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優雅にお辞儀をするキディに目を細め、スミス牧師が言う。
「先ほどの聖職者に対する挨拶といい、今のカーテシーといい、あなたは素晴らしい教育を受けてこられたのでしょうね」
「いえ、私は……」
オーエンが後を引き取った。
「彼女はこの国の貴族学園で学びました。しかし家庭の事情で親との縁は薄く、寂しい幼少期を送ったのです。その代わり友人達には恵まれたようです」
スミス牧師が深く頷いた。
「友人の存在というのは、人生の中でもとても重要ですからね。ところで、いつから来れそうですか? 来週の日曜日も開催する予定なのですが」
キディが慌てて言う。
「よろしければその日からでもお伺いしたいですわ」
「ありがとうございます。日曜のミサにはご出席ですか?」
オーエンとキディは、今までミサに出席することは無かった。
キディはエスポに洗礼を受けさせたいと思っていたが、屋敷を出るのが怖くて二の足を踏んでいたのだ。
オーエンは神という存在を全く信じておらず、ミサに行くこと自体考えたこともない。
二人は顔を見合わせた。
スミス牧師がクスっと笑って言った。
「ミサは強制的に参加するものではありませんし、信心は人それぞれのものです」
キディは数秒黙ったあと、意を決して話し始めた。
「私は少し事情があって、屋敷から出るのが怖かったのです。でもこのままではいけないとは思っているのですが、なかなか勇気が出ず……」
オーエンが続ける。
「私が常に同行できればいいのですが、王都での仕事もあります。そこで、提案なのですが我が屋敷のロビーを学校のために解放したいと考えています。幸い領主邸は村の中央に位置しています。子供らも通いやすいのではないかと思うのです」
スミス牧師はとても驚いた顔をした。
「よろしいのですか? 今でさえご母堂が小さな子供たちを預かっておられると聞いています。その上で学校までとなると、かなりのご負担かと思いますが」
オーエンが微笑みを浮かべる。
「あれは母の我儘で始めたことです。それに領主邸で学校を開くのであれば小さい子供たちも年嵩の子供に学ぶこともできるでしょう。教材や軽食はこちらで準備します。スミスさんには、ご足労をいただくことになりますが」
「もちろん私は構いません。逆にミサの後の仕事ができれば、平日時間がとりやすくなります。学校はどのような形態をお考えですか?」
話はどんどん進み、三人は具体的な授業方法まで話し合うことになった。
学校の場所は領主邸のロビーとなり、平日の午後13時から毎日開くことで合意した。
小さな子供たちは今まで通り朝から預かり、午前の手伝いを済ませた子供たちが来れる時に来るという方法が参加しやすいだろうということになった。
子供たちの昼食は領主が賄うことにすれば、親たちも子供を通わせやすいだろうというキディの意見が採用された。
「領主様のご負担が増えてしまいますね」
オーエンが首を横に振る。
「領民たちが安心して仕事に邁進できる環境を整えるのも私の仕事です」
スミス牧師が何度も頷きながら言った。
「では早速、今回の日曜ミサの時に皆様にお話ししましょう。その時にはご夫妻で同席していただけると進みやすいと思うのですが、如何でしょうか」
「勿論参加します」
オーエンとキディは笑顔で了承した。
そしてその日曜日、キディはオーエンと一緒に初めてこの村のミサに参加した。
小さな教会は村人で溢れ、信仰心の厚い地域なのだと実感した。
分かり易い説教のあと、スミス牧師が学校の話をする。
村人は熱心に聞き、是非参加させたいというものがほとんどだった。
参加年齢や参加経費などの質問があり、全員が前向きなこともわかる。
ニコニコ笑いながら教会を見回したキディは、参加者のほとんどが老人と子供連れの女性であることを改めて感じた。
帰りの馬車でそのことをオーエンに言うと、少し深刻な顔で答えた。
「この村はね、土地が瘦せているんだ。住民たちが食べる分には困らないくらいしか育たない。他所に売るほどはできないんだよ。だから男たちは他所に稼ぎに出る。当然僕もその一人だったし、女性も結婚するまでは働きに出る者が多い」
「そうなの……それは大変ね。学校で学ぶことが将来の仕事に繋がれば嬉しいのだけれど」
「そりゃ絶対に繋がるさ。読み書きができて計算がわかれば商会でも働けるし、手紙のやり取りもできるだろう? みんな喜ぶよ」
「そうなるように頑張るわね」
「ああ、それにしても領主邸で学校をすることになるとは思わなかったよ。でも好都合じゃないか。エスポを隠しやすい」
「そうね、偶然だけれどとても安心できるわ」
オーエンは口角を少しだけあげてキディに言った。
「ねえキディ、君はこの村の特産物を知っておいた方がいいようだ」
「特産物? でも農産物は期待できないのでしょう? 何かの工場があるようにも見えないけれど」
「うん、我が領地の特産物は目には見えないよ」
