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一章【魔女と眷属】
五話「路地と野良猫」
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【辰守晴人】
「ありがとうございました!」
最後のお客様を送り出し、店のドアにぶら下がる案内板を『命を賭けて準備中』に裏返して、今日の業務も残すところ後片付けのみとなった。
「おいハレ! 今日も飯食っていくか?」
「今日はいいっす! 家の食材消化しないと腐っちゃうんで」
「じゃあ弁当にしてやるから明日にでも食え」
「まじっすか、助かります」
店長とそんなやりとりをしつつも、俺は流れるように店内を片付けていく。
「龍奈はなんか食うか?」
「はあ? 龍奈がこんな時間に食べるわけないじゃん!」
「んおっ、す、すまん」
娘にキレられて露骨にテンションが下がる店長。正直ウケる。
「ハレ! アンタも何ニヤついてんのよ気持ち悪い!」
ウケている場合じゃなかった、こっちにまで火の粉が飛んできた。
「……てかさ、なんかお前今日機嫌悪くね?」
「はあ? べっつに、ぜんっぜん悪かないわよ! 悪いのはアンタの頭でしょ! 無駄口叩くヒマがあんならさっさと片付けて、可愛い彼女に会いに行ってあげた方がいいんじゃない!?」
「いや、めちゃくちゃ機嫌悪いじゃんかよ。つーか彼女いねえし」
この店の看板娘の龍奈は、こぢんまりとした可愛らしい見た目とは裏腹に、かなり気が強く、そのうえ短気だ。おそらく慢性的にカルシウムが欠乏しているんだろう。毎朝の牛乳習慣を強くお勧めしたい。
「はあ? 龍奈相手にしばらっくれるとはいい度胸じゃない!」
「『しばらっくれる』じゃなくて『しらばっくれる』な」
「んなっ! ちゃんと言えてたわ! しばらっくれる! ほら!」
うん。ちゃんと言えてねえな。
「しらばっくれるもなにも、まじでいないからな」
「はぁ? だったら夕方来てた幸薄そうな女はなんだっていうのよ!?」
「……それって、櫻子のことか?」
ちなみに、断じて櫻子のことを幸薄そうな奴だと思っているわけではない。夕方来た客なんて櫻子しかいないだけだ。 幸薄そうだなー、なんて思ってはいない。これっぽっちも。ほんとに。
「ふうん、名前、櫻子っていうの。勝った。こっちは龍奈だし、龍のが強い」
「お前は男子小学生なの?」
一体全体龍奈が何と張り合っているのか知らないが、やけに櫻子を気にしているみたいだ。
「で、彼女じゃないならその櫻なにがしはアンタのなんなのよ!」
「友達だけど」
「はあ? 友達から初めましょうってこと?」
「何をだよ」
「……何をって、もういいわ! ハレと話してると龍奈、頭痛が痛くなってくる」
「意味重複してんぞそれ」
「お、男のくせにヒトの厚揚げばっかとってんじゃないわよ!」
「『揚げ足』な。なんだよその怖すぎる厚揚げ」
「うっさいわよ! アンタそういうとこ直しなさいよねホント!」
「……ここまでくると一周回って可愛いよ、お前……あがっ⁉︎」
俺がため息混じりにそういうと、ものすごい勢いで灰皿が飛んできた。光の速さで前言撤回。可愛くない。
* * *
「くっそ、龍奈のやつ思いっきり投げやがって、肩良すぎだろ」
バイトが終わり三龍軒を後にした俺は、旧都のデコボコ道を家に向かって歩いている。店から俺の家までは徒歩で十五分くらいだ。
五分くらい歩いたところで、微かに人の話し声が聞こえてきた。
時刻は現在、二十二時を過ぎた頃。こんな時間に旧都の外れに人が居るとは珍しい。声はどうやら進行方向からするようで、進むにつれてだんだんと鮮明に聞こえてくる。
「――なんだこの女、マジで口がきけねえのかよ」
「そっちの方が都合いいけどなぁ、もうここでヤっちまうか?」
元々はビルだったのか、今は半分くらい崩れて廃墟となった建物。その脇にある路地の奥から何人かの男の声が聞こえてきた。
