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31 襲来

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 ウサギの王様はビクッとして、ガタガタと音が聞こえるほど震えはじめた。

「何事だ?」

 アヤナミが人型に姿を変えて、背中の剣の柄に手をかけた。
 僕も慌ててクサナギに手を添える。
 バンと音がして扉が砕け散り、のっそりと男が入ってきた。

「あいつは?」

 アヤナミは落ち着き払って僕に尋ねた。

「ヤマトタケルだ。君の逆鱗を狙い、サーフェスを葬ろうとしている男だよ」

「なるほど、あれが君のターゲットか」

「そう言うことだ」

 ヤマトタケルはウサギ姫の耳を掴んでぶら下げている。
 耳の付け根から血が流れ、ウサギ姫は気を失っているのかぐったりと目を閉じていた。

「その手を放せ!」

 僕はクサナギを抜きながら怒鳴った。

「お?弱っちいのがまだ生きているのか?てっきり竜に喰われた頃だと思って戻ったのだが……貴様は?ああ……お前もいたのか。この俺に逆鱗を捧げるために来たのか?ははは!これは手間が省けた。あの池にウサギを放り込んでおびき寄せようと思っていたが、これは僥倖だ」

 ヤマトタケルはウサギ姫をぶらぶら揺らしながら、ニヤッと笑った。
 ウサギ姫の耳の付け根から血が噴き出した。
 僕はなんとか切りかかろうと構えるが、近寄ることさえできない。
 シュルンという音がすぐ隣でした。
 アヤナミが大ナタを抜いた音だ。

「逆鱗が欲しいなら俺を倒すしかないぜ?掛かって来いよ!相手をしてやろう」

 アヤナミが不敵な笑みを浮かべて挑発した。

「貴様のようなガキに俺様がやられるとでも思っているのか?おめでたい奴だ」

 そう言うとヤマトタケルはウサギ姫を高く放り投げて、物凄い早さで襲い掛かってきた。
 僕は情ないことに足が震えて動かない。
 
「トオル!姫を!」

 アヤナミの声で我に返って上を見上げると、ウサギ姫が回転しながらゆっくりと落下し始めていた。
 僕はクサナギを鞘に戻して姫の真下に走った。
 
「キャラメリア!」

 誰かがそう叫ぶと僕を突き飛ばして姫の落下点に駆け寄った。
 誰だ?と考える暇も無く僕は吹っ飛ばされてしまった。
 床に転がりながら前方を見た。
 皇太子じゃないか!
 皇太子はその大きな柔らかい腹で姫を受け止めると、文字通り脱兎のごとく部屋を出た。
 グッジョブだ!
 僕は起き上がり、再びクサナギを構えた。

『奴は粒子の集合体だ。切っても散るだけで致命傷は与えられない』

 サーフェスの声だ。
 今、粒子と言ったか?
 粒子なら個体じゃないか。
 小さすぎて切り裂くことができないなら大きい粒にすればいいんだ。

「固めるんだ!」

 袋に閉じ込めるか?いや、繊維の隙間から抜け出す可能性がある。
 いや、自分で答えを言ったじゃないか!
 固める……固める……。
 僕は素早く部屋の中を見まわした。

「あった!」

 僕はティーテーブルに駆け寄って、大きな蜂蜜のツボを持ち上げた。
 僕を雑魚だと考えているヤマトタケルはアヤナミにしか注意を向けていない。
 チャンスだ!
 僕は蜂蜜のツボにワインやジュースや水を入れて薄めた。
 これを霧状にして撒けば微粒子だとしても固まるはずだ。
 出口付近で震えているヤギタイプの使用人に向って叫んだ。

「如雨露だ!庭に行って如雨露をもってこい!」

 ヤギはコクコクと頷いて、這うように部屋を出た。
 頼む!急いでくれ!

「こ、これ、これでしょうか」

 思ったよりヤギタイプは有能だった。
 見た目で判断してごめんね。

「ありがとう」

 しかし想像より小さい。
 無いよりましだ!
 僕は薄めた蜂蜜を如雨露に入れて、空中に飛んだ。
 ヤマトタケルは僕をチラッと見たがフンッと鼻を鳴らしただけで、アヤナミの方に視線を戻した。
 僕はゆっくりとヤマトタケルの上に移動して蜂蜜の雨を降らした。
 ヤマトタケルは毒ではないと判断したのか、濡れることを気にも留めていない。
 おそらくアヤナミが手強くて目が離せないのだろう。
 確かにアヤナミは強かった。
 あの大ナタを何度も振り、ヤマトタケルの体は何度も霧散してはまた集まっている。
 幸いこの部屋は寒い。
 蜂蜜が早く固まってくれることを祈った。

 僕は何度も何度も蜂蜜雨を降らせる作業を繰り返し、床には大きな蜂蜜の水たまりができていた。
 あそこに追い込めば!
 僕は如雨露を投げ捨てて窓辺に飛び、カーテンを引き千切った。
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