キディは首を傾げた。
「先ほどの聖職者に対する挨拶といい、今のカーテシーといい、あなたは素晴らしい教育を受けてこられたのでしょうね」
「いえ、私は……」
オーエンが後を引き取った。
「彼女はこの国の貴族学園で学びました。しかし家庭の事情で親との縁は薄く、寂しい幼少期を送ったのです。その代わり友人達には恵まれたようです」
スミス牧師が深く頷いた。
「友人の存在というのは、人生の中でもとても重要ですからね。ところで、いつから来れそうですか? 来週の日曜日も開催する予定なのですが」
キディが慌てて言う。
「よろしければその日からでもお伺いしたいですわ」
「ありがとうございます。日曜のミサにはご出席ですか?」
オーエンとキディは、今までミサに出席することは無かった。
キディはエスポに洗礼を受けさせたいと思っていたが、屋敷を出るのが怖くて二の足を踏んでいたのだ。
オーエンは神という存在を全く信じておらず、ミサに行くこと自体考えたこともない。
二人は顔を見合わせた。
スミス牧師がクスっと笑って言った。
「ミサは強制的に参加するものではありませんし、信心は人それぞれのものです」
キディは数秒黙ったあと、意を決して話し始めた。
「私は少し事情があって、屋敷から出るのが怖かったのです。でもこのままではいけないとは思っているのですが、なかなか勇気が出ず……」
オーエンが続ける。
「私が常に同行できればいいのですが、王都での仕事もあります。そこで、提案なのですが我が屋敷のロビーを学校のために解放したいと考えています。幸い領主邸は村の中央に位置しています。子供らも通いやすいのではないかと思うのです」
スミス牧師はとても驚いた顔をした。
「よろしいのですか? 今でさえご母堂が小さな子供たちを預かっておられると聞いています。その上で学校までとなると、かなりのご負担かと思いますが」
オーエンが微笑みを浮かべる。
「あれは母の我儘で始めたことです。それに領主邸で学校を開くのであれば小さい子供たちも年嵩の子供に学ぶこともできるでしょう。教材や軽食はこちらで準備します。スミスさんには、ご足労をいただくことになりますが」
「もちろん私は構いません。逆にミサの後の仕事ができれば、平日時間がとりやすくなります。学校はどのような形態をお考えですか?」
話はどんどん進み、三人は具体的な授業方法まで話し合うことになった。
学校の場所は領主邸のロビーとなり、平日の午後13時から毎日開くことで合意した。
小さな子供たちは今まで通り朝から預かり、午前の手伝いを済ませた子供たちが来れる時に来るという方法が参加しやすいだろうということになった。
子供たちの昼食は領主が賄うことにすれば、親たちも子供を通わせやすいだろうというキディの意見が採用された。
「領主様のご負担が増えてしまいますね」
オーエンが首を横に振る。
「領民たちが安心して仕事に邁進できる環境を整えるのも私の仕事です」
スミス牧師が何度も頷きながら言った。
「では早速、今回の日曜ミサの時に皆様にお話ししましょう。その時にはご夫妻で同席していただけると進みやすいと思うのですが、如何でしょうか」
「勿論参加します」
オーエンとキディは笑顔で了承した。
そしてその日曜日、キディはオーエンと一緒に初めてこの村のミサに参加した。
小さな教会は村人で溢れ、信仰心の厚い地域なのだと実感した。
分かり易い説教のあと、スミス牧師が学校の話をする。
村人は熱心に聞き、是非参加させたいというものがほとんどだった。
参加年齢や参加経費などの質問があり、全員が前向きなこともわかる。
ニコニコ笑いながら教会を見回したキディは、参加者のほとんどが老人と子供連れの女性であることを改めて感じた。
帰りの馬車でそのことをオーエンに言うと、少し深刻な顔で答えた。
「この村はね、土地が瘦せているんだ。住民たちが食べる分には困らないくらいしか育たない。他所に売るほどはできないんだよ。だから男たちは他所に稼ぎに出る。当然僕もその一人だったし、女性も結婚するまでは働きに出る者が多い」
「そうなの……それは大変ね。学校で学ぶことが将来の仕事に繋がれば嬉しいのだけれど」
「そりゃ絶対に繋がるさ。読み書きができて計算がわかれば商会でも働けるし、手紙のやり取りもできるだろう? みんな喜ぶよ」
「そうなるように頑張るわね」
「ああ、それにしても領主邸で学校をすることになるとは思わなかったよ。でも好都合じゃないか。エスポを隠しやすい」
「そうね、偶然だけれどとても安心できるわ」
オーエンは口角を少しだけあげてキディに言った。
「ねえキディ、君はこの村の特産物を知っておいた方がいいようだ」
「特産物? でも農産物は期待できないのでしょう? 何かの工場があるようにも見えないけれど」
「うん、我が領地の特産物は目には見えないよ」
キディは首を傾げた。
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