裏切りの代償

志波 連

文字の大きさ
上 下
25 / 69

25

しおりを挟む
 Side ソニア・マクレン元王子妃 その1


 学園を卒業し、すぐに隣国に嫁いだの。
 父親は、嫁入り道具に贅を尽くし、私は王子妃として蝶よ花よとちやほやされたわ。

 でも、それはたった半年だけ。
 夫である第二王子は、すぐに側室を召し上げたの。
 私とは全く違うタイプの清楚系お姫様だ。
 昼も夜も彼女をそばに置き、ずっとイチャイチャしている。
 そんな状況に三年も耐えた私は素晴らしい理性の持ち主よね?
 すぐに飽きて戻って来ると思って我慢していたのに、なんと懐妊したと言うでは無いの!
 正妃である私より先に? 信じられない!
 私の理性は焼き切れたわ。

 その日からというもの、側室への嫌がらせのためだけに生きていたようなものよ。
 お茶会でわざとお茶をかけたり、散歩中の道にヘビを投げ入れたり。
 子供じみた方法だけど、確実に側妃の心は弱っていったわ。
 
 その男は私のものよ!
 私が正妻なのよ!
 私の方が美しいのに……なぜ? なぜなの?

 いつの間にか、私は側妃に殺意を抱くようになっていたわ。
 だから臨月を迎えた彼女を階段から突き落としてやったのよ。
 階段といってもたかだか5段程度しかないのだから大したことじゃないわ。
 もし咎められても、それほどの罪に問われるほどでは無いでしょう?
 眩暈がしたと言えばみんな信じるはずよ。
 でも私はその場にいた騎士達に拘束され、夫の指示で地下牢に入れられたのよ。

 彼女は落ちたショックからその場で破水して、すぐに出産したと牢番から聞いたわ。
 母子ともに無事? そんなの落し損じゃない!
 死ななかったのだから、何も問題ないでしょう? いつまでここに入れておくのよ!

 助けに来ない夫にイライラしながら、牢番たちの噂話に耳を傾けたわ。
 側妃の顔に傷ができた? 離宮に行って出てこない?
 第二王子は毎日慰めている? 冗談じゃないわ!
 大きなお腹を抱えてふうふう言いながら歩いていたじゃないの。
 そんな辛い期間を短くしてあげたんだから、お礼ぐらい言いに来いっての!
 いいから! 早くここから出しなさいよ!

 そう叫ぶ私の前に、夫が姿を見せたのはそれから更に一週間後だったわ。
 憎々しい顔で夫は私に言ったのよ。

「よくもまあ平気な顔をしているなぁ。お前は僕の最愛と嫡子を殺そうとした大罪人だって自覚はあるのか?」

「大罪人ですって? 母子ともに健康って聞いたわ。だったら罪なんてないじゃない」

「いやぁ、初めて見たときからバカだとは思っていたが、ここまでとは恐れ入った。お前は僕のことを愛してなんかいないだろう?」

 愛していたかと問われると答えはわかりきっている。
 ぜんぜん好みの顔じゃない。
 王族で大金持ちっていうことだけがこの男の取柄よ。
 黙っている私の顔を覗き込み、夫が吐き捨てるように言った。

「要するにお前は夫に浮気された妻になるのが嫌だっただけだろう? 自分のものを奪われるのが我慢ならなかったのさ。でもその考えは根本から間違っている」

 夫は物凄く楽しそうな声をあげたの。

「僕はお前を妻だと思ったことなど一度も無い。なんなら庭に迷い込んでくる野良猫の方がよっぽど愛おしいよ。僕は一瞬たりともお前のものになったことなど無い。誤解するなよ」

 最後の方は真っ黒な闇を含んだ怒気が声に乗っていたわ。

「そんな……そんなはず無いわ。私はこんなに美しいのよ? そんな私があなたに初めてを捧げてあげたのよ? どこが不満だっていうの」

「初めて? そんなもの何の価値もあるものか。ああ、でも考えてみれば側妃も僕が初めてだったな。うん、そうか。彼女との初めての夜は甘美だったし、その証をシーツに見たときは感動したなぁ。ははは! なるほど。その価値は相手によるということか。ああ、これは良いことを教えてもらった。礼を言おう」

「何を言ってるのよ! 私を抱きたくて悶え苦しんでいた男なんて、それこそ掃いて捨てるほどいたわ! 私にはそれだけの価値があるの! あなただってそうよ。あんなに良さそうな顔をしていたじゃない!」

 王子はフンと鼻で嗤い立ち上がった。

「良さそうな顔? 冗談はやめてくれ。あれは苦悶の表情って言うんだ。義務で君を抱いた後、走って風呂場に駆け込んでいた僕の気持ちがわかるか? まあ良い。お前と話していると頭がおかしくなりそうだ。そんなことより、今日は君に選ばせてやろうと思って来たんだよ。ねえ、明日すぐに処刑されるのが良いかい? それとも……」

「嫌よ! 死にたくない! 何でもするから殺さないで!」

 その時になって初めてこの人は怖い人だと思った。
 私を処刑する? しかもそれをあんな笑顔で言う?
 死にたくない! 
 死にたくない! 
 死にたくない!

