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第三章 迷宮と王編

第31話 策動する意思と新サービス

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 ◆国王◆

「世界樹の町にダンジョンが出来ただと!?」

 町に潜ませた密偵からの報告を受けた余は、ようやく待ち望んでいたモノが現れた事に歓喜する。

「それはまことなのであろうな?」

 とはいえ、浮かれてばかりはいられん。
 余はもう一度部下の報告が真実なのかと念を押す。

「はっ、町のはずれに突然人為的な穴が現れました」

「世界樹の町の管理者が作り出したものである可能性はないのか?」

「あの町を守る魔法生命体が慌てていましたので、管理者は関与していないと思われます」

 ふむ、世界樹の守り人達も関与していないと言う事は、報告に間違いはないと思ってよさそうだな。

「よし、すぐにダンジョンの調査隊を用意せよ」

「しかし陛下、かの町へは不干渉を決めたのでは? ここで騎士団が動けば、かの町……いえ、世界樹の守り人と教会を敵に回しかねませんぞ」

 大臣が慌てて余を制止するが、そんな事は余にも分かっておる。

「案じるな、騎士団を表立って動かす気はない。案はある」

「と言いますと?」

「あるではないか、あの町に足りぬものがな」

 余はこの時の為に準備をしてきた策を大臣に伝える。

「冒険者ギルドをあの町に設立させるのだ!」

 ◆

「冒険者ギルドの支部ですか?」

 オグラと名乗ったその男は、自分を冒険者ギルドの使者だと告げた。
 そしてこの町に冒険者ギルドを設立したいとも言った。

「ええ、カンヅラ子爵領、いえ元カンヅラ子爵領には現在冒険者ギルドの支部がありませんので、この町に支部を作らせていただきたいのです」

「え? 冒険者ギルドの支部が無い? 普通どこの領地でも冒険者ギルドはあるものだと思ったのですが?」

 これは事実だ。冒険者ギルドは国や領主では対応しきれない仕事や様々な人達の問題を解決して金を稼ぐ何でも屋の組合だ。それゆえに仕事が得られそうな場所には必ず支部を作る。
 例外は金になりそうもないかつてのこの村の様な僻地くらいだな。

「確かに。元カンヅラ子爵領時代にも冒険者ギルドはありました。セイル殿は先の領地全土で発生した大魔物騒動はご存じですよね?」

「ええ、ウチの町も被害を受けましたから」

 主にあのクソ元領主の所為でな」

「我々冒険者ギルドも同様です。といっても原因の大半は元領主の横暴が原因です。元領主は我々冒険者を捨て石として使ったのです」

「捨て石……ですか?」

 穏やかじゃない内容だな。

「勿論我々冒険者が戦いの矢面に立たされる事は覚悟していましたが、それを考慮しても酷い扱いを受けましてね。生き残った冒険者の証言では、後方で待機していた騎士団が冒険者達を逃さない様に包囲していたそうです」

「それは酷い……!!」

「ええ、おかげでかなりの数の冒険者達が犠牲になりました」

 オグラもその事を思い出したのか、手に力が入っている。

「こちらからの抗議を無視した領主に対し、我々は報復としてギルドの撤退を決定しました。それゆえにこの領地には冒険者ギルドが存在していないのです」

「それはまた思い切った手を取りましたね」

 冒険者ギルドの支部を撤退させたとなれば、事件が沈静化した後が大変な事になるのは明らかだったろうに。
 それだけ冒険者ギルドもクソ元領主に対して怒り心頭だったって事か。

「そうした事情から支部を撤退した我々ですが、領主が処罰されて新体制に移行した事でこちらも新しく支部を作るべきではないかと言う意見が出てきたのです」

「それでこの町に支部を?」

「ええ。このハーミトの町は新しく作られた街道沿いにある新たな宿場町です。近隣には魔物が根城にしそうな大きな森もありますし、新しい街には騒動も付き物です。我々冒険者ギルドはこの町のお役に立つと確信しております」