「よく見りゃけっこう可愛い顔してんじゃねぇの、おいお前ら押さえとけよ」
「っ! うう、ううぁ!」
そして、くぐもっているがおそらく女のうめき声。
俺は着ていたパーカーのフードを目深に被った。
「おいお前ら、何してんだ?」
俺は路地裏に入って声の主達をフードの奥から確認する。
男が四人と、壁に向かって押さえつけられている女の子が一人。
「ああ? 誰だよてめぇ、死にたくなかったら消えろや」
四人のうちの一人が俺に向かってそう言うと、他の三人もこっちを睨みつけながら何やら罵声を垂れている。
「お前らこそ、怪我したくなかったらその子を離して消えろ」
「は? なんだこの正義マン、まじキメぇんだけど。おい、こいつやっちまうぞ」
「自分が女押さえとくんで、そっちでやっちゃってくださいよー」
案の定、素直に女の子を解放する気は無いみたいだ。それどころか三人がゾロゾロ俺の方へ向かって来た。
「死ねおらぁ!」
最初に仲間に命令していたリーダー格の男が殴りかかって来た。路地の幅はせいぜい人が二人並べる程度。囲まれる心配はない。
俺は飛んでくる拳を目で追った。
――遅い。こんなパンチなら少し身体を捻って難なく避けられる。
「っ!? な、ぐあっ!」
拳が空を切り、勢い余って前のめりにバランスを崩した男の背中を、すれ違いざまに思いっきり押し飛ばす。
男は右手を突き出した体勢のまま、受け身も取れず顔面から地面に激突した。
「な、なんだこいつ!?」
俺はそのまま目の前で泡を食ってたじろいでいる小太りの男のアゴに一撃。崩れ落ちる小太り……の背後から三人目の男が奇声を発しながら掴み掛かろうしてきた。
しかし、三人目は崩れ落ちた小太りに足が引っかかって、俺の目の前で跪ひざまずくような体勢になった。
「あ、ちょ、ちょっとま……」
男が何か必死に言おうとしていたが、アゴがちょうどいい位置にあったりのでそのまま蹴り上げた。
三人目はそのまま小太りの背中にもたれかかるように倒れ伏した。
「で、お前で最後だけど?」
「ひ、ひぃうっ!? す、すみませんでした! 殺さないで下さい!」
女の子を押さえつけていたチビの男は物凄い速さで土下座してそう言った。
最初に殴りかかってきたやつのパンチよりは速いんじゃないかと思うほどだ。
「お前ら、顔覚えたからな。もしまた悪さしてたら次はないぞ」
「は、はい! もう二度と悪いことはしません! 神に、神に誓います!」
「よし、じゃあ歯を食いしばれ」
「へっ、な、なんで!?」
「なんでって、その子を壁に押し付けてたのお前だろ」
――チビにも一発お見舞いしてから、俺は横でしゃがみ込む女の子に視線を落とした。
女の子は金色の髪を腰まで伸ばして、所々汚れた見慣れない服を着ている。
「大丈夫? 立てるか?」
「……ううぅ」
女の子は数秒、俺の顔をじっと見てから差し出された手を握った。
その時、微かにサイレンの音が聞こえてきた。パトカーのサイレンだ。俺が彼女を助ける前に、誰かが通報していたのかもしれない。
「また停学はごめんだな」
この女の子は警察に任せるとしよう。俺は元来た道の方へ踵を返した。いや、返そうとした、が正しい。
「え、ちょ、離してくれない?」
路地を出ようとした俺の腕を、女の子がガッチリ掴んでいる。
「聞いてる? ていうか、俺の言葉通じてる?」
「……あうぅぅ」
だめだ、全然通じてないっぽい。
そうこうしている間にもサイレンの音がだんだん大きくなってくる。
「おい、頼むから離してくれ、離せ!」
「……うぅぅ」
「うわ、すっごい力強いわこの子」
だめだ、振り解くのはもう無理だ。なんとかしないとやばい。
キキーっと、路地の出口付近にパトカーが停まった音がした。
パトライトが回転して赤い光が路地を明滅させる。
「――おい! 誰かいるのか!?」
「見ろ! 奥で人が倒れてるぞ!」
――間一髪、俺は路地の反対側から一つ隣の道路に抜け出た。
騒ぎが大きくなる前に、さっさと家に帰るとしよう。
「……で、こいつはいったいどうすれば」
