一言主神の愛し子

志波 連

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31 前哨戦

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 翌朝も太陽が昇る前に身を清め、昇ると同時に祝詞を捧げたハナは、残っている式神達を叩き起こし、裏庭に備え付けた巨釜で米を炊き始めた。
 ハクとシマがテキパキと指示を出し、次々に握り飯が出来上がっていく。
 しかし握った端から消えていくように消費されていくため、手を休める暇も無い。
 しかも戻って来る神々は、衣がズタズタになっていたりひっかき傷を負っていたりと無事な姿の者は一人もいない状態だった。

 炊飯が一段落したのを見計らったハクが、その場を桜木の精に任せ傷の手当に当たる。
 その横で蓬の精が薬研を忙しなく動かし、傷薬を作っていた。
 あまりの慌ただしさに呆然とするハナをシマが声を掛けて動かしていく。
 
「狛が堕ちました」

 片腕をだらんと垂らした神が戻ってきて言った。

「狛も堕ちたか」

「狛犬の長は留まっておりますが、大御神様の社前から動けない状態です」

「うぬぬ……奴は強い。信じよう」

 おじいちゃんが苦しそうに言うのをハナが心配そうに見つめる。

「ハナさん、ボーッとしている暇はありませんよ。私たちは榊束を作りますから、ハナさんは清めの祝詞をお願いします」

「はい!」

 清めの祝詞はすが坊が最初に教えてくれた祝詞だ。
 何度も何度も練習したので、もう何も見ずにスラすらかける。
 ハナが祝詞を書いた半紙を、片っ端から紙垂に折るのは猩々たちだ。
 猩々は式神より更に下位ではあるものの、人々の心を楽しませる力を持っているので、御幣を作るのに適している。
 殴り書きにならない程度に大急ぎで祝詞を書き上げるハナの横では、おじいちゃんが戻って来る神々から現状の報告を受けている。

「ハナさん! 握り飯が無くなりそうです」

 ウメの声にハッと顔を上げたハナは、ヤスさんに言って新しい米俵を納戸から出してもらった。

「ハクさん、手が空いたら炊飯よろしく」

「味噌汁のお湯を沸かしてください」

「香の物を追加してください」

 ハナは祝詞を1枚書くたびに、テキパキと指示を飛ばしていった。

「ハナ、そろそろ時間じゃ」

「はい」

 最後の1枚を書き上げたハナは、ウメさんとヤスさんを呼びに行かせて巫女服を身に纏った。

「今日は東を巡ってもらう」

 おじいちゃんが差し出した半紙には、百近い社の名が書いてあった。
 これを日が落ちるまでに回るとなると、かなり急がなくてはならない。
 猩々たちが作った御幣を背負い籠に入れながら、ヤスが頷いて見せた。

「じゃあ行ってくるね、おじいちゃん」

「ああ、道はウメが知っている。お前はウメとヤスと手を取り合ってそこに書いてある社の名を呟け。では頼んだぞ」

 そこまで言うとおじいちゃんは神々が頭を寄せ合って相談している輪に入って行く。
 ハナはウメの前足とヤスの左手を握り、ウメが示した社の名を呟いた。
 移動は一瞬だ。
 巫女服のハナは目立つのだが、なぜか人々は気にも留めない。
 これが信心離れということなのだろうと寂しく思いながら、ハナは社の前に立った。
 御幣を捧げ清めの祝詞をあげる。
 フッと中から風が吹き、よれよれのおばあさんが這いずって出てきた。

「おばあさん! 大丈夫?」

「ああ、一言主神様の匂いがすると思えば愛し子様か。間に合ったぞ。助かった」

 おばあさんの姿をしているのはこの社を守る神だろう。
 気を失ったのかぐったりと動かないその神を、ウメが背中に乗せた。

「連れて帰ります。すぐに戻りますからその間に例のあれを」

 ウメの言葉にハナが頷くと、ウメの姿が神と一緒に消えた。
 ハナは集中して胸の前で手を合わせる。
 ヤスが少し離れて跪くと、ハナの足元に百合の花のように真っ白な靄が湧き出した。
 ハナが心を込めて祝詞を呟くと、通行人たちが足を止めてこちらを見ていた。

「ひふみよいむなやこともちろらゆ しきるゆゐつわぬそをたはくめか うおえにさりへて のますあせゑほれけ~」

 祝詞の中では短めだが、言葉に神力を乗せるのはなかなか体力を使う。
 ハナが言い終わった瞬間から、止まっていた時が動き出すように人々も動き出した。
 
「ハナちゃん、これでこの神社は初詣で賑わうよ」

 ヤスが立ち上がりながらハナを労った。

「そうなると良いね。ここの神主さんには会った方がいいの?」

「そうじゃな。それなりに修行を積んだ者ならハナちゃんの気配に気付いているはずじゃが、来ないということはダメかもしれんな」

 そう言うと懐から出した先ほどの半紙にバツ印を書き込んだ。
 ハナが社務所の方を見ていたらウメが帰ってきた。

「さあ、次に行きましょう」

 三人は再び手を繋いで次の社へと急いだ。
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