32 / 68
30 王姉とメイド
しおりを挟む
驚いた顔のまま国王陛下が言いました。
「母君はお元気なのか?」
「ええ、お陰様で元気にしております。今はタウンハウスに弟夫婦と住んでいます」
「そうか、それは何よりだ。ああ…良かった」
陛下は感慨深そうな声を出されました。
「母は男爵家の次女で、貴族という名前だけの貧しい家の生まれでした。学園に通うこともできず、教会の無償学校で読み書きを覚えたと言っていました。母は自分の能力には全く気づいておらず、王女殿下に話しかけられて初めて知ったそうです。離れていても会話ができる二人の間には、特殊な友情みたいなものが育っていたのでしょうね。今でも時々懐かしそうに王女殿下の思い出話をします」
「さぞ恨んでおられるのではないか?」
「いいえ、逃がしてくださったことに感謝こそすれ、恨むなど。送ってくださったお金で母の実家も没落せずに済みましたし、お陰様で結婚もできましたし」
「それを聞いて長年の胸の痞えが下りたような気持ちだ。姉上にも手紙で知らせてやろう」
「確かノース国の正妃となられたのでしたね」
「ああ、皇太子が即位したら遊びに来ると言っていた。先日の皇太子の結婚式にはカーティスを出席させた。ああ、ローゼリアの婚約者も同行したのだったな。エヴァンはとてもよくやっているよ。カーティスが即位したらそのまま側近として残ってもらう予定だ。私は外相にと思っているのだが、本人は出張の無い部署でないと受けないと言ってね」
「そうなのですか?」
ローゼリアが驚いた声を出した。
「でも婚約者に会って良く分かったよ。君と離れたくないのだろう。わはははは」
国王陛下が楽しそうに笑った。
ローゼリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「エヴァンから連絡はあるかね?」
「はい、近頃は二週間に一度くらいでしょうか。ご様子を知らせてくださいます」
「そうか、帰国したら結婚だね。私からもお祝いをさせてもらおう」
「恐れ多いことでございます」
楽しそうに話を続ける国王陛下の袖を引いて、皇后陛下が口を開かれました。
「陛下、そろそろ本題に移っては如何でしょう?少々事情が変わりましたが、私としては予定通りローゼリアに依頼したいと思いますの」
国王陛下が愛おしそうな視線を皇后陛下に向けて言いました。
「ああそうだったな。子供のころから心に刺さっていた棘のようなものが抜けて、すっかり話を逸らせてしまった。皇后の思う通りにしなさい」
「ありがとうございます」
皇后陛下が博士と私に向き直って言いました。
「あなたたち二人にサミュエルの教育をお願いしたいの。私の望みはサミュエルが健康で毎日楽しく暮らすことだけです。でもそのためには人とのコミュニケーション能力が必要です。そこを培って欲しいのよ」
サリバン博士が答えました。
「畏まりました、皇后陛下。幸いローゼリアは殿下のお声を聞くことができるとわかりましたので、これ以上の適任者はいないでしょう。そこでひとつ提案させていただきたいことがございます」
皇后陛下はにっこりと微笑みました。
「なんでしょう?できることなら叶えたいと思います」
「ありがとうございます。研究所には常時三名の子供が暮らしております。その他にはほぼ毎日通ってくる子供が一名です。この四人の子供はある分野において、信じがたいほどの能力を持っていますが、共存能力が低く最低限のマナーも覚えることができません」
「まあ!サミュエルと同じタイプの子供たちなのかしら」
「そうです。それぞれの能力は違いますが、人としての基本的な部分は共通点がございます。私としましてはその子供たちと一緒に過ごすことで、殿下の能力を引き出す何かが見つかるのではないかと思うのです」
国王陛下が口を挟まれました。
「しかしサミュエルを研究所に通わせるのは難しいのではないか?」
黙って考えていた皇后陛下が言いました。
「陛下、東の宮を子供たちの学び舎にしては如何でしょう。あそこなら部屋もたくさんありますし、なによりお姉さまがお使いになっていた宮ですもの。この子たちにはぴったりだと思うのです。できれば他の子供たちに研究所からこちらに来てもらって共に過ごすのです」
「なるほど」
私は少し慌てて口を挟みました。
「大変すばらしいお考えだと存じますが、あの子たちにも聞いてみませんと」
「それはそうね。ではローゼリア、あなたが聞いてみてちょうだい」
「か…畏まりました」
「ローゼリアも一緒に住んでくれると嬉しいわ。エヴァンが戻るまでで良いから。今はどこに住んでいるの?」
「研究所の寮です」
「だったら問題ないわね。他にも数人一緒に来てほしいわ。生活面の侍女やメイドはこちらで用意するけど、教育面のスタッフはサリバン博士に任せるわ。人選も人数も」
「仰せのままに、皇后陛下」
「では決まりね!早い方が良いと思うのよ?サミュエルはどう思う?」
サミュエル殿下はじっと皇后陛下の顔を見ていましたが、ゆっくりと首を回して私の方を向きました。
〈経験上こうなると覆らんぞ。諦めろローゼリア〉
〈殿下?〉
サミュエル殿下はニヤッと口角をあげて私を見た後、子供らしい笑顔に戻って皇后陛下に頷いて見せました。
もしかしたらサミュエル殿下ってめちゃくちゃ大人なのではないでしょうか?
