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53 テーマカラー?

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 ジョン殿下によって合流できた私たちは、お互いの無事を喜びました。
 しかし避難誘導に行った副所長や所員、騎士たちがまだ戻ってきていません。
 砂煙の中に霞む朝日が妙に不気味で、不安な考えばかりが浮かびます。

「マリー先生。大丈夫だ」

 ジョアンが私の顔をハンカチで拭きながら、無理に笑顔を作ります。
 この緊迫した状況下でしっかり偽名を呼ぶジョアンの冷静さが羨ましいです。
 エスメラルダは、押し寄せる無数の会話に耐えきれず、耳を抑えて蹲っていました。

「ありがとう、ジョアン。エスメラルダは大丈夫かしら」

「聞こえるから辛い。でも大丈夫」

 そう言いながらジョアンはポケットから小さなコルクを取り出しました。
 よく見るとワインの栓を削ったものです。

「耳栓」

「ジョアンが作ったの?エスメラルダのために?」

「うん」

「優しいのねジョアン」

「うん」

 私はなんだか涙が出るほど嬉しくて、二人を抱き寄せてしまいました。
 エスメラルダが耳を抑えて蹲っていたのは、耳栓が少し大きくて押さえていないとはずれるからでした。
 
「副所長たち大丈夫かしら」

「うん」

「なぜ分かるの?」

「専門家だ」

「ああ、そうね。でも騎士たちは?」

「大丈夫」

「鍛えてるから?」

「うん」

 こんな状況なのにふっと笑ってしまいました。
 私たちを誘導し、すぐにどこかに行ってしまったジョン殿下が戻ってきました。

「マリー、地震はまだ続くのだろうか」

 私はジョアンの顔を見ました。

〈予断は許さない状況だが、ここまで大きいのは無いだろう。後は建物の崩壊と水面の異常上昇だが、この川は海に通じているのか聞いてみて〉

 私はジョアンの言葉を伝えました。

「そうか…一息つけるのだな。ああ、質問はこの川が海と繋がっているかということだったね?地下の水路で繋がってるよ。何か関係があるのかな?」

「水位の動きによって海水面の異常な動きを警戒する必要があります」

〈繋がっているということは干満差がある?〉

「干満差はほとんど無いよ。海の割と深いところで繋がっているからほぼ一定の推移を保っているはずだ」

〈海を見に行く。それによっては高台に避難する必要がある〉

 私が伝えるとジョン殿下は顔をゆがめました。

「何百年か昔の文献に載っていたアレの事かい?ジョアン君は海を見れば判断できる?」

 ジョアンが頷きました。

「すぐに向かおう。私が同行する。マリーたちは城の中に避難しておいてくれ、最上階はバンケットホールになっているからかなりの人数も収容できるが、君たちは私の私室に案内させよう」

 近くにいた兵に声を掛けたジョン殿下はジョアンに手を差し出しました。

「同志よ、我が国民達を助けてくれるかい?」

 ジョアンが頷いて差し出された手を握り返しました。

「私も行きます。私が行かないとコミュニケーションがとりにくいです」

 ジョアンはゆっくりと私を振り返り口に出して言いました。

「大丈夫。時間はあるし、僕もしゃべる」

 ジョアンの口から出た初めての長文に、私は戸惑いつつも喜びを感じました。

「わかったわ、ジョアンを信じている。愛してるわジョアン」

「義姉さん。愛している。待っていて」

 アンナお姉さまがエスメラルダを抱き上げて、私に声を掛けます。
 私たちは近衛兵に導かれ、王宮に入っていきました。

 王宮には何度か足を踏み入れていましたが、王族が暮らすエリアへ入るのは初めてです。
 国王陛下のエリアは東側の二階だそうですが、もちろんそこはスルーです。
 三階が現皇太子殿下が使用しておられるそうですが、なんと言うか装飾が華美というにはあまりにも煌びやかで、はっきり言うと下品な感じでしょうか。
 壁も絨毯も飾られている美術品も、基本的に赤いのは、きっと皇太子殿下の趣味なのでしょうね。
 マリア皇太子妃殿下のお部屋もあるのでしょうが、今思えば彼女の趣味はどちらかと言うとピンクとかレモンイエローとかフェミニン系でしたから、あまり馴染めなかったのではないかと思います。 
 ジョン殿下に指示された近衛騎士は、嫌なものでも見るような表情を浮かべながらするっと説明してくれました。

「このフロアは全室トラウス皇太子殿下が使用されています。一番手前の部屋が執務室で、その次が応接室です。そこから奥が私室エリアですが、ご想像の通りそこも真っ赤ですよ。真っ赤!」

 その言い方にアンナお姉さまと私は吹き出してしまいました。
 エスメラルダは興味津々という感じできょろきょろしています。
 頭の中で声が聞こえました。

〈ローゼリア、ジョン殿下の部屋に入ったら城外の様子を見せてくれ。アレクがすぐに描いてくれるとは思うが、できるだけ言葉で伝えてほしい〉

〈わかりました〉

 私はアンナお姉さまに目配せをして先を急ぎます。

「こちらが三階です。ここは向って左側がベルガ第二王子殿下で、右側がリブラ第三王子殿下のスペースです。それぞれの入口はこちらの扉で中に内廊下がある作りです。まあ今からリブラ殿下の応接室にご案内しますので、左右対称になっていると思っていただければ大丈夫です」

 私は興味を持ったような振りをしながら聞き流しました。

「城外の現状を見たいのですが、第三王子殿下のお部屋から見ることはできますか?」

 案内の近衛兵は少し考えてから口を開きました。

「殿下のスペースは中庭向きですので、城外の様子をお知りになりたいのなら最上階に行かれることをお勧めします。とりあえず指示された居間に行きましょう」

 私たちは二つ並んだ大きな扉の右側に進みました。
 扉の前には案内してくれた方と同じで衣服を着た騎士が警備をしています。
 騎士たちの制服も青ですが、扉に掛かっているフラッグも青を基調としたデザインでした。
 もしかしたらこの国ではそれぞれテーマカラーを指定されているのかもしれないですね。
 ちなみに第二王子は黄色とのことですから、きっと部屋中黄色なのでしょう。
 頭が痛くならないのでしょうか?
 第三王子殿下のスペースは無駄な装飾も無く、いたってシンプルです。
 お人柄が伺えてとても好感が持てます。
 私たちが内廊下に踏み入れようとしたその時、後ろから鋭い声が聞こえました。

「貴様ら何者だ?リブラの知り合いか?顔を見せろ!」

 アンナお姉さまがエスメラルダを降ろして私たちの前に立ちました。
 扉の前の騎士たちも、緊張した面持ちで身構えています。
 私は声の主の顔をお姉さまの腕の隙間から、エスメラルダを抱きしめて見つめました。
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