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魔族領編

ハロー高柳さん

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 ブラック勇者を倒した俺は痛む体を引きずって、奴等の攻撃の巻き添えになった勇者達を治療してやった。

 「……」

  手当を受けた勇者達は、戦いを挑みに来た身だというのに敵に助けられて困惑しているみたいだ。
  まぁポーションとかの回復薬を飲ませただけなんだがだな。

 「なぁ……アンタ、なんで俺達を助けたんだ?」

  ようやく出た言葉はそれだった。

 「我々が打倒したいのは君たち異世界から連れてこられた勇者ではないからだよ」

 「「「っ!?」」」

  自分達が異世界人である事を知られているとは思っていなかったのだろう。勇者達の顔に驚きの表情が浮かぶ。

 「どこでそれを?」

 「君達の情報を得たのは穏健派だけだと思ったのかね? 私だよ、私が彼らに君の事を教えたのだよ」

 「ど、どういう事だ!?」

  勇者達は完全にパニックだ。強硬派を止める為に自分達異世界人が召喚された事を穏健派から教えられたというのに、実は強硬派がその情報を流していたというのだから彼らも戸惑いを隠せない。
  うん、『俺』が教えたというのは嘘じゃないぞ。

 「私はね、君達異世界人と敵対したくないからこそ、ここに君達をおびき寄せたんだ。君達に真実を伝える為に」

 「ほう、それは興味深いな」

  この声は、目の前に勇者達ではなく、背後から聞こえてきた。
  俺、背後取られすぎ。
  だがこの声は聞き覚えがある。むしろこの声の人物に聞いてもらえるのなら好都合と言えるだろう。

 「ようこそ高柳さん。勇者達の指導者よ」

  俺が芝居がかった口調で振り向くと、そこには苦笑する勇者たちのリーダー、高柳さんの姿があった。

 「私は指導者になったつもりはないのだがね、皆が勝手にそう呼ぶだけだよ。それよりも、貴方にまで私の名が知られていた事に驚いているよ」

  高柳さんの姿に警戒や敵意は感じられない。まぁ周囲に隠れている連中は明らかに殺気が漏れてるっつーか体の一部が見えてバレバレだが。

 「我々の中では有名ですよ。恐るべき力を持つ勇者達の指導者としてね」

 「それは買い被りだ。私は見た目通りの臆病者ですよ」

  高柳さんは臆することなく俺に近づいてくる。
  それは俺を信用しているからなのか、それとも己のスキルへの信用があるからか。本心は分からない。

 「さぁ、話をしましょうか」

  一つ言えるのは、この男は敵に回したくないという事だった。

  ◆

「成程、魔力枯渇現象の原因を根絶する為に、あえて戦いを挑んだと」

  真相を知った高柳さんがうんうんと頷きながら魔族の現状を理解してくれた。

 「その通り、そして我々の世界から魔力を奪い取っている原因さえ取り除けば我々はリ・ガイアへ帰還する。君達勇者にはその邪魔をしないでほしい。可能ならば協力してくれるとその時間はさらに短縮される」

  これで高柳さんが協力してくれれば彼のスキルを使ってリ・ガイアから魔力を奪っている相手を探り当ててくれるかもしれない。

 「我々のメリットは?」

 「我らの次元転移技術を使って諸君らを元の世界にお返しする事を約束しよう」

  これは魔族から支払える唯一と言って良い報酬だ。逆に言えばそれ以外の報酬は人間達にも出す事が出来る。

 「この世界の人間は魔族が攻めてきたからだと言い、魔族はこの世界の何者かが魔力を奪うからだと言う。正直に言わせてもらえば情報が少なすぎて手を出しかねますね」

  まぁ当然だろう。今まで敵だった相手の言葉を素直に信じる程高柳さん達は純粋ではない。だからこそ今日まで生き残ってこれたのだから。

 「これは純粋な質問なのですが、貴方達にとって魔力が枯渇すると言う事はどんな感覚なのですか? 耐えがたい空腹を覚える感じなのでしょうか?」

  高柳さんの質問に俺は考える。実際俺が体験した訳ではないが、マーデルシャーンの記憶にあるあの感覚を人減に伝わる言葉にすると……

「人間でいえば呼吸が出来なくなる感覚といえばご理解できるでしょうか」

 「……っ!……はぁ!」

  思わずその光景を想像してしまったのだろう。勇者の一人が急に息を吐きだした。
  アレだ、Tvなんかで酸素ボンベなしで水中にもぐっているシーンとか見てるとつい自分も息を止めちゃう感じだ。

 「それは、何とも……」

 「貴方達勇者が我々との戦闘を辞めて頂けるのなら我々はこの臨時王都での貴方達勇者の常駐を許可させよう。必要ならば転移ゲートを使用しても良い。我々の問題が解決する前に君達の世界へ帰る為の研究が完成したならば、その時点で君達を元の世界にお返ししよう」

