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この国の影たちは優秀だった。
どこから持ってきたのか、解散して10分後にはキディの元に黒一色のワンピースが届き、着替えたキディの前に現れたエスポは、着古した継ぎのある農民服を着ていた。
階下に降りると草臥れた老人が二人。
レッドフォードとリリアンヌだ。
少し腰を曲げて、話し方まで変えている。
「それでは牧師様、奥様。参りましょう」
領主邸の馬車に揺られ、スミスとキディが教会に向かう。
その後ろにはレッドフォードが操る荷馬車が続き、その荷台には着替えや食材と一緒にリリアンヌとエスポが乗っていた。
馬車の中は重い空気が流れていたが、意を決したようにスミスが言葉を発した。
「キディさん、あなたはどうしたいですか?」
キディは俯いたまま暫しの間黙っていた。
「私は……エスポさえ無事に育ってくれればとしか考えていなかったので……即答することができません」
「でも、あなたがこの村でやってきたことは素晴らしいものばかりです。それはエスポのためだけでは無かったでしょう?」
「そうですね。でも、始めはエスポを隠すための隠れ蓑を作ろうとしていたのです。村人のためなんてカッコいいことではないのです。私利私欲に塗れた私の汚い心が生み出したものだったのですよ」
「最初はそうだったのかもしれませんが、結果は違いました。あなたは子供が好きなのでしょうね。いや、子供というより社会的弱者に優しい人だ」
「そういう言い方だと、まるで私が良い人のように聞こえます」
「良い人でしょう。それは間違いありません。それにあなたは姿も心も美しい」
キディが顔を上げた。
「牧師様?」
「ああ、すみません。ずっと以前に神にさえ告げていない醜い悩みを抱えているという話をしたことを覚えていますか?」
「ええ、覚えています」
「今日の話を聞いたうえで確認させてください。あなたは領主様の本当の奥様ではないということであっていますか?」
「あの……御質問の意味がよくわからないのですが」
スミス牧師が席を移り、キディの手を握った。
「私達の会派は結婚を許しています。しかし既婚者への恋慕は絶対悪なのです。私はずっと神を裏切っていることを恥じていました。しかしこの心は止められなかった」
キディは驚いて目を見開いた。
「スミス牧師様……私……私は……まだ既婚者です」
「それはどういうことでしょう。領主様とは結婚していないのでは?」
「はい、オーエンは私と息子を不幸な結婚から逃がすために偽装結婚してくれた人です。配偶者が消息不明になって三年で自動的に離婚できるという制度を利用するためです。あと一年と少しで成立します」
「そんなことが……そうでしたか。ではまだ私のこの思いは罪なのですね。申し訳ありませんでした。忘れてください」
キディが唇を嚙みしめた。
「私は……」
真っ赤な顔で下を向くキディの手をスミスが掬いあげる。
「教会に戻ったら一晩中赦しを乞う祈りを捧げます。ですからこれだけは言わせてください。キディさん、あなたは私の初恋です」
「スミス牧師様……」
二人の思いは重なっているのに、お互いの立場がそれを認めない。
後ろの荷馬車では、レッドフォードが吞気に鼻歌を歌っていた。
農婦の格好をしたリリアンヌが話しかける。
「ねえレッド、牧師さんは本当のことを言うかね」
「どうだろうな。まあ言おうが言うまいが結果は同じさ」
「どうしてバレたのかって焦っただろうねぇ」
「ああ、焦っただろうぜ。まあキディの出方次第だが、せいぜい利用させていただこう」
「王様を選ぶか皇配を選ぶか」
「どっちでもいいさ」
「えらく肩入れしているねぇ。あんたらしくもない」
「そうかい? まあこれも神の思し召しってやつだろうぜ」
うとうとするエスポの体を支えながら、リリアンヌがガハガハと大口を開けて笑った。
その姿は長年連れ添った農民夫婦にしか見えない。
どこから持ってきたのか、解散して10分後にはキディの元に黒一色のワンピースが届き、着替えたキディの前に現れたエスポは、着古した継ぎのある農民服を着ていた。
階下に降りると草臥れた老人が二人。
レッドフォードとリリアンヌだ。
少し腰を曲げて、話し方まで変えている。
「それでは牧師様、奥様。参りましょう」
領主邸の馬車に揺られ、スミスとキディが教会に向かう。
その後ろにはレッドフォードが操る荷馬車が続き、その荷台には着替えや食材と一緒にリリアンヌとエスポが乗っていた。
馬車の中は重い空気が流れていたが、意を決したようにスミスが言葉を発した。
「キディさん、あなたはどうしたいですか?」
キディは俯いたまま暫しの間黙っていた。
「私は……エスポさえ無事に育ってくれればとしか考えていなかったので……即答することができません」
「でも、あなたがこの村でやってきたことは素晴らしいものばかりです。それはエスポのためだけでは無かったでしょう?」
「そうですね。でも、始めはエスポを隠すための隠れ蓑を作ろうとしていたのです。村人のためなんてカッコいいことではないのです。私利私欲に塗れた私の汚い心が生み出したものだったのですよ」
「最初はそうだったのかもしれませんが、結果は違いました。あなたは子供が好きなのでしょうね。いや、子供というより社会的弱者に優しい人だ」
「そういう言い方だと、まるで私が良い人のように聞こえます」
「良い人でしょう。それは間違いありません。それにあなたは姿も心も美しい」
キディが顔を上げた。
「牧師様?」
「ああ、すみません。ずっと以前に神にさえ告げていない醜い悩みを抱えているという話をしたことを覚えていますか?」
「ええ、覚えています」
「今日の話を聞いたうえで確認させてください。あなたは領主様の本当の奥様ではないということであっていますか?」
「あの……御質問の意味がよくわからないのですが」
スミス牧師が席を移り、キディの手を握った。
「私達の会派は結婚を許しています。しかし既婚者への恋慕は絶対悪なのです。私はずっと神を裏切っていることを恥じていました。しかしこの心は止められなかった」
キディは驚いて目を見開いた。
「スミス牧師様……私……私は……まだ既婚者です」
「それはどういうことでしょう。領主様とは結婚していないのでは?」
「はい、オーエンは私と息子を不幸な結婚から逃がすために偽装結婚してくれた人です。配偶者が消息不明になって三年で自動的に離婚できるという制度を利用するためです。あと一年と少しで成立します」
「そんなことが……そうでしたか。ではまだ私のこの思いは罪なのですね。申し訳ありませんでした。忘れてください」
キディが唇を嚙みしめた。
「私は……」
真っ赤な顔で下を向くキディの手をスミスが掬いあげる。
「教会に戻ったら一晩中赦しを乞う祈りを捧げます。ですからこれだけは言わせてください。キディさん、あなたは私の初恋です」
「スミス牧師様……」
二人の思いは重なっているのに、お互いの立場がそれを認めない。
後ろの荷馬車では、レッドフォードが吞気に鼻歌を歌っていた。
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「ねえレッド、牧師さんは本当のことを言うかね」
「どうだろうな。まあ言おうが言うまいが結果は同じさ」
「どうしてバレたのかって焦っただろうねぇ」
「ああ、焦っただろうぜ。まあキディの出方次第だが、せいぜい利用させていただこう」
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「どっちでもいいさ」
「えらく肩入れしているねぇ。あんたらしくもない」
「そうかい? まあこれも神の思し召しってやつだろうぜ」
うとうとするエスポの体を支えながら、リリアンヌがガハガハと大口を開けて笑った。
その姿は長年連れ添った農民夫婦にしか見えない。
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