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42 マリアの魂
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「マリア、花嫁が君だったということは、全く予想もしなかったし、僕よりも更に君にとっては最悪のものだったよね。僕は本当にあの時の君をローラだと思っていたんだ」
「ええ、そうよね。私は訳が分からないままだったから、むしろ私よりもあなたの方が辛かったと思うわ。それにルーナさんという最愛の女性もいたのでしょう?」
「そうだね。あの時は教会の椅子に座って静かに涙を流しているルーナの事ばかり気にしていたのだと思う。でも人としてやってはいけないことをしたという自覚はある。本当にごめんね」
「もう遠い昔の話しだわ」
「君は間違いなく僕の妻だ。一度は死んでしまったけれど、僕の家系図には君の名前が記載されている。ルーナではなく君の名前がね」
「ルーナさんは辛かったでしょうね」
そう言ったアリアの手をギュッと握って、アレンは窓の外に視線を投げた。
数秒そのまま動かずにいたが、ゆっくりとマリアの方に向き直った。
「そうだね。ルーナは隠していたけれど、とても辛かったのだろうね。ほら、僕は結婚式の2日後には遠征に行ってしまっただろう? だからきっと君のことを……といっても僕も含めて全員入れ替わっているなんて知らなかったから、とんでもない阿婆擦れだと思っていたんだけれど。だから許されるという事ではないが、酷い扱いをすることに罪悪感を感じていなかったのかもしれない」
「ローラってそんなに酷い人だったの?」
「実は良く知らないんだ。顔は何度か見たことがあったけれど、結婚前の顔合わせの時かな、彼女がさらけ出した本性を見たのは。ほんの数分だったけれど、もともと良い印象を持っていなかったから、余計にね。とんでもない女だという印象しかないよ」
「その人だと思って、みんなで私にいじわるしたのね。でも死ぬほどって絶対にダメよね。まあその人たちは罰を受けたのでしょう?」
「ああ、主犯のメイド長は獄死したそうだ。2人のメイドは生きているのかどうかは知らないけれど、死んだ方がマシだと思うくらいの罰だと聞いているよ。そしてルーナは……」
「修道院に入られたのよね?」
「ああ、厳しくて有名な修道院に入った。それほど酷い待遇では無いと思うけど……逃げたらしい」
「まあ!」
「逃げた後のことは知らないんだ。出入りの業者の男と逃げたと聞いた。今はどこで何をしているのか……。薄情な奴だと笑ってくれ。僕は逃げたルーナのことを探す気も無い」
「それでいいの?」
「ああ、むしろ逃げたと聞かされるまで、彼女を思い出すことさえ無かったよ。今思えば僕も彼女を利用していただけなのかもしれない。あの頃の僕は、辛い毎日から逃げることだけを考えていたから……」
「それは誰にも責めることはできないわ。でも今はお母様もお近くにおられるし、あなたの苦労が報われたのではない?」
「そうだね。母についてはそうだ。でもね、君については違うよ。君は今幸せかい? 僕はとても幸せだと思っているよ。実はね……恋をしているんだ。君にね」
「まあ! 告白されるなんて人生初よ。でもね、アレン。私はあとひと月も生きられない」
「そんな……ひと月なのか? そんなに急いで逝くなよ、マリア」
「私は十分生きたわ。やりたいことができたし、毎日笑って過ごせたもの。あのね、アレン。死は生きとし生けるものに平等に1度だけ訪れるわ。でもね、私は2回目。平等では無いでしょう? そのツケだと思うの。私の体はもうダメなの。体のことを唯の器だと教えて下さった方が仰ったわ。死ぬということは魂の回帰なのだと。魂だけの存在こそ本来だと」
「魂だけの存在か……。消えてなくなるという事ではないのか……」
「ええ、もう二度と会えないのではなく、もう目視できなくなるだけで、消えてなくなるわけでは無いそうよ」
