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23 大御神様と八咫烏
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大きな社が天空にそびえたっている。
長く急な階段がハナの目の前から社に続き、その一歩を踏み出そうとする者の心を試すような荘厳な空気が辺りを支配していた。
「ここで畏みて御動座を待つのじゃ」
おじいちゃんがハナにだけ聞こえるくらいの声で言った。
ハナは小さく頷き、階段の前で正座をして両ひざの横に親指をついた恭順の姿勢をとる。
同じ姿勢で蹲るおじいちゃんに聞いた。
「大御神様ってどんなお姿なの?」
「そうじゃなぁ……とても美しいお姿じゃよ。されど直視してはならん。目が潰れる」
ハナは息をのんだ。
直視しては目がつぶれるほどの美しさとは、いったいどのようなものなのだろう。
あれこれと想像しながら待つこと四半時。
八咫烏の羽音が間近に聞こえた。
「面は伏せたまま頭だけあげてください」
八咫烏は先ほどとは違い、山鳩くらいの大きさに変化していた。
「おお! 気遣ってくれたか。すまんなぁ、この子は慣れておらぬので助かるぞ」
おじいちゃんが八咫烏に声をかけた。
「いえいえ。私もこの方が楽ですので助かります。それにしても、此度の愛し子殿はまた可愛らしいではないですか。それに霊力が並外れている。やはり今年でしょうか」
「ふむ。俺もそう睨んでおるのじゃがなぁ」
「御上も気を揉んでおられました。もしかすると遅いとお小言があるやもしれません」
「準備を先に進めておったので少々時間がかかってしまった。お小言はごもっともじゃ。ああ、そうそうこれを」
おじいちゃんが懐から棒葉に包んだものを取り出す。
「おお! これはこれは。なによりのものを。御上もお喜びでしょう」
「此度は黒いものと緑のものの二種類をご用意した。献上奉る。そしてこれはお前様に」
そう言うと棒葉に包んだものとは別に、へぎに包んだものを懐から取り出す。
「おお! なによりのものを有難く存じます。ここへの供物も同じものばかりで少々辟易していたところです」
「そうじゃろうとも。いったい誰が言い出したのか、御上には鮑で八咫殿には木の実、年中これでは飽きるというものじゃ」
「ええ、そうですとも。木の実は嫌いじゃないですがどれでもよいというわけではございません」
そんな話をしていると、辺りがパッと明るくなった。
「いっくん! 遅いじゃないの」
パタパタという足音がして、蹲る二人の前でピタッと止まった。
「ねえ、顔を見せてよ。今日は人の子も来るからちゃんと姿も変えたんだよ?」
それでも顔をあげないふたり。
おじいちゃんはそのままの姿勢で声を出した。
「畏れ多くも大御神様におかれましてはますますご健勝のこととお喜び奉りまする」
大御神様の草履の先しか見えないハナは、その小ささに少しだけ驚いていた。
「そんなことは良いからさぁ。ねえ、私といっくんの仲じゃないの!はやく顔が見たい」
おじいちゃんが顔を上げた。
ハナは相変わらず畏まった姿勢のままで耳に神経を集中させる。
「せっかくちゃんとして孫に良いところを見せようと思ってたのに、あーちゃんがそんなこと言うから台無しじゃん!」
「ああ、そうだったの? ごめんね~。それよりさあ、ハナちゃんの顔が見たい」
「ああ、今回のハナは飛び切り別嬪じゃ」
おじいちゃんはハナを促して顔をあげさせた。
目がつぶれるのが怖いハナは、目をぎゅっと閉じている。
「ああ、ハナ。もう大丈夫じゃ大御神様はお前のためにお姿を変えて下さっているから目は開けなさい」
目を閉じたままコクンと頷いたハナが、ゆっくりと目を開ける。
「きゃぁ!」
ハナの鼻先まで顔を寄せていた大御神と目が合った。
「きゃはは! お驚かせちゃった~。ハナちゃんね? うん、とってもかわいいわ。うんうん、いっくんが離さないはずだわ~。わかるわかる。ねえ、ハナちゃん、こっちにおいで?とっても眺めが良いんだよ」
そういうなりハナの手を引いて階段を駆け上がっていく大御神。
「大御神様! ちょっとお待ちくださいませ」
ハナは引かれるまま階段を駆け上がりつつ、少しだけ抗議の声をあげた。
「大丈夫だよ。上でお茶しようね~。やっくん! お茶よろしく」
八咫烏にお茶の用意を命じた大御神、ハナの手を離さないまま社の中に駆け込んだ。
「ほら、すごいでしょう? あっちが北でこっちが西だよ。ハナちゃんの住んでいる町はこっちだよ~」
社の中には何もなく、ただ中央に厚い畳が二枚敷かれているだけだった。
正方形の部屋の中央に正方形の御座所。
壁は無く四隅の柱だけで屋根を支えている。
「なにきょろきょろしてるの? 珍しい?」
手を引かれながら中央の御座所に大御神と一緒に腰かけたハナ。
