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一章【魔女と眷属】

三十六話「不殺卿と合宿」

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 【馬場櫻子】

 ――金曜日。

 ゲームセンターで皆と遊んだ翌日、ヴィヴィアンさんの都合が合うとのことで、わたしは事務所に来ていた。

 特訓は、ヴィヴィアンさんの右腕を切り落とした初日から数えて、これで三回目になる。

「――のうバンビ……櫻子の特訓じゃが、そこらの空き地でやってはまずいかのう?」

「……まずいに決まってんだろ。一応聞いとくが、理由は?」

「いやの、事務所でちまちま教えるよりも、外でバトった方が楽しいじゃろ」

「なるほど、楽しい思考回路だな。死んでくれ」

「いや此方こなた不死身じゃし」

――右腕の件以来、わたしは魔法の細やかなコントロールの特訓をしていた。  

 特訓の内容は地味なものばかりで、黒羽で作った触手で卵を潰さないように掴んでみたり、黒羽の形状を指定されたものに変形させてみたり……

 ほとんど座りながら出来るようなことばかりだった。

 しかし、魔法の使用がヴィヴィアンさんの監視下以外では禁止にされているわたしとしては、魔法が使えるだけでも十分楽しい。

「……ヴィヴィアンさんって……その、
本当に不死身なんですか?」

「なんじゃ、まだ疑っておるのか? お主に切り落とされた腕もこのとおりじゃろ?」

――ヴィヴィアンさんは不死身らしい。
 三日前、右腕が胴体から離れたヴィヴィアンさんは、落とした小銭を拾うかのように自分の腕を拾うと、そのまま胴体にくっつけた。

 もちろん切断された腕を切断面に押し当てたところで、くっつく道理はないのだけど、ヴィヴィアンさんの腕は綺麗に元通りになった。

 それどころか、床の血溜まりや壁についた血飛沫すら赤黒い煙のようになって身体に吸い込まれていったのだ。

 本人曰く、どんな傷を負っても立ち所に治ってしまう『不死身体質アンデッドボディ』という魔法らしい。

「此方も昔は『不殺卿』などと呼ばれたものじゃ。懐かしいのう」

「……『不殺卿』って、誰も殺さないってことですか?」

 ヴィヴィアンさんは、世間話で結構大事なことを話したりする。もしかして、不殺卿ってレイヴン時代の二つ名なんじゃないだろうか。ロードだったらしいし。

「いや、此方は殺しまくりじゃ。此方が殺さないわけではなく、誰も此方こなたをから不殺卿なんじゃ。なんとも皮肉の効いた通り名じゃろ」

「……はあ、そうなんでしょうか……というか、ヴィヴィアンさんっていくつ魔法を使えるんですか?」

「くく、聞いて驚くがよい、なんと三つも使えるのじゃ! 全部赤魔法じゃがな」

「へえ、三つ……ですか」

「なんじゃお主、リアクション薄いのう」

 確か、魔女は普通一種類の魔法しか使えなくて、稀に複数の魔法を使える魔女がいると言っていたっけ。

 だとすると、三つも魔法を使えるというのは凄いことなのだろうか。

「すみません、まだ今ひとつ魔女についての見識が浅いものですから……ピンとこなくて」

「ふむ、そうじゃのう……此方が知る限り、魔法を三つ以上扱える魔女は、此方を除いても三人しかおらん。たったの三人じゃぞ? やばいじゃろ?」

「え、たったの三人だけなんですか。それは……やばいですね」

「であろう! であろう!? まあ、アイビスは五つ使えるんじゃが……あやつは規格外じゃから比較はせん」

「あの、アイビスって……」

「む? ああ、昔の同胞はらからじゃ。鴉という組織の盟主での……はて、今はアビスとか名乗っておるんじゃったか……?」

 これまた意外な話だ。魔女協会セラフの全盟主の件や、鴉の元メンバーだった件。わたし達に隠していると一時は思っていたけど、どうやらただの思い過ごしだったようだ。

 ローズさんはヴィヴィアンさんに注意するように言っていたし、監視目的でエミリアちゃんまで派遣してきたけど、恐らくただの杞憂に終わるんじゃないだろうか。

 数日しかヴィヴィアンさんと過ごしていないけど、とても悪巧みとか出来るタイプには見えない。

「昔の同胞ということは、ヴィヴィアンさんもその鴉という組織にいたんですか?」

 ローズさんから聞いて既に知っている話だが、ヴィヴィアンさんはその事を知らないわけだから、あえて初めて聞いたような口ぶりでそう言った。

「いたというか、そもそも此方とアイビスが立ち上げた組織じゃ。元々はアイビスが『黒の同盟』という義勇軍のような組織を率いておったんじゃが、そこに此方が加わって出来たのが『鴉』じゃ」

