上 下
7 / 14
運命が残酷すぎるだろ

7

しおりを挟む

――――――


 宰相の娘との対談後、その報告を謁見した両陛下へ終えた。寝室と執務室を兼ねた部屋に戻り、ギオルド以外の者を下がらせる。

 進んだ先にある壁一面に連なる棚は書物で埋め尽くされており、そのすぐ傍に設置された机の上には読むのを中断していた国政に関する書類の山がある。まだ微々たる内容ではあるが、国王陛下のご意向により王太子である私に上がるようになった国政の一部に関するものだ。

 近年の農作物や水産物の生産量や鉱産物の採取量。裁判記録等。ロレン国の現状が詳細に書き記されている。それ等に関する書類に目を通し、時に己の意見を陛下や宰相に進言し、王太子としての職務を果たすのだ。

 ロレン国は大陸の北西海岸沖に位置する大国だ。地域による気候の差異はあるが、温暖な湾流の影響を受けており過ごしやすい気候に恵まれている。豊かな地下資源や、海域に恵まれている事から鉱業や漁業が盛んな国であり、海上貿易にも力を入れている。

 だが、幾ら栄えていようと改善点や改革の余地はあるもので、だが頭にある全てを現実にするには今はまだ実績を積む時期である。


「殿下がフェミリアル公爵令嬢の事をお気に召されたようで安心致しました。両陛下も大変お喜びになられ、安心された事でしょう」


 書類に伸ばそうとした手を止め、視線をやったギオルドはにこやかに笑っていた。脳裏に、庭園で対談した宰相の娘が蘇る。

 表面上はさも慕う者に対するように接してきたあの者の瞳を思い出し、ギオルドの言葉に皮肉を含んだ笑みを返した。最初から私の本心を心得ているギオルドの表情は変わらないままだ。


「僅かな関心が出ただけだ。口では愛を吐きながら瞳では私を強く見据えてくる宰相の娘が面白くてな。加えて、お前から受けた報告もある」

「過去では多少問題がありましたが、今では王太子妃に相応しい素質を兼ね備えた優秀で美しい御令嬢であると、フェミリアル公爵令嬢と面識のある者は以前までの評判を覆し口々に囁いております。正式なお披露目はまだですが、フェミリアル公爵の親者の中で、密かに懸想けそうする子息もおられるとか」

「……あれはたとえ己に向けられた懸想に気づこうとも、応えてくれる者ではないだろう」

 
 見た目には距離を縮めようと、深くまでは許さず、相手の油断を誘い己の謀略へ連れ込む者の性質を思わせる瞳をしていた。少なくとも、死の淵を彷徨うまで、周囲に甘やかされ傍若無人な振る舞いを人目を憚ることなく見せていた公爵令嬢の瞳ではない。

 だが、事実宰相の娘には二つの姿の評判があり、その報告をギオルドから受けていた。悪評の方は、誰の目に見ても到底演技ではなかったという。

 試しに揺さぶってみた時に返ってきた宰相の娘の言葉が脳裏に蘇る。


「死の淵を彷徨い、己の愚行を改めるか」


 症例がないわけではない。その多くは聖職者に就いており、教会が唱える教えとやらにも人間が悔い改め、その罪から逃れる事ができるように神がその代価を支払い、罪の縄目を解かれるという、罪人に都合の良い内容がある。その心境は理解できないが。

 だが、対談した宰相の娘は、周到な口上のように殊勝な娘には思えず、引っ掛かっていた。


「公爵令嬢の事が気に掛かっておられるのですね」


 さして気にしてはいないが、宰相の娘に多少興味が出たのは事実だった。詳細に口に出さずとも、優秀な側近であるギオルドは理解している。

 宰相の娘が彷徨ったという死の淵で、私がいかに大役として出てきたのか。私が敵であるかのように強く見据える程には、私の存在は大きなものだったのだろう。そこにいかな思惑があるのか見抜く機会は、顔合わせを済ませた今後、予定に入ってくる婚約者同士の時間にある。

