そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
上 下
6 / 97

しおりを挟む
「皇太子妃殿下、先ほどの件はいかがいたしましょうか」

「ああ、孤児院支援の件ですね? 私の裁量で進められるところは着手して下さい」

「畏まりました」

 皇太子妃としてシェリーは今日も忙しい。
 あの日、シェリーに覚悟を語ったアルバートは、すぐに動いた。
 長兄を推す側妃派を一掃し、皇太子の座を手に入れたのだ。
 王位を継ぎたくなかった兄王シュラインは、公爵として臣籍降下を果たし、学生時代からの恋人だった伯爵令嬢と結婚、今は宰相として王家に仕えている。
 最愛の人の死から二年、シェリーは立派な皇太子妃として戦後復興の一翼を担っていた。
 シェリーの実家であるブラッド侯爵家は、皇太子の後ろ盾として忠誠を尽くす姿勢を貫いている。

「シェリー、少しいいかな?」

 久しぶりにアルバートが執務室を訪ねてきた。

「まあ、殿下。お久しぶりですわね」

「ああ、そうだね。お陰であらかた片付いたよ。義父殿には此度も大変なご尽力をいただいた。感謝していると伝えてほしい」

「ありがたきお言葉でございます」

 皇太子としてアルバートは隣国との戦後交渉を担っている。
 痛み分けという形で平和協定を結んだものの、夫や子供を失った民たちの心情は計り知れず、アルバートの苦労は並大抵ではない。
 それを知っているシェリーは、自らも足を運び失業者や戦争孤児達への支援を積極的に遂行している。

「今夜は予定通りでいいかな?」

「……お待ちしております」

「そうか、では夕食を共にしようか」

「そのように手配いたしますわ」

「では夕方」

「はい、殿下」

 二人は仲睦まじい夫婦として認識されていた。
 しかし二人の間に流れているのは熱情でも純愛でもない。
 敢えて言うなら信頼だろうか。
 王族の義務として跡継ぎは必要だし、それはシェリーも納得している。
 医師に相談し、妊娠しやすい日を選んでスケジュールを調整しているが、未だその兆しは無い。
 あと一年このままなら、周りも煩くなるだろうとシェリーは考えていた。
 シェリーに対して誠実なアルバートが側妃を向かえるとは考えにくいが、いつかはそうせねばならないかもしれない。
 側妃に関する全ての権利を持つ正妃としては、そろそろ覚悟も決めなくてはいけないのかもしれないとシェリーは考えていた。

「でも……嫌だな……」

 それがシェリーの本音だ。
 あれほど愛していたイーサンを失い、もう一生愛なんていらないとまで思っていたが、たった二年で夫に絆されている自分に、シェリーは少し失望していた。
 ほぼ同時期に最愛の女性を奪い取られたのに、アルバートはその悲しみを滲ませるような素振りも見せない。

「やっぱり男と女では違うのかしらね」

 週に一度と排卵日前後の三日、アルバートは淡々とシェリーを抱く。
 その静かで穏やかな閨事は、彼の性格そのままだとシェリーは思っていた。
 ふと一人で過ごす夜に、イーサンだったらどのように抱いてくれたのかしらと思うことはある。
 あれほど愛し合っていたにもかかわらず、イーサンに許していたのは軽い触れ合いとキスだけだ。
 イーサンはシェリーの裸体を知らないまま、この世を去ってしまった。
 もっと早く許していればよかったと考えるのは、少女から女になった今だからか。
 そんなことを考えながら、アルバートの迎えを待っていたシェリーの元に、侍女が伝言を持ってきた。

「皇太子妃殿下、本日皇太子殿下は急用のため、おいでにはなれないとのことでございます。食事はいかがいたしましょうか」

「あら、珍しいわね。何か変わったっことでもあったのかしら?」

「申し訳ございませんが詳細までは……」

「そうよね、ごめんなさい。厨房にはよく謝っていたと伝えてちょうだい。食事はここに運んでくださる?」

「畏まりました」

 皇太子が予定を変更することは多くあったが、自らスケジュールを確認に来たにも関わらず、急にキャンセルするなど初めてのことだった。
 シェリーは不安を覚え、皇太子側近の元に使いを遣った。

「お呼びでございますか、皇太子妃殿下」

「お忙しいのにごめんなさいね。皇太子殿下が急用と伺ったのだけれど、何か大変な事でも起きたのかと思って心配になったの」

「……あっ……いえ……急な来客で……お出かけになられたのです」

「まあ、自らお出かけに? どちらにかしら?」

「……」

「言えないの?」

「……」

「言えないなら良いわ。自分で調べるから」

「申し訳ございません。ミスティ侯爵家へ向かわれました」

「ミスティ侯爵家? では外交関係かしら」

「これ以上は……」

「わかったわ。あなたから聞いたとは言わないから安心してちょうだい。それにしても外交関係なら私にも声がかかるはずよね? 何事かしら」

 ドアがノックされ、メイドが食事を運んできた。
 これ幸いとばかりに退出する側近を横目で見送り、シェリーは考えるのをやめて食事に集中した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

【完結】妹にあげるわ。

たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。 婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。 それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。 いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。 それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。 なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。 浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。 家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。 もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。 だったら、この生活もあげるわ。 だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。 キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った

Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。 侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、 4日間意識不明の状態が続いた。 5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。 「……あなた誰?」 目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。 僕との事だけを…… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀
恋愛
王家の血を引くラクール公爵家。両家の取り決めにより、男爵令嬢のアリシアは、ラクール公爵子息のダミアンと婚約した。 しかし、この国では一夫多妻制が認められている。ある伯爵令嬢に一目惚れしたダミアンは、彼女とも結婚すると言い出した。公爵の忠告に聞く耳を持たず、ダミアンは伯爵令嬢を正妻として迎える。そしてアリシアは、側室という扱いを受けることになった。 数年後、公爵が病で亡くなり、生前書き残していた遺言書が開封された。そこに書かれていたのは、ダミアンにとって信じられない内容だった。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

処理中です...