上 下
13 / 38

7月6日土曜日【ディアファン】

しおりを挟む
 一昨日はとても良い天気だったのに、昨日は酷い土砂降りだったね。
 その天気が良かった木曜日、ボクはいつものように百葉箱の横でキミを待っていました。
 キミが日記を入れたのを見てから、後ろをついて歩いたんだけれど、考えてみればまずはキミに許可を得るべきだよなって思って、その日は途中で引き返したんだ。

 今更って思うかもしれないけれど、もしかしたらいつも見張られているような気分になるんじゃないかなって心配になっちゃった。
 もちろんキミとお喋りをしながら、肩を並べて歩けたらどんなに素敵だろうとは思うけれど、まだボクにはそこまでに勇気がないみたいだ。

 だから結局、ちょっと後ろをついて歩くだけなんだよね。
 情けないけれど、そういう卑屈なところがあるんですよ、僕には。
 
 途中っていうのは、いつもキミが立ち寄るパン屋さんのところなんだけれど、朝ごはんを買っているのかなって思っていたんだけれど、どうやら昼ごはんみたいだね。
 キミが受け持っているのは三年生だったけ。
 三年生っていえば9歳かな?

 そりゃ9歳の子と同じ量じゃ足りないでしょ。
 キミはまだしも、屈強な男性教師だったらおやつ程度な感じじゃないの?

 内容が同じという理由はなんとなくわかるよ。
 異物の混入とか腐敗とかの確認を兼ねているんでしょ?
 もしかしたら味のチェックとかもあるのかな。
 
 でも量を同じにする理由は思いつかない。
 今度その理由を教えてください。

 さっきボクは卑屈なところがあるって書いたけれど、概ね「透明人間」と呼ばれる存在は同じような部分を持っていると思う。
 それは一重に生きてきた環境なんだけれど、何といっても隠れるようにして暮らしているというのは大きい。

 別に隠れる必要は無いと思うかもしれないけれど、ちょっと想像してみて?
 さあ、一人暮らしをしているキミの部屋の隣には「透明人間」が住んでいます。
 姿は見えないけれど、音はするから、確かに住んではいるはず……って思いながら隣で暮らすのって、もうほとんどオカルトの世界でしょ?
 ボクたちがクシャミをすると「スプラッタ」だと言われちゃうしね。

 だからボクたちが隠れるようにして暮らしているのは、キミたちの種族が仕切っているこの星で生きていくための知恵みたいなものさ。
 無駄な軋轢や刺激は、お互いのために良くないって経験則として知っているんだ。
 だから、いくら法案が可決されたからと言って、すぐに出て行く気持ちにはなれないというのが「透明人間」のほとんどが思うことだろう。

 でもこのままじゃ、今までと何も変わらないよね?
 そう考えた仲間が行動を起こしたのが、キミの友達のいる学校でのことだろうって思う。
 言い換えれば彼らは勇気ある先駆者だ。
 
 パイオニアとか草分けとか言い方はいろいろあるけれど、何にせよ必要なことだよね。 
 しかも自分自身ではなく自分の子供を行かせるのは、相当な決断だっただろう。
 ずっと前に言ったけれど、絶滅寸前のボクらにとって、子供は何よりも守るべき存在だ。

 でね、ボクは仲間たちと一緒に住んでいるんだけれど、ちょっと話したんだ。
 その編入の話をね。
 知ってる奴も何人かいて、意見も賛否両論だった。
 賛成者は、勇気のある行動だと言うし、反対者は無謀な賭けだという。

 僕の意見は後者だ。
 子供の頃についた心の傷は、治ったようでずっと残るものだよね。
 これは「不透明人間」さんたちも同じでしょ?

