34 / 43
34 安倍一真
しおりを挟む
ちょっとだけシマを睨んでから、それらを受け取り引き返すハナ。
きれいに畳んで籠に入れてあった一真の着物を取り出し、狩衣と袴を入れる。
ふと肌着も必要だと思い立ち、振り返ると真っ白な晒しで作られた男性用の肌着一式を持ったシマが立っていた。
「ありがとう、入れておいてね」
「あら、ハナさんが入れてあげて下さいな」
「私が殿方の肌着を?」
「ええ、肌着も褌も毎日洗うんですよ? 何を今更照れているんですか。ほほほほほほほ」
シマからそれらを押し付けられ、ハナは困惑しながらも狩衣の下に忍ばせた。
ザブンという音がして、一真が滝から上がったことを知る。
ハナは慌てて立ち上がり踵を返した。
後ろからありがとうと言う一真の声がしたが、振り返る余裕などない。
ハナはそのまま裏庭に出て、井戸の前で顔を何度も洗った。
「そんなに洗うと肌が痛みますよ?」
ウメの声に頷きながら、ハナはほうっと息を吐いた。
やっと落ち着きを取り戻し、厨房に入るとおじいちゃんから声がかかる。
「おーい、ハナ。今日の社廻りに一真を同道せよ」
せっかく落ち着いたハナの心臓が、再び激しく暴れ始める。
そんな気持ちなどお構いなく、どんどん話が進んでいった。
巫女服を着て座敷に入ると、先ほどの狩衣を見事に着こなした一真がにこやかにこちらを見ている。
「今日は東北を廻ってもらうつもりじゃ。数は少ないが熊ジイのところに行ってから、水分のところも廻ってほしい」
「ああ、みいちゃんね?」
「う……うん……」
ちょっとだけ意趣返しをした気分になったハナは、ニヤッと笑った。
「すぐに出ますか?」
一真がおじいちゃんに聞く。
美し過ぎる幼子たちに囲まれた、美し過ぎる面立ちの一真という絵面に、ハナはかえって冷静さを取り戻した。
(美丈夫保育園という名前はどうかしら)
そんなことを考えながらニマニマと笑っていると、目の前にサッと手を差し出された。
目を上げると一真の笑顔が降って来る。
「行きましょうか、ハナさん」
「は、はい! 行きましょう安倍さん」
「どうぞ一真と呼び捨ててください」
「それは……無理!」
おじいちゃんが呆れたような声を出す。
「面倒な奴らじゃな。ハナちゃんとかずくんで良い! そうじゃ、そうせよ」
問答無用で互いの呼び名が決まり、ヤスとウメが待つ裏庭に送り出された。
四人で輪になるように手を繋ぎ、一瞬で熊ジイの社へと飛ぶ。
「なんと言うか……とても厳かな空気感ですね」
社前の石段に降り立った一真の第一声だ。
「そうでしょ? 清らかというか清々しいというか」
ハナが応えた。
「おお! ハナ坊ではいか。どうしたのだ? ここでも祝詞をくれるのか?」
熊ジイが社の中から出てきた。
自分の家では天狗の姿をしている。
「ここには必要ないでしょう? それとも初詣の言霊は捧げた方がいいかな?」
「おうよ! そちらは頼もうぞ。それはそうとお主……なかなかの霊力と見たが、もしや安倍の一族か? 安倍の力だけではないような感じだが」
一真が進み出て自己紹介をする。
「そうか、加茂のおっさんの子孫か。それなら納得じゃな、いや、今世最強というところだが、どうしてハナ坊と一緒に? もしや一言主神の指示か?」
ハナと一真が同時に頷いた。
「この山に紛れ込むことは無いと思うが、一応気配だけは探っておいてくれ。ではハナ坊、祝詞を頼むよ。終わったら味噌餅でもどうじゃ?」
あやうく頷きそうになったハナの横からヤスが口を挟んだ。
「有難きお言葉ではございますが、御上より水分の神の様子を伺いに同道願うよう申しつけられております」
