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第一章 世界樹との出会い編

第3話 世界樹の実り

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「わたしをおおきくしてください!」

 翌朝、朝食の準備をしていると、ラシエルがそんな事を言ってきた。

「大きく? ……というのはラシエル……の木の方か?」

 ラシエルは聖霊だから人間のように食事をとって成長するとは思えない。
 となると本体である木に与えると考えるのが妥当だ。

「はい! わたしがおおきくなると、おにいちゃんになんでもあげることができるようになるんです!」

 何でも、というのはつまり果物あたりの事かな?
 木ならただの果物でも食料として期待できる。
 しかしラシエルは世界樹の聖霊だ。
 昨夜俺の体を癒してくれた世界樹の雫の事を考えると、ただの果物とも思えない。

「分かった。森に食料を探しに行くついでに肥料になるものを探してくるよ。どんなのが欲しい?」

 念のためどんな肥料が欲しいのかと聞いてみると、ラシエルは腕を組んで考え込む。

「なんでもいいです!」

 そしてとても困る返事が来た。

「そ、そうか……」

 仕方ない、色々見繕ってくるとしよう。

 ◆

「凄いな。全然痛みが無い」

 食料を探しに森へやって来た俺だったが、体の痛みが全くない事に感動していた。

 ダンジョンで大怪我をして以来、何をするにも体が痛くて仕方がなかったというのに、ラシエルから世界樹の雫を飲ませて貰った時から、体の痛みが全くなくなっていた。

「それどころか、前より体の調子が良くなってるんじゃないか?」

 久しぶりに体が自由に動くようになったことで、俺は心が浮き立つのを抑えられないでいた。

「念のため金に困るまで装備を売らないでいてよかったな。寧ろこれならまた冒険者として活動できるんじゃないか?」

 浮かれるあまり、そんな事を考えた俺だったが、不意にラシエルの顔を思い出して歩みを止める。

「いや、流石にラシエルを一人にするわけにはいかないか」

 人間ではないみたいだが、ラシエルはまだ生まれたばかりの子供だ。
 再び冒険者に戻ったら、あの子は独りぼっちになってしまう。
 さすがにそれは人としてどうかと思う。
 なにより、妹を思い出させるあの子と離れ離れになるのは、俺自身が望んでいない。

「早く食料と肥料を手に入れて帰らないとな」

 俺は気を取り直して森の中を進んでゆく。
 進んでゆくのだが……

「おかしい、食料が全然見つからない」

 困ったことに、食料になるものがまったく見つからなかった。

「いくらなんでもこれはおかしいぞ? 村が滅……滅んだ事でこのあたりの森は誰も足を踏み入れていない筈。なのに何でこんなに食材が無いんだ?」

 一応近隣の町や村から人が来る可能性も無いではないが、隣接する町や村でもそこまで近くはない。
 魔物に襲われる危険だってあるし、村にも誰かが野営をした様子はなかった。
ここ数年は珍しく飢饉で食料に困るといった話も聞いていないので、外部から人がやって来た訳でもないみたいだ。
そうなると考えられるのは……

「……っ!」

 その気配を感じた俺は、音を立てない様に気を付けながら、身を潜める。

「……やっぱりか」

 そこに居たのは緑の体をした小さな人型の生き物……ゴブリンだ。
 それが7体。

「こんな人里に近い場所にゴブリンがやってくるなんて……いや当然か」

 ゴブリンをはじめとした魔物は人間が大勢いる町や村にはあまり近づかない。
 単純に人間の数が多いと不利になるからだ。

 なので人里が近くにある森では、村や町に近い場所ほど魔物との遭遇率が下がるのが常識だ。
 だが俺の故郷は10年前に既に滅んでいる。
 ゴブリン達が警戒する相手が居ない以上、生活域を広げるのは当然の事か。 

「この辺りまでゴブリン達の縄張りになってるって事か」

 状況を理解した俺は、目の前のゴブリン達に集中する。

「ゴブリンが7、この程度ならいけるな」

 病み上がりの身で数の不利もあるが、ゴブリン程度なら問題ない。
 俺はゴブリン達の挙動をつぶさに観察する。
 現在位置は風下、匂いで気づかれる心配はない。
 もう10年も人が入らなかったこともあってか、ゴブリン達が周囲を警戒する様子はない。
 つまりこの辺りにゴブリンの命を脅かす天敵はいないという事だ。

