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30 王姉とメイド
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驚いた顔のまま国王陛下が言いました。
「母君はお元気なのか?」
「ええ、お陰様で元気にしております。今はタウンハウスに弟夫婦と住んでいます」
「そうか、それは何よりだ。ああ…良かった」
陛下は感慨深そうな声を出されました。
「母は男爵家の次女で、貴族という名前だけの貧しい家の生まれでした。学園に通うこともできず、教会の無償学校で読み書きを覚えたと言っていました。母は自分の能力には全く気づいておらず、王女殿下に話しかけられて初めて知ったそうです。離れていても会話ができる二人の間には、特殊な友情みたいなものが育っていたのでしょうね。今でも時々懐かしそうに王女殿下の思い出話をします」
「さぞ恨んでおられるのではないか?」
「いいえ、逃がしてくださったことに感謝こそすれ、恨むなど。送ってくださったお金で母の実家も没落せずに済みましたし、お陰様で結婚もできましたし」
「それを聞いて長年の胸の痞えが下りたような気持ちだ。姉上にも手紙で知らせてやろう」
「確かノース国の正妃となられたのでしたね」
「ああ、皇太子が即位したら遊びに来ると言っていた。先日の皇太子の結婚式にはカーティスを出席させた。ああ、ローゼリアの婚約者も同行したのだったな。エヴァンはとてもよくやっているよ。カーティスが即位したらそのまま側近として残ってもらう予定だ。私は外相にと思っているのだが、本人は出張の無い部署でないと受けないと言ってね」
「そうなのですか?」
ローゼリアが驚いた声を出した。
「でも婚約者に会って良く分かったよ。君と離れたくないのだろう。わはははは」
国王陛下が楽しそうに笑った。
ローゼリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「エヴァンから連絡はあるかね?」
「はい、近頃は二週間に一度くらいでしょうか。ご様子を知らせてくださいます」
「そうか、帰国したら結婚だね。私からもお祝いをさせてもらおう」
「恐れ多いことでございます」
楽しそうに話を続ける国王陛下の袖を引いて、皇后陛下が口を開かれました。
「陛下、そろそろ本題に移っては如何でしょう?少々事情が変わりましたが、私としては予定通りローゼリアに依頼したいと思いますの」
国王陛下が愛おしそうな視線を皇后陛下に向けて言いました。
「ああそうだったな。子供のころから心に刺さっていた棘のようなものが抜けて、すっかり話を逸らせてしまった。皇后の思う通りにしなさい」
「ありがとうございます」
皇后陛下が博士と私に向き直って言いました。
「あなたたち二人にサミュエルの教育をお願いしたいの。私の望みはサミュエルが健康で毎日楽しく暮らすことだけです。でもそのためには人とのコミュニケーション能力が必要です。そこを培って欲しいのよ」
サリバン博士が答えました。
「畏まりました、皇后陛下。幸いローゼリアは殿下のお声を聞くことができるとわかりましたので、これ以上の適任者はいないでしょう。そこでひとつ提案させていただきたいことがございます」
皇后陛下はにっこりと微笑みました。
「なんでしょう?できることなら叶えたいと思います」
「ありがとうございます。研究所には常時三名の子供が暮らしております。その他にはほぼ毎日通ってくる子供が一名です。この四人の子供はある分野において、信じがたいほどの能力を持っていますが、共存能力が低く最低限のマナーも覚えることができません」
「まあ!サミュエルと同じタイプの子供たちなのかしら」
「そうです。それぞれの能力は違いますが、人としての基本的な部分は共通点がございます。私としましてはその子供たちと一緒に過ごすことで、殿下の能力を引き出す何かが見つかるのではないかと思うのです」
国王陛下が口を挟まれました。
