そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
49 / 97

49

しおりを挟む
「何もかも面倒になったのです。長女にも酷い人生しか与えてやれなかった。次女も王妃とはいえ幸せそうな顔を見せたこともない。その上三女まで殺されそうだと言ってくる……私はどうすれば良かったのでしょうね」

 二人は黙ったまま窓の外に視線を投げた。
 誰一人幸せそうな顔をしていないこの部屋に差し込む日差しは、天使からの贈り物のように輝いていた。

「ロナードは……歪んでいます。手元に居れば少しは矯正できただろうし、私もまだ引退するほどの年でも無いんだ。いくらでもやりようはあった……しかし奴は人としてダメです」

 年を取ってからの子供は特にかわいいと聞くのに、なぜ辺境伯は諦めてしまったのかとシェリーは疑問に思った。

「なぜそこまで突き放すのです? あなたの子供でしょう?」

「ええ、間違いなく私の子です。しかしその中身は粗野で野卑でどうしようもない。いくら愛情を掛けてやりたくても私には仕事がある。彼女はあいつを産んですぐに死んでしまったのです。あいつは人として大切なことを知る前にこの手から離れてしまいましたよ。可哀そうだがどうしようもない。血だけでバローナの王になれると信じている」

 なんとも言い難い感情がシェリーの胸に広がったが、口に出すべきではないと判断した。

「ミスティ侯爵の弟が私と同級です。あいつは良い奴だけど国王の言いなりになるところがあった。あいつが仲介役としてロナードをミスティ侯爵家に連れ去りました。あの日から会ってもいない。何を吹き込まれたのか知らないが……」

「ヌベール領は? どなたが継ぐのです?」

「後妻の兄に継がせます。彼女が嫁いできたときに一緒にこの地にやってきたのですよ。立場としては妻と同じバローナの王子だが、妻と同じ母を持つ彼も虐げられ気にを捨てましたからね」

「黒狼……」

 レモンの呟きが部屋に響く。

「やあ! ご存じだったとは光栄だ。改めて自己紹介しよう。私が今は亡きヌベール辺境伯夫人の兄で、この領の騎士団長を務めているエドワード・ヌベールだ。ああ、苗字が違うのは妹が亡くなった後で養子として迎えてもらったからだよ。だから私が長男でロナードは次男ということになる」

 覆面の男が恭しいほどの態度で礼をした。
 レモンがひゅっと息を吞んだ。

「黒狼エドワード……」

「君のような優秀な騎士に、その名を知ってもらっているのは光栄だ」

 エドワードが覆面を取り払い素顔をさらした。
 レモンの目が見開く。
 シェリーも呆気に取られたような顔をした。
 
「あら! なんて素敵なのかしら。ものすごい美形だったのね。なぜ隠していたの?」

 シェリーが敢えて揶揄うように言った。

「光栄です。皇太子妃殿下。隠していたのは下手に惚れられると困るからですよ」

 シラケた視線を向ける自分の後ろで、口がきけないほどの衝撃を受けているレモンを見て、シェリーは嫌な予感がした。

「レモン?」

 シェリーの声に反応したレモンがゆっくりと顔を向ける。

「……申し訳ございません。取り乱してしまいました」

 エドワードが嬉しそうな声を出す。

「あれ? 惚れちゃった? よくあることだから気にしないで」

 いけしゃあしゃあと言ってのけたエドワードがシェリーに向かって声を出す。

「妃殿下は? お好みではありませんか?」

「ええ、そうね。良いとは思うけれど我が夫の方がずっと好みだわ」

「ははは! それは重畳。しかし皇太子殿下は顔に痣を持たれたとか?」

 シェリーは一瞬迷ったが、冷静な声を出した。

「知らないわ? いつのことかしら。私は長いこと夫の顔を見ていないのよ」

「腹の探り合いはやめましょう。我々の情報網を侮って貰っては困る。あまり時間が無いのだから、無駄な時間は割きたくない」

 ぐっと顔を引き締めたエドワードが低い声で言った。
 シェリーはどこまで信じて良いのか迷い、言葉を紡ぐことができなかった。
 辺境伯が助け舟を出す。

「エドワード、焦るな。皇太子妃をお迎えしたやり方にも問題はあった。まだ信頼関係は築けていない。しかし時間が無いというのも本音だから、まず我らの手のうちから晒そう」

 そう言うと辺境伯は立ち上がった。

「信じてくださいと言っても無理でしょうな。まずは食事をしませんか? 話はそれからということで」

「ええ、そうしましょう」

 シェリーは頷いた。
 準備が出来たら知らせると言う辺境伯の言葉に従い、シェリーとレモンは与えられていた部屋に戻った。
 いつの間にかベッドはふかふかなものに代わり、部屋の大きさも倍になっている。
 移動式の壁だったようで、天井と床にレールのようなものが埋め込まれていた。