「これならいけるな」

 俺はその場でじっと息を潜めたまま隠れ続ける。
 ゴブリン達は無防備に果物をもぎ取っている。
 やはり俺が食料を探しまわった場所は、運悪くアイツ等が収穫した後だったみたいだな。

 そしてゴブリン達が俺の隠れている場所の傍までやって来た瞬間、勢いよくゴブリンに襲い掛かった。

「ウガァァァァァァァァァッ!!」

「「「ギャヒッ!?」」」

 獣の様な雄たけびを上げてゴブリンを威嚇すると、油断していたゴブリン達が驚きで固まる。
 その隙を見逃さず、1体目のゴブリンを袈裟懸けに切り捨てる。

「一体目!」

 仲間が殺されてゴブリンの目が驚愕にゆがむが、竦んだ体はまだ動かない。
 更に一歩踏み込んで、2体目のゴブリンを逆袈裟に切り捨てる。

「2体目!」

「グギャァァァァ!」

 ここでようやく硬直が解けたゴブリン達のうち3体が反撃してくるが、俺は倒したゴブリンの死体を蹴り上げて1体の動きを封じる。そしてもう1体の相手をしつつ、3体目との間に2体目を挟む事で、攻撃をためらわせる。
 その間に2体目を危なげなく倒す。

 ここで1体目が覆いかぶさってきた仲間の死体を押しのけて襲い掛かってくる。
 2対1、普通なら不利な状況に、俺は迷わず逃げだす。
 ゴブリン達は逃げ出した俺を追いかける。
 俺はわざと足を緩めてゴブリンを誘うと、真横に飛んだ。

「グギャア!!」

 ゴブリン達はすぐに向きを変えて俺に攻撃してくるが、その攻撃は森の木々にぶつかって不発に終わる。
 俺が横に飛んだ傍には、2本の木が隣接してそびえており、ゴブリン達の攻撃から身を守る盾になってくれたのだ。

「こういう場所じゃあ、振りかぶるよりも突いた方が当てやすいぜ!」

 1体目のゴブリンの胸元に剣が深々と突き刺さると、俺はゴブリンの体を蹴ってすぐに剣を引き抜く。

「ギャギャアッ!!」

 不利を悟った3体目のゴブリンが逃げ出すが、人間とゴブリンでは体格が違う。
 全力で追いかければすぐに追いつき、その背中に剣を振りかぶった。

「ギャギャァー!」

 最後のゴブリンが悲鳴と共に倒れる。

「ははっ、ダンジョン最下層まで潜れる冒険者を舐めるなよ!」

 まぁその最下層で冒険者引退の憂き目にあったんだけどな。
 ほんと無理は駄目だよな。まだいけると思ったあの時、俺達は余裕を見て帰るべきだった。

「とはいえ、それだとラシエルとは会えなかったんだよなぁ」

 仮にあの時上手くいったとしても、いずれは同じ結末になっていたのかもしれない。
 最悪、死んでいた可能性もある。
 そうかんがえると、生きて引退できた今の状況は運が良かったのかもしれない。

「ラシエルのお陰で、体もこの通り治ったしな」

 もうゴブリンとすらまともに戦えないと思っていた俺の体も今はピンピンしている。
 本当に、世界樹の雫って凄いんだな。
 もしかしたら、あの万病を癒すという伝説のポーション、エリクサーと同じくらい凄いんじゃないだろうか?

「とはいえ……怪我は治ったけど、だいぶ鈍ってるな」

 正直なところ、村に戻ってくるまで碌に体を動かしていなかったので、微妙な戦闘カンが鈍くなっていた。
 ゴブリンが相手だったから良かったけど、強力な魔物が相手だったら命とりになっていたかもしれないな。

「さて、それじゃあ食料を回収しましょう……か?」

 ゴブリン達の息の根を止めた事を確認した俺は、コイツ等が収穫した食料を頂こうと思ったんだが……残念なことに、食料はゴブリンの血を浴びて使い物にならなくなっていた。

「これは運が悪い……」
 
 さすがにこれは皮を剥いても食べる気にはなれないわ。

「これじゃあ食べるのは無理か。仕方ない、別の場所で食料を探すか」

 既にこのあたりの食料はゴブリンが採りつくしていたみたいで、周囲には果物の影もない。
 俺は食料を探して別の場所へと向かったのだが……

 ◆

「これは参ったな……」

 あの後、俺は食料を探して森の中を歩き回ったのだが、ある困った事実に気づいてしまった。

「ゴブリンの数が多すぎる」

 そう、森の中はゴブリン達でいっぱいで、おちおち食料探しも出来なかったのだ。

「しかも森の奥に行くほどゴブリンの数が増えてやがるし、しかも上位種ばかりじゃないか」

 何より困ったのは、ホブゴブリンの様なちょっと強いゴブリンだけでなく、魔法を使うゴブリンウィザードや、体格の大きいゴブリンファイターと言った強さだけでなく、知恵の回る上位種のゴブリンまで居た事だ。