それとも腹黒?
「サミュエルも良いみたい。博士はいつからならできそう?」
「そうですね、二週間ほどは準備に必要かと存じますので、来月からでは如何でしょうか」
「わかったわ。ではそのように。こちらに来るスタッフの身分はそのままにして、国立研究所の分所という扱いにしましょう。その分予算も増やすように財務大臣には私から伝えます」
そこで一気に話し終わると、国王陛下と皇后陛下は優雅に立ち上がりました。
私と博士も慌てて立ち上がり、臣下の礼をとりました。
チラッとサミュエル殿下を見ると、まるで興味が無いという表情でクッキーを齧っていました。
「母君はお元気なのか?」
「ええ、お陰様で元気にしております。今はタウンハウスに弟夫婦と住んでいます」
「そうか、それは何よりだ。ああ…良かった」
陛下は感慨深そうな声を出されました。
「母は男爵家の次女で、貴族という名前だけの貧しい家の生まれでした。学園に通うこともできず、教会の無償学校で読み書きを覚えたと言っていました。母は自分の能力には全く気づいておらず、王女殿下に話しかけられて初めて知ったそうです。離れていても会話ができる二人の間には、特殊な友情みたいなものが育っていたのでしょうね。今でも時々懐かしそうに王女殿下の思い出話をします」
「さぞ恨んでおられるのではないか?」
「いいえ、逃がしてくださったことに感謝こそすれ、恨むなど。送ってくださったお金で母の実家も没落せずに済みましたし、お陰様で結婚もできましたし」
「それを聞いて長年の胸の痞えが下りたような気持ちだ。姉上にも手紙で知らせてやろう」
「確かノース国の正妃となられたのでしたね」
「ああ、皇太子が即位したら遊びに来ると言っていた。先日の皇太子の結婚式にはカーティスを出席させた。ああ、ローゼリアの婚約者も同行したのだったな。エヴァンはとてもよくやっているよ。カーティスが即位したらそのまま側近として残ってもらう予定だ。私は外相にと思っているのだが、本人は出張の無い部署でないと受けないと言ってね」
「そうなのですか?」
ローゼリアが驚いた声を出した。
「でも婚約者に会って良く分かったよ。君と離れたくないのだろう。わはははは」
国王陛下が楽しそうに笑った。
ローゼリアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「エヴァンから連絡はあるかね?」
「はい、近頃は二週間に一度くらいでしょうか。ご様子を知らせてくださいます」
「そうか、帰国したら結婚だね。私からもお祝いをさせてもらおう」
「恐れ多いことでございます」
楽しそうに話を続ける国王陛下の袖を引いて、皇后陛下が口を開かれました。
「陛下、そろそろ本題に移っては如何でしょう?少々事情が変わりましたが、私としては予定通りローゼリアに依頼したいと思いますの」
国王陛下が愛おしそうな視線を皇后陛下に向けて言いました。
「ああそうだったな。子供のころから心に刺さっていた棘のようなものが抜けて、すっかり話を逸らせてしまった。皇后の思う通りにしなさい」
「ありがとうございます」
皇后陛下が博士と私に向き直って言いました。
「あなたたち二人にサミュエルの教育をお願いしたいの。私の望みはサミュエルが健康で毎日楽しく暮らすことだけです。でもそのためには人とのコミュニケーション能力が必要です。そこを培って欲しいのよ」
サリバン博士が答えました。
「畏まりました、皇后陛下。幸いローゼリアは殿下のお声を聞くことができるとわかりましたので、これ以上の適任者はいないでしょう。そこでひとつ提案させていただきたいことがございます」
皇后陛下はにっこりと微笑みました。
「なんでしょう?できることなら叶えたいと思います」
「ありがとうございます。研究所には常時三名の子供が暮らしております。その他にはほぼ毎日通ってくる子供が一名です。この四人の子供はある分野において、信じがたいほどの能力を持っていますが、共存能力が低く最低限のマナーも覚えることができません」
「まあ!サミュエルと同じタイプの子供たちなのかしら」
「そうです。それぞれの能力は違いますが、人としての基本的な部分は共通点がございます。私としましてはその子供たちと一緒に過ごすことで、殿下の能力を引き出す何かが見つかるのではないかと思うのです」
国王陛下が口を挟まれました。
「しかしサミュエルを研究所に通わせるのは難しいのではないか?」
黙って考えていた皇后陛下が言いました。
「陛下、東の宮を子供たちの学び舎にしては如何でしょう。あそこなら部屋もたくさんありますし、なによりお姉さまがお使いになっていた宮ですもの。この子たちにはぴったりだと思うのです。できれば他の子供たちに研究所からこちらに来てもらって共に過ごすのです」
「なるほど」
私は少し慌てて口を挟みました。
「大変すばらしいお考えだと存じますが、あの子たちにも聞いてみませんと」
「それはそうね。ではローゼリア、あなたが聞いてみてちょうだい」
「か…畏まりました」
「ローゼリアも一緒に住んでくれると嬉しいわ。エヴァンが戻るまでで良いから。今はどこに住んでいるの?」
「研究所の寮です」
「だったら問題ないわね。他にも数人一緒に来てほしいわ。生活面の侍女やメイドはこちらで用意するけど、教育面のスタッフはサリバン博士に任せるわ。人選も人数も」
「仰せのままに、皇后陛下」
「では決まりね!早い方が良いと思うのよ?サミュエルはどう思う?」
サミュエル殿下はじっと皇后陛下の顔を見ていましたが、ゆっくりと首を回して私の方を向きました。
〈経験上こうなると覆らんぞ。諦めろローゼリア〉
〈殿下?〉
サミュエル殿下はニヤッと口角をあげて私を見た後、子供らしい笑顔に戻って皇后陛下に頷いて見せました。
もしかしたらサミュエル殿下ってめちゃくちゃ大人なのではないでしょうか?