 なるほど、リジェ達が張り切った事で、壊滅した町を避けて無事だった町に繋がる新しい街道が出来たのは事実だ。
 お陰でこの町はかつての寂れた小村だった頃とは比べ物にならない程大きくにぎやかになった。
 それを考えれば、防衛力として冒険者ギルドが睨みを利かせると言う考えはありなのかもしれない。

「ふーむ」

 ……でもウチには果実兵達が居てくれるから、特に抑止力は求めてないんだよな。
 しかもリジェ達は街中の植物から情報を得る事が出来るから、悪事を企んでいる連中が居たらすぐに分かる。
 あので冒険者ギルドは絶対欲しいという訳でもないんだよな。
 そんな俺の空気を察したのか、オグラがわずかに慌てながら言葉を続ける。

「それにこの町にはダンジョンが出来たでしょう? ならなおさら冒険者は必要なのでは?」

「っ!?」

 オグラから発されたダンジョンと言う言葉に、俺は警戒する。

「この町にダンジョンが?」

「とぼけなくても結構ですよ。我々も長年ギルドを運営してきた訳ではありません。町のはずれに出来たアレがダンジョンである事は察しておりますよ」

「へぇ、それは凄い情報網ですね。アレが本当にダンジョンであるなら」

 冒険者ギルドがダンジョンの知識を持っているのは言うまでもない。何しろ冒険者の多くはダンジョン探索で金を稼いでいるからだ。
 ならその元締めである冒険者ギルドがダンジョンの情報を多く持っていてもおかしくはない。
 おかしくはないのだが……ある日突然出来た穴をダンジョンだと確信できるものだろうか?

「ダンジョンが出来たならば、内部を探索する冒険者は必要でしょう。この町に支部を作りたいのも、それが理由の一つです」

 寧ろそれがメインの理由なんじゃないだろうか?
 うーん、気になる。そもそもダンジョンが出来たのはほんの数日前だ。
 ギルドが情報を得たとしても、動くのが早すぎると思うんだよな。

 俺は意見を纏める為、控えていたリジェとカザードに視線を向ける。

「よろしいのではないでしょうか?」

「リジェは良いと思うのか?」

「はい。単純な戦力が増えるのは良い事でしょう。果実兵達の業務の一部を冒険者に任せる事が出来るのは助かります」

「カザードは?」

「冒険者がダンジョンで探索をする事になるなら、宿や冒険者向けの店舗を増やす必要がありますね。ああ、我々は冒険者ギルドというものに不慣れなのですが、領主に代わって土地を管理する我が王に税は納めて戴けるのかな?」

「勿論です。冒険者ギルドは領主に税を支払って領内で業務を行う許可を貰っておりますので」

「ではギルド関係者が不祥事を起こした場合、ギルドが責任をもって対処してくれるのですね?」

「ええ、勿論です」

「しかしギルドが身内に甘い対処をする場合も考えられます。その場合、対処が不十分と判断した我が王の一存でギルドに罰則を与える事も受け入れてもらう事になりますよ?」

「い、いやそれはさすがに……我々を信じては貰えませんか?」

 こちらが満足しなければ追加で罰則を与えるぞと言われ、オグラが不満を漏らす。

「組織が清廉潔白を旨としても、組織で働く個人が不正をしない保証はありません。その不正を行うものが上層部に居た場合はなおさらです。その場合に正しい罰則を与え、被害者を守るのが領主の裁判権というものです。ならば領主と同等の権利を持つ我が王が正しく罰を与える事を受け入れるのも領地である町に暮らすものの義務では?」

「……おっしゃる通りです」

 つまるところ、ウチで暮らすならウチのルールに従えって事だな。
 そしてカザードはギルドが不祥事を起こした時に内部でなぁなぁにさせたりはせんぞとクギを刺したわけだ。

「我が王、冒険者ギルドはこちらに税を納め、町のルールにたいして全面的に従う意思をしましました。ならば商売人を相手にするものと同等に判断してよろしいのでは?」

「そうだな」

 リジェもカザードも反対意見はなしか。
 リジェはフリーの果実兵を減らしてダンジョン討伐の手を増やしたいって考えみたいだな。
 対してカザードはギルドが勝手をしない様に頭を抑えつけた。
 うーん、あと一つ何か欲しいな。
 ……ああそうだ!