「そう聞くと少しだけ救われるような気になるな」
「私はもうすぐここを離れて創造主の住まう世界に戻るわ。そこは魂を浄化して新たな器を待つ世界なのよ」
「戻る? 君はその場所にいたの?」
「ええ、あの日創造主様が私の魂を救済して下さったの。そう、あなたが手を握ってくれた日よ。あの時はまだ少しだけれど寿命が残っていたのですって。だから戻ってくる事ができたけれど、今回は天寿を全うして戻るのよ」
「どうしても逝かないといけないの?」
「そうね、私が決めるわけじゃないし、創造主様が決める事でもないのよ。ただ自然の摂理に従うだけ」
「マリア……」
「私ね、もうすぐ戻れるのが楽しみなの。だからあなたの愛には応えられない」
「そうか。うん、わかった。ちゃんと振ってくれてありがとう。君に恋をした自分をとても誇らしく思うよ」
「ありがとう、アレン。でもね? 私はすでにあなたの妻でしょ?」
「そうだね。でも願わくば君に僕のことを好きになって欲しかったよ」
「好きよ?」
「マリア?」
「私はアレン・ブロウという人間を、人としても男としても尊敬できるし、好ましく思っているわ」
「ありがとうマリア。それだけでもう十分だ」
アレンはマリアの手を握った。
それから数日して、マリアは意識を失った。
アレンはマリアの意志を尊重して、施設の運営と領地の繫栄に尽くす日々を送った。
クタクタになって戻っても、アレンはすぐにマリアの枕元に向かう。
意識の無いマリアにその日の出来事を報告し、マリアのベッドの側に持ち込んだ簡易ベッドで眠った。
ある日の早朝、疲れ切って深い眠りに落ちていたアレンがふと目を覚ました。
マリアのベッドに目を向けると、マリアの目が開いている。
アレンは飛び起きて駆け寄った。
「マリア? 気が付いたの?」
「ああ、アレン。あなただけに苦労を押し付けてごめんなさいね。もう行かなくちゃ。最後にお話しできて嬉しかった」
「マリア……どうか君の魂が喜びに満ち溢れた世界で、輝き続けますように」
「ありがとう、アレン。どうかあなたのこれからが、笑顔に包まれた素敵な時間でありますように」
「手を握っていてもいい?」
「もちろんよ。じゃあ……もう……いく……ね」
マリアの呼吸が静かに止まった。
アレンはマリアの手を握り続け、その死の瞬間を見届けた。
親かな笑みを浮かべたマリアの頬をそっと撫でて、アレンはスタッフに声を掛けた。
まず医師が駆け込んできて、デリクをはじめとする主要スタッフが集まった。
その様子を壁際で眺めながら、アレンはそっと呟いた。
「君を送るのは2度目だね。後のことは任せてくれ。マリア……愛してる」
バタバタと人が出入りするマリアの寝室には、アースが漂っていた。
その手には輝くような球体が乗っており、アースは愛おしそうにそれを撫でている。
『お帰り、マリア。もう待ちくたびれて、私は毎日泣き暮らしていたんだよ?』
魂は何も言わないが、その輝きが一瞬強くなった。
『一緒に戻ろうね。戻ったらすぐに浄化に連れて行くけれど、君の場合はほとんど必要なさそうだ。マーガレットにお教えてもらってね、私もおいしいお茶を淹れられるようになったんだよ? 早く君にも飲ませたいな』
また魂が光る。
『君がいない間にたくさん友人が増えちゃったんだ。前より少し賑やかだけれど、許してくれるかな。もし煩いって思ったら言ってね』
そう言うと、アースはスッと空間の世界へ消えていった。
そうしてマリア・エヴァンスの2度目の人生は幕を閉じた。
アレンたちの弛まぬ努力のお陰で、カレントは繫栄した。
『ライブリーカレント』は他国からの入所者も受け入れ、その規模は近隣諸国を含めても随一だ。
アレンは最後の日まで、カレントのために働き続けた。
「僕の器は、マリア・ブロウのとなりに埋葬して欲しい」
それがアレンの最後の言葉だった。
おしまい