「しかしサミュエルを研究所に通わせるのは難しいのではないか?」
黙って考えていた皇后陛下が言いました。
「陛下、東の宮を子供たちの学び舎にしては如何でしょう。あそこなら部屋もたくさんありますし、なによりお姉さまがお使いになっていた宮ですもの。この子たちにはぴったりだと思うのです。できれば他の子供たちに研究所からこちらに来てもらって共に過ごすのです」
「なるほど」
私は少し慌てて口を挟みました。
「大変すばらしいお考えだと存じますが、あの子たちにも聞いてみませんと」
「それはそうね。ではローゼリア、あなたが聞いてみてちょうだい」
「か…畏まりました」
「ローゼリアも一緒に住んでくれると嬉しいわ。エヴァンが戻るまでで良いから。今はどこに住んでいるの?」
「研究所の寮です」
「だったら問題ないわね。他にも数人一緒に来てほしいわ。生活面の侍女やメイドはこちらで用意するけど、教育面のスタッフはサリバン博士に任せるわ。人選も人数も」
「仰せのままに、皇后陛下」
「では決まりね!早い方が良いと思うのよ?サミュエルはどう思う?」
サミュエル殿下はじっと皇后陛下の顔を見ていましたが、ゆっくりと首を回して私の方を向きました。
〈経験上こうなると覆らんぞ。諦めろローゼリア〉
〈殿下?〉
サミュエル殿下はニヤッと口角をあげて私を見た後、子供らしい笑顔に戻って皇后陛下に頷いて見せました。
もしかしたらサミュエル殿下ってめちゃくちゃ大人なのではないでしょうか?
それとも腹黒?
「サミュエルも良いみたい。博士はいつからならできそう?」
「そうですね、二週間ほどは準備に必要かと存じますので、来月からでは如何でしょうか」
「わかったわ。ではそのように。こちらに来るスタッフの身分はそのままにして、国立研究所の分所という扱いにしましょう。その分予算も増やすように財務大臣には私から伝えます」
そこで一気に話し終わると、国王陛下と皇后陛下は優雅に立ち上がりました。
私と博士も慌てて立ち上がり、臣下の礼をとりました。
チラッとサミュエル殿下を見ると、まるで興味が無いという表情でクッキーを齧っていました。
「母君はお元気なのか?」
「ええ、お陰様で元気にしております。今はタウンハウスに弟夫婦と住んでいます」
「そうか、それは何よりだ。ああ…良かった」
陛下は感慨深そうな声を出されました。
「母は男爵家の次女で、貴族という名前だけの貧しい家の生まれでした。学園に通うこともできず、教会の無償学校で読み書きを覚えたと言っていました。母は自分の能力には全く気づいておらず、王女殿下に話しかけられて初めて知ったそうです。離れていても会話ができる二人の間には、特殊な友情みたいなものが育っていたのでしょうね。今でも時々懐かしそうに王女殿下の思い出話をします」
「さぞ恨んでおられるのではないか?」
「いいえ、逃がしてくださったことに感謝こそすれ、恨むなど。送ってくださったお金で母の実家も没落せずに済みましたし、お陰様で結婚もできましたし」
「それを聞いて長年の胸の痞えが下りたような気持ちだ。姉上にも手紙で知らせてやろう」
「確かノース国の正妃となられたのでしたね」
「ああ、皇太子が即位したら遊びに来ると言っていた。先日の皇太子の結婚式にはカーティスを出席させた。ああ、ローゼリアの婚約者も同行したのだったな。エヴァンはとてもよくやっているよ。カーティスが即位したらそのまま側近として残ってもらう予定だ。私は外相にと思っているのだが、本人は出張の無い部署でないと受けないと言ってね」
「そうなのですか?」
ローゼリアが驚いた声を出した。
「でも婚約者に会って良く分かったよ。君と離れたくないのだろう。わはははは」
国王陛下が楽しそうに笑った。
ローゼリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「エヴァンから連絡はあるかね?」
「はい、近頃は二週間に一度くらいでしょうか。ご様子を知らせてくださいます」
「そうか、帰国したら結婚だね。私からもお祝いをさせてもらおう」
