誰が彼女を殺したのか

志波 連

文字の大きさ
上 下
43 / 43

42 マリアの魂

しおりを挟む
「マリア、花嫁が君だったということは、全く予想もしなかったし、僕よりも更に君にとっては最悪のものだったよね。僕は本当にあの時の君をローラだと思っていたんだ」

「ええ、そうよね。私は訳が分からないままだったから、むしろ私よりもあなたの方が辛かったと思うわ。それにルーナさんという最愛の女性もいたのでしょう?」

「そうだね。あの時は教会の椅子に座って静かに涙を流しているルーナの事ばかり気にしていたのだと思う。でも人としてやってはいけないことをしたという自覚はある。本当にごめんね」

「もう遠い昔の話しだわ」

「君は間違いなく僕の妻だ。一度は死んでしまったけれど、僕の家系図には君の名前が記載されている。ルーナではなく君の名前がね」

「ルーナさんは辛かったでしょうね」

 そう言ったアリアの手をギュッと握って、アレンは窓の外に視線を投げた。
 数秒そのまま動かずにいたが、ゆっくりとマリアの方に向き直った。

「そうだね。ルーナは隠していたけれど、とても辛かったのだろうね。ほら、僕は結婚式の2日後には遠征に行ってしまっただろう? だからきっと君のことを……といっても僕も含めて全員入れ替わっているなんて知らなかったから、とんでもない阿婆擦れだと思っていたんだけれど。だから許されるという事ではないが、酷い扱いをすることに罪悪感を感じていなかったのかもしれない」

「ローラってそんなに酷い人だったの?」

「実は良く知らないんだ。顔は何度か見たことがあったけれど、結婚前の顔合わせの時かな、彼女がさらけ出した本性を見たのは。ほんの数分だったけれど、もともと良い印象を持っていなかったから、余計にね。とんでもない女だという印象しかないよ」

「その人だと思って、みんなで私にいじわるしたのね。でも死ぬほどって絶対にダメよね。まあその人たちは罰を受けたのでしょう?」

「ああ、主犯のメイド長は獄死したそうだ。2人のメイドは生きているのかどうかは知らないけれど、死んだ方がマシだと思うくらいの罰だと聞いているよ。そしてルーナは……」

「修道院に入られたのよね?」

「ああ、厳しくて有名な修道院に入った。それほど酷い待遇では無いと思うけど……逃げたらしい」

「まあ!」

「逃げた後のことは知らないんだ。出入りの業者の男と逃げたと聞いた。今はどこで何をしているのか……。薄情な奴だと笑ってくれ。僕は逃げたルーナのことを探す気も無い」

「それでいいの?」

「ああ、むしろ逃げたと聞かされるまで、彼女を思い出すことさえ無かったよ。今思えば僕も彼女を利用していただけなのかもしれない。あの頃の僕は、辛い毎日から逃げることだけを考えていたから……」

「それは誰にも責めることはできないわ。でも今はお母様もお近くにおられるし、あなたの苦労が報われたのではない?」

「そうだね。母についてはそうだ。でもね、君については違うよ。君は今幸せかい? 僕はとても幸せだと思っているよ。実はね……恋をしているんだ。君にね」

「まあ! 告白されるなんて人生初よ。でもね、アレン。私はあとひと月も生きられない」

「そんな……ひと月なのか? そんなに急いで逝くなよ、マリア」

「私は十分生きたわ。やりたいことができたし、毎日笑って過ごせたもの。あのね、アレン。死は生きとし生けるものに平等に1度だけ訪れるわ。でもね、私は2回目。平等では無いでしょう? そのツケだと思うの。私の体はもうダメなの。体のことを唯の器だと教えて下さった方が仰ったわ。死ぬということは魂の回帰なのだと。魂だけの存在こそ本来だと」

「魂だけの存在か……。消えてなくなるという事ではないのか……」

「ええ、もう二度と会えないのではなく、もう目視できなくなるだけで、消えてなくなるわけでは無いそうよ」

「そう聞くと少しだけ救われるような気になるな」

「私はもうすぐここを離れて創造主の住まう世界に戻るわ。そこは魂を浄化して新たな器を待つ世界なのよ」

「戻る? 君はその場所にいたの?」

「ええ、あの日創造主様が私の魂を救済して下さったの。そう、あなたが手を握ってくれた日よ。あの時はまだ少しだけれど寿命が残っていたのですって。だから戻ってくる事ができたけれど、今回は天寿を全うして戻るのよ」

「どうしても逝かないといけないの?」

「そうね、私が決めるわけじゃないし、創造主様が決める事でもないのよ。ただ自然の摂理に従うだけ」

「マリア……」

「私ね、もうすぐ戻れるのが楽しみなの。だからあなたの愛には応えられない」

「そうか。うん、わかった。ちゃんと振ってくれてありがとう。君に恋をした自分をとても誇らしく思うよ」

「ありがとう、アレン。でもね? 私はすでにあなたの妻でしょ?」

「そうだね。でも願わくば君に僕のことを好きになって欲しかったよ」

「好きよ?」

「マリア?」

「私はアレン・ブロウという人間を、人としても男としても尊敬できるし、好ましく思っているわ」

「ありがとうマリア。それだけでもう十分だ」

 アレンはマリアの手を握った。
 それから数日して、マリアは意識を失った。
 アレンはマリアの意志を尊重して、施設の運営と領地の繫栄に尽くす日々を送った。
 クタクタになって戻っても、アレンはすぐにマリアの枕元に向かう。
 意識の無いマリアにその日の出来事を報告し、マリアのベッドの側に持ち込んだ簡易ベッドで眠った。

 ある日の早朝、疲れ切って深い眠りに落ちていたアレンがふと目を覚ました。
 マリアのベッドに目を向けると、マリアの目が開いている。
 アレンは飛び起きて駆け寄った。