未だに左手を握りしめて離さない少女は、俺と目が合うとニコッと微笑んだ。
「ありがとうございました!」
最後のお客様を送り出し、店のドアにぶら下がる案内板を『命を賭けて準備中』に裏返して、今日の業務も残すところ後片付けのみとなった。
「おいハレ! 今日も飯食っていくか?」
「今日はいいっす! 家の食材消化しないと腐っちゃうんで」
「じゃあ弁当にしてやるから明日にでも食え」
「まじっすか、助かります」
店長とそんなやりとりをしつつも、俺は流れるように店内を片付けていく。
「龍奈はなんか食うか?」
「はあ? 龍奈がこんな時間に食べるわけないじゃん!」
「んおっ、す、すまん」
娘にキレられて露骨にテンションが下がる店長。正直ウケる。
「ハレ! アンタも何ニヤついてんのよ気持ち悪い!」
ウケている場合じゃなかった、こっちにまで火の粉が飛んできた。
「……てかさ、なんかお前今日機嫌悪くね?」
「はあ? べっつに、ぜんっぜん悪かないわよ! 悪いのはアンタの頭でしょ! 無駄口叩くヒマがあんならさっさと片付けて、可愛い彼女に会いに行ってあげた方がいいんじゃない!?」
「いや、めちゃくちゃ機嫌悪いじゃんかよ。つーか彼女いねえし」
この店の看板娘の龍奈は、こぢんまりとした可愛らしい見た目とは裏腹に、かなり気が強く、そのうえ短気だ。おそらく慢性的にカルシウムが欠乏しているんだろう。毎朝の牛乳習慣を強くお勧めしたい。
「はあ? 龍奈相手にしばらっくれるとはいい度胸じゃない!」
「『しばらっくれる』じゃなくて『しらばっくれる』な」
「んなっ! ちゃんと言えてたわ! しばらっくれる! ほら!」
うん。ちゃんと言えてねえな。
「しらばっくれるもなにも、まじでいないからな」
「はぁ? だったら夕方来てた幸薄そうな女はなんだっていうのよ!?」
「……それって、櫻子のことか?」
ちなみに、断じて櫻子のことを幸薄そうな奴だと思っているわけではない。夕方来た客なんて櫻子しかいないだけだ。 幸薄そうだなー、なんて思ってはいない。これっぽっちも。ほんとに。
「ふうん、名前、櫻子っていうの。勝った。こっちは龍奈だし、龍のが強い」
「お前は男子小学生なの?」
一体全体龍奈が何と張り合っているのか知らないが、やけに櫻子を気にしているみたいだ。
「で、彼女じゃないならその櫻なにがしはアンタのなんなのよ!」
「友達だけど」
「はあ? 友達から初めましょうってこと?」
「何をだよ」
「……何をって、もういいわ! ハレと話してると龍奈、頭痛が痛くなってくる」
「意味重複してんぞそれ」
「お、男のくせにヒトの厚揚げばっかとってんじゃないわよ!」
「『揚げ足』な。なんだよその怖すぎる厚揚げ」
「うっさいわよ! アンタそういうとこ直しなさいよねホント!」
「……ここまでくると一周回って可愛いよ、お前……あがっ⁉︎」
俺がため息混じりにそういうと、ものすごい勢いで灰皿が飛んできた。光の速さで前言撤回。可愛くない。
* * *
「くっそ、龍奈のやつ思いっきり投げやがって、肩良すぎだろ」
バイトが終わり三龍軒を後にした俺は、旧都のデコボコ道を家に向かって歩いている。店から俺の家までは徒歩で十五分くらいだ。
五分くらい歩いたところで、微かに人の話し声が聞こえてきた。
時刻は現在、二十二時を過ぎた頃。こんな時間に旧都の外れに人が居るとは珍しい。声はどうやら進行方向からするようで、進むにつれてだんだんと鮮明に聞こえてくる。
「――なんだこの女、マジで口がきけねえのかよ」
「そっちの方が都合いいけどなぁ、もうここでヤっちまうか?」
元々はビルだったのか、今は半分くらい崩れて廃墟となった建物。その脇にある路地の奥から何人かの男の声が聞こえてきた。
「よく見りゃけっこう可愛い顔してんじゃねぇの、おいお前ら押さえとけよ」
「っ! うう、ううぁ!」
そして、くぐもっているがおそらく女のうめき声。
俺は着ていたパーカーのフードを目深に被った。