「おお、そうか。水分のなぁ。よし、わかった。そうとなったら早い方が良い。その後もいろいろ廻るのじゃろう?」
ハナは頷き、社の前で精神を集中した。
初詣の祝詞を上げる前に、言霊を乗せる祝詞をあげる。
ハナの足元から真っ白な靄が立ち上ってきた。
「立派なものじゃ。さすが愛し子というところか」
熊ジイの言葉に何度も頷きながら、ハナのその姿を初めて見た一真は心を奪われたような表情をしていた。
「……よって件のごとし」
ハナが最後まで言い終わった時、熊ジイが声を掛けた。
頬を染め肩で息をするハナに、一真が冷たい清水を満たした柄杓を手渡す。
「ご苦労様、ハナちゃん」
「あ……ありがとう、かず君」
それをニマニマと笑いながら見ている熊ジイに、空になった柄杓を押し付け、ハナが言った。
「早くみいちゃんのところに行こう」
手を繋いだ四人を大きな腕で抱きかかえるようにした熊ジイが水分神の社へと飛ぶ。
前に来た時は荒れ果てていた参道も、きれいに掃き清められており、社の前には三方に持った新米と餅とスルメが捧げられている。
「良かった……詣でる人ができたんだね」
「ハナ坊のお陰さ。あれから村人たちが交代で詣でているんじゃよ。杣人たちも仕事の行き帰りに立ち寄るようになった。これでこの地の水は安泰じゃ」
熊ジイが水分神に声を掛けている時、ふと一真の顔に緊張が走った。
きれいに畳んで籠に入れてあった一真の着物を取り出し、狩衣と袴を入れる。
ふと肌着も必要だと思い立ち、振り返ると真っ白な晒しで作られた男性用の肌着一式を持ったシマが立っていた。
「ありがとう、入れておいてね」
「あら、ハナさんが入れてあげて下さいな」
「私が殿方の肌着を?」
「ええ、肌着も褌も毎日洗うんですよ? 何を今更照れているんですか。ほほほほほほほ」
シマからそれらを押し付けられ、ハナは困惑しながらも狩衣の下に忍ばせた。
ザブンという音がして、一真が滝から上がったことを知る。
ハナは慌てて立ち上がり踵を返した。
後ろからありがとうと言う一真の声がしたが、振り返る余裕などない。
ハナはそのまま裏庭に出て、井戸の前で顔を何度も洗った。
「そんなに洗うと肌が痛みますよ?」
ウメの声に頷きながら、ハナはほうっと息を吐いた。
やっと落ち着きを取り戻し、厨房に入るとおじいちゃんから声がかかる。
「おーい、ハナ。今日の社廻りに一真を同道せよ」
せっかく落ち着いたハナの心臓が、再び激しく暴れ始める。
そんな気持ちなどお構いなく、どんどん話が進んでいった。
巫女服を着て座敷に入ると、先ほどの狩衣を見事に着こなした一真がにこやかにこちらを見ている。
「今日は東北を廻ってもらうつもりじゃ。数は少ないが熊ジイのところに行ってから、水分のところも廻ってほしい」
「ああ、みいちゃんね?」
「う……うん……」
ちょっとだけ意趣返しをした気分になったハナは、ニヤッと笑った。
「すぐに出ますか?」
一真がおじいちゃんに聞く。
美し過ぎる幼子たちに囲まれた、美し過ぎる面立ちの一真という絵面に、ハナはかえって冷静さを取り戻した。
(美丈夫保育園という名前はどうかしら)
そんなことを考えながらニマニマと笑っていると、目の前にサッと手を差し出された。
目を上げると一真の笑顔が降って来る。
「行きましょうか、ハナさん」
「は、はい! 行きましょう安倍さん」
「どうぞ一真と呼び捨ててください」
「それは……無理!」
おじいちゃんが呆れたような声を出す。
「面倒な奴らじゃな。ハナちゃんとかずくんで良い! そうじゃ、そうせよ」
問答無用で互いの呼び名が決まり、ヤスとウメが待つ裏庭に送り出された。
四人で輪になるように手を繋ぎ、一瞬で熊ジイの社へと飛ぶ。
