一言主神の愛し子

志波 連

文字の大きさ
上 下
12 / 43

12 夢枕

しおりを挟む
 二人で仲良く縁側に座り、炭焼きの香ばしい匂いが更に食欲をそそる塩サバを楽しんだ後、おじいちゃんは少し温くなってしまったお茶をグイっと飲み干した。

「どろどろ頃合いだな。いこうか、ハナ」

「うん、チャチャッと片づけちゃうから少しだけ待ってくれる?」

 ハナは食器を重ね、洗い場の桶に突っ込んだ。
 カチャカチャと食器を洗いあげている間に、おじいちゃんは正装に着替えていた。
 前掛けで手を拭きながらハナが聞く。

「私も着替えた方が良いのかな?」

「いや、お前は良い。誰にも会わんしな」

 ハナは頷いておじいちゃんの横に立った。

「ねえ、おじいちゃんっていつもその姿なの?」

「いや、ハナが怖がるといけないと思ってこの姿にしている。それにお前はまだ修行が足らんから、元に戻すと目視はできんよ」

「目視?」

「ああ、神というのはそもそも人間の目には見えない。霧か霞のようなものだと考えれば分かり易かろう。目に見えんものを畏れ敬うところに信仰心が生まれるのじゃ」

「なるほどね」

「そのうち見えるようにもなるだろうよ。さあ、行くぞ」

 ハナの顔を無邪気な笑顔で見上げたおじいちゃん。
 一瞬で目的の場所についた。

「良いか? ハナ。夢というものは力を持っておる。正夢とか先夢とか言うじゃろう? あれは真のことじゃ。夢枕というのはその力を利用するのじゃが、多くの霊力が必要になる。まずは雑念を払え」

「はい」

 返事はしたものの、雑念を払えって何? とハナは思った。
 とにかく何も考えないようにしつつ、真顔になったおじいちゃんの後ろに控えた。
 その小さな体の周りに白い煙のようなものがゆらゆらと立ち上った。
 まるで極寒の川に入った後の修験者のようだ。
 立ち上る白いものがいくつにも分かれて、球体を形作る。
 ふと見るとおじいちゃんの額に汗が浮かんでいた。

「集まったか」

 その声にハナはおじいちゃんの周りを囲む闇の塊のような何かに気付いた。

「はい、ここに」

 その闇から声がした。
 よく見ると手のひらに乗るくらい小さい白黒のカバのようなものが、群がるようにおじいちゃんの押元にひれ伏している。

「水分の神を疎かにする者には、神罰が下る。日々その力を崇め、心を尽くして頭を垂れよ。供物を切らさぬように努め、畏まって礼を尽くすように」

「承りました」

 おじいちゃんが懐から何かを出して、地面に投げた。

「ありがたき幸せにございます」

「頼んだぞ」
 
 すっとその一団が消えた。
 ハナは呼吸をするのも忘れるほど見入っていた。

「終わったぞ。すぐに帰りたいところじゃが、お前桜桃が食いたいと申して居ったな? 今から行くか?」

 ハナは我に返って首を横に振った。

「あっ……今日はいい。早く帰りたい」

「そうか? また今度熊ジイにでも持ってこさせようか。では帰るぞ」

 差し出された手をとった瞬間、目の前の景色が変わった。

「ハナ、疲れた。酒とスルメをくれ」

 帰ったとたんに寝転がったおじいちゃん。
 その顔色は幾分青ざめて見えた。

「おじいちゃん? 大丈夫? 顔色悪いよ」

「ああ、久しぶりに大技を使ったからな……明日は獣肉にしてくれ。多めに作っておけよ? 客人が来るだろう」

「うん、わかった」

 酒の入った大徳利と木杯を盆にのせ、寝転がるおじいちゃんの横に置いた。
 竈を覗くとまだ消え残った墨が見えたので、七輪に移して焼き網をのせる。
 引き出しからスルメを出して、網の上に乗せてから縁側に運んだ。

「ねえおじいちゃん、さっきの白黒の小さいのは何?」

「おお! お前は目視できたのか。大きさも色も判別するとは……さすがハナじゃ」

 その一言で、普通は見えないのだと気付くハナ。

「うん、ものすごくたくさんいたよね。カバのように見えたけど」

「あれは獏じゃ。夢を操る式神じゃな」

「ふぅ~ん……懐から撒いたのは?」

「あれが祝詞じゃ。あれを喰うて神力を己がものと成すのじゃよ。その祝詞に雑念が入ると、奴らの力も濁るのじゃ」

「なるほど……」

 分かったような気分になったハナの前で、パチッとスルメの皮が爆ぜ、香ばしい匂いが部屋の中に流れ込む。
 竹箸の先でひっくり返しながら、まだぼんやりとしているおじいちゃんの横顔を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

横浜で空に一番近いカフェ

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
 大卒二年目のシステムエンジニア千晴が出会ったのは、千年を生きる妖狐。  転職を決意した千晴の転職先は、ランドマークタワー高層にあるカフェだった。  最高の展望で働く千晴は、新しい仕事を通じて自分の人生を考える。  新しい職場は高層カフェ! 接客業は忙しいけど、眺めは最高です!

京都式神様のおでん屋さん

西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~ ここは京都—— 空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。 『おでん料理 結(むすび)』 イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。 今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。 平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。 ※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!

やさしいキスの見つけ方

神室さち
恋愛
 諸々の事情から、天涯孤独の高校一年生、完璧な優等生である渡辺夏清(わたなべかすみ)は日々の糧を得るために年齢を偽って某所風俗店でバイトをしながら暮らしていた。  そこへ、現れたのは、天敵に近い存在の数学教師にしてクラス担任、井名里礼良(いなりあきら)。  辞めろ辞めないの押し問答の末に、井名里が持ち出した賭けとは?果たして夏清は平穏な日常を取り戻すことができるのか!?  何て言ってても、どこかにある幸せの結末を求めて突っ走ります。  こちらは2001年初出の自サイトに掲載していた小説です。完結済み。サイト閉鎖に伴い移行。若干の加筆修正は入りますがほぼそのままにしようと思っています。20年近く前に書いた作品なのでいろいろ文明の利器が古かったり常識が若干、今と異なったりしています。 20年くらい前の女子高生はこんな感じだったのかー くらいの視点で見ていただければ幸いです。今はこんなの通用しない! と思われる点も多々あるとは思いますが、大筋の変更はしない予定です。 フィクションなので。 多少不愉快な表現等ありますが、ネタバレになる事前の注意は行いません。この表現ついていけない…と思ったらそっとタグを閉じていただけると幸いです。 当時、だいぶ未来の話として書いていた部分がすでに現代なんで…そのあたりはもしかしたら現代に即した感じになるかもしれない。

どうやら私は二十歳で死んでしまうようです

ごろごろみかん。
キャラ文芸
高二の春。 皆本葉月はある日、妙な生き物と出会う。 「僕は花の妖精、フラワーフープなんだもん。きみが目覚めるのをずっと待っていたんだもん!」 変な語尾をつけて話すのは、ショッキングピンクのうさぎのぬいぐるみ。 「なんだこいつ……」 葉月は、夢だと思ったが、どうやら夢ではないらしい。 ぬいぐるみ──フラワーフープはさらに言葉を続ける。 「きみは20歳で死んじゃうんだもん。あまりにも不憫で可哀想だから、僕が助けてあげるんだもん!」 これは、寂しいと素直に言えない女子高生と、その寂しさに寄り添った友達のお話。

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

紅屋のフジコちゃん ― 鬼退治、始めました。 ―

木原あざみ
キャラ文芸
この世界で最も安定し、そして最も危険な職業--それが鬼狩り(特殊公務員)である。 ……か、どうかは定かではありませんが、あたしこと藤子奈々は今春から鬼狩り見習いとして政府公認特A事務所「紅屋」で働くことになりました。 小さい頃から憧れていた「鬼狩り」になるため、誠心誠意がんばります! のはずだったのですが、その事務所にいたのは、癖のある上司ばかりで!? どうなる、あたし。みたいな話です。 お仕事小説&ラブコメ(最終的には)の予定でもあります。 第5回キャラ文芸大賞 奨励賞ありがとうございました。

処理中です...