「驚いたわ」

 シェリーの声にレモンがコクコクと何度も頷く。
 付いてきていた戦闘メイドが初めて口を開いた。

「ドレスなどのご用意もできております。下着類は全て新品でございますのでご安心ください。私はジューン、こちらは妹のジュライでございます。何なりとお申し付けください」

「あら? 口がきけたのね。安心しました。今度は湯あみができるのね」

「はい、壁を外して本来の広さに戻しましたので」

「手の込んだことをして何が目的なの?」

 シューンと名乗ったメイドが顔を伏せる。
 いつ入ってきたのかエドワードが後を引き取った。

「その質問には後でお応えしますよ、妃殿下。食事の用意が整いました」

 シェリーは頷いてレモンと共にエドワードの後ろを歩いた。
 エドワードが振り向かないまま声を出す。

「着替えなくて良かったのですか? お二人にお似合いになりそうなドレスを用意したのですが、お気に召さなかったでしょうか?」

「いいえ、まだ見てもいないわ。この楽な服に慣れると、今更コルセットをつけようとは思えないし、ここで着飾っても意味は無いでしょう?」

「なるほど、その通りですね」

 食堂に入るとヌベール辺境伯が待っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】伯爵令嬢は悪役令嬢を応援したい!~サファスレート王国の婚約事情~

佐倉えび
恋愛
学園で流行った婚約破棄小説。 なぜか婚約破棄そのものが学園でも流行りだして…… わたしも婚約破棄されてしまうの? 政略結婚が当たり前だったサファスレート王国で、小説をきっかけに変化していく婚約事情。政略結婚なのか、恋愛結婚なのか。翻弄されながらも互いを想い、時にすれ違いながらも奮闘する物語。 小説家になろう様でも掲載しています。 こちらでは、シリーズ短編『ヒロインの髪がピンクだなんて知らなかった』を番外編として掲載します。 本編→番外編→本編と、前後しますが、話の流れをわかりやすくするためです。ご了承ください。 本編完結しました。SSは糖度高めです。 ※R15は保険です。

白花の君

キイ子
BL
神の廻廊と呼ばれる、人が神に昇華される際に通る道で一人の男が佇んでいた。彼の名はフェルガ・リーラス。生まれた世界で偉業を成し、その功績を讃えられ神格を得た彼は、この道を通り天界へ向かっている最中だった。生前の苦行も、功績も、愛した者たちも、全ての記憶を消し去り新しき神の雛として生まれ変わるための廻廊。彼もまた、自身のことを何一つとして思い出すことが出来ぬまま回廊を進んだ。彼は神になる。全知全能、全てのものの父にして母である貴き存在に。それはとてもす――「せんせい」声が、響いた。神となるモノ以外存在しえないはずの廻廊に、異物の声が。「先生」声はやがて闇の中で姿を作りフェルガの手を捕らえその体を掻き抱く。「先生、先生、逃がしはしません」その筋張った腕の力はとても強く、まさしく逃がしなどしないと、言外にも告げているようで。フェルガは少し呆けて、それから静かに名を呼んだ。「ライル」と。愛しき弟子の名を呼んだ。生前最強の魔術師として名を馳せた男が心残りだった弟子たちに会いに行くの話しです。CPはクソ重拗らせ弟子×計算高くて情に脆いツンデレ師匠になります。受けが攻めに会うまでがとにかく、とにかく、長くなってしまいました。※第10回BL大賞に参加させていただいています。応援して頂けますと幸いです。

さあ 離婚しましょう、はじめましょう

美希みなみ
恋愛
約束の日、私は大好きな人と離婚した。 そして始まった新しい関係。 離婚……しましたよね? なのに、どうしてそんなに私を気にかけてくれるの? 会社の同僚四人の恋物語です。

【完結】ただ離婚して終わりだと思ったのですか?

紫崎 藍華
恋愛
デイジーは夫のニコラスの浮気を疑っていた。 ある日、デイジーは偶然ニコラスが見知らぬ女性と楽しそうに買い物をしている場面を目撃してしまった。 裏切られたと思ったデイジーは離婚のために準備を進める。 だが準備が整わないうちにニコラスが浮気を告白し離婚を提案してきた。

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

BL r-18 短編つめ 無理矢理・バッドエンド多め

白川いより
BL
無理矢理、かわいそう系多いです(´・ω・)

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

BL短編集②

田舎
BL
タイトル通り。Xくんで呟いたショートストーリーを加筆&修正して短編にしたやつの置き場。 こちらは♡描写ありか倫理観のない作品となります。

処理中です...