「恐れ多いことでございます」
楽しそうに話を続ける国王陛下の袖を引いて、皇后陛下が口を開かれました。
「陛下、そろそろ本題に移っては如何でしょう?少々事情が変わりましたが、私としては予定通りローゼリアに依頼したいと思いますの」
国王陛下が愛おしそうな視線を皇后陛下に向けて言いました。
「ああそうだったな。子供のころから心に刺さっていた棘のようなものが抜けて、すっかり話を逸らせてしまった。皇后の思う通りにしなさい」
「ありがとうございます」
皇后陛下が博士と私に向き直って言いました。
「あなたたち二人にサミュエルの教育をお願いしたいの。私の望みはサミュエルが健康で毎日楽しく暮らすことだけです。でもそのためには人とのコミュニケーション能力が必要です。そこを培って欲しいのよ」
サリバン博士が答えました。
「畏まりました、皇后陛下。幸いローゼリアは殿下のお声を聞くことができるとわかりましたので、これ以上の適任者はいないでしょう。そこでひとつ提案させていただきたいことがございます」
皇后陛下はにっこりと微笑みました。
「なんでしょう?できることなら叶えたいと思います」
「ありがとうございます。研究所には常時三名の子供が暮らしております。その他にはほぼ毎日通ってくる子供が一名です。この四人の子供はある分野において、信じがたいほどの能力を持っていますが、共存能力が低く最低限のマナーも覚えることができません」
「まあ!サミュエルと同じタイプの子供たちなのかしら」
「そうです。それぞれの能力は違いますが、人としての基本的な部分は共通点がございます。私としましてはその子供たちと一緒に過ごすことで、殿下の能力を引き出す何かが見つかるのではないかと思うのです」
国王陛下が口を挟まれました。
「しかしサミュエルを研究所に通わせるのは難しいのではないか?」
黙って考えていた皇后陛下が言いました。
「陛下、東の宮を子供たちの学び舎にしては如何でしょう。あそこなら部屋もたくさんありますし、なによりお姉さまがお使いになっていた宮ですもの。この子たちにはぴったりだと思うのです。できれば他の子供たちに研究所からこちらに来てもらって共に過ごすのです」
「なるほど」
私は少し慌てて口を挟みました。
「大変すばらしいお考えだと存じますが、あの子たちにも聞いてみませんと」
「それはそうね。ではローゼリア、あなたが聞いてみてちょうだい」
「か…畏まりました」
「ローゼリアも一緒に住んでくれると嬉しいわ。エヴァンが戻るまでで良いから。今はどこに住んでいるの?」
「研究所の寮です」
「だったら問題ないわね。他にも数人一緒に来てほしいわ。生活面の侍女やメイドはこちらで用意するけど、教育面のスタッフはサリバン博士に任せるわ。人選も人数も」
「仰せのままに、皇后陛下」
「では決まりね!早い方が良いと思うのよ?サミュエルはどう思う?」
サミュエル殿下はじっと皇后陛下の顔を見ていましたが、ゆっくりと首を回して私の方を向きました。
〈経験上こうなると覆らんぞ。諦めろローゼリア〉
〈殿下?〉
サミュエル殿下はニヤッと口角をあげて私を見た後、子供らしい笑顔に戻って皇后陛下に頷いて見せました。
もしかしたらサミュエル殿下ってめちゃくちゃ大人なのではないでしょうか?
それとも腹黒?
「サミュエルも良いみたい。博士はいつからならできそう?」
「そうですね、二週間ほどは準備に必要かと存じますので、来月からでは如何でしょうか」
「わかったわ。ではそのように。こちらに来るスタッフの身分はそのままにして、国立研究所の分所という扱いにしましょう。その分予算も増やすように財務大臣には私から伝えます」
そこで一気に話し終わると、国王陛下と皇后陛下は優雅に立ち上がりました。
私と博士も慌てて立ち上がり、臣下の礼をとりました。
チラッとサミュエル殿下を見ると、まるで興味が無いという表情でクッキーを齧っていました。
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