思い出を売った女

志波 連

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察した男

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「やっぱり家で食べるご飯が一番だよ。いくら志乃さんご推薦といっても、さすがにスーパーの総菜ばかりじゃ空しくてね。それになんだかあそこのスタッフ達が、変な目で見てくるんだもん」

 美咲が不思議そうな顔をする。

「変な目?」

「うん、なんていうのかな……ほらあの人よっていう感じ?」

 志乃が怪訝な目をした。

「なんでしょうね。徒然さん、何か変なものでも買ってたんじゃないですか? ほら、よくある大人の男の雑誌とか」

 徒然が吹き出す。

「バカなこと言わないでよ。あり得ないさ。あんなもの買ってどうするっていうの。見たかったらインターネットでいくらでも見れるんだし」

「見てるんだ……」

 美咲の声に徒然が再び吹き出す。
 他愛もない話で笑い合えるこの時間を、美咲は何よりも愛おしいと感じた。
 そのためにも噓はついてはいけないのだと改めて思う。
 しかし、澄子が言うようにあっけらかんと告げる勇気はまだない。

「ねえ、イタリアで買って来たチーズ出さない? ワインでも飲もうよ」

 志乃が頷いて立ち上がった。
 徒然がホームワインセラーに向かい、美咲がワイングラスを運ぶ。

「このチーズにはこれだよね」

 志乃が皿に盛ったライ麦パンに、チーズを削り落としてオリーブオイルと黒コショウを掛ける。

「温めましょうね」

 美咲がそれをオーブントースターに入れた。

「ねえ、美咲。美咲はこの一週間何してたの? 電話もくれないしさぁ、寂しかったよ」

「あら、電話をくれなかったのは徒然さんもでしょ? お仕事でお出かけの時は、余程のことじゃないと電話はしないって志乃さんに聞いていたから」

「ああ、そうかぁ。うん、今まではそうだね。でも私は美咲の声が聞きたかったなぁ」

 志乃が小首を傾げた。

「私の声は不要だということですね?」

 徒然が笑い声をあげた。

「そう来るか~ まあ確かに志乃さんとは仕事の話くらいしかないものね」

 今度は志乃が吹き出した。

「それにしても、徒然さんも普通の男性ってことねぇ。なんだか安心したわ」

「いたって普通だと思うけど? まあこの歳まで独身だし、いろいろ言われたこともあったけれどね。そうだ、美咲。結婚式なんだけれど、ハワイで挙げないか? 美咲の方は三谷さんに見届け人になってもらうっていうのはどう? 私の方は悪友を一人連れて行くよ」

 志乃が胸の前で手を合わせた。

「まあ! 素敵ね」

 美咲が一瞬だけ戸惑うような表情を見せたが、すぐに笑顔で頷いた。

「ん? それとも日本でやる? 美咲の白無垢も捨てがたいな……」

「白無垢?」

「そう、美咲の角を隠すやつ」

「あら! 私は角なんて……持ってるかも……うん、持ってるわね」

 志乃がゆっくりと美咲の方を向いた。

「美咲? どうしたの? 酔っちゃった?」

 徒然が心配そうな顔で俯いた美咲の手を握る。

「徒然さん……お話ししなくちゃいけないことが……あるの」

 徒然が驚いた顔で志乃を見た。
 その視線を受けた志乃がそっと目を伏せる。
 その様子に、志乃は知っているのだと察した徒然が立ち上がった。

「志乃さん、ここは頼むよ。美咲、書斎に行こう」

 美咲の手を離さないまま徒然が促すと、美咲がのろのろと立ち上がった。

「お母さん、お片付けお願いします」

 志乃は何も言わず、大きく頷いて見せた。
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