「オグラさん、こちらからも提案があるのですが……」

 ◆
 
 後日、正式に冒険者ギルドがハーミトの町に誕生した。
 俺はこっそりと冒険者に扮し、新しいギルド支部を見学していた……いや今も一応は冒険者ギルドに支部があるけどな。

 ラシエルに頼んで用意して貰ったギルドの建物はちょっとした豪邸並みに大きく、通常の業務だけでなく訓練施設や解体場なども内包している。
 ちなみにこの施設はウチが建てたものなので、ギルドは税金とは別に家賃を支払う事になっている。
 発案者のカザード曰く、余計な出費が多ければ大した悪事は出来ないとの事。

「おー、ここが新しいダンジョンが発見された町か!」

「へぇー、綺麗な町じゃん」

「よーし、稼ぐぞぉー!」
 
 新しくダンジョンが発見された情報を聞きつけた冒険者達は、新人熟練問わずこの町に集まって来ている。
 ちなみにダンジョンについては昔からあったダンジョンが何らかの理由で封印され、町の発展がきっかけで発見されたという設定になっている。
 これはダンジョンが突然ポンと発生したなんて事が知られたら、余計な騒動になるからだ。
その為に適当な理由をでっちあげた。
まぁ常識的に考えて、古代の建築物であると信じられていたダンジョンが、実は生き物だったなんて言われても信じられないだろうしな。

 更にもう一つ、町にやって来た冒険者達に対し冒険者ギルドから一風変わった通達があった。

「なんだこの看板?」

 町の入り口や冒険者ギルドの壁などにデカデカと書かれた果実兵達の絵。
 そこにはこう書かれてあった。

「この生き物は町を守る仲間です。魔物と間違えて攻撃しない様に……?」

「へぇ、ゴーレムかなにかかな?」

「体が鉱石じゃないから魔法生物じゃない?」

看板を見た魔法使い達が、果実兵はゴーレムなのか魔法生物なのかと議論を重ねている。
実は果実なんだよなぁ。原理は俺にも良く分からんが。

 俺がオグラに提案した事は、果実兵が間違って冒険者に襲われない様にしてほしいと言う事だった。
 なにせ彼等は見た目が良く分からない生き物だ。うっかり勘違いして襲われる可能性は高い。
 冒険者は喧嘩っ早いしなぁ。

「へぇ、コイツ等ダンジョンの見回りもするのか」

「犯罪者がダンジョンに逃げ込むこともあるからみたいね」

「あー、ダンジョンに逃げた奴を追うのって厄介だからね」

「冒険者に扮した盗賊団もたまにいるからなぁ」

「なぁ、こっちに変なものがあるぞ?」

 と、別の看板を見ていた冒険者が首を傾げる。

「なになに、ダンジョン保健&ダンジョン販売?」

「何それ?」

 と、その時だった。冒険者ギルドのドアが乱暴に開かれたと思うと、果実兵達に抱えられた三人組の冒険者達が運ばれてきた。

「うぉっ!? お前等どうしたんだ!?」

 彼らが驚いたのも無理はない。運ばれてきた冒険者達は皆ボロボロだったからだ。

「う、うう……地上に戻ってきたのか?」

「た、助かった……」

「お、おい、大丈夫かお前等?」

 さすがにボロボロの同業者を放っては置けなかったのか、回復魔法の使える僧侶などが彼らを解放する。
 適切な治療を受けた事で、ボロボロだった冒険者達もすぐに動けるようになった。