「はい、珍しいというか……とてもすっきりした空間だと思いまして……」
「そりゃそうだよ~。ごちゃごちゃしてるの嫌じゃん! 必要なものは必要な時にだけ出すからこれでいいんだよ」
そうこうしている間に真っ黒な式服をまとった妖艶な青年がお茶を運んできた。
「ああ、ありがとう。やっくんも一緒にどう? あれ? いっくんは?」
膝をついてやっくんと呼ばれた青年が口を開いた。
「ありがとうございます。一言主神様は南の縁台におられます。お呼びしますか?」
「うん、呼んできて。それと遠見も出して」
「畏まりました」
やっくんが何もない空間で手を握り、大御神の前に差し出す。
握られた掌を開くと、小さな竹筒があった。
「ねえハナちゃんは遠見を覗いたことはある? これってね、ヒノモトの全部がここから見える優れモノなんだよ~」
やっくんから竹筒を受け取りながら、ニコニコと大御神が話しかけた。
ぶんぶんと首を横に振るハナの後ろからおじいちゃんの声がした。
「あーちゃん、ハナは人の子だからそれダメ。ホントに目がつぶれちゃう」
「あっ、そうかぁ。そうだよね。ハナちゃんの霊力があまりにも高いから人の子って忘れてた。ねえねえ、それよりいっくん、南を見てたんでしょ? 気づいたの?」
「ああ、あれは久々の大物じゃなぁ」
「うん、今年になってから出てきたんだよねぇ~。初夏辺りだったかなぁ。嫌な感じだよ」
「そうか、初夏か。ハナが儀式を終えた頃じゃな」
「そうなの? ってことはあいつも決戦って思ってるってことだね。まあ、お互い棲み辛い世になっちゃったもんねぇ」
「そうだよなぁ……最後かもしれんな」
おじいちゃんと大御神は頷きあっている。
ハナがおずおずと聞いた。
「最後って? 何が最後なのですか?」
大御神が振り返り、悲しそうな笑顔を浮かべた。
「縁なき衆生は度し難しじゃ。もう良いだろう」
おじいちゃんが大御神の手を握った。
「あーちゃんは本当によく頑張ったよ。あとは任せてゆっくりお休みよ」
「うん、ありがとう。やっくんを行かせるから連絡に使って。それと何をすればいいか教えて」
おじいちゃんがその場で膝まづいた。
「まずは大戦の赦しを。そして良き神々に祝福を。悪しき神々に情を」
「心得た」
社の中に一陣の風が吹き込みハナの髪を弄ぶ。
「ハナよ。心して行け。事が終わりし暁には、その簪を返しに参れ」
ハナは畏まって大御神から簪を受け取った。
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
志波 連
長く急な階段がハナの目の前から社に続き、その一歩を踏み出そうとする者の心を試すような荘厳な空気が辺りを支配していた。
「ここで畏みて御動座を待つのじゃ」
おじいちゃんがハナにだけ聞こえるくらいの声で言った。
ハナは小さく頷き、階段の前で正座をして両ひざの横に親指をついた恭順の姿勢をとる。
同じ姿勢で蹲るおじいちゃんに聞いた。
「大御神様ってどんなお姿なの?」
「そうじゃなぁ……とても美しいお姿じゃよ。されど直視してはならん。目が潰れる」
ハナは息をのんだ。
直視しては目がつぶれるほどの美しさとは、いったいどのようなものなのだろう。
あれこれと想像しながら待つこと四半時。
八咫烏の羽音が間近に聞こえた。
「面は伏せたまま頭だけあげてください」
八咫烏は先ほどとは違い、山鳩くらいの大きさに変化していた。
「おお! 気遣ってくれたか。すまんなぁ、この子は慣れておらぬので助かるぞ」
おじいちゃんが八咫烏に声をかけた。
「いえいえ。私もこの方が楽ですので助かります。それにしても、此度の愛し子殿はまた可愛らしいではないですか。それに霊力が並外れている。やはり今年でしょうか」
「ふむ。俺もそう睨んでおるのじゃがなぁ」
「御上も気を揉んでおられました。もしかすると遅いとお小言があるやもしれません」
「準備を先に進めておったので少々時間がかかってしまった。お小言はごもっともじゃ。ああ、そうそうこれを」
おじいちゃんが懐から棒葉に包んだものを取り出す。
「おお! これはこれは。なによりのものを。御上もお喜びでしょう」
「此度は黒いものと緑のものの二種類をご用意した。献上奉る。そしてこれはお前様に」
そう言うと棒葉に包んだものとは別に、へぎに包んだものを懐から取り出す。
「おお! なによりのものを有難く存じます。ここへの供物も同じものばかりで少々辟易していたところです」
「そうじゃろうとも。いったい誰が言い出したのか、御上には鮑で八咫殿には木の実、年中これでは飽きるというものじゃ」
「ええ、そうですとも。木の実は嫌いじゃないですがどれでもよいというわけではございません」
そんな話をしていると、辺りがパッと明るくなった。
「いっくん! 遅いじゃないの」
パタパタという足音がして、蹲る二人の前でピタッと止まった。
「ねえ、顔を見せてよ。今日は人の子も来るからちゃんと姿も変えたんだよ?」
それでも顔をあげないふたり。
おじいちゃんはそのままの姿勢で声を出した。
「畏れ多くも大御神様におかれましてはますますご健勝のこととお喜び奉りまする」
大御神様の草履の先しか見えないハナは、その小ささに少しだけ驚いていた。
「そんなことは良いからさぁ。ねえ、私といっくんの仲じゃないの!はやく顔が見たい」
おじいちゃんが顔を上げた。
ハナは相変わらず畏まった姿勢のままで耳に神経を集中させる。
「せっかくちゃんとして孫に良いところを見せようと思ってたのに、あーちゃんがそんなこと言うから台無しじゃん!」
「ああ、そうだったの? ごめんね~。それよりさあ、ハナちゃんの顔が見たい」
「ああ、今回のハナは飛び切り別嬪じゃ」
おじいちゃんはハナを促して顔をあげさせた。
目がつぶれるのが怖いハナは、目をぎゅっと閉じている。
「ああ、ハナ。もう大丈夫じゃ大御神様はお前のためにお姿を変えて下さっているから目は開けなさい」
目を閉じたままコクンと頷いたハナが、ゆっくりと目を開ける。
「きゃぁ!」
ハナの鼻先まで顔を寄せていた大御神と目が合った。
「きゃはは! お驚かせちゃった~。ハナちゃんね? うん、とってもかわいいわ。うんうん、いっくんが離さないはずだわ~。わかるわかる。ねえ、ハナちゃん、こっちにおいで?とっても眺めが良いんだよ」
そういうなりハナの手を引いて階段を駆け上がっていく大御神。
「大御神様! ちょっとお待ちくださいませ」
ハナは引かれるまま階段を駆け上がりつつ、少しだけ抗議の声をあげた。
「大丈夫だよ。上でお茶しようね~。やっくん! お茶よろしく」
八咫烏にお茶の用意を命じた大御神、ハナの手を離さないまま社の中に駆け込んだ。
「ほら、すごいでしょう? あっちが北でこっちが西だよ。ハナちゃんの住んでいる町はこっちだよ~」
社の中には何もなく、ただ中央に厚い畳が二枚敷かれているだけだった。
正方形の部屋の中央に正方形の御座所。
壁は無く四隅の柱だけで屋根を支えている。
「なにきょろきょろしてるの? 珍しい?」
手を引かれながら中央の御座所に大御神と一緒に腰かけたハナ。
「はい、珍しいというか……とてもすっきりした空間だと思いまして……」
「そりゃそうだよ~。ごちゃごちゃしてるの嫌じゃん! 必要なものは必要な時にだけ出すからこれでいいんだよ」
そうこうしている間に真っ黒な式服をまとった妖艶な青年がお茶を運んできた。
「ああ、ありがとう。やっくんも一緒にどう? あれ? いっくんは?」
膝をついてやっくんと呼ばれた青年が口を開いた。
「ありがとうございます。一言主神様は南の縁台におられます。お呼びしますか?」
「うん、呼んできて。それと遠見も出して」
「畏まりました」
やっくんが何もない空間で手を握り、大御神の前に差し出す。
握られた掌を開くと、小さな竹筒があった。
「ねえハナちゃんは遠見を覗いたことはある? これってね、ヒノモトの全部がここから見える優れモノなんだよ~」
やっくんから竹筒を受け取りながら、ニコニコと大御神が話しかけた。
ぶんぶんと首を横に振るハナの後ろからおじいちゃんの声がした。
「あーちゃん、ハナは人の子だからそれダメ。ホントに目がつぶれちゃう」
「あっ、そうかぁ。そうだよね。ハナちゃんの霊力があまりにも高いから人の子って忘れてた。ねえねえ、それよりいっくん、南を見てたんでしょ? 気づいたの?」
「ああ、あれは久々の大物じゃなぁ」
「うん、今年になってから出てきたんだよねぇ~。初夏辺りだったかなぁ。嫌な感じだよ」
「そうか、初夏か。ハナが儀式を終えた頃じゃな」
「そうなの? ってことはあいつも決戦って思ってるってことだね。まあ、お互い棲み辛い世になっちゃったもんねぇ」
「そうだよなぁ……最後かもしれんな」
おじいちゃんと大御神は頷きあっている。
ハナがおずおずと聞いた。
「最後って? 何が最後なのですか?」
大御神が振り返り、悲しそうな笑顔を浮かべた。
「縁なき衆生は度し難しじゃ。もう良いだろう」
おじいちゃんが大御神の手を握った。
「あーちゃんは本当によく頑張ったよ。あとは任せてゆっくりお休みよ」
「うん、ありがとう。やっくんを行かせるから連絡に使って。それと何をすればいいか教えて」
おじいちゃんがその場で膝まづいた。
「まずは大戦の赦しを。そして良き神々に祝福を。悪しき神々に情を」
「心得た」
社の中に一陣の風が吹き込みハナの髪を弄ぶ。
「ハナよ。心して行け。事が終わりし暁には、その簪を返しに参れ」
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