「なんと言うか……とても厳かな空気感ですね」
社前の石段に降り立った一真の第一声だ。
「そうでしょ? 清らかというか清々しいというか」
ハナが応えた。
「おお! ハナ坊ではいか。どうしたのだ? ここでも祝詞をくれるのか?」
熊ジイが社の中から出てきた。
自分の家では天狗の姿をしている。
「ここには必要ないでしょう? それとも初詣の言霊は捧げた方がいいかな?」
「おうよ! そちらは頼もうぞ。それはそうとお主……なかなかの霊力と見たが、もしや安倍の一族か? 安倍の力だけではないような感じだが」
一真が進み出て自己紹介をする。
「そうか、加茂のおっさんの子孫か。それなら納得じゃな、いや、今世最強というところだが、どうしてハナ坊と一緒に? もしや一言主神の指示か?」
ハナと一真が同時に頷いた。
「この山に紛れ込むことは無いと思うが、一応気配だけは探っておいてくれ。ではハナ坊、祝詞を頼むよ。終わったら味噌餅でもどうじゃ?」
あやうく頷きそうになったハナの横からヤスが口を挟んだ。
「有難きお言葉ではございますが、御上より水分の神の様子を伺いに同道願うよう申しつけられております」
「おお、そうか。水分のなぁ。よし、わかった。そうとなったら早い方が良い。その後もいろいろ廻るのじゃろう?」
ハナは頷き、社の前で精神を集中した。
初詣の祝詞を上げる前に、言霊を乗せる祝詞をあげる。
ハナの足元から真っ白な靄が立ち上ってきた。
「立派なものじゃ。さすが愛し子というところか」
熊ジイの言葉に何度も頷きながら、ハナのその姿を初めて見た一真は心を奪われたような表情をしていた。
「……よって件のごとし」
ハナが最後まで言い終わった時、熊ジイが声を掛けた。
頬を染め肩で息をするハナに、一真が冷たい清水を満たした柄杓を手渡す。
「ご苦労様、ハナちゃん」
「あ……ありがとう、かず君」
それをニマニマと笑いながら見ている熊ジイに、空になった柄杓を押し付け、ハナが言った。
「早くみいちゃんのところに行こう」
手を繋いだ四人を大きな腕で抱きかかえるようにした熊ジイが水分神の社へと飛ぶ。
前に来た時は荒れ果てていた参道も、きれいに掃き清められており、社の前には三方に持った新米と餅とスルメが捧げられている。
「良かった……詣でる人ができたんだね」
「ハナ坊のお陰さ。あれから村人たちが交代で詣でているんじゃよ。杣人たちも仕事の行き帰りに立ち寄るようになった。これでこの地の水は安泰じゃ」
熊ジイが水分神に声を掛けている時、ふと一真の顔に緊張が走った。
5
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
人質姫と忘れんぼ王子
雪野 結莉
恋愛
何故か、同じ親から生まれた姉妹のはずなのに、第二王女の私は冷遇され、第一王女のお姉様ばかりが可愛がられる。
やりたいことすらやらせてもらえず、諦めた人生を送っていたが、戦争に負けてお金の為に私は売られることとなった。
お姉様は悠々と今まで通りの生活を送るのに…。
初めて投稿します。
書きたいシーンがあり、そのために書き始めました。
初めての投稿のため、何度も改稿するかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。
小説家になろう様にも掲載しております。
読んでくださった方が、表紙を作ってくださいました。
新○文庫風に作ったそうです。
気に入っています(╹◡╹)
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる