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38 味噌餅
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一真の喉がゴクッと鳴った。
「物の怪は悪しき神々が取り溢した怨念の塊なのじゃ。悪意の複合体のようなものじゃな。しかも悪しき神々のように取り込んだ体内で融合させる力はないから厄介でのう。百の悪意の塊だとすると、百の浄化をおこなうことになる。キリが無いのじゃ」
「なるほど、腑に落ちました。そこで我ら陰陽師の出番ということですね?」
「さすが物分かりが早い。その通りじゃよ」
「どういうこと?」
一真がニコッと笑った。
おじいちゃんが一真の代わりに答える。
「陰陽師は物の怪の次元に入る力を持っておる。その次元には神である我らは入れんのじゃよ。その次元の中では物の怪は一体化しておらぬから、ひとつずつ縺れた糸を解くように浄化する必要が無いのじゃ。そして陰陽師の中でも安倍一族は浄化の力が特に強い。おそらく一度の気合で百は浄化できるのではないか?」
おじいちゃんが一真の顔を見る。
一真が口角を上げた。
「ご先祖様のように一気に五百とは申しませんが、三百はお約束できます」
おじいちゃんが満足そうに頷いた。
「危なくないの? 例えばその悪霊に憑りつかれるとか」
「あるよ。力の弱い陰陽師たちは帰ってこれぬ。だからこその安倍なのじゃ」
ハナは怯えたような顔をした。
そんなハナの顔を見ながら、一真がニコッと笑う。
「僕は大丈夫だよ、ハナちゃん」
おじいちゃんがハナの顔を見ながら言う。
「ハナ、かず君に護符を書いてやれ。明日の朝全ての祝詞をあげたら、そのまますぐに書くのじゃ。護符の書き方はすが坊が知っておる」
ハナは力強く頷いた。
話を聞いていたのだろう、少し衣がよれて草臥れた顔をしていたが、ハナに向かって頷いている。
ハナはすが坊にそっと頭を下げた。
「今は何より飯じゃ! ハナ新しい米俵を開けよ」
「はい!」
ハナは立ち上がり土間に降りて行く。
おじいちゃんが一真の横に座りニヤニヤとしながら言った。
「どうじゃ? うちの愛し子は」
「どうと申されましても……」
「良き子じゃろ?」
「はい、それはもう」
「やらんぞ?」
「えっ! それは……」
「ふぉっふぉっふぉっ」
味噌餅を大きな盥一杯に持って、姿を現した熊ジイが怪訝な顔で近寄ってきた。
「聞いたか? 水分は完全復活じゃ。そこな一真を誘惑しよったわ」
「なんと! 悪い癖が出おったか! ぐぬぬ……」
一真が困った顔で熊ジイを見ると、ニヤッと笑って片目を瞑って見せた。
「早いところ娶わせんと手がつくぞ?」
「それはいかぬ! みいちゃんは相変わらずじゃのう、困った女神じゃ」
「お前が放置しておるから拗ねておるのであろうよ? 早いところ戦を終わらせて訪ねてやってはどうじゃ? まあそれまで一真が無事なことを祈るしかないが」
「おい! 安倍一真! お主は身ぎれいであろうな? 思い人はおらぬのか? 将来を約束したおなごなどおらぬであろうな?」
「はい、おりません」
おじいちゃんが真顔で聞く。
「お主……よもや童貞か?」
「……んぐっ!」
真っ赤な顔で口を一文字に引き結び、一真が言葉を詰まらせた。
「冗談じゃ、冗談。そのように怖い顔をするものではないわ。子さえおらねばそのようなことどちらでもよいわ」
おじいちゃんの言葉に一真がはぁっと息を吐く。
「子はおらぬな?」
「それは誓って!」
「良し、合格じゃ。後はハナの気持ち次第じゃが、それはお前がなんとかせよ」
一真は再び口を引き結び、俯いてしまった。
大きな声で笑いながら、熊ジイがハナに味噌餅の盥を渡している。
おじいちゃんは再び神々の輪の中に入って行き、残された一真の肩をすが坊がポンと叩いた。
「ご苦労様です。一言主神様がここまでお気に召した人間は初めてですよ。頑張って下さいね。ハナさんは本当に良き心根をお持ちだ。私がまだ人であったなら、迷わず求婚しております。まあ、千五百年ほど遅かったですが」
一真は苦笑いをしながらコクンと頷いた。
「物の怪は悪しき神々が取り溢した怨念の塊なのじゃ。悪意の複合体のようなものじゃな。しかも悪しき神々のように取り込んだ体内で融合させる力はないから厄介でのう。百の悪意の塊だとすると、百の浄化をおこなうことになる。キリが無いのじゃ」
「なるほど、腑に落ちました。そこで我ら陰陽師の出番ということですね?」
「さすが物分かりが早い。その通りじゃよ」
「どういうこと?」
一真がニコッと笑った。
おじいちゃんが一真の代わりに答える。
「陰陽師は物の怪の次元に入る力を持っておる。その次元には神である我らは入れんのじゃよ。その次元の中では物の怪は一体化しておらぬから、ひとつずつ縺れた糸を解くように浄化する必要が無いのじゃ。そして陰陽師の中でも安倍一族は浄化の力が特に強い。おそらく一度の気合で百は浄化できるのではないか?」
おじいちゃんが一真の顔を見る。
一真が口角を上げた。
「ご先祖様のように一気に五百とは申しませんが、三百はお約束できます」
おじいちゃんが満足そうに頷いた。
「危なくないの? 例えばその悪霊に憑りつかれるとか」
「あるよ。力の弱い陰陽師たちは帰ってこれぬ。だからこその安倍なのじゃ」
ハナは怯えたような顔をした。
そんなハナの顔を見ながら、一真がニコッと笑う。
「僕は大丈夫だよ、ハナちゃん」
おじいちゃんがハナの顔を見ながら言う。
「ハナ、かず君に護符を書いてやれ。明日の朝全ての祝詞をあげたら、そのまますぐに書くのじゃ。護符の書き方はすが坊が知っておる」
ハナは力強く頷いた。
話を聞いていたのだろう、少し衣がよれて草臥れた顔をしていたが、ハナに向かって頷いている。
ハナはすが坊にそっと頭を下げた。
「今は何より飯じゃ! ハナ新しい米俵を開けよ」
「はい!」
ハナは立ち上がり土間に降りて行く。
おじいちゃんが一真の横に座りニヤニヤとしながら言った。
「どうじゃ? うちの愛し子は」
「どうと申されましても……」
「良き子じゃろ?」
「はい、それはもう」
「やらんぞ?」
「えっ! それは……」
「ふぉっふぉっふぉっ」
味噌餅を大きな盥一杯に持って、姿を現した熊ジイが怪訝な顔で近寄ってきた。
「聞いたか? 水分は完全復活じゃ。そこな一真を誘惑しよったわ」
「なんと! 悪い癖が出おったか! ぐぬぬ……」
一真が困った顔で熊ジイを見ると、ニヤッと笑って片目を瞑って見せた。
「早いところ娶わせんと手がつくぞ?」
「それはいかぬ! みいちゃんは相変わらずじゃのう、困った女神じゃ」
「お前が放置しておるから拗ねておるのであろうよ? 早いところ戦を終わらせて訪ねてやってはどうじゃ? まあそれまで一真が無事なことを祈るしかないが」
「おい! 安倍一真! お主は身ぎれいであろうな? 思い人はおらぬのか? 将来を約束したおなごなどおらぬであろうな?」
「はい、おりません」
おじいちゃんが真顔で聞く。
「お主……よもや童貞か?」
「……んぐっ!」
真っ赤な顔で口を一文字に引き結び、一真が言葉を詰まらせた。
「冗談じゃ、冗談。そのように怖い顔をするものではないわ。子さえおらねばそのようなことどちらでもよいわ」
おじいちゃんの言葉に一真がはぁっと息を吐く。
「子はおらぬな?」
「それは誓って!」
「良し、合格じゃ。後はハナの気持ち次第じゃが、それはお前がなんとかせよ」
一真は再び口を引き結び、俯いてしまった。
大きな声で笑いながら、熊ジイがハナに味噌餅の盥を渡している。
おじいちゃんは再び神々の輪の中に入って行き、残された一真の肩をすが坊がポンと叩いた。
「ご苦労様です。一言主神様がここまでお気に召した人間は初めてですよ。頑張って下さいね。ハナさんは本当に良き心根をお持ちだ。私がまだ人であったなら、迷わず求婚しております。まあ、千五百年ほど遅かったですが」
一真は苦笑いをしながらコクンと頷いた。
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