上 下
16 / 38

7月13日土曜日【はるか】

しおりを挟む
 梅雨が終わるかもなんてお気楽なことを言っていたから、まるで戒めのような雨が降り続いていますね。
 ここ数日の豪雨で、さすがの百葉箱も中までびしょびしょ濡れでした。

 この袋、素敵でしょ?
 お気に入りの雑貨店でみつけたんですよ。
 素材が防水加工してあるので、雨に濡れてもこれで日記は大丈夫!
 ディアファンさんが入れる空気色の袋より大きかったら拙いなって思って、ジャストサイズにしたのです。

 デザインもたくさんあって、かなり長い時間迷ったのですが、結局最初に手に取ったこれにしました。
 模様の鳥はカワセミです。
 きれいな水のある森に生息しているらしく、ここ島根にもいると聞きました。
 

 では本題に入ります。
 11日に受け取って、その日のうちに書こうとペンをとりましたが、思い付きで書いていいような内容ではないと気付き、まる1日かけてずっと考えてみたのです。

 最初はとても良いお話だと思いました。
 これから先、ずっと同じ星で生きていくのですから、できるだけ互いを知り「適正な距離」というものを模索すべきだと思ったからです。

 でもそれはあくまでも「模範的回答」であり、栗花落紫陽花というディアファンさんの友達の意見ではないと気付きました。

 友達のわたしとしては、迷うなら止めた方が良いのでは? と答えさせてください。
 ディアファンさんはノンポリだとおっしゃいましたが、言い換えるなら強硬派ではないということでしょう?

 あの日、本当に偶然と必然が面白いほどに絡み合って生まれた「わたしたちが出会う」という奇跡が、そうそう日常にあるとは思えないのです。
 私はあなたに傷ついてほしくありません。

 子供は時に残酷です。
 触れてほしくない部分に、平気で爪をたててきます。
 中には痛がる様子を「面白い」と感じるほど、心が貧しい子もいるのです。

 私たち教師は、その都度注意をして間違いを訂正しようとしますが、なかなか一筋縄ではいかないというのが現状なのですよ、悲しいですが。

 こんな言い方をすると、無責任だと思われるかもしれませんが、幼児教育において一番重要なのは「親の愛」です。
 この愛が足りている子は、何事にも正面から向き合おうとする性質を持っています。
 反対にそれが足りていない子は、どうすればこの場を切り抜けられるかばかりを考える習慣を身につけてしまっているのです。
 そういう子供たちが必ず口にする言葉は「自分は悪くない」です。
 百歩譲って間違いを認めたとしても「みんなやっている」という言葉を吐きます。

 これはとても悲しいことです。
 そして、この言葉を口にする子供のなんと多いことか。

 ずっと以前ですが、同じ教師をしている母と教育について話し合ったことがあります。
 当時わたしは副担任というポジションで、教師になって1年目の右も左も分からない新人でした。
 その時母が言ったのです。
「日本の教育制度は間違っている」と。

 人生において一番大切な「人として」という基本教育を施せるのは10歳までというのが母の持論でした。
 そこに優秀な人材を投入せずになんとする! とかなり怒っていましたね。

 母の言うことも一理あると思います。
 本当にそうなんです。
 日本というより世界中の女性たちは、男性と同等の仕事をしていますよね。
 男性にできる仕事は女性にもできるというのが、現在の常識と言えるでしょう。

 でもね、絶対にできないことがあるんですよ。
 男性は子供を産むことはできないし、女性は妊娠させることができない。
 これはどれほど科学が進んでも、絶対に不可能な神の領域だと思うのです。

 それを打ち破ろうとしたのが、過去に世間を騒がせた「クローン」ではないでしょうか。
 でも「クローン」はただのコピーです。

 どうしても子供が欲しいという切実なカップルにとって「体外受精」は不妊治療の有効な手段のひとつです。
 これは推奨すべきことですし、もっと技術が進んで成功率が上がれば良いと思います。 
 
 社会的に男女に差がなくなっても、この出産に関してはどうしても女性が必要でしょ?
 体外受精もそうですよね、最終的には女性が自分の体の中で胎児を育てるのですから。

 育児についてはどうかと言うと、最近では男性の育児休暇も社会的地位を確立しつつありますよね。
 でも正直に言うと、父親は「お手伝い」という概念から抜け出せていないのではないでしょうか。

 母親の育児ストレスを軽減するためとか、体力的負担を減らすとかの役割としては有効ですし、とても良い制度です。
 でもね、これには大前提があって「母親の育児」という核がないと成立しないのですよ。

 現実問題として、育児をしている間、女性のキャリアは止まってしまいます。
 復帰したとしても、そのブランクは焦りに繋がりますよね。 
 産みっぱなしで、後は国が責任をもって育てるからといっても、少子化の波は抑えることができないでしょう。
 
