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第三章 迷宮と王編

第36話 エルフ族の使命

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◆カザード◆

 果実兵達を連れ町を歩いていた私は、あえて人気の少ない路地に入り尾行していた者に話しかけた。

「私に何か用ですか?」

 すると後方から動揺の気配が生じた。
 やれやれ、気づかれないとでも思っていたのでしょうか?

「……お気づきでしたか」

 ふふ、町のいたるところに生えている植物達は私の味方。気づかぬ道理がありません。
とはいえ植物達からの報告がなくとも、この程度の稚拙な魔力隠蔽で私を騙す事など到底不可能ですが。

振り返った先に居たのは、以前冒険者ギルドで我が王に暴言を吐いた愚か者の仲間ですね。
確かカルファと言いましたか。
ふむ……耳の長さ、そして身から発される魔力はエルフのそれですね。
エルフ、これはまた面白い種族が接触してきたものです。

「貴方は確か暴君と呼ばれた男の仲間でしたね」

 私が確認すると、エルフは緊張を隠し切れずに頷きました。
 そして片膝を突くと、頭を下げて私に謝罪をしてきました。

「はい。その節は仲間が大変失礼をいたしました」

 ふむ、まずは謝罪から入る辺りは悪くないですね。
 とはいえ……

「貴方が気にする必要はありません。あれはあの男にのみ非がある事。謝罪するならあの男が直接来るのが道理でしょう」

 最も、既にあの男は町の住人達から敵認定されていますから、あの男はこの町でまともに活動する事はできないでしょう。
ただ仲間であるこのエルフ達もあの男の仲間として認識されているでしょうから、早くあの男から離れないと相応の被害を受けるでしょうが。まぁそこまでは私の関与するところではありませんのでいちいち警告したりはしませんけれどね。

「お心遣いありがとうございます」

「それで、要件はそれだけですか?」

無論それだけではないでしょう。エルフという種族の出自を考えればこれから話す事の方が本題でしょうからね。

「いえ、貴方様にお願いがあってまいりました」

「お願いですか?」

 何を頼むつもりなのかはわかっていますが、そこはあえて相手の言葉を待ちます。

「貴方様は世界樹の眷属様とお見受けいたします」

「……」

 事実ですがそこには答えません。向こうも確認の為に行っているだけで、そこは重要ではありませんから。

「どうかボク……わたくしめを、世界樹様の為に働かせては戴けませんか?」

 やはりそう来ましたか。

「何故その様な事を?」

 エルフは私から町の中央にそびえる母上に視線を向けます。

「我等エルフは世界樹様にお仕えした者達の末裔です。そしてあちらにおわすは間違いなく世界樹様。ならば我等エルフは新たな世界樹様の為に働くのが当然の事でございます」

 そう、エルフとはかつて神話の時代に母上達世界樹の世話をする為に生み出された種族。
 母上の子である我等果実将と果実兵を直系の子孫とするならば、エルフは分家のようなもの。
我ら程世界樹に縛られない代わりに長い期間外に出て世界樹の為に働く事がエルフ族の役割でした。

「成る程、貴方の意思は理解しました」

「では!」

 エルフが喜びの表情を浮かべて腰をあげます。

「しかし、それを決めるのは私でありません。全ては我が王の意思のままに」

 私の言葉に、エルフが驚きの表情を浮かべます。

「王っ!? ではセイルがっ!? い、いえっ、セイル様が世界樹様の王に選ばれたのですか?」

 ええ、我が王を呼び捨てで呼ぶなどもってのほか。
ちゃんと敬称で呼ばないと行けませんよ。ついうっかり街中で殺気を放ってしまったではないですか。
ああ、警備の果実兵達、何でもないから仕事に戻りなさい。

「その通りです」

 エルフが素直に我が王に敬称を付けた事で、私は笑顔を浮かべてその事実を認めます。

「……ではセイル様にお目通りを願いますでしょうか?」

 ふふ、なかなか図々しいですね。ですが仮にも我が王のかつての仲間ですから、多少の無礼は許しましょう。我が王の話では、このエルフともう一人の仲間は我が王が負傷し冒険者を引退する際に少額なりとも金銭を餞別として差し出したとの事ですから。

「良いのですか? それでは貴方のパーティのリーダーを裏切る事になりますよ?」

「構いません。もとより冒険者としての活動は失われた世界樹様に関する見聞を広める為と……所在を探す為に行っていたもの。世界樹様ご自身がいらっしゃるなら、もはや続ける意味のない旅です」

