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第39話 緊急・避難

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 ピーシェンの王都は混乱の極みにあった。
  ファーコミンへ進軍を開始した部隊の大半が敗走してきたのだ。
  敗走してきた部隊の兵達はこぞってこう言った。

 「恐ろしい速さの青いヘヴィナイトが襲い掛かってきて前線が恐慌状態に陥ったと思ったら、後方から奇襲をかけて来た白いナイトによって指揮官が人質に捕られて撤退させられた」

 「凄まじい速さの純白のヘヴィナイトが襲い掛かってきて前線が恐慌状態に陥ったと思ったら、後方から奇襲をかけて来た青いナイトによって指揮官が人質に捕られて撤退させられた」

  ヘヴィナイトが二騎存在する。
  最初上層部はそう考えた。
  おそらく高速移動するスキルを所持するヘヴィナイトが広範囲を移動しているのだろうと。
  だがそのヘヴィナイト達はありえない範囲に出没した。
  現在ファーコミンが支配している領域の端に出現したヘヴィナイトが、その日の内に正反対の位置に展開していた部隊に襲撃をかけたのだ。
  いくらファーコミンの支配領域が狭くとも、たった半日程度の時間でその距離を移動できるはずがない。
  上層部は、ファーコミンにヘヴィナイトが2騎以上存在すると考えを改めた。
  最低4騎のヘヴィナイト。
  彼等は愕然とした。
  ヘヴィナイトは早々居るものではない。
  ナイトクラスの騎士が10人かがりでも勝てないヘヴィナイトが4体以上。
  だが問題はそれだけではなかった。
  脱走者だ。
  ファーコミンのヘヴィナイトに説得され、兵士達が寝返ったという報告が相次いで起きた。
  しかもその中にはナイトやスクワイヤまでいるというではないか。
  憤慨する上層部。だが彼等は内心では脱走者達の気持ちも理解できていた。

  その原因は王だ。
  強欲で、非道な王は理不尽な理由で民を恐怖に陥れている。
  王の機嫌一つで命を奪われる。
  財産を奪われる。
  家族を戦争に連れて行かれる。
  貴族ですら命の危うい王の圧政人々は怯えていた。

  つい先日も決して小さくはない貴族家の跡継ぎが処刑された。
  民の中にはファーコミンの騎士が王を打ち倒す事を望んでいるという声さえ聞こえるくらいだ。
  最もその様な声が聞こえたら区画丸ごと魔女狩りに遭い、犯人と断定された者は鉱山の最下層送りになるのだが。

  ◆

 王城の一室、防音の効いたその部屋に三人の影があった。
  ピーシェン王女『クーリエ=デュオー』
  宰相『ギルスク=デュオア』
  将軍『グリオン=アベニユ』
  この三人は実質的なピーシェン運営者だ。