「そうか。では君にとても大切な役割をあげよう。それを成し遂げたら君は自由だ。もちろん任務を完遂するまで監視はつけるし、裏切るような行為があれば、その場で処刑する」

 私は何度も頷いた。

「あまり期待はしてはいないけれどね。そうだなぁ……まずは訓練を受けてよ。絶対に必要になるからね。万が一にでも成功させたら、君は自由だ。きっと一人で生きていくには役立つ技だと思うよ。ああ、言うまでも無いが君とは離縁した。君はもう王族じゃない」

 そう言うと夫はとても楽しそうに笑いながら出て行ったわ。
 王族じゃない? この私が?
 なぜあんなことを言われなくてはならないの?
 こんなことなら学園時代にさっさと好みの男に抱かれておけばよかった。
 時々デートしていた伯爵家の次男。
 あの男は本当に好みの顔だったわ……他にも言い寄って来る男はいたけれど、あの人の顔が一番だったわね。

 そんなことを考えながら眠りについた翌朝、牢番がやってきて言ったの。

「第二王子殿下の命令だ。あの男についていけ」

 久しぶりに牢から出た私は、思い切り背伸びをして深呼吸を繰り返したわ。
 ちょっとジメジメしていてかび臭かったけど、あの狭い部屋よりよっぽどマシよ。

「私に訓練するっていうのはあなたなの?」

 地下牢から出る最後の扉の前に立っていた男に聞いた。
 あら、よく見るととてもいい男じゃないの!

「ああ、そうだよ。とりあえず湯に浸かってその匂いを何とかしてくれ。いくら金のためとはいえさすがに無理だ」

 そう言ったあと、男と一緒に馬車に乗り王宮を出たわ。
 私は一人で座り、向かいの席に座ったその男の隣には屈強な兵士が乗り込んできたのよ。

「あんたは誰? 私は王子妃よ! 礼を尽くしなさい!」

 その男はニヤッと嗤っただけで、そっと腰に佩いた剣の鞘を撫でたのよ。
 夫だった王子が言っていたことを思い出し、私の背中に冷たい汗が流れたわ。
 いつかほとぼりが冷めたら許されると思っていたことは間違っていたと知った瞬間ね。
 あの男は本気で私が死んでもいいと思っているのだわ。
 逆らうと殺される……
 呆然としていた私に、その男は鼻をつまみながら言ったわ。

「おい、着いたぜ? さっさと風呂に入ってくれ。吐きそうだ」

 酷い言われようだが、確かにひと月以上も湯に浸かっていないのは事実。

「早く案内しなさい!」

 そう言った瞬間、目の中で火花が散ったわ。
 頬がジンジンする……殴られたの?

「その臭い口を閉じろ。殺すぞ」

 いい男だと思っていたけど、こいつもとんでもない男だわ。
 男は顔で選んじゃいけないのかもしれない……

「早く洗って来い! 全身くまなくだ! 3回は洗って来いよ。じゃないと無理だ」

 そこまで臭いとは思っていなかったけれど、私は淑女。
 臭いなんて言われるなんて屈辱だわ!
 不愛想なおばさんがやってきて、私は体中を擦りあげられたわ。
 何度も痛いと叫んだけど、絶対にやめようとはしないんだもの。
 それにしても、なぜお湯が黒くなるのかしら?
 