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後不定期ではありますが、ご要望の多かった関係達のその後を、番外編的に書いてみようと思っています。
志波 連
「ええ、そうよね。私は訳が分からないままだったから、むしろ私よりもあなたの方が辛かったと思うわ。それにルーナさんという最愛の女性もいたのでしょう?」
「そうだね。あの時は教会の椅子に座って静かに涙を流しているルーナの事ばかり気にしていたのだと思う。でも人としてやってはいけないことをしたという自覚はある。本当にごめんね」
「もう遠い昔の話しだわ」
「君は間違いなく僕の妻だ。一度は死んでしまったけれど、僕の家系図には君の名前が記載されている。ルーナではなく君の名前がね」
「ルーナさんは辛かったでしょうね」
そう言ったアリアの手をギュッと握って、アレンは窓の外に視線を投げた。
数秒そのまま動かずにいたが、ゆっくりとマリアの方に向き直った。
「そうだね。ルーナは隠していたけれど、とても辛かったのだろうね。ほら、僕は結婚式の2日後には遠征に行ってしまっただろう? だからきっと君のことを……といっても僕も含めて全員入れ替わっているなんて知らなかったから、とんでもない阿婆擦れだと思っていたんだけれど。だから許されるという事ではないが、酷い扱いをすることに罪悪感を感じていなかったのかもしれない」
「ローラってそんなに酷い人だったの?」
「実は良く知らないんだ。顔は何度か見たことがあったけれど、結婚前の顔合わせの時かな、彼女がさらけ出した本性を見たのは。ほんの数分だったけれど、もともと良い印象を持っていなかったから、余計にね。とんでもない女だという印象しかないよ」
「その人だと思って、みんなで私にいじわるしたのね。でも死ぬほどって絶対にダメよね。まあその人たちは罰を受けたのでしょう?」
「ああ、主犯のメイド長は獄死したそうだ。2人のメイドは生きているのかどうかは知らないけれど、死んだ方がマシだと思うくらいの罰だと聞いているよ。そしてルーナは……」
「修道院に入られたのよね?」
「ああ、厳しくて有名な修道院に入った。それほど酷い待遇では無いと思うけど……逃げたらしい」
「まあ!」
「逃げた後のことは知らないんだ。出入りの業者の男と逃げたと聞いた。今はどこで何をしているのか……。薄情な奴だと笑ってくれ。僕は逃げたルーナのことを探す気も無い」
「それでいいの?」
「ああ、むしろ逃げたと聞かされるまで、彼女を思い出すことさえ無かったよ。今思えば僕も彼女を利用していただけなのかもしれない。あの頃の僕は、辛い毎日から逃げることだけを考えていたから……」
「それは誰にも責めることはできないわ。でも今はお母様もお近くにおられるし、あなたの苦労が報われたのではない?」
「そうだね。母についてはそうだ。でもね、君については違うよ。君は今幸せかい? 僕はとても幸せだと思っているよ。実はね……恋をしているんだ。君にね」
「まあ! 告白されるなんて人生初よ。でもね、アレン。私はあとひと月も生きられない」
「そんな……ひと月なのか? そんなに急いで逝くなよ、マリア」
「私は十分生きたわ。やりたいことができたし、毎日笑って過ごせたもの。あのね、アレン。死は生きとし生けるものに平等に1度だけ訪れるわ。でもね、私は2回目。平等では無いでしょう? そのツケだと思うの。私の体はもうダメなの。体のことを唯の器だと教えて下さった方が仰ったわ。死ぬということは魂の回帰なのだと。魂だけの存在こそ本来だと」
「魂だけの存在か……。消えてなくなるという事ではないのか……」
「ええ、もう二度と会えないのではなく、もう目視できなくなるだけで、消えてなくなるわけでは無いそうよ」
「そう聞くと少しだけ救われるような気になるな」
「私はもうすぐここを離れて創造主の住まう世界に戻るわ。そこは魂を浄化して新たな器を待つ世界なのよ」
「戻る? 君はその場所にいたの?」