「いやすまない、助かったよ」

「ホント、死ぬかと思ったわ」

「まったくだ。お前がまだ行けるとズンズン先に進んだからだぞ!」

「おいおい待てよお前さん達。喧嘩をする前に何が起きたのか教えてくれ」


 そのまま口論を始めようとした冒険者達を、慌てて他の冒険者達が制止する。

「それで、何があったんだ?」

「あー、それはだな」

「このバカが引き際を間違えてパーティが全滅しかけたのよ!」

 言いづらそうにしている男を押しのけて、喧嘩腰だった仲間の女が事情を説明……というか愚痴を吐く。

「ホント死ぬかと思ったんだからね」

「良く分からんが、無事脱出出来たんだろ?」

「いや、俺達だけだったらあのまま全滅していたところだ。彼等が通りがかったおかげだな」

「彼等?」

 と、ひときわボロボロだった冒険者が果実兵達に視線を向ける。

「彼らが我々を助けてくれたんだ」

「こいつ等が?」

「ああ」

 一見して強そうに見えない果実兵達を見て、冒険者達が本当なのかと首を傾げる。

「あー、これじゃないか? ダンジョンで遭難した冒険者を地上まで護衛してくれる有料サービスってやつ」

 その話を聞いた冒険者の一人が、先ほどまで皆が注目していた看板を指さす。

「護衛?」

「ああ、ダンジョンに深入りしすぎたり、大怪我を負って帰還が困難になった際に、見回りをしている果実兵……コイツ等が有料で地上まで送ってくれるみたいだ」

「へぇ、便利じゃん」

「まぁな。おかげで結構な金をとられたが」

 と、ボロボロの冒険者達が空の袋の口を地面に向けて金がないアピールをする。

「成程、深い階層に潜るにつれ金がかかるみたいだな。浅い階層だと安いから初心者は安心して使えるみたいだな」

「そうなると熟練者向けのサービスって訳ね」

 冒険者達が興味深そうに看板に視線を戻す。

 そう、これが俺の考えた「もう一つ」だ。
 ダンジョンは常に命の危険に晒される。
 
しかも閉鎖環境だから魔物に囲まれやすく、地上よりも逃亡は困難だ。
どれだけ周囲を警戒しても戦わずに進むことは不可能。
 それは帰りも同様。寧ろ帰りの時こそやたらと魔物と遭遇する。
 おかげで引き際を間違えて全滅する冒険者は後を絶たなかった。

 だから俺は冒険者達が生きて地上に戻る為の安全を提供してはどうかとオグラに提案したのだ。
 それが有料の帰還専用護衛サービス。
 行きは完全に自己責任だが、帰りの安全が保障されるとあれば冒険者としては非常にありがたいだろう。

 それに帰りならある程度懐が温かくなっているだろうから、多少高くてもお宝を確実に持ち帰ろうと積極的に利用してくれるに違いない。
 まぁ中途半端な儲けだとプラマイゼロになるかもしれないけどな。

「それに回復アイテムの販売もしてくれるみたいだぞ」

 看板の説明を読んでいた冒険者が、追加のオプションサービスを読み上げる。

「なにそれ、超ありがたいじゃん!」

「確実に遭遇出来る訳じゃないみたいだが、探索中に回復アイテムの補充が出来るのはありがたいな」

 こっちは俺のこだわりが大きいサービスだ。
 あの日ダンジョンで死にかけた俺だからこそ、探索中の回復アイテムの枯渇は痛い程分かる。
 なら、これからダンジョンに挑む冒険者達が、かつての俺の様に手遅れにならないで欲しいと思うの当然の事。もちろん代金は貰うけどね。

 とはいえこれも単なる善意や金稼ぎだけが理由じゃない。
 俺達の本当の目的はダンジョンを討伐してラシエルの安全を確保する事。
 ならダンジョンの最下層に最短で到達する為にも、戦力である冒険者の戦線離脱は可能な限り少なくしたい。
 その為に、冒険者に安全を提供するのだ。

「よーし、これでダンジョン探索が楽になるぜー!」

「おいおい、あんまり調子に乗るとあっさり死ぬぞ」

「そうそう、確実に助けが間に合う訳じゃないんだから、期待しすぎない」

 気楽な冒険者に対し、慎重な冒険者達はあまり期待しすぎるなと注意をする。
 しかし安全がある程度増すと分かり、彼等も期待はあるみたいだ。

 うんうん、これなら冒険者達に俺達の戦力として頑張って貰えそうだな!
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