「参ったな。そりゃゴブリン相手に負ける事は無いし、上位種の相手もしたことはあるけど、流石にこれだけ数が居ると、戦ってる間に他の群れに後ろから不意打ちを喰らいかねない」

 実力の上では勝っていても、数で押されたらさすがにキツイ。
 ダンジョンでの戦いで、武器はともかく防具はボロボロだからなぁ。

「しかも上位種のゴブリンがこれだけ多いって事は、絶対大規模な集落があるぞ。って事は、間違いなく群れを統率するゴブリンキングが居る……」

 ゴブリンキングは文字通りゴブリンの王で、コイツは単体でも結構な強さを誇る為、冒険者からはゴブリン詐欺と呼ばれる魔物だ。
 何より厄介なのは、コイツが居る場合、間違いなく大規模なゴブリンの集落があるという事。

 そしてゴブリンに限らず、キングと呼ばれる魔物が指揮する群れは、単体で戦う時よりも強化されるという迷惑極まりない特性があった。
 キングの居る群れが危険視される理由はこれだ。

「不味いな、これじゃ森での狩りは諦めるしかないか」

 仕方なく俺は、先ほどゴブリン達と戦った場所へ戻っていく。
 というのも、あのゴブリンの死体を放置しておくと、森の中のゴブリン達が仲間を殺した犯人を捜して山狩りならぬ森狩りを始めかねないからだ。
 最悪村にまでゴブリン達がやってきかねない。

 少数のゴブリンの群れが森にすみ着いただけだと思っていたが、キングの居る集落となると危険度が段違いだ。

「普通は魔物の集落が出来ない様に、騎士団が巡回して間引くのが常識だろうに。相変わらずここの領主はクソだな」

 あの日、村を見捨てたクソ領主は、今もなお周辺の村々を苦しめていることが、この出来事からはっきりと理解できてしまった。

「本当にどうするつもりだ? この辺りまで食料を探しに来ているって事は、いつゴブリン達が森の外に食料を求めに出てきてもおかしくないぞ」

 ゴブリン達は森の恵みで十分暮らしてきた。だがそれもいつまでもつか分からない。
 森の恵みでは群れを賄いきれなくなった瞬間、大量の飢えたゴブリンが領地中に広がるだろう。
 本当に頭の痛い話だ。
 
「そうなるとラシエルの木の肥料も用意するのが難しくなるな」

 これは困った。俺はまだ非常食があるし、最悪町に買いに行けばいいが、植物の肥料となると森の恵みが使えないのが痛い。

「うーん、どうしたもんか」

 そうこう考えている間に、先ほどのゴブリン達と戦った場所へ戻ってきた。

「よかった、まだ見つかってないみたいだな」

 俺は戦闘跡が荒らされていない事から、まだ仲間のゴブリン達にこの惨状が見つかっていないと安堵する。

「さて、面倒だがこいつらを埋めないとな。こんな連中でも埋めれば森の……ん? 埋める?」

 とそこで俺はある考えを思いついた。

 ◆

「ただいまー」

「おかえりなさいおにいちゃん!」

 村に帰ってくると、大木からラシエルが姿を現して俺を迎えてくれる。
 うーん、出迎えてくれる人が居るっていいもんだなぁ。
 ただラシエルは木の傍から離れられないのか、足を止めて俺を待っている。

「しゅうかくはどうでしたか?」

 ラシエルがキラキラした目で俺を見つめてくる。
 うう、狩りに出て獲物が獲れなかった日の父さんの気持ちが分かってしまった。

「あー……ええとだな」

 うーむ、いざ言おうとなると、コレちょっと抵抗あるなぁ。

「はい?」

 俺は意を決して背負っていた荷物を下ろす。

「ス、スマン! これしか手に入らなかった!」

「これは!?」

 俺が差し出したのは、先ほど倒したゴブリンの死体だ。
 さすがに全部持ってくるのは手間だったので、二体は地面に埋めて、一体だけ運んできた。

「魔物が多くてな、こいつくらいしか用意できなかった。そ、そうだ、汚れてはいるけど果物も拾って来たぞ!」

 そういって俺はゴブリンの血で汚れた果物も差し出す。

「……」

 ラシエルが無言でゴブリンの死体と汚れた果物を見つめる。
 だ、ダメか? ダメなのか?
 やっぱ魔物の死体をお土産とかいくら聖霊でも嫌か?