 「ファーコミンの進軍状況は?」

 「現在は自分達の支配領域から出ようとはしていませんな。こちらの部隊を迎撃し、寝返らせる事でこちらの戦力を削ぐと同時に自分達の戦力を増強しています」

  クーリエの質問にギルスクが答える。

 「グリオン、現在の戦力は?」

 「はっ、現在総戦力の1/100が敵軍に願えております。内、ナイトが3、スクワイヤが22敵側に寝返りました」

  グリオンの報告にクーリエが額に手をあてため息を吐く。

 「雑兵ならともかく、ナイトが裏切るなんて頭が痛いにも程があるわ」

 「申し訳ありません。私の教育がなっていないばかりに」

  深く頭を下げて謝罪するグリオンに手振ってそれをやめさせるクーリエ。

 「貴方の所為じゃないわ。私の勘だけど、そのファーコミンには説得スキルの持ち主が居るんだと思うの」

  僅かに動揺するグリオンとギルスク。
  クーリエの言葉は二人にとって動揺に値する発言だった。

 「移動系のスキルだけでなく、精神に影響を与えるスキルですか。スキル持ちが3人も居るのならファーコミンが戦いを仕掛けてきた理由も理解できます」

 「しかもそれが精神を支配するスキルなら騎士達が裏切るのも納得ですな」

  グリオンとギルスクが納得して頷く。

 「いいえ、人を支配するスキルは、少なくとも私の知っている限り存在しないわ。おそらくは対象の心を揺さぶる程度のもの。でもその程度の効果でもわが国にとっては脅威よ」

  クーリエの言葉に大きくため息を吐く二人。
  王によって圧政が敷かれている国に不満を持たない人間など居ない。
  ほんの僅かな揺さぶりでも甘い言葉に乗りたくなるのも仕方ないというものだ。

 「更にそれがヘヴィナイトによる鮮やかな電撃作戦なら尚更ですか」

 「この戦い、我等が考えている以上に被害甚大になりそうですなぁ」

 「そうならない為の準備が必要ね」

  クーリエの言葉に意識を切り替えたグリオンとギルスクであったが、彼等の決意はその後の王の言葉で瓦解した。

  ◆

「全軍を持ってファーコミンを圧殺しろ」

  謁見の間に大きな動揺が生まれる。

 「ファーコミンごときが調子に乗るなど遭ってはならぬ。今すぐ敵の城を破壊しろ。裏切り者は八つ裂きだ」

  王はそれだけ言うと謁見の間を出て行った。
  残された貴族達が大きなため息を吐く。

 「全軍など、他国に隙を見せろと言っているようなものではないか」

 「めったな事を言うな。王を否定する言葉を聞かれたらお家断絶だぞ!」

  慌てて貴族が口を閉じる、幸い困惑した貴族達は他人の失言を気にしているどころではなかったので聞かれていなかった。

 「どうするのですかグリオン殿!」

 「貴方の指揮が甘いからこのような事になったのですよ!」

  早速糾弾の的にされて頭の痛いグリオン。
  だが仮にも騎士団長である彼は、貴族達に弱みを見せる事無く毅然とした対応を行う。

 「部隊を分断して進軍させます。有事の際には最低限の部隊が迅速に王都へ戻れる様に配置し、前線の部隊が戻れるまでに耐える事が出来る様にします」

  その言葉を聞いて安心する貴族達。

  この場に居る貴族は全員が王都に住む貴族。
  それ故王都さえ守られれば彼は安心できるのだ。
  もっとも、グリオンの内心は頭が痛いどころではなかったのだが。
  彼は王に言い訳ができるように、部隊の進軍速度を調整しながら王都を守れる様進軍計画を練らなければいけなくなった。

