裏切りの代償

志波 連

文字の大きさ
上 下
28 / 69

28

しおりを挟む
 優雅にお辞儀をするキディに目を細め、スミス牧師が言う。

「先ほどの聖職者に対する挨拶といい、今のカーテシーといい、あなたは素晴らしい教育を受けてこられたのでしょうね」

「いえ、私は……」

 オーエンが後を引き取った。

「彼女はこの国の貴族学園で学びました。しかし家庭の事情で親との縁は薄く、寂しい幼少期を送ったのです。その代わり友人達には恵まれたようです」

 スミス牧師が深く頷いた。

「友人の存在というのは、人生の中でもとても重要ですからね。ところで、いつから来れそうですか? 来週の日曜日も開催する予定なのですが」

 キディが慌てて言う。

「よろしければその日からでもお伺いしたいですわ」

「ありがとうございます。日曜のミサにはご出席ですか?」

 オーエンとキディは、今までミサに出席することは無かった。
 キディはエスポに洗礼を受けさせたいと思っていたが、屋敷を出るのが怖くて二の足を踏んでいたのだ。
 オーエンは神という存在を全く信じておらず、ミサに行くこと自体考えたこともない。
 二人は顔を見合わせた。
 スミス牧師がクスっと笑って言った。

「ミサは強制的に参加するものではありませんし、信心は人それぞれのものです」

 キディは数秒黙ったあと、意を決して話し始めた。

「私は少し事情があって、屋敷から出るのが怖かったのです。でもこのままではいけないとは思っているのですが、なかなか勇気が出ず……」

 オーエンが続ける。

「私が常に同行できればいいのですが、王都での仕事もあります。そこで、提案なのですが我が屋敷のロビーを学校のために解放したいと考えています。幸い領主邸は村の中央に位置しています。子供らも通いやすいのではないかと思うのです」

 スミス牧師はとても驚いた顔をした。

「よろしいのですか? 今でさえご母堂が小さな子供たちを預かっておられると聞いています。その上で学校までとなると、かなりのご負担かと思いますが」

 オーエンが微笑みを浮かべる。

「あれは母の我儘で始めたことです。それに領主邸で学校を開くのであれば小さい子供たちも年嵩の子供に学ぶこともできるでしょう。教材や軽食はこちらで準備します。スミスさんには、ご足労をいただくことになりますが」

「もちろん私は構いません。逆にミサの後の仕事ができれば、平日時間がとりやすくなります。学校はどのような形態をお考えですか?」

 話はどんどん進み、三人は具体的な授業方法まで話し合うことになった。
 学校の場所は領主邸のロビーとなり、平日の午後13時から毎日開くことで合意した。
 小さな子供たちは今まで通り朝から預かり、午前の手伝いを済ませた子供たちが来れる時に来るという方法が参加しやすいだろうということになった。
 子供たちの昼食は領主が賄うことにすれば、親たちも子供を通わせやすいだろうというキディの意見が採用された。

「領主様のご負担が増えてしまいますね」

 オーエンが首を横に振る。

「領民たちが安心して仕事に邁進できる環境を整えるのも私の仕事です」

 スミス牧師が何度も頷きながら言った。

「では早速、今回の日曜ミサの時に皆様にお話ししましょう。その時にはご夫妻で同席していただけると進みやすいと思うのですが、如何でしょうか」

「勿論参加します」

 オーエンとキディは笑顔で了承した。
 そしてその日曜日、キディはオーエンと一緒に初めてこの村のミサに参加した。
 小さな教会は村人で溢れ、信仰心の厚い地域なのだと実感した。
 分かり易い説教のあと、スミス牧師が学校の話をする。
 村人は熱心に聞き、是非参加させたいというものがほとんどだった。
 参加年齢や参加経費などの質問があり、全員が前向きなこともわかる。
 ニコニコ笑いながら教会を見回したキディは、参加者のほとんどが老人と子供連れの女性であることを改めて感じた。
 帰りの馬車でそのことをオーエンに言うと、少し深刻な顔で答えた。

「この村はね、土地が瘦せているんだ。住民たちが食べる分には困らないくらいしか育たない。他所に売るほどはできないんだよ。だから男たちは他所に稼ぎに出る。当然僕もその一人だったし、女性も結婚するまでは働きに出る者が多い」

「そうなの……それは大変ね。学校で学ぶことが将来の仕事に繋がれば嬉しいのだけれど」

「そりゃ絶対に繋がるさ。読み書きができて計算がわかれば商会でも働けるし、手紙のやり取りもできるだろう? みんな喜ぶよ」

「そうなるように頑張るわね」

「ああ、それにしても領主邸で学校をすることになるとは思わなかったよ。でも好都合じゃないか。エスポを隠しやすい」

「そうね、偶然だけれどとても安心できるわ」

 オーエンは口角を少しだけあげてキディに言った。

「ねえキディ、君はこの村の特産物を知っておいた方がいいようだ」

「特産物? でも農産物は期待できないのでしょう? 何かの工場があるようにも見えないけれど」

「うん、我が領地の特産物は目には見えないよ」

 キディは首を傾げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

私があなたを好きだったころ

豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」 ※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

今日からはじめる錬金生活〜家から追い出されたので王都の片隅で錬金術店はじめました〜

束原ミヤコ
恋愛
マユラは優秀な魔導師を輩出するレイクフィア家に生まれたが、魔導の才能に恵まれなかった。 そのため幼い頃から小間使いのように扱われ、十六になるとアルティナ公爵家に爵位と金を引き換えに嫁ぐことになった。 だが夫であるオルソンは、初夜の晩に現れない。 マユラはオルソンが義理の妹リンカと愛し合っているところを目撃する。 全てを諦めたマユラは、領地の立て直しにひたすら尽力し続けていた。 それから四年。リンカとの間に子ができたという理由で、マユラは離縁を言い渡される。 マユラは喜び勇んで家を出た。今日からはもう誰かのために働かなくていい。 自由だ。 魔法は苦手だが、物作りは好きだ。商才も少しはある。 マユラは王都の片隅で、錬金術店を営むことにした。 これは、マユラが偉大な錬金術師になるまでの、初めの一歩の話──。

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!

ルーシャオ
恋愛
若きグレーゼ侯爵ベレンガリオが半年間の遠征から帰ると、愛するグレーゼ侯爵夫人ジョヴァンナがまるまると太って出迎え、あまりの出来事にベレンガリオは「お前とは離婚する」と言い放ちました。 しかし、ジョヴァンナが太ったのはあくまでベレンガリオへ向けられた『呪い』を代わりに受けた影響であり、決して不摂生ではない……と弁解しようとしますが、ベレンガリオは呪いを信じていません。それもそのはず、おとぎ話に出てくるような魔法や呪いは、とっくの昔に失われてしまっているからです。 仕方なく、ジョヴァンナは痩せようとしますが——。 愛している妻がいつの間にか二倍の体重になる程太ったための離婚の危機、グレーゼ侯爵家はどうなってしまうのか。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

処理中です...