「黒の同盟、ですか?」

 ヴィヴィアンさんとアビス、二人が鴉を立ち上げたという大筋は間違いないようだけど、黒の同盟という、ローズさんからは聞いていない話が出てきた。

「黒の魔女だけで構成された組織での、魔女狩りの異端審問官や、力を隠さずに人間を支配しようとする悪辣な魔女を殺して回っておった」

「で、魔女の中でも貴族の血を引く此方が加わったことで、組織名を鴉に改めたわけじゃ。此方に続いて他の貴族も加盟したりしたしのう」

「へえ、魔女にも貴族とかいるんですね」

「うむ、代々魔女同士で血を繋いできた由緒正しい家系じゃ。此方のハーツ家にクロンダイク家、もう絶えてしまったが極東の花合はなあわせ家も一時期おったのう」

 ヴィヴィアンさん、伊達に偉そうな喋り方しているわけじゃないみたいだ。貴族だったのかこの人。

 それにしても、って魔女協会で会ったあの鴉の人じゃ……確かバブルガム・クロンダイクと言ったか。あの人も貴族だったんだ。

「――ヴィヴィ、馬場櫻子……お前らいつまで休憩してるつもりだ」

 不意に割って入った哀愁漂う声で、わたしは自分が特訓中だったことを思い出した。

「あ、すみません。わたしが関係無い話を始めたばっかりに……」

「よいよい、此方も昔語りについ興が乗ってしもうたわ。誰かさんのせいで冷めてしもうたがの……」

「温めてやろうか?」

 嫌味ったらしい態度のヴィヴィアンさんのほっぺに、八熊さんがタバコを押し付けた。ヴィヴィアンさんは跳ねるようにソファから転がり落ちて、地面で転がり回っている。

 八熊さん、相変わらず容赦ないな。壮年の男性が幼女にタバコを押し付ける図は正直心臓に悪い。

 というかヴィヴィアンさん、腕を切り落とされてもケロッとしていたのに、タバコは凄い熱がるのだから不思議だ……。

「はっ! 熱いで思い出したんじゃが、この街の山手の方に温泉街があるのじゃ! 此方熱々の温泉入りたいっ!」

「……たった今タバコを押し付けられた人のセリフとは思えませんね」

「温泉なんて行ったら馬場櫻子の特訓が出来ねえだろうが。バカ」

「否じゃ、むしろ温泉に行くからこそ特訓も捗るというもの。ドキドキ魔女っ娘こ温泉合宿開幕必至じゃろこれ!」

 温泉に行くと特訓が捗るという論理は意味不明だが、合宿というと途端に説得力が増すから不思議である。

「そもそも温泉街で魔法の特訓が出来るわけがないだろう」 

 八熊さんど正論。

「山手にあると言ったじゃろうが、山ですればよいのじゃ!」

「その山も誰かの私有地なんだよバカ」

 八熊さんど正論パートII。

「あら、でしたら問題ありませんの。そこら一体全てわたくしの家の土地ですから」

「……っカノンちゃん!?」

 いつの間に事務所に来たのか、声の方に振り返るとカノンちゃんがいた。

「アタシ達もいるぜぇ」

「ヒカリちゃん達まで……」

 カノンちゃんどころか、ヒカリちゃんにカルタちゃん、それにエミリアちゃんもいる。つまりはVCUメンバー勢揃いである。

 今日はわたしが特訓している間、皆でカラオケに行っているはずなんだけれど。もしかしてわたしの特訓が終わるのを待ってくれていたのだろうか。

「――カノン、今の話は真まことかの?」

「ええ、伊里江温泉街周辺の土地は全て当家の敷地ですの。裏山なら多少のくらい大丈夫ですわ」

 カノンちゃんの話にヴィヴィアンさんはニヤリと口角を釣り上げた。八熊さんは天井を見上げて煙を燻らせている。

「くく、決まりじゃな……明日から一泊二日で温泉旅行じゃ!」

「おい合宿どこいった」

 かくして、週末は温泉合宿をすることになった。
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