 「コレはまずいかもしれんな」

  グリオンは一人呟いた。

  ◆

 急遽編成された軍隊が王都を出撃する姿を見ながら、クーリエはギルスクにだけ聞こえる声で呟いた。

 「いざとなったら私も行動するわ。計画通り王都中に人を配置して」

 「承知いたしました」

  最悪の事態を想定、いや確信して二人は行動を開始した。

  ◆

『各部隊、作戦の進行状況はどうか?』

 【伝心】スキルで部下達から作戦の進捗状況を確認するタカヤ。

 『こちらツーコンの町、準備完了です』

 『こちらアシアダ鉱山、準備完了です』

 『こちらファミベーの町、準備完了です』

 『こちら中間地点、準備完了です』

 『こちら国境、準備完了です』

 『こちら嫌がらせ1、準備完了です』

 『こちら嫌がらせ2、準備完了です』

 『こちら嫌がらせ3、準備完了です』

 『こちら嫌がらせ4、準備完了です』

 『こちら嫌がらせ5、準備完了です』

  全員から準備完了の連絡が届く。

 『よし、コレよりピーシェン壊滅計画、第一弾、作戦名「竜の探索」を発動する!』

  王の館から2つの影が飛び出した。

  ◆

「団長、そろそろ森に近づきます」

 「そうか、敵の奇襲に警戒しろ。今までのパターンから敵は私を狙ってくる」

  コレまでの報告から、グリオンは自分が狙われている事を理解していた。
  それ故、森側だけでなく、外周の兵達全員に警戒する様に厳命していた。

  そうして部隊の全体が森の外周に近づいた時だった。
  森の中、部隊後方側からオーラの光が立ち上る。
  現れたのは純白のヘヴィナイト、そして青いナイトだった。

 「今回は同時に出てきたか。それとも青いヘヴィナイトと白いナイトが隠れているか?」

  今回は前回以上の大軍である。ファーコミンも2騎のヘヴィナイトを戦線に投入しておかしくないとグリオンは考えていた。

 「敵まっすぐにこちらに向かってきます」

 「確かに恐ろしい速さだな」

  敵の騎士が兵士達を踏み潰さんばかりの勢いで駆け抜ける。
  幸い兵士達は踏む潰されずに済んでいるようだ。
  予定通りに。
  変身の完了したスクワイヤとナイトが敵の迎撃に向かうが、彼等は雑魚など眼中に無しといわんばかりに部下達を避けてこちらに向かってくる。
  余りの速さに部下達は追いつく事も出来ないでいた。

 「いい感じだ。そろそろ私を捕らえる頃か。だが同じ作戦が何度も通用すると思ってもらっては困る」

  グリオンの体からオーラがほとばしる。
  その輝きは凄まじく、周囲の兵士達が目を覆う程だ。
  白いヘヴィナイトと青いナイトが剣を振りかざす。
  だがオーラの柱の中から飛び出したヘヴィナイトよりも大きなハルバードが2騎の攻撃を易々と跳ね返した。
  中から現れたのは巨大すぎる騎士、騎士団長グリオンの変身したジェネラルの姿だった。
  グリオンの姿は純白のヘヴィナイトよりも大きく、25mはあった。
  兵士達が歓声を上げる。
  自分達の上司の姿を見て勝利を確信したからだ。 

 「すこし遅かったな」

  そう言ってハルバードを構えるグリオン。

  純白のヘヴィナイトと青いナイトが後ずさる。
  だが周囲から次々とオーラの柱が立ち上り2騎を取り囲む。
  中から現れるナイト、そしてヘヴィナイト。
  2騎は完全に囲まれてしまった。

 「チェックメイトだ。観念して投稿したまえ。そうすればアリシア王女の命だけは保障しよう」

  持ち前の実直さから全員の命を保障するとはいえないグリオン。
  だがファーコミンの騎士が主の安全を望むのならこの勧告を受け入れる可能性もある。
  しかし純白のヘヴィナイトはグリオンの言葉に従わなかった。
  純白のヘヴィナイトは足の羽飾りからオーラを放ち、凄まじい速度でこちらに向かってくる。
  投降の意思は微塵も感じられなかった。

 「残念だ」

  グリオンは意識を切り替えると即座に戦闘を開始する。
  グリオンが見た目からは考えられない速度でハルバードでなぎ払いを仕掛けると、ヘヴィナイトは宙に飛んで回避する。
  グリオンはハルバードを振るった遠心力に逆らわず己を駒のように回して武器を持っていない左腕で純白のヘヴィナイトに手刀を叩き込んだ。
  唯の手刀であろうとも、ジェネラルの巨体から繰り出される手刀は巨大な鉄のカタマリの直撃に等しい。
  だが純白のヘヴィナイトは足飾りからオーラを放つ事で体を捻り、手刀を回避する。
  恐れる事無くグリオンの懐に飛び込む白いヘヴィナイト。
  速い、その速さに舌を巻くグリオン。自分のハルバードはある程度の間合いがあってこそ生きる武器だ。 懐に飛び込まれては威力が半減してしまう。
  即座にバックステップで距離を取ろうとするが、敵の速度は速く瞬く間に追いつかれてしまう。
  白いヘヴィナイトの刃が近づく。
  背中に冷たいものが走るグリオン。
  だが突然後ろにさがる純白のヘヴィナイト。

