そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
30 / 97

30

しおりを挟む
 皇太子妃の呼び出しに駆けつけた宰相の手には、クッキーが乗ったトレイがあった。
 ニコニコと笑いながらそれをテーブルに置いたシュラインは、宰相の顔から義兄のそれに変わっていた。

「休憩は済んだばかりかな?」

「いいえ、まだですわ。それより似合わないものをお持ちです事」

「似合わないかな? これは僕の大好物でね、妻が焼いた菓子なんだ。一緒にどう?」

 シェリーはニコッと笑ってメイドにお茶の用意を頼んだ。

「そうだ、せっかくだから叔父上も呼ぼうか。何度も頼んでやっと作って貰ったからかなり希少なんだよ」

 言い終わるなり、侍従に近衛騎士隊長を呼びに行かせたシュラインは、横目でチラッとシェリーを見た。
 小さく頷いたシェリーが口を開いた。

「実は明日、学院時代の友人を呼ぼうと思っていますの。そこで彼女を騎士隊長にご紹介しようと思うのです」

 周りが聞いていることを意識して、聞こえる程度の音量で内緒話を装った。

「へぇ、叔父上は独身だし良いとは思うけど? 紹介したくなるほどの女性なの?」

「ええ、性格はとても良いですわ。実は彼女、とても背が高くてなかなかお相手が見つからなかったのです」

「なるほどね。叔父上なら高身長を気にする必要は無いから良いかもね。では明日、その女性が来た頃を見計らって、叔父上を連れて遊びに来よう」

「よろしくお願いしますわ。本当に誠実でとても良い人なのです」

「それは楽しみだ。上手くいくといいね」

 お茶が運ばれてきたタイミングでサミュエルがやってきた。

「何事かな?」

「やあ、叔父上。愛妻が焼いた菓子をおすそ分けしようと思いましてね」

「そうか、少し疲れていたからありがたいな」

 そう言うとサミュエルがソファーにどっかりと腰を下ろした。

「早速いただくよ」

 警戒しているわけでは無いが、まだクッキーに手を出していなかったシェリーを気遣って、サミュエルが先に手を出した。

「叔父上、毒見がまだです」

「お前が持ってきたのだろう? しかも奥方の手作りだ。それとも私の暗殺でも目論んだか? 何の得も無いぞ?」

「ははは! 叔父上に毒が効くはずも無いでしょう? もしも叔父上を亡き者にしようと考えるなら、もっと簡単な方法を選びますよ」

「ほう? どんな方法だ?」

「過労死です」

「なるほど……それは確実な暗殺方法だな」

 物騒な話題をおいしいお菓子と共に笑いながらする叔父と甥。
 シェリーは思わず笑ってしまった。

「そういえば昨日の夜会はどうだった?」

 シュラインが何気に話題を変えた。

「仮面舞踏会って初めてだったのですが、なんだか王宮の夜会とは違っていろいろな仕掛けがあるのですね」

 後ろで控えていた文官と護衛騎士が驚いた顔をした。

「えっ! 妃殿下はそれを経験したのかな?」

「経験? 仰っている意味がわからないのですが、見学させて下さったのですわ」

「叔父上が?」

「ええ、あと二人おりましたから四人です。ドアに飾られた花の意味とか?」

 シュラインが吹き出した。

「叔父上……」

 サミュエルが肩を竦める。

「他意は無いさ。昨夜たまたま友人夫妻に会ってね。四人でゆっくり話そうということになって控室を利用したんだよ。その時に話題として花のこととか隠し通路のこととか教えてもらったんだ」

「その言い方だと叔父上も知らなかったと言い張るつもりですね?」

「ああ、勿論そのつもりだから配慮してくれ」

 三人は笑いながら和やかな時間を過ごしていると、周りはそう思った。
 明日やってくるであろうアルバートが、今後登城しやすい布石も打ったことに、シェリーは安堵を覚えた。

「そういえば叔父上、明日の午後は予定がありますか?」

「予定? いつも通り隊の仕事で執務室にいる位だと思うが何かあるのか?」

「ええ、明日の午後ちょっとお時間を下さいね。お迎えに上がりますから」

「何事だ?」

 別に明かしても構わないのだが、わざとシュラインはお道化て見せる。

「明日のお楽しみですよ。ねえ? 妃殿下」

「そうですわね」

 シェリーはきまり悪そうに笑顔を浮かべた。
 シュラインが続ける。

「そういえば妃殿下のご実家は代替わりをされるのですか?」

「え? 私は何も聞いておりませんが?」

「まあ嫁いだ娘には結果報告という形をとるのが当たり前かもしれませんね。実は弟君のブルーノから爵位継承申請を出すからよろしくと言われましてね」

「まあ! 父は引退を考えていますの?」

「そうでしょうね。近々ブルーノが説明に来るのではないですか?」

「そうですよね……まあ、待ってみましょう」

 ブルーノはこちら側の人間だとアルバートは言っていた。
 父は国王の策略に加担していたようだが、現在はオピュウムの出荷を止めているはずだ。
 そのことに思い当ったシェリーは、父の中に残っていた良心を感じとった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】やり直しの人形姫、二度目は自由に生きていいですか?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「俺の愛する女性を虐げたお前に、生きる道などない! 死んで贖え」  これが婚約者にもらった最後の言葉でした。  ジュベール国王太子アンドリューの婚約者、フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナは冤罪で首を刎ねられた。  国王夫妻が知らぬ場で行われた断罪、王太子の浮気、公爵令嬢にかけられた冤罪。すべてが白日の元に晒されたとき、人々の祈りは女神に届いた。  やり直し――与えられた機会を最大限に活かすため、それぞれが独自に動き出す。  この場にいた王侯貴族すべてが記憶を持ったまま、時間を逆行した。人々はどんな未来を望むのか。互いの思惑と利害が入り混じる混沌の中、人形姫は幸せを掴む。  ※ハッピーエンド確定  ※多少、残酷なシーンがあります 2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過 2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過 2021/07/07 アルファポリス、HOT3位 2021/10/11 エブリスタ、ファンタジートレンド1位 2021/10/11 小説家になろう、ハイファンタジー日間28位 【表紙イラスト】伊藤知実さま(coconala.com/users/2630676) 【完結】2021/10/10 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

思い出を売った女

志波 連
ライト文芸
結婚して三年、あれほど愛していると言っていた夫の浮気を知った裕子。 それでもいつかは戻って来ることを信じて耐えることを決意するも、浮気相手からの執拗な嫌がらせに心が折れてしまい、離婚届を置いて姿を消した。 浮気を後悔した孝志は裕子を探すが、痕跡さえ見つけられない。 浮気相手が妊娠し、子供のために再婚したが上手くいくはずもなかった。 全てに疲弊した孝志は故郷に戻る。 ある日、子供を連れて出掛けた海辺の公園でかつての妻に再会する。 あの頃のように明るい笑顔を浮かべる裕子に、孝志は二度目の一目惚れをした。 R15は保険です 他サイトでも公開しています 表紙は写真ACより引用しました

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

処理中です...