「ありがとうございますおにいちゃん!」

 だがはじかれた様にゴブリンの死体から顔をあげたラシエルは、嬉しそうな顔で俺に感謝の言葉を口にした。

「とってもえいようがありそうなひりょうです!」

 お。おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 成功したぁぁぁぁぁぁぁっ!
 良かった! ゴブリンの死体を肥料として認識してくれた!
 というのも、さっきゴブリンの死体を森に埋めようとした時、地面に埋めれば森の肥料になると思ったからだ。

 森で獣を狩った時は、村までの距離が離れている際は内臓を捨てる事が少なくない。
 ただそのまま放置すると腐って虫が湧くし、最悪魔物の餌になる。
 だから森の肥料にするためにも、土の中に埋めるのがルールだ。
 またそれは魔物が相手でも同様で、魔物の死体が他の魔物の餌になると困るから、やはり死体は埋める。
 可能ならアンデッドにならないように燃やすのが理想だ。

 だから世界樹も魔物の死体は肥料として認識されるかもしれないと考えたのだが、見事に正解だった。
 俺はラシエルに促されるままに、ゴブリンの死体と汚れた果物を木の根元に埋める。

「これでおにいちゃんのほしいものをみのらせることができます! おにいちゃんはなにがほしいですか?」

「えっ?」

 ラシエルが嬉しそうに、何が欲しいかと聞いてくる。
 っていうか何が欲しい? そこは普通に果物を実らせてくれるんじゃないのか?

「そ、そうだなぁ。今は食べ物が欲しいかな。森に魔物が多くて食料を確保出来なかったから、何か果物が手に入るとありがたい」

「わかりました! くだものですね!」

 するとラシエルの本体である世界樹の枝が動いたかと思うと、みるみる間に果物が実っていった。

「ええっ!?」

 一瞬で果物が実った枝が、俺の前に垂れ下がってくる。

「どうぞおにいちゃん!」

「あ、ああ」

 ラシエルに促されるままに、俺は果物をもぎ取るとおっかなびっくりそれを口にする。

「……美味い!」

 本当に美味かった。
 目の前でいきなり果物が実った事から、大丈夫かと不安になったが、そんな不安を吹き飛ばすほど世界樹の果物は美味しかった。

「えへへ、よろこんでもらえてうれしいです!」

 ラシエルが心から嬉しそうに微笑みを浮かべる。

「ありがとうなラシエル」

「どういたしまして!」

 ラシエルのお陰で最低限果物は確保できるようになったな。

「これでいざという時に飢え死にの心配をしなくてもなったな。いや、この果物を収穫して、町で売る事も出来るか?」

 普通の果物は年に一回の収穫期を待たないといけないが、ラシエルなら肥料さえ与えればいつでも実を実らせてくれるかもしれない。
 とはいえ、いつまでもラシエルに頼るのは考えものだ。
何よりどこまでラシエルが俺を助けてくれるのかも分からない。

 森に入れない事を考えれば、自分で作物を耕して食料を確保した方が良いだろう。
 ラシエルの果物はそれまでの非常食として頼る方がいいのかもしれない。
 そして食料に余裕が出たら、ラシエルの果物を売り物にすることを考慮しても良いだろう。これだけ美味いんだから、少量でも良い金になる。
 まぁこれはラシエルの許可を取った方がいいだろうけどな。
 何しろ売り物にされるのは自分が実らせた果物だ。

「うん、これなら森に狩りに出なくても肉が食えるな」

「おにくがほしいんですか? ちょっとまっててくださいね」

 と、俺の言葉を聞いていたらしいラシエルが変な事を言い出した。

「待つってどういう……ってえぇぇぇぇぇっ!?」

 言葉の意味を訪ねようとラシエルの方を向いた俺は、そこに広がっていた光景に目を丸くする。

「に、肉ぅーっ!?」

 なんと、世界樹の枝には大きな肉塊が実っていたのだ。

「はいおにくですよおにいちゃん! たーんとめしあがれ!」

「え? あ、はい、ありが……とう?」

 その光景に呆然としながら、俺はラシエルの言った何が欲しいですかという言葉の本当の意味を実感させられたのだった……っていうか、普通木に肉が実るとか思いつくわけないだろ!?
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