それとも腹黒?
「サミュエルも良いみたい。博士はいつからならできそう?」
「そうですね、二週間ほどは準備に必要かと存じますので、来月からでは如何でしょうか」
「わかったわ。ではそのように。こちらに来るスタッフの身分はそのままにして、国立研究所の分所という扱いにしましょう。その分予算も増やすように財務大臣には私から伝えます」
そこで一気に話し終わると、国王陛下と皇后陛下は優雅に立ち上がりました。
私と博士も慌てて立ち上がり、臣下の礼をとりました。
チラッとサミュエル殿下を見ると、まるで興味が無いという表情でクッキーを齧っていました。
30
お気に入りに追加
533
あなたにおすすめの小説
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
イヤな上司をなんとかする方法【③エピソード追加】
みねバイヤーン
恋愛
「サッシャ、すまない。僕は君の妹に恋をしてしまった。婚約を解消してもらえないだろうか」
婚約者ルークを見送ったサッシャは喜びを爆発させる。
「やったわ。円満に婚約を解消したわ。これでやっと働ける。結婚なんかまっぴらよ」
希望を胸に王宮で働き始めたサッシャ。ところが上司はちっとも仕事をさせてくれず、愛玩動物のようにサッシャを扱う。そんなときサッシャは、王宮の影の支配者とウワサされるヘレナ女史に呼び出された。「社会的に存在を抹消しますか?」ヘレナはとんでもないことを問いかける。ヘレナはサッシャに条件を出した。三か月で結果を出せと。哀れなサッシャは仕事で結果を出せるのか? 健気で前向きなサッシャのお仕事、成長物語。(サッシャの物語は完結済みです)
【エピソード追加②③】別キャラのエピソードを追加しました。完結済み。
私は王妃になりません! ~王子に婚約解消された公爵令嬢、街外れの魔道具店に就職する~
瑠美るみ子
恋愛
サリクスは王妃になるため幼少期から虐待紛いな教育をされ、過剰な躾に心を殺された少女だった。
だが彼女が十八歳になったとき、婚約者である第一王子から婚約解消を言い渡されてしまう。サリクスの代わりに妹のヘレナが結婚すると告げられた上、両親から「これからは自由に生きて欲しい」と勝手なことを言われる始末。
今までの人生はなんだったのかとサリクスは思わず自殺してしまうが、精霊達が精霊王に頼んだせいで生き返ってしまう。
好きに死ぬこともできないなんてと嘆くサリクスに、流石の精霊王も酷なことをしたと反省し、「弟子であるユーカリの様子を見にいってほしい」と彼女に仕事を与えた。
王国で有数の魔法使いであるユーカリの下で働いているうちに、サリクスは殺してきた己の心を取り戻していく。
一方で、サリクスが突然いなくなった公爵家では、両親が悲しみに暮れ、何としてでも見つけ出すとサリクスを探し始め……
*小説家になろう様にても掲載しています。*タイトル少し変えました
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
「ちょっと待った」コールをしたのはヒロインでした
みおな
恋愛
「オフェーリア!貴様との婚約を破棄する!!」
学年の年度末のパーティーで突然告げられた婚約破棄。
「ちょっと待ってください!」
婚約者に諸々言おうとしていたら、それに待ったコールをしたのは、ヒロインでした。
あらあら。婚約者様。周囲をご覧になってくださいませ。
あなたの味方は1人もいませんわよ?
ですが、その婚約破棄。喜んでお受けしますわ。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜
桐生桜月姫
恋愛
シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。
だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎
本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎
〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜
夕方6時に毎日予約更新です。
1話あたり超短いです。
毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる