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5 炊き立てご飯に勝るものなし
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「うまい! うまいぞ! ハル」
「良かったぁ~」
「何個でも食えるな。こんなに旨い飯は何時ぶりだろう。50年か? いやもっとか?」
「え? そんなに?」
「ああ、ハルという名の愛し子が百年に一度しか生まれないだろう? 愛し子がこの世を去ったら次のハルが17で修行に来るまではお預けなんだよ。どんどん健康寿命がみじかくなってる。百年に設定したのは失敗だった」
「百年に一度って?」
「なんだ、お前は聞いてないのか?」
「うん、何も聞いてない」
「当主の怠慢だな。まあ、今代はそもそも怪しからん奴だった」
自分の父親のことを言っているのだと思ったハナは口を噤んだ。
「食いながら教えてやろう。葛城の姫は知る権利がある」
そう言うと、次の塩むすびに手を伸ばしながら一言主神が語り始めた。
「そも吾の元を訪れし時の天子が物申すに……」
「ちょっと待ったぁ~」
ハナが大きな声で言葉を止める。
「ん? どうした?」
「悪いんだけど、良く分かんないから。今どきの言葉で言って欲しい」
「なんだ? お前は神語がわからんのか」
「うん、わからない」
「しょうがない奴だな。字は読めるのか? 書くことは?」
「神語は無理。現代国語なら得意だったけど」
「なるほど……これも時の流れか。仕方がない」
ハナはホッと胸を撫でおろした。
「要するにだ。俺は葛城の山奥でのんびりと暮らしていたんだ。時々他の神に頼まれて、願いを言葉にしてやるくらいしかすることも無かったしな。それがうっかりと時の権力者に出会ってしまってなぁ。そいつの祖先とは浅からぬ縁があったから、仕方なく山を下りたんだよ。屋敷を渡されて妻をあてがわれて、もうそりゃ贅沢三昧な暮らしを経験した」
遠い昔を懐かしむような顔で、どう見ても10歳の少年が語る。
「まあ、そんなこんなで何年か下界にいたのだが、飽きてしまってなぁ。山に帰ると言ったら大きな社を作るから、ここに残ってくれって言うんだ。そんな時、俺の子供の一人が物凄い霊力を持っていることに気付いた。それを利用されたらこの国なんてすぐにでもそいつのものになってしまう。良き事ばかりの奴ならまだしも、人間の心根は欲まみれだからな」
自分で言って自分で頷いている。
「その子だけを連れてこの社に引き籠った。連れてきた子は女児で、残してきたのは男児だけだった。どうも俺の霊力は女にしか引き継がれないようだった。だから葛城の家には男しか生まれないようにしたんだよ。連れて来た女児は家事をよくする娘でなぁ。ハナという名をつけて可愛がった。でも半分は人間の血だろ? 寿命が尽きるのが早いんだ。それでも百年は生きたかな……。だから百年に一度女児が誕生すれば、ずっと俺の面倒をみてくれるだろ? 最初の子を連れてきたのは、その子が17になる年だったから、次の子も、その次の子も17になったらここに来るように決めたんだ」
「なるほど……」
「俺は神だから死なないんだ。でも崇め奉られなくては力が弱る。何回かこの国の存続が危ぶまれるほどの事があったんだが、そのたびに他の神が訪ねてきて力を貸せと言うんだ。ここに住んでいることは末裔しか知らないから、俺の霊力は弱まっていくばかりでな。そこで式神を使わして祈禱と供物を命じたんだ」
「それってシマさんですか?」
「ああ、そうだ。シマは狐の式神でヤスは猪の式神だ」
「いったい何歳?」
「知らんが?」
「聞くのも怖いので良いです。ああ、それと。私には腹違いですが妹がいます。あの子も霊力が?」
「お前の母はかの安倍家の娘だ」
「はい。そう聞いています」
「お前の持つ霊力は葛城の嫡男と安倍の長女が契らねば生まれない。腹違いなら妹には霊力は無いのだが、そもそも女児が生まれるはずはないんだ。お前の父親は騙されている」
「え?」
「安倍の者は、人間のくせに式神を操る不思議な力を持っていた。その血が混ざらないと霊力は発現しない。そのことはきちんと伝承されているはずだが、お前の父親は守らなかったんだな。忘れていたのかもしれないが、とんでもない奴だ。うっかりしていた俺も悪いが、いつまでたっても婚姻の話が来ない安倍家の当主が慌てて娘を連れて来て婚姻という運びになった」
ハナにとっては耳水の話だ。
「でもなぁ、お前の父親にはすでに結婚を約束した女がいたんだよ。だから俺が言霊を使ってそれを阻止した。安倍の娘は体が弱かったから、出産はきつかっただろうなぁ。まあ、お前が産まれたら後の子供は血を継ぐだけの役割しかない。だから安倍の娘が儚くなった後、もともと婚約していた娘と婚姻するように呟いてやったんだが、ちと先走りやがって、すでに子をなしていたということだ。まあ種は違うがな。ははは」
「良かったぁ~」
「何個でも食えるな。こんなに旨い飯は何時ぶりだろう。50年か? いやもっとか?」
「え? そんなに?」
「ああ、ハルという名の愛し子が百年に一度しか生まれないだろう? 愛し子がこの世を去ったら次のハルが17で修行に来るまではお預けなんだよ。どんどん健康寿命がみじかくなってる。百年に設定したのは失敗だった」
「百年に一度って?」
「なんだ、お前は聞いてないのか?」
「うん、何も聞いてない」
「当主の怠慢だな。まあ、今代はそもそも怪しからん奴だった」
自分の父親のことを言っているのだと思ったハナは口を噤んだ。
「食いながら教えてやろう。葛城の姫は知る権利がある」
そう言うと、次の塩むすびに手を伸ばしながら一言主神が語り始めた。
「そも吾の元を訪れし時の天子が物申すに……」
「ちょっと待ったぁ~」
ハナが大きな声で言葉を止める。
「ん? どうした?」
「悪いんだけど、良く分かんないから。今どきの言葉で言って欲しい」
「なんだ? お前は神語がわからんのか」
「うん、わからない」
「しょうがない奴だな。字は読めるのか? 書くことは?」
「神語は無理。現代国語なら得意だったけど」
「なるほど……これも時の流れか。仕方がない」
ハナはホッと胸を撫でおろした。
「要するにだ。俺は葛城の山奥でのんびりと暮らしていたんだ。時々他の神に頼まれて、願いを言葉にしてやるくらいしかすることも無かったしな。それがうっかりと時の権力者に出会ってしまってなぁ。そいつの祖先とは浅からぬ縁があったから、仕方なく山を下りたんだよ。屋敷を渡されて妻をあてがわれて、もうそりゃ贅沢三昧な暮らしを経験した」
遠い昔を懐かしむような顔で、どう見ても10歳の少年が語る。
「まあ、そんなこんなで何年か下界にいたのだが、飽きてしまってなぁ。山に帰ると言ったら大きな社を作るから、ここに残ってくれって言うんだ。そんな時、俺の子供の一人が物凄い霊力を持っていることに気付いた。それを利用されたらこの国なんてすぐにでもそいつのものになってしまう。良き事ばかりの奴ならまだしも、人間の心根は欲まみれだからな」
自分で言って自分で頷いている。
「その子だけを連れてこの社に引き籠った。連れてきた子は女児で、残してきたのは男児だけだった。どうも俺の霊力は女にしか引き継がれないようだった。だから葛城の家には男しか生まれないようにしたんだよ。連れて来た女児は家事をよくする娘でなぁ。ハナという名をつけて可愛がった。でも半分は人間の血だろ? 寿命が尽きるのが早いんだ。それでも百年は生きたかな……。だから百年に一度女児が誕生すれば、ずっと俺の面倒をみてくれるだろ? 最初の子を連れてきたのは、その子が17になる年だったから、次の子も、その次の子も17になったらここに来るように決めたんだ」
「なるほど……」
「俺は神だから死なないんだ。でも崇め奉られなくては力が弱る。何回かこの国の存続が危ぶまれるほどの事があったんだが、そのたびに他の神が訪ねてきて力を貸せと言うんだ。ここに住んでいることは末裔しか知らないから、俺の霊力は弱まっていくばかりでな。そこで式神を使わして祈禱と供物を命じたんだ」
「それってシマさんですか?」
「ああ、そうだ。シマは狐の式神でヤスは猪の式神だ」
「いったい何歳?」
「知らんが?」
「聞くのも怖いので良いです。ああ、それと。私には腹違いですが妹がいます。あの子も霊力が?」
「お前の母はかの安倍家の娘だ」
「はい。そう聞いています」
「お前の持つ霊力は葛城の嫡男と安倍の長女が契らねば生まれない。腹違いなら妹には霊力は無いのだが、そもそも女児が生まれるはずはないんだ。お前の父親は騙されている」
「え?」
「安倍の者は、人間のくせに式神を操る不思議な力を持っていた。その血が混ざらないと霊力は発現しない。そのことはきちんと伝承されているはずだが、お前の父親は守らなかったんだな。忘れていたのかもしれないが、とんでもない奴だ。うっかりしていた俺も悪いが、いつまでたっても婚姻の話が来ない安倍家の当主が慌てて娘を連れて来て婚姻という運びになった」
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「でもなぁ、お前の父親にはすでに結婚を約束した女がいたんだよ。だから俺が言霊を使ってそれを阻止した。安倍の娘は体が弱かったから、出産はきつかっただろうなぁ。まあ、お前が産まれたら後の子供は血を継ぐだけの役割しかない。だから安倍の娘が儚くなった後、もともと婚約していた娘と婚姻するように呟いてやったんだが、ちと先走りやがって、すでに子をなしていたということだ。まあ種は違うがな。ははは」
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