 だが、所詮は政略結婚だ。元から期待などしていなければ、多少興味が出たところで宰相の娘が結果どんな人間だろうと構わない。唯一望むのは、悪評に聞いた人物であろうと、王太子の婚約者としての義務を果たしてもらうぐらいだ。


「先日、お前が報告してきたイスニア州、ユナ湾沿いにある港町キキリア出身の男の事だが、ギルドに受け入れを拒まれたと言っていたな」


すぐさまギオルドは表情を引き締める。


「ええ、マンチェルのハンマーマンギルドが課していた最低八年の徒弟修業とていしゅぎょうの条件を満たしていないとの事でした。大きなギルドでしたので、道理を通さずに門前払いを受けた男として、その後受け入れ場所に難儀しているとの事です」


「頭の堅い奴等だ。腕は確かだが、商才には欠ける」


 ギオルドが同意するように苦笑を零す。

 一月前の事だった。南西部に位置する主要商業都市マンチェルを視察で訪れた。そこで偶然、マンドハンマーギルドに手酷く追い出されていた男に出会った。

 普段ならば気に掛けたりなどはしないが、ハンマーマンには相応しくない軟弱な見目が気を引き、声を掛けた。男は、ホルルシェ・ベベルボードと名乗り、聞けば王都の最高峰の大学を通常三年かかるところを一年で履修を終え、計測機器の機器製造の事業を始めようとしていたという奇特な人間だった。

 ロレン国は教育機関に通っての教育は一般的とされていない。数少ない教育機関は存在するが、八~十六歳までの教育を施す学園アカデミーが三か所、学園より進学率が著しく劣る十六~十八歳までを教育を施す大学ユニヴァースィティーが一ヵ所のみだ。在籍生徒は平民が占め、その多くが裕福な家庭の出であり、貴族は稀だ。

 一般的な貴族の子息は外国から招き入れたり等した優秀な家庭教師を子息に付け、家庭内で必要な教養を身に着けるのだ。その慣例から、他国に比べて社交界デビューも例外はあるが十三歳と早く、社交性能力の富の目的を兼ねた人脈構築は社交界で行われるのが常だ。それゆえ教育機関での教育を受ける者は変わり者と評されるのが世の風潮だった。

 国内での教育機関の価値は他国に劣るとはいえ、決して教育水準が低いわけではない。ホルルシェは優秀であるだろう。


「彼が話してくれた蒸気機関の改善点や、原動力を改良した際の船や専用の道路を走る鉄の機関。実現すれば我が国は著しく発展することでしょう。殿下もそれを思っておられるのでしょう?」

「……現在、我が国の炭坑に用いられている蒸気機関は燃料効率が悪すぎる。多くの燃料消費を要している。工場の原動力は人力が主であり、生産性に欠けている。ホルルシェが話した内容は、私が実現を望むものばかりだった」


 たかだか一月前に出会ったばかりの、歳もそれ程離れていない男に多大な期待をしているわけではない。だが、無視するには気を引かれる内容だった。少なくとも、対談などせずとも将来が決まった婚約者と過ごす時間よりは有意義な時間となるだろう。

 原動力を人から物に移す機械化を目指し、労働力負担を減らすのはずっと考えていた事だった。ギオルドの言う通り、実現すればロレン国は大きな発展を遂げるだろう。


「ホルルシェを呼べ」

「既に手配しております。予定では一週間後の昼頃には王都に到着予定となっております」

「到着次第、私の元に来させろ。部屋を用意し、しばらくの間滞在させる手配もしておけ」

「抜かりなく。心得ております。ですが、ホルルシェの到着予定日のお昼には公爵令嬢との日程が入っておりますが」


 平民であるホルルシェとの対談に、婚約者との日程を調整させたと外部に漏れれば、面倒な事になる。ギオルドはそう言いたいのだろうが、どちらの時間が重要なのかは明確であった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放から始まる新婚生活 【追放された2人が出会って結婚したら大陸有数の有名人夫婦になっていきました】

