨格を展開していた。おそらくもう長くは戦えない筈だ。ふわふわ頭も所詮は眷属だし、鴉の魔女が相手では話にならないだろう。
このままではフーちゃんが鴉に捕らえられるか、最悪勘違いで殺されかねない。何とかしてふわふわ頭と桐崎を助けないと。
うちの組織に連れ戻される方が何倍も逃がしやすいのだ。そのためにわざわざふわふわ頭にフーちゃんの捕獲を譲ったのだから。
「……ッハレ、ごめん。ごめんね、アンタは絶対に死なせないから、ちょっとだけここで待ってて」
胸が張り裂けそうだった。私がもっと上手く立ち回れたら、ハレがこんな目に遭わずに済んだんじゃないのか。
ハレに本当の事を言える勇気があったら、こんな事になる前に遠くに二人を逃がせたんじゃないのか。
これは全部私の責任だ。私が自分で決着を付けなければならない運命なのだ。
私は轟音が鳴り響く方へ向かって歩き出したが、ふとハレに呼ばれた気がして踵を返した。
「……ハレ、もし龍奈が戻って来なかったら、やっぱり自力で何とかして。ハレなら出来るわよ……あと、アンタの家だけど、もう勝手に使っていいわ。けどすぐに引っ越した方がいいわね、誰かがアンタを殺しに行くかもしれないから」
実感が湧かないけど、これで最後なんだろう。私がただの轟龍奈としてハレに会えるのは、これが最後。
この後無事に鴉の魔女から生き延びたとしても、もう以前のようにハレには会えない。
鴉に嗅ぎつけられた以上は、お父さんもこの街から離れるだろう。
「フーちゃんだけど、出来るだけ何とかしてみるわ。流石にアンタと二人一緒に逃すのは無理かもしれないけどね」
そして、私がフーちゃんを逃がせたなら、その時私はきっと、裏切り者として消される筈だ。
だからこれが最後。
「ねえハレ……龍奈、実はアンタのこと……」
――最後のチャンスを、喉まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。
涙がボロボロ溢れて、ハレの頬を打つ。
「……ごめん、バイバイ」
私は涙を拭って、再び踵を返した。
今更言えなかった。ずっと騙してた相手に、好きだなんて、愛してるだなんて……言えないじゃない。
ふわふわ頭から送られてきたブライダルフェアの写真を見た時から、優先順位は決めていたのだ。
私は私自身を犠牲にしてでも、ハレとフーちゃんに幸せになって欲しい。
薄汚れた私は、もしハレの隣でウェディングドレスを着れたとしても、フーちゃんみたいに綺麗には笑えないから――
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