「マリア? 気が付いたの?」

「ああ、アレン。あなただけに苦労を押し付けてごめんなさいね。もう行かなくちゃ。最後にお話しできて嬉しかった」

「マリア……どうか君の魂が喜びに満ち溢れた世界で、輝き続けますように」

「ありがとう、アレン。どうかあなたのこれからが、笑顔に包まれた素敵な時間でありますように」

「手を握っていてもいい?」

「もちろんよ。じゃあ……もう……いく……ね」

 マリアの呼吸が静かに止まった。
 アレンはマリアの手を握り続け、その死の瞬間を見届けた。
 親かな笑みを浮かべたマリアの頬をそっと撫でて、アレンはスタッフに声を掛けた。
 まず医師が駆け込んできて、デリクをはじめとする主要スタッフが集まった。
 その様子を壁際で眺めながら、アレンはそっと呟いた。

「君を送るのは2度目だね。後のことは任せてくれ。マリア……愛してる」

 バタバタと人が出入りするマリアの寝室には、アースが漂っていた。
 その手には輝くような球体が乗っており、アースは愛おしそうにそれを撫でている。

『お帰り、マリア。もう待ちくたびれて、私は毎日泣き暮らしていたんだよ?』

 魂は何も言わないが、その輝きが一瞬強くなった。

『一緒に戻ろうね。戻ったらすぐに浄化に連れて行くけれど、君の場合はほとんど必要なさそうだ。マーガレットにお教えてもらってね、私もおいしいお茶を淹れられるようになったんだよ? 早く君にも飲ませたいな』

 また魂が光る。

『君がいない間にたくさん友人が増えちゃったんだ。前より少し賑やかだけれど、許してくれるかな。もし煩いって思ったら言ってね』

 そう言うと、アースはスッと空間の世界へ消えていった。
 そうしてマリア・エヴァンスの2度目の人生は幕を閉じた。

 アレンたちの弛まぬ努力のお陰で、カレントは繫栄した。
 『ライブリーカレント』は他国からの入所者も受け入れ、その規模は近隣諸国を含めても随一だ。
 アレンは最後の日まで、カレントのために働き続けた。

「僕の器は、マリア・ブロウのとなりに埋葬して欲しい」

 それがアレンの最後の言葉だった。 


  おしまい


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 今後不定期ではありますが、ご要望の多かった関係達のその後を、番外編的に書いてみようと思っています。
 



志波 連
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(152件)

BLACK無糖
2024.05.25 BLACK無糖
ネタバレ含む
志波 連
2024.05.25 志波 連

コメントありがとうございます。
以前のものに感想をいただくのはなかなかうれしいものです。
今後ともよろしくお願いします。

解除
咲果凪
2023.08.01 咲果凪
ネタバレ含む
志波 連
2023.08.01 志波 連

コメントありがとうございます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
引き続きよろしくお願いします。

解除
ぷにぷに0147
ネタバレ含む
志波 連
2023.07.30 志波 連

コメントありがとうございます。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
アレンは振られたことでとても楽になったと思います。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

あなたとの離縁を目指します

たろ
恋愛
いろんな夫婦の離縁にまつわる話を書きました。 ちょっと切ない夫婦の恋のお話。 離縁する夫婦……しない夫婦……のお話。 明るい離縁の話に暗い離縁のお話。 短編なのでよかったら読んでみてください。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

【完結】双子の伯爵令嬢とその許婚たちの物語

ひかり芽衣
恋愛
伯爵令嬢のリリカとキャサリンは二卵性双生児。生まれつき病弱でどんどん母似の美女へ成長するキャサリンを母は溺愛し、そんな母に父は何も言えない……。そんな家庭で育った父似のリリカは、とにかく自分に自信がない。幼い頃からの許婚である伯爵家長男ウィリアムが心の支えだ。しかしある日、ウィリアムに許婚の話をなかったことにして欲しいと言われ…… リリカとキャサリン、ウィリアム、キャサリンの許婚である公爵家次男のスターリン……彼らの物語を一緒に見守って下さると嬉しいです。 ⭐︎2023.4.24完結⭐︎ ※2024.2.8~追加・修正作業のため、2話以降を一旦非公開にしていました。  →2024.3.4再投稿。大幅に追加&修正をしたので、もしよければ読んでみて下さい(^^)

悪戯っ子リリの復活

有箱
ファンタジー
リリは地獄行きを恐れた。なぜなら魂だけになるまで、ずっと悪戯ばかりをしていたからである。 どんなことをしたのかから始まり、閻魔さまの色々な質問に答えていくリリ。 そうして下された判決は。

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

〖完結〗あなたに愛されることは望みません。

藍川みいな
恋愛
ブルーク公爵家の長女に生まれた私は、幼い頃に母を亡くした。父に愛されたことなど一度もなく、父が後妻を迎えると、私は使用人用の住まいに追いやられた。 父はこの国で、一番力を持っていた。一国の王よりも。 国王陛下と王妃様を殺害し、王太子であるアンディ様を国王に据えた。両親を殺され、12歳で国王となったアンディ様は、父の操り人形だった。 アンディ様が18歳になると、王妃になるように父に命じられた。私の役割は、アンディ様の監視と彼の子を産むこと。 両親の仇であるブルーク公爵の娘を、愛することなど出来るはずがない。けれど、私はアンディ様を愛していた。自分が愛されていないことも、愛されない理由も、愛される資格がないことも分かっている。愛されることなど、望まない。 父親がどんな人間かは、私が一番良く分かっている。父は母を、殺したのだから……。 彼に愛されなくても、彼を守るために私は王妃となる決意をする。王妃となってまもなく、アンディ様は愛する人を見つけたからと側室を迎えた。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。