 エルフとしての本懐を選ぶという事ですね。
 まぁあの男と縁を切ると言う意味でも悪い判断ではないでしょう。

「……良いでしょう。ならば我が王への目通りを申し出てあげましょう」

「ありがとうございます!」

 ◆

「それで俺に?」

 カザードからカルファが面会を求めていると聞いた俺は、旧交を温めるつもりでカルファと会う事にした……のだが、再会したカルファから突然部下にして欲しいと土下座をしながら頼まれた。
 そして一体何事かと驚いている俺に、カザードが事のあらましを説明してきたのが今だ。

「という訳でいかがいたしましょう我が王?」

「いかがいたしましょうって言われてもなぁ」

 仮にも昔の仲間を部下として雇うっていうのは、流石にためらうものがあるんだが……

「セイル様、どうかボ、私を貴方様の家臣としてお使いください。この身は世界樹様の為ならばどのような役目でも負う覚悟です。どうか私めに世界樹様の為に働く誉をお与えください!」」

「お前、そんなキャラだったっけ?」

 明らかに俺の知っているカルファとは思えない別人ぶりに、実はコイツはカルファではなくよく似た別人なのではないかと疑問を抱いてしまう。

「我々エルフ族はかつて世界樹様にお仕えしてきた従者の種族です。太古の災厄によって主である世界樹様と眷属様を失った我々は役目を見失ったのです。そして老人達は世界に恵みを与える世界樹様を失った事に絶望し、世界が滅ぶまで引きこもる事を選びました。そして我々若き世代はこの世界のどこかにまだ見ぬ世界樹様がいらっしゃるのではないかと考え、希望を探す為に旅を始めたのです」

「へぇ、そんな事情があったんだな。あれ? でもお前知識の蒐集にしか興味なかったんじゃないのか?」

「それは、その……」

 と、かつてのカルファを思い出しながらその事を聞くと、カルファはバツが悪そうな顔になってしどろもどろになる。

「し、実は世界樹様の痕跡を辿るうちに、古代文明の遺跡などから発見される古代の英知やまだ見ぬ世界の知識に興味を持ちまして……お恥ずかしい話ですがハマってしまいました」

「あー、そういう」

 つまり、世界樹の痕跡を探す旅があまりにも上手くいかなかった事で、ついつい興味を持ったことにのめり込んでしまったと。
 まぁ気持ちは分からんでもない。

「うーん、そうだなぁ」

 とはいえ、やっぱり知り合いを働かせるのはなんか微妙にやりづらいんだよな。
 だがその気配を察したのか、カルファが慌てた様子で立ち上がる。

「セイル様! 我等エルフは古来より世界樹様にお仕えする為に生みだされた種族なのです。しかし世界樹様を失った事で我等は目的を見失い、いずれは滅びゆく定めでした。ですが数百、数千年の時を経て遂にこの町にて世界樹様に再び巡り合う事が出来たのです! どうか! どうか我等エルフに再び使命を全うする機会をお与えください!」

 必死な様子で詰め寄って来たカルファを果実兵達が抑えつける。
 しかしエルフの細身のどこにこれだけの力があったのか、カルファがじりじりと俺に近づいてくる。
正直言って怖い! お前今まで僕は知識を集める事にしか興味ないからってスカしてたじゃん! キャラ違うぞ!
 
「わ、分かった! 分かったからすこし落ち着け!」

「おお! ありがとうございますセイル様!」

「あっ」

 うっかり認めてしまった事に気付いたのは後の祭り。
 俺の許可を得た事でカルファは全身で喜びを表現して飛び跳ねていた。

「おめでとうございます我が王。新たな従者達が増えましたね」

 これまで我関せずの姿勢を貫いていたカザードがしれっとそんな事を言ってきやがった。

「はぁ、昔の仲間を部下にするって何か複雑な気分だなぁ……って達?」

 ふと、カルファの発言に違和感を覚える。

「はい! 我等エルフ族はセイル様に忠誠を誓います! すぐに世界中の同胞に知らせを出し、世界樹様の為にはせ参じる次第です!」

「な、何ぃーーーーーっ!?」

せ、世界中のエルフだってぇー!?
どういう事だよ!?

「エルフ族は個別の一族のみではなく、樹族全体で世界樹に仕えておりましたから、彼を受け入れたという事は世界中のエルフ達も我も我もと我が王に仕える為にやってくることでしょう。」

「な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 こうして、ついうっかりカルファを受け入れてしまったばかりに、世界中からエルフ族が俺に忠誠を誓いにやってくる事になるのだった……

「はっはっはっ、これはもう国が興せますね」

「笑いごとじゃないってーの!」
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