「ええ、あの日創造主様が私の魂を救済して下さったの。そう、あなたが手を握ってくれた日よ。あの時はまだ少しだけれど寿命が残っていたのですって。だから戻ってくる事ができたけれど、今回は天寿を全うして戻るのよ」
「どうしても逝かないといけないの?」
「そうね、私が決めるわけじゃないし、創造主様が決める事でもないのよ。ただ自然の摂理に従うだけ」
「マリア……」
「私ね、もうすぐ戻れるのが楽しみなの。だからあなたの愛には応えられない」
「そうか。うん、わかった。ちゃんと振ってくれてありがとう。君に恋をした自分をとても誇らしく思うよ」
「ありがとう、アレン。でもね? 私はすでにあなたの妻でしょ?」
「そうだね。でも願わくば君に僕のことを好きになって欲しかったよ」
「好きよ?」
「マリア?」
「私はアレン・ブロウという人間を、人としても男としても尊敬できるし、好ましく思っているわ」
「ありがとうマリア。それだけでもう十分だ」
アレンはマリアの手を握った。
それから数日して、マリアは意識を失った。
アレンはマリアの意志を尊重して、施設の運営と領地の繫栄に尽くす日々を送った。
クタクタになって戻っても、アレンはすぐにマリアの枕元に向かう。
意識の無いマリアにその日の出来事を報告し、マリアのベッドの側に持ち込んだ簡易ベッドで眠った。
ある日の早朝、疲れ切って深い眠りに落ちていたアレンがふと目を覚ました。
マリアのベッドに目を向けると、マリアの目が開いている。
アレンは飛び起きて駆け寄った。
「マリア? 気が付いたの?」
「ああ、アレン。あなただけに苦労を押し付けてごめんなさいね。もう行かなくちゃ。最後にお話しできて嬉しかった」
「マリア……どうか君の魂が喜びに満ち溢れた世界で、輝き続けますように」
「ありがとう、アレン。どうかあなたのこれからが、笑顔に包まれた素敵な時間でありますように」
「手を握っていてもいい?」
「もちろんよ。じゃあ……もう……いく……ね」
マリアの呼吸が静かに止まった。
アレンはマリアの手を握り続け、その死の瞬間を見届けた。
親かな笑みを浮かべたマリアの頬をそっと撫でて、アレンはスタッフに声を掛けた。
まず医師が駆け込んできて、デリクをはじめとする主要スタッフが集まった。
その様子を壁際で眺めながら、アレンはそっと呟いた。
「君を送るのは2度目だね。後のことは任せてくれ。マリア……愛してる」
バタバタと人が出入りするマリアの寝室には、アースが漂っていた。
その手には輝くような球体が乗っており、アースは愛おしそうにそれを撫でている。
『お帰り、マリア。もう待ちくたびれて、私は毎日泣き暮らしていたんだよ?』
魂は何も言わないが、その輝きが一瞬強くなった。
『一緒に戻ろうね。戻ったらすぐに浄化に連れて行くけれど、君の場合はほとんど必要なさそうだ。マーガレットにお教えてもらってね、私もおいしいお茶を淹れられるようになったんだよ? 早く君にも飲ませたいな』
また魂が光る。
『君がいない間にたくさん友人が増えちゃったんだ。前より少し賑やかだけれど、許してくれるかな。もし煩いって思ったら言ってね』
そう言うと、アースはスッと空間の世界へ消えていった。
そうしてマリア・エヴァンスの2度目の人生は幕を閉じた。
アレンたちの弛まぬ努力のお陰で、カレントは繫栄した。
『ライブリーカレント』は他国からの入所者も受け入れ、その規模は近隣諸国を含めても随一だ。
アレンは最後の日まで、カレントのために働き続けた。
「僕の器は、マリア・ブロウのとなりに埋葬して欲しい」
それがアレンの最後の言葉だった。
おしまい
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今後不定期ではありますが、ご要望の多かった関係達のその後を、番外編的に書いてみようと思っています。
志波 連
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