 「至れり尽くせりですね」

  ちょっとこちらから提示するメリットを出しすぎたか? けど本当にこれくらいしか手は無いからな。逆に勇者達にとっても喉から手が出るほど欲しい 技術でもある筈だ。

 「我々から提示できる条件はこれだけしかない。逆に言えばこれを受けてもらえなければ我々魔族はリ・ガイアの大地と残された同胞を救う為にこの世界の住人だけでなく、君達勇者とも死を覚悟した戦いを挑む事になる」

 「脅しですか?」

  高柳さん達の空気が冷たさを帯びる。

 「それだけ我々は追い詰められていると言う事だ。魔族に残されているのは、魔力枯渇減少を引き起こしている原因を排除するか滅亡するかの2択。もし……仮にそのどちらも選ばなかった場合、同胞たちは飢え、住むべき場所を求めて大陸に進出するだろう。リ。ガイアの全ての種族が生きる為に。そうなればいまだ戦いに参加していなかったリ・ガイアの民全てが兵士としてこの世界のあらゆる知的種族を滅ぼして自らが取って代わろうとする事になる。文字通りの生存競争だ」

  だがそれこそがルシャブナ王子が恐れていた事。最悪、両世界の種族の大半が死に絶える。
  残ったわずかな生き残り達は戦いの傷を胸に秘め、子に孫に伝えていくだろう。互いの種族への憎しみを永遠に伝えていく。
  文字通りの禍根だ。
  そうしたくないから原因だけを取り除きたいのだ。

 「もはや時間が無い。力づくでも原因を探らねばならないのだ」

 「言いたい事は分かる。だがそれでは各種族の抵抗も強くなり猶更調査は遅れるでしょう。何より異世界の魔力を根こそぎ奪っている者達をうかつにつつけばどんなしっぺ返しが来ることか」

  そう考えるのは当然だ。だがそれはマーデルシャーンの望む所。

 「それが良いのです。この世界に突然突出した力を持つ者が現れれば、その者こそが最も怪しい」

  ここで初めて高柳さんが驚きの表情を浮かべる。

 「正気ですか!? リスクが高すぎるでしょう‼!」

 「リスクは承知。だがリスクを受け入れなければさらに時間が掛かるのです」

 「……」

  高柳さんが考え込む、足りない情報でスキルを発動させてどう行動するべきかの策を練っているのだろう。

 「もしその容疑者が戦場に現れたら、あなた方はどう動くつもりですか? 現在世界各地で戦っている魔族にはどういう命令を下しますか?」

  情報のほしい高柳さんがその時になったらどうするつもりかと、犯人が見つかったら本当に即時撤退して犯人のせん滅に専念できるのかと聞いてくる。

 「調べます、その相手の本拠地を調べ、本当にリ・ガイアから魔力を奪っていた事がわかればその時点で世界中に散った魔族をその場所に集結させます。同胞の中にはそれを条件にこちらの世界に来る事を受け入れた者も少なくありませんから」

 「……そうですか。……では……」

  高柳さんがスキルでの作戦立案の成功率を上げる為に様々な事を質問してくる。
  時に技術的な問題であったり、時に食量事情であったりとその質問内容は多岐にわたっていた。

 「……分かりました。我々勇者は魔族からの一時休戦の要請を受け入れましょう。ただし、もしも貴方達の行動に侵略の意思を感じたら我々勇者は魔族を邪悪な者としてせん滅する事も厭いません」

  要は後で調子が良くなってきても余計な色気は出すなという事だ。

 「承知した。君達の英断に感謝する」

  高柳さんが右手を出してきたので、俺はその意味に戸惑う振りをする。

 「我々の故郷での友好を示す挨拶です。互いの両手を握るんですよ」

 「成程、承知した」

 俺も右手を出して高柳さんと握手をする。

 「それで私から一言。今後も調査を行うのならば、無作為な捜索はやめた方が良いでしょう。相手は異世界の魔力を根こそぎ奪う技術力を持っている。しかしそれを実現するには理論だけではなく資産や人材も必要だと思いませんか?」

  高柳さんが何かを思いついたのだろう。俺にアドバイスを始める。

 「大国に絞れと?」

 「資金、技術力、優れた人材、特に魔法とマジックアイテムに関しての研究が発展している国に絞ると良いでしょう」

 「目星がおありで?」

  高柳さんが頷く。

 「この世界にはエルフとドワーフという種族が居ます。エルフは魔法に、ドワーフはマジックアイテムの研究に長じています。そして両種族の中は険悪。魔族に襲われているにも限らずあの二種族の国はいまだ争いを続けています。これまで以上の規模でね」

  ああ、確かにマーデルシャーンの知識にエルフもドワーフも名前はあるけど詳細な知識は無いな。
  なんかどちらも閉鎖的な種族だから潜入が困難だって話らしい。
  高柳さんが二つの種族の名前を断定したと言う事は、高柳さんのスキルがその2種族を疑っているって事だよな。
  これは調べてみる価値がありそうだ。

  そうと決まればさっそく対策を練ろう。
  とりあえず外で暴れている残りの勇者達と騎士団を黙らせてからな。
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