裏切りの代償

志波 連

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 ここからはキディはキャンディ、エスポはホープスに戻ります。
 更新も1日2話になります。



 そして数日後、キャンディとホープスが王都へと向かう日がやってきた。
 村人たちが朝早くから領主邸を訪れ、口々に別れの言葉を述べていく。

「どうぞお元気で。何処に行かれても私たちはあなた方の味方ですからね」

 老人保養所と送迎馬車を作ったことで、学校に行けるようになった子供たちはもちろん、体の不自由な子供たちも通学できるようになった功績は大きい。
 村人の識字率が上がることで、将来的な仕事の幅が広がるのは間違いないことだ。
 スミスの還俗に伴い、後継者としてやってきた牧師は、まだ年若い女性だった。

「お二人の結婚の祝福は、私がさせていただきたかったです」

 新しい牧師はそう言いながら、ニコニコ笑っている。

「ありがとうございます。この村の皆さんはとても良い方達です。子供たちのことよろしくお願いします」

 スミスが頭を下げると、新任の牧師が手を取った。

「お約束します。お二人が残された足跡を消すようなことは致しません」

 来た時とほとんど変わらない程度の荷物を積み込み、キャンディとホープスは馬車に乗り込んだ。
 同乗するのはスミスとリリアンヌだ。
 レッドとオーエン、そしてエマとリアは騎士服に身を包み、ぞれぞれ馬上の人となった。
 王都への旅は天候にも恵まれ、順調に進んでいく。

「一度は通ったはずなのに、全く違う景色に見えるわ」

 キャンディの声に、リリアンヌが目を細めた。

「それは気持ちの違いでしょうね。あの日は心に余裕なんて無かったでしょう?」

「そうですね。あの日は逃げることで精一杯でしたから」

 スミスがキャンディの手を握った。
 ホープスはリリアンヌの膝に頭を乗せて眠っている。

「でもね、キャンディさん。本当はこれからの方が大変よ。もう逃げる必要は無いけれど、今までのようには暮らせないわ。相応の覚悟はしないとね」

「ええ、そうですね。実は何をどう覚悟すれば良いのかさえ分かっていないのです」

 リリアンヌがホープスの頭を撫でた。

「ひとつずつ進むしか無いわね。それにしても本当の名前を取り戻せて良かったわね。この子はよく頑張ったわ。あのクソ虫の血が入っているとは思えないわよ」

 街道に植えられている木が針葉樹から広葉樹に代わり、路面の傷みも少なくなってきた。
 窓から見える景色も、草原から田園風景に変わり始めた。
 遠くに見える建物の密集度合から、王都が近いことがわかる。

「もうすぐ着くぞ。今日はこの街で一泊して、明日の昼までには王宮に入る」

 騎馬のレッドが馬車の小窓から声を掛けた。
 
「いよいよね。絶対に守り抜くから安心していなさい」

 力強いリリアンヌの言葉に、キャンディは大きく頷いた。
 何度か書簡をやり取りしていたマーガレットも、もう10歳になるはずだ。
 手紙が届くたびに、彼女が書く字は小さくなり、形も揃って読みやすくなっていた。
 新しい家庭教師が優秀なのだろう。

「もう少しで会えますね、マーガレット様。リリアの子供にも会いたいわ」

 キャンディの独り言に、スミスが微笑みで答えた。
 その夜は宿の近くのレストランを貸切って、フォード一家として最後の晩餐を楽しんだ。
 オーエンの横にはエマが座っている。
 いまだにエマを『妹枠』から外せていないオーエンと、最初から『兄枠』にはいれていなかったエマの掛け合いが面白い。

「だって一緒に住んでいた頃から『この人が兄じゃなければいいのに』って思ってたもの。私としては願ったり叶ったりよ」

 大胆なエマの発言に、オーエンは戸惑いを隠せない。

「いい加減に切り替えろ。往生際の悪い奴だ」

 レッドの言葉にぐうの音も出ないオーエン。
 エマがフォローのつもりなのか爆弾を落とす。

「それは時間がかかると思うわよ? だってオーエンったらキャンディ様のことが気になってたんだもの。ミッションが終わったらコクるつもりだったんじゃないかな? そうでしょう? オーエン」

「そうなの? そりゃお前……身の程知らずも甚だしいわね」

 母親であるリリアンヌも容赦ない。
 ただ俯き、家族からのいじりに耐えるオーエンを慰めているのはホープスだけだ。
 キャンディはこの人たちが助けてくれなかったら、今頃どうなっていたのだろうと改めて思った。
 
 そして翌朝、先行して安全を確認していたリアが戻ってきた。
 オーエンの朝食を横取りしながら報告をする。

「王宮の準備は整ったそうです。王弟の計らいで本宮ではなく離宮を貸与されました。警備体制も確認しましたが、最上級の厳重さです。それと侯爵達の件ですが」

 そこまで言うとリアが回りを警戒するように見回した。
 レッドが小さく頷く。
 
「ここは大丈夫だ」

「帝国側の鑑定が終わり、レガート侯爵とメルダ第二王子はその場で捕縛されました。そして偽キャンディのソニアですが、三番を自分で選びましたよ」

「まあ想定内ではあるが、どこの国だ?」

「帝国の最前線に送られるみたいですね。一応足の腱と視力は奪われるようですが、彼女もしぶといですからね……まあ股関節は鍛えているようですので歓迎はされるでしょう」

「三番か……奇しくもニックと同じ道を選ぶとはな。まあ奴らには似合いの末路だ」

 この瞬間にキャンディは自らが望んだニックの行く末が娼館だと理解した。

「まあ、あれほど女好きなんだもの。彼も喜ぶかもしれないわね」

 キャンディの溢した言葉にエマが驚いた顔をした。

「何言ってるんですか。奴もソニアと同じ前線に送りますよ? あそこには男しかいないですから、ニックの相手も男です。妻を蔑ろにしてまで手放さなかった女が、毎日違う客に奉仕する姿を見せてやろうと思ってます。そして自分は男にやられ続ける……本当に惨いですよね? 酷いですよね? キャンディさんもよくこんなこと思いつきますよね? ぷぷぷ」

「えっ……何それ」

「何って、選んだのはキャンディさんじゃないですか」

「いや、それは……」

 キャンディは言い返そうとしたが、何も思い浮かばなかった。
 ふと見ると、スミスがホープスの耳を押さえて聞こえないようにしてくれていた。

「ありがとう、スミス」

「このまま聞かせるとトラウマになるかもしれない」

 キャンディとスミス意外は『なぜ?』という顔をしたが、そこは価値観の違いとして触れないことで場を収める。

「レガートと第二王子はどうするつもりなんだ?」

 オーエンが聞くと、リアが面倒くさそうに答えた。

「あいつらじゃ何の交渉材料にもならないでしょ? 無駄飯食わせるのは勿体ないですからね。早めに連れて行きます」

「ああ、四番だものな……レガート夫人は?」

「レガート夫人とシルバー夫人はかなり前から行方不明です。偽キャンディを使うと決まった辺りからいませんから、彼女らの口の軽さを畏れたのでしょうね。もうこの世には存在してないでしょう。一応確認はしておきます」

「なるほど、手間が省けたな。では行こうか。今回のミッションは帝国が相手だ。抜かるんじゃないぞ」

 レッドが真剣な顔でハッパを掛ける。
 全員がレッドの掛け声を待った。

「みっしょんすたーと! げっちゅせっちゅ!」

 スミスの膝の上でホープスが叫んだ。
 一瞬だけ間があったが、全員が息を合わせる。

「ゴー!」
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