眼鏡の似合う女性の眼鏡が好きなんです
ファンタジー
 役に立たないと言われて、血盟を追放された男性アベル。 同じく役に立たないと言われて、血盟を解雇された女性ルナ。  そんな2人が出会って結婚をする。 【2024年9月9日~9月15日】まで、ホットランキング1位に居座ってしまった作者もビックリの作品。  結婚した事で、役に立たないスキルだと思っていた、家事手伝いと、錬金術師。 実は、トンデモなく便利なスキルでした。  最底辺、大陸商業組合ライセンス所持者から。 一転して、大陸有数の有名人に。 これは、不幸な2人が出会って幸せになっていく物語。 極度の、ざまぁ展開はありません。

W職業持ちの異世界スローライフ

Nowel
ファンタジー
仕事の帰り道、トラックに轢かれた鈴木健一。 目が覚めるとそこは魂の世界だった。 橋の神様に異世界に転生か転移することを選ばせてもらい、転移することに。 転移先は森の中、神様に貰った力を使いこの森の中でスローライフを目指す。

チートな僕が、チートなのに、現世で手にしたくて、出来ない

ion_Iris
恋愛
イケメンだなんて、聞き飽きた。 カッコ良いねも、聞き飽きた。 才能も見た目も恵まれた僕なのに。 秘密のせいで、何かが足りない。 そんな僕の話。

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

配信の片隅で無双していた謎の大剣豪、最終奥義レベルを連発する美少女だと話題に

菊池 快晴
ファンタジー
配信の片隅で無双していた謎の大剣豪が美少女で、うっかり最凶剣術を披露しすぎたところ、どうやらヤバすぎると話題に 謎の大剣豪こと宮本椿姫は、叔父の死をきっかけに岡山の集落から都内に引っ越しをしてきた。 宮本流を世間に広める為、己の研鑽の為にダンジョンで籠っていると、いつのまにか掲示板で話題となる。 「配信の片隅で無双している大剣豪がいるんだが」 宮本椿姫は相棒と共に配信を始め、徐々に知名度があがり、その剣技を世に知らしめていく。 これは、謎の大剣豪こと宮本椿姫が、ダンジョンを通じて世界に衝撃を与えていく――ちょっと百合の雰囲気もあるお話です。

転生チートな妹に婚約者を奪われたけど、モラハラ男と縁を切れてラッキーです!

編端みどり
恋愛
母を害した父は、愛人と愛人の子だけを愛している。母がいなくなり、信頼していた使用人も解雇されたマリベルは、当主である祖父に婚約を認めさる為にモラハラばかりの婚約者を心から愛していると手紙に書けと命令された。命令通り手紙を書き、部屋に監禁されたマリベルはほくそ笑んだ。予想通り、しばらくすると鬼の形相をした祖父がマリベルを助けに来てくれた。 マリベルは、祖父母の助けを借りてモラハラ婚約者と縁を切る事に成功する。そのかわり、様々なデメリットがあった。婚約のなくなった令嬢という風評。モラハラ男を妹に押し付けた罪悪感。 そんなマリベルを、ひとりの騎士が必死で守ろうとしていた。

【完結!】ちょっと神様!私、攻略対象者じゃなくて初恋の彼に逢いたいって言ったじゃん!

紅葉ももな(くれはももな)
恋愛
『チートもスキルも、特別な力はなにもいらない、ただもう一度初恋だった彼に逢いたい!』    神様に一つだけ願いを叶えて貰えることになった優里亜(ユリア)は願った。  好きだと伝える前に事故で命を落とした幼馴染みの勝也にもう一度逢いたいと……  彼のもとへ行くために神から出された制約は厳しい。  そして彼に、会うために転生したのは彼との思い出の乙女ゲームのヒロインだった。  貴方は何処にいるの?  世界すら越えた一生に一度の恋が今始まる。

処理中です...