 ボクは子供の頃に親と一緒に歩いていて、みんなは洋服を着ているのに自分たちは何も身につけていないという現実をなかなか受け入れられなかった。
 本当は何かの瞬間に見えたりして、ボクだけ裸だって言われるんじゃないかとかね。

 ああ、そうだ。
 ひとつ誤解を解いておかないといけない。
 全裸とは言っているけれど、実は下着のようなものはつけているんだ。
 
 日記を持ちかえる時に特殊な方法って言ったことがあるでしょ?
 その種明かしにもなるんだけれど、ボクたちの先祖の中でも特に天才と言われた人たちが編み出した特殊な布があるんだよ。

 植物の繊維を編んで、紫外線に当てると透明化するように見える布になる。
 実際は透明化するわけではなく、不可視になるだけなんだ。
 どうして不可視かというと、人間の視覚ではとらえられない色になるからなんだ。

 これを何色と言うのかはとても難しいけれど、敢えて言うなら「空気色」かな。
 この布を発明したのは、今でいうイタリア、その頃にはフィレンツェ共和国に住んでいた透明人間なんだけれど、彼は1452年生まれなんだ。

 天才の名をほしいままにした人で、ボクら透明人間界で初めて肖像画を残している人だよ。
 君も彼の顔は見たことがあると思う。
 とても謎の多い人として有名なんだけれど、キミたちが知っているのは影武者なんだ。

 彼は自分が理想とする顔を持つ男を探し出して、自分の影武者にしたんだよ。
 だから「不透明人間」達は、彼を自分たちと同じ側の人間だと思っているけれど、本当の彼は「透明人間」っていうわけ。

 ボクらの認識での彼の才能は、科学分野なんだけれど、キミたちの世界ではきっと画家なんじゃないかな。
 彼は広範囲で卓越した才能を発揮したけれど、透明なままじゃそれを発表することもできないだろ? だから影武者は絶対に必要だった。

 彼は本当に必要な時にしか姿を現さないし、パトロンになった人にも、発明の原理をちゃんと説明しないし、質問にも答えなかったから、嫌われちゃったりしたんだよね。
 だってできるわけ無いんだよね。
 彼らが目にしていたのは影武者の「ただの不透明な男」なんだもん。

 彼が影武者にどれほど嚙み砕いて教えても理解できるわけがない。
 まあ、そもそも天才って教えるのが極端に下手だしね。

 きっと思い当たる人物がいるんじゃない?
 でも「まさか」とか「噓でしょ」って思っているでしょう?

 それが普通の反応だから、気にすることはないさ。
 でもそれが、僕たちが卑屈になっていった理由の一つだと言えば、何を言いたいかは理解できるんじゃないかな。

 人は見えるものしか信じない。
 言い換えれば、見えないものは信じられないんだよ。
 そしてボクたち「透明人間」は見えないことが個性ってことだ。

 まだまだ本当はボクたちと同じ個性を持っている偉人っていっぱいいたんだよ。
 いくらでも教えてあげられるけれど、証明はできない。 
 だから信じてはもらえないって知っているよ。
 悲しいけれど、それが現実だもんね。

 でね、さっきの小学生のことだけれど、きっと親も一緒に行っていると思うよ。
 そして、ちゃんと法的な手続きをして転入したのはその二人だけという形をとっているけれど、きっととてもたくさんの透明な子たちが一緒に行っていると思う。

 まずは前例を作るという「不透明人間」側の政治的戦略に乗ることにしたのだろうね。
 人気取りに法案を通したのはいいけれど、誰も恩恵を感じないっていうのも拙いって思ったんじゃないかな。

 たぶん双方の思惑が合致した結果なんだろう。
 まあそれが、第一歩となってくれれば良いけれど、完全に決裂するトリガーにならないことだけは祈っているよ。

 キミからいただくお題は毎回とても深いから、ボクのページばかりが増えていくようで申し訳ない。

 でも本当に毎回楽しみにしているんだよ。
 では、また。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サクラ舞い散るヤヨイの空に

志波 連
ライト文芸
くるくるにカールさせたツインテールにミニスカート、男子用カーデガンをダボっと着た葛城沙也は、学内でも有名なほど浮いた存在だったが、本人はまったく気にも留めず地下アイドルをやっている姉の推し活に勤しんでいた。 一部の生徒からは目の敵にされ、ある日体育館裏に呼び出されて詰問されてしまう沙也。 他人とかかわるのが面倒だと感じている飯田洋子が、その現場に居合わせつい止めに入ってしまう。 その日から徐々に話すことが多くなる二人。 互いに友人を持った経験が無いため、ギクシャクとするも少しずつ距離が近づきつつあったある日のこと、沙也の両親が離婚したらしい。 沙也が泣きながら話す内容は酷いものだった。 心に傷を負った沙也のために、洋子はある提案をする。 他のサイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより引用しました。