 だって女性には「母性」があるのですから。
 何が言いたいのかと言うと、そもそも出産とキャリアを天秤にかけてしまう状況に問題があるのではないかということです。

 現代の子供たちには、少しでも良い学校を卒業し、人が羨む企業に就職するという「サクセスパターン」が、本当に幼いころから刷り込まれちゃってるんです。

 それは「他者を蹴落とす」ことに繋がるんです。
 だからいじめが無くならないのだと思いますし、きちんと恋愛ができない大人になっているのだと思います。
 だって競争に勝ち続けるためには「相手を思いやる」とか「助けになりたい」っていう感情は邪魔なだけですものね。
 
 もっと大らかでいいと思いませんか?
 職業に卑賎なしですよ。
 年収が多い人が勝ち? 冗談じゃないです。

 でもね、今の子供たちは競争社会の中で育ってるのです。
 幼稚園の頃から、そう教えられて育ってしまうんです。
 だから情緒が育たない。

 知識ばかりで経験値が無いから、他者の痛みが分からない。
 中には「コンティニューボタン」を押せば、やり直せると信じている子もいるんです。
 挫折を知らないから、素直に反省することができない。
 悲しいことです。

 母は「三世帯同居」が無くなり「学歴社会」になった弊害だろうと言っています。
 同じ屋根の下に、年寄りがいて働き手がいて子供がいる、要するに一番小さい単位での「社会」がそこにはあったのです。
 あの狭い空間で一緒に暮らすということは、自然と「我慢」や「思いやり」を身につけることに繋がるでしょ? そして勉強も大事だけれど、人として何が一番大事かを知るんです。 
 昔は「心が育つ教育」が家庭内で施されていたということでしょう。

 あのね、ディアファンさん。
 以前の教室には「教壇」というものがあったのだそうです。
 生徒たちより一段高い場所から教えるわけですね。

 その頃の教師は、きっと生徒たちに尊敬の意味を込めて「先生」と呼ばれていたんじゃないかしら。
 今は教壇も廃止され、わたしたちは職業名として「先生」と呼ばれているにすぎません。

 教師という仕事は、一部の情熱的な人たちを除き、就職できなかった時の保険として取得していた「教員免許」を利用してなる職業と化しています。
 その証拠に、教科書に載っていること以外は教えてはいけないし、その内容もかなりの細部まで決められています。
 雑用に追われ、子供と向き合う時間はどんどん減り、とにかく「保護者に文句を言われないように」するので精一杯なのです。

 子供たちに向かって「やりたいようにやってみなさい。ただし怪我をしてはダメだよ」と言いたい気持ちを抑えている教師たちのストレスはかなりのものなのですよ。

 重たい話ばかりになってしまいましたが、そういう現状の中にディアファンさんを放り込むのは忍びないと言いたかったのです。
 絶対にとんでもなく傷つくことになるし、もしかしたら怪我をしてしまうかもしれません。

 だからといってこのままでは、何の進展もありませんよね……
 どうすれば良いのでしょう。

 でも最後に少しだけ「教師になってよかったな」と思った瞬間の話を書きます。
 つい先日のこと、私のクラスの男の子が「宇宙飛行士になりたい」という話をしたのです。
 するとまわりの子も「看護師さん」とか「アイドル」とか言いだして。

 やっぱり子供ってコアの部分は変わらないのだなと思いながら聞いていると、いつもは目立たないタイプの子が「絵具を作る人」になりたいと言ったのです。
 その子の隣に座っている子が「なぜ?」と聞くと、その女の子は「まだ名前の無い色を作ってみたいから」って。

 わたしは心からこの子の夢を叶えてやりたいと思いました。
 子供たちは自分の人生をデザインする権利を持っているのだと、改めて思った瞬間です。
 その権利を義務にしないためにも、きちんと情緒を育てていきたいと思いました。 
 だってわたしは「小学校の先生」なのですから。

 もしディアファンさんが来るのが、うちの学校ならいいのになぁ。

 なんだか小難しいことばかり書いてごめんなさい。
 久しぶりに熱くなってしまいました……反省……
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

サクラ舞い散るヤヨイの空に

志波 連
ライト文芸
くるくるにカールさせたツインテールにミニスカート、男子用カーデガンをダボっと着た葛城沙也は、学内でも有名なほど浮いた存在だったが、本人はまったく気にも留めず地下アイドルをやっている姉の推し活に勤しんでいた。 一部の生徒からは目の敵にされ、ある日体育館裏に呼び出されて詰問されてしまう沙也。 他人とかかわるのが面倒だと感じている飯田洋子が、その現場に居合わせつい止めに入ってしまう。 その日から徐々に話すことが多くなる二人。 互いに友人を持った経験が無いため、ギクシャクとするも少しずつ距離が近づきつつあったある日のこと、沙也の両親が離婚したらしい。 沙也が泣きながら話す内容は酷いものだった。 心に傷を負った沙也のために、洋子はある提案をする。 他のサイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより引用しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...