「おいお前ら、何してんだ?」
俺は路地裏に入って声の主達をフードの奥から確認する。
男が四人と、壁に向かって押さえつけられている女の子が一人。
「ああ? 誰だよてめぇ、死にたくなかったら消えろや」
四人のうちの一人が俺に向かってそう言うと、他の三人もこっちを睨みつけながら何やら罵声を垂れている。
「お前らこそ、怪我したくなかったらその子を離して消えろ」
「は? なんだこの正義マン、まじキメぇんだけど。おい、こいつやっちまうぞ」
「自分が女押さえとくんで、そっちでやっちゃってくださいよー」
案の定、素直に女の子を解放する気は無いみたいだ。それどころか三人がゾロゾロ俺の方へ向かって来た。
「死ねおらぁ!」
最初に仲間に命令していたリーダー格の男が殴りかかって来た。路地の幅はせいぜい人が二人並べる程度。囲まれる心配はない。
俺は飛んでくる拳を目で追った。
――遅い。こんなパンチなら少し身体を捻って難なく避けられる。
「っ!? な、ぐあっ!」
拳が空を切り、勢い余って前のめりにバランスを崩した男の背中を、すれ違いざまに思いっきり押し飛ばす。
男は右手を突き出した体勢のまま、受け身も取れず顔面から地面に激突した。
「な、なんだこいつ!?」
俺はそのまま目の前で泡を食ってたじろいでいる小太りの男のアゴに一撃。崩れ落ちる小太り……の背後から三人目の男が奇声を発しながら掴み掛かろうしてきた。
しかし、三人目は崩れ落ちた小太りに足が引っかかって、俺の目の前で跪ひざまずくような体勢になった。
「あ、ちょ、ちょっとま……」
男が何か必死に言おうとしていたが、アゴがちょうどいい位置にあったりのでそのまま蹴り上げた。
三人目はそのまま小太りの背中にもたれかかるように倒れ伏した。
「で、お前で最後だけど?」
「ひ、ひぃうっ!? す、すみませんでした! 殺さないで下さい!」
女の子を押さえつけていたチビの男は物凄い速さで土下座してそう言った。
最初に殴りかかってきたやつのパンチよりは速いんじゃないかと思うほどだ。
「お前ら、顔覚えたからな。もしまた悪さしてたら次はないぞ」
「は、はい! もう二度と悪いことはしません! 神に、神に誓います!」
「よし、じゃあ歯を食いしばれ」
「へっ、な、なんで!?」
「なんでって、その子を壁に押し付けてたのお前だろ」
――チビにも一発お見舞いしてから、俺は横でしゃがみ込む女の子に視線を落とした。
女の子は金色の髪を腰まで伸ばして、所々汚れた見慣れない服を着ている。
「大丈夫? 立てるか?」
「……ううぅ」
女の子は数秒、俺の顔をじっと見てから差し出された手を握った。
その時、微かにサイレンの音が聞こえてきた。パトカーのサイレンだ。俺が彼女を助ける前に、誰かが通報していたのかもしれない。
「また停学はごめんだな」
この女の子は警察に任せるとしよう。俺は元来た道の方へ踵を返した。いや、返そうとした、が正しい。
「え、ちょ、離してくれない?」
路地を出ようとした俺の腕を、女の子がガッチリ掴んでいる。
「聞いてる? ていうか、俺の言葉通じてる?」
「……あうぅぅ」
だめだ、全然通じてないっぽい。
そうこうしている間にもサイレンの音がだんだん大きくなってくる。
「おい、頼むから離してくれ、離せ!」
「……うぅぅ」
「うわ、すっごい力強いわこの子」
だめだ、振り解くのはもう無理だ。なんとかしないとやばい。
キキーっと、路地の出口付近にパトカーが停まった音がした。
パトライトが回転して赤い光が路地を明滅させる。
「――おい! 誰かいるのか!?」
「見ろ! 奥で人が倒れてるぞ!」
――間一髪、俺は路地の反対側から一つ隣の道路に抜け出た。
騒ぎが大きくなる前に、さっさと家に帰るとしよう。
「……で、こいつはいったいどうすれば」
未だに左手を握りしめて離さない少女は、俺と目が合うとニコッと微笑んだ。
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