神様のボートの上で

shiori
ライト文芸
”私の身体をあなたに託しました。あなたの思うように好きに生きてください” (紹介文)  男子生徒から女生徒に入れ替わった男と、女生徒から猫に入れ替わった二人が中心に繰り広げるちょっと刺激的なサスペンス&ラブロマンス!  (あらすじ)  ごく平凡な男子学生である新島俊貴はとある昼休みに女子生徒とぶつかって身体が入れ替わってしまう  ぶつかった女子生徒、進藤ちづるに入れ替わってしまった新島俊貴は夢にまで見た女性の身体になり替わりつつも、次々と事件に巻き込まれていく  進藤ちづるの親友である”佐伯裕子”  クラス委員長の”山口未明”  クラスメイトであり新聞部に所属する”秋葉士郎”  自分の正体を隠しながら進藤ちづるに成り代わって彼らと慌ただしい日々を過ごしていく新島俊貴は本当の自分の机に進藤ちづるからと思われるメッセージを発見する。    そこには”私の身体をあなたに託しました。どうかあなたの思うように好きに生きてください”と書かれていた ”この入れ替わりは彼女が自発的に行ったこと?” ”だとすればその目的とは一体何なのか?”  多くの謎に頭を悩ませる新島俊貴の元に一匹の猫がやってくる、言葉をしゃべる摩訶不思議な猫、その正体はなんと自分と入れ替わったはずの進藤ちづるだった

宇宙に恋する夏休み

桜井 うどん
ライト文芸
大人の生活に疲れたみさきは、街の片隅でポストカードを売る奇妙な女の子、日向に出会う。 最初は日向の無邪気さに心のざわめき、居心地の悪さを覚えていたみさきだが、日向のストレートな好意に、いつしか心を開いていく。 二人を繋ぐのは夏の空。 ライト文芸賞に応募しています。

僕とメロス

廃墟文藝部
ライト文芸
「昔、僕の友達に、メロスにそっくりの男がいた。本名は、あえて語らないでおこう。この平成の世に生まれた彼は、時代にそぐわない理想論と正義を語り、その言葉に負けない行動力と志を持ち合わせていた。そこからついたあだ名がメロス。しかしその名は、単なるあだ名ではなく、まさしく彼そのものを表す名前であった」 二年前にこの世を去った僕の親友メロス。 死んだはずの彼から手紙が届いたところから物語は始まる。 手紙の差出人をつきとめるために、僕は、二年前……メロスと共にやっていた映像団体の仲間たちと再会する。料理人の麻子。写真家の悠香。作曲家の樹。そして画家で、当時メロスと交際していた少女、絆。 奇数章で現在、偶数章で過去の話が並行して描かれる全九章の長編小説。 さて、どうしてメロスは死んだのか?

チェイス★ザ★フェイス!

松穂
ライト文芸
他人の顔を瞬間的に記憶できる能力を持つ陽乃子。ある日、彼女が偶然ぶつかったのは派手な夜のお仕事系男女。そのまま記憶の奥にしまわれるはずだった思いがけないこの出会いは、陽乃子の人生を大きく軌道転換させることとなり――……騒がしくて自由奔放、風変わりで自分勝手な仲間たちが営む探偵事務所で、陽乃子が得るものは何か。陽乃子が捜し求める “顔” は、どこにあるのか。 ※この作品は完全なフィクションです。 ※他サイトにも掲載しております。 ※第1部、完結いたしました。

恋というものは

志波 連
恋愛
恋というものはとても不思議なもので、心に負った傷ごと思い出にできるまでは終わらない。 死ぬまで忘れることができないほどの恋を知っていますか。 表紙は写真ACより引用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

処理中です...