 「大丈夫ですか団長」

  部下だ。グリオンの部下の黄色いヘヴィナイトが純白のヘヴィナイトに攻撃を仕掛けたのである。

 「助かった、しかしアレは恐ろしいな。単純に速いというのは脅威だ」

 「他の連中もそう思ってますよ。あっちの青いのも異常な速さです」

  見れば青いナイトは攻撃を仕掛ける事無く回避に専念している。
  恐らくは純白のヘヴィナイトを攻撃に専念させる為のオトリ役なのだろう。

 「コレだけ早くては闘技は使えんな。部下に被害が出る。予定通り囲め」

 「はっ!」

  グリオンの指示に従い外周の騎士達も集まり完全に二人を囲む。盾を持った騎士が前にでて、間に槍を持った騎士が入る。
  アシアダ鉱山でタカヤが行った戦法に近い。

 「もう降参しろとは言わんぞ」

  グリオンが手を上げる。
  そして大きく下げた。
  部下が一斉に突撃する。
  逃げ場の無いファーコミンの騎士達に出来る事は串刺しになる事だけだった。

  鉄の砕ける音が聞こえる。
  哀れファーコミンの騎士達は恐るべき数の暴力で串刺しになってしまった。それとも圧死だろうか。

 「相手はヘヴィナイトだ。念入りに突き刺しておけ。そしたら死体を袋に入れて進軍再会だ」

  淡々と事後処理を命じるグリオン。
  彼の頭は次の戦闘の事を考え始めていた。

  だが、不意に部下達からどよめきが走る。

 「何事だ?」

  副官に命じて報告を命じる。
  僅かな時を置いて戻ってきた副官の報告は信じられないものだった。

 「敵の騎士が消えました」

 「何!? 騎士化を解いたのか!?」

  グリオンは即座に騎士化の解除による回避に思い至った。

 「いえ、監視をしていた部下達からは敵兵の姿も、怪しい動きをする部下の姿も見られなかったそうです」

  グリオン達はあらかじめ騎士化を解除した敵が、寝返った部下の装備を着てこちらに紛れ込む可能性を考えていた。
  それ故監視の兵を配置していたのだが、彼等は騎士化を解除した兵の姿を見ていないと報告してきた。

 「誰も確認していないだと? 一体どういう事だ? 囲まれた騎士が突如戦場から掻き消えただと!?」

  団長であるグリオンですらその異様な報告に動揺を隠せなかった。 
  そして徹底して隠れたであろう敵兵の姿を探させたが遂に敵の騎士は見つからなかった。

  ◆

「ふー、上手くいった」

  純白のヘヴィナイト、いやアリシアに乗ったタカヤは大きく息をはいて脱力した。

 「私も驚きました。あの戦場からあっという間に城に戻ってこれるなんて」

 「この力があれば移動も簡単ですねタカヤ様!」

 「いや、そう便利な力でもないんだわコレ」

  タカヤ達が敵軍から脱出できた理由。
  それはタカヤが取得したスキル【緊急避難】のお陰だった。
  このスキルは所持金と手に入れた物品の半分を失う事で拠点に一瞬で帰還できるスキルだった。
  タカヤはこのスキルを発動した事でグリオンの策から逃げ延びたのだ。

 「使うと所持金なんかが減るから手に入れたものを置きに城に戻らないといけないんだよな」

  前回までの戦いでタカヤ達が一々王の館に戻っていた理由がコレだ。
  タカヤは城に戻って獲得した品を置いていく事で【緊急避難】スキルをリセットしていたのだ。

 「やっぱ数で責められると不味いわ」

  タカヤが一人ごちるとアリシアが声をかけてくる。

 「ではやはり?」

 「ああ、作戦どおり敵の頭を叩く。その為の準備も出来ているしな」

  カミーラも頷いて同意を示す。

 「よっし、それじゃあピーシェンの王都までひとっ走りするか!!」

 「「はい!!」」
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