「終わったよ! さっさと出るんだ! この阿婆擦れが!」

 本当に鬼のようなババアだわ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

義妹を溺愛するクズ王太子達のせいで国が滅びそうなので、ヒロインは義妹と愉快な仲間達と共にクズ達を容赦なく潰す事としました

やみなべ
恋愛
<最終話まで執筆済。毎日1話更新。完結保障有>  フランクフルト王国の辺境伯令嬢アーデルは王家からほぼ選択肢のない一方的な命令でクズな王太子デルフリと婚約を結ばされた。  アーデル自身は様々な政治的背景を理解した上で政略結婚を受け入れるも、クズは可愛げのないアーデルではなく天真爛漫な義妹のクラーラを溺愛する。  貴族令嬢達も田舎娘が無理やり王太子妃の座を奪い取ったと勘違いし、事あるごとにアーデルを侮辱。いつしか社交界でアーデルは『悪役令嬢』と称され、義姉から虐げられるクラーラこそが王太子妃に相応しいっとささやかれ始める。  そんな四面楚歌な中でアーデルはパーティー会場内でクズから冤罪の後に婚約破棄宣言。義妹に全てを奪われるという、味方が誰一人居ない幸薄い悪役令嬢系ヒロインの悲劇っと思いきや……  蓋を開ければ、超人のようなつよつよヒロインがお義姉ちゃん大好きっ子な義妹を筆頭とした愉快な仲間達と共にクズ達をぺんぺん草一本生えないぐらい徹底的に叩き潰す蹂躙劇だった。  もっとも、現実は小説より奇とはよく言ったもの。 「アーデル!!貴様、クラーラをどこにやった!!」 「…………はぁ?」  断罪劇直前にアーデル陣営であったはずのクラーラが突如行方をくらますという、ヒロインの予想外な展開ばかりが続いたせいで結果論での蹂躙劇だったのである。  義妹はなぜ消えたのか……?  ヒロインは無事にクズ王太子達をざまぁできるのか……?  義妹の隠された真実を知ったクズが取った選択肢は……?  そして、不穏なタグだらけなざまぁの正体とは……?  そんなお話となる予定です。  残虐描写もそれなりにある上、クズの末路は『ざまぁ』なんて言葉では済まない『ざまぁを超えるざまぁ』というか……  これ以上のひどい目ってないのではと思うぐらいの『限界突破に挑戦したざまぁ』という『稀にみる酷いざまぁ』な展開となっているので、そういうのが苦手な方はご注意ください。  逆に三度の飯よりざまぁ劇が大好きなドS読者様なら……  多分、期待に添えれる……かも? ※ このお話は『いつか桜の木の下で』の約120年後の隣国が舞台です。向こうを読んでればにやりと察せられる程度の繋がりしか持たせてないので、これ単体でも十分楽しめる内容にしてます。

好きな事を言うのは勝手ですが、後悔するのはあなたです

風見ゆうみ
恋愛
「ごめん。婚約を解消してほしい。彼女に子供が出来たんだ」 「……彼女…? 子供…?」 7日に一度のデートの日。 私、アンジェ・ティーノ子爵令嬢は、婚約者であるハック・エルビー伯爵令息に、満席のカフェの中で、そんな話をされたのだった。 彼が浮気をしたのは全て私のせいらしい…。 悪いのはハックじゃないの…? ※ベリーズカフェ様にも投稿しています。 ※史実とは関係なく、設定もゆるゆるでご都合主義です。テンプレ展開ですので、さらっとお読みください。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良いものとなっています。

私が一番嫌いな言葉。それは、番です!

水無月あん
恋愛
獣人と人が住む国で、ララベルが一番嫌う言葉、それは番。というのも、大好きな親戚のミナリア姉様が結婚相手の王子に、「番が現れた」という理由で結婚をとりやめられたから。それからというのも、番という言葉が一番嫌いになったララベル。そんなララベルを大切に囲い込むのが幼馴染のルーファス。ルーファスは竜の獣人だけれど、番は現れるのか……?  色々鈍いヒロインと、溺愛する幼馴染のお話です。 猛暑でへろへろのため、とにかく、気分転換したくて書きました。とはいえ、涼しさが得られるお話ではありません💦 暑さがおさまるころに終わる予定のお話です。 いつもながらご都合主義で、ゆるい設定です。お気軽に読んでくださったら幸いです。

好き勝手スローライフしていただけなのに伝説の英雄になってしまった件~異世界転移させられた先は世界最凶の魔境だった~

狐火いりす@商業作家
ファンタジー
 事故でショボ死した主人公──星宮なぎさは神によって異世界に転移させられる。  そこは、Sランク以上の魔物が当たり前のように闊歩する世界最凶の魔境だった。 「せっかく手に入れた第二の人生、楽しみつくさねぇともったいねぇだろ!」  神様の力によって【創造】スキルと最強フィジカルを手に入れたなぎさは、自由気ままなスローライフを始める。  露天風呂付きの家を建てたり、倒した魔物でおいしい料理を作ったり、美人な悪霊を仲間にしたり、ペットを飼ってみたり。  やりたいことをやって好き勝手に生きていく。  なぜか人類未踏破ダンジョンを攻略しちゃったり、ペットが神獣と幻獣だったり、邪竜から目をつけられたりするけど、細かいことは気にしない。  人類最強の主人公がただひたすら好き放題生きていたら伝説になってしまった、そんなほのぼのギャグコメディ。

【完結】嫌いな婚約者を抱いたら好きになってしまったらしい

ユユ
恋愛
王命で決まった婚約者が嫌いだった。 王子と浮気する婚約者に腹が立った。 自分は高貴な女ですと言わんばかりの顔を 歪ませ屈伏させたかった。 だが屈伏させられるのは俺の方だった。 * 作り話です * 男性主人公です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

皆まとめて婚約破棄!? 男を虜にする、毒の花の秘密を暴け! ~見た目だけは可憐な毒花に、婚約者を奪われた令嬢たちは……~

飛鳥井 真理
恋愛
このところ社交界では、ひとりの女性が噂になっていた。曰く、お相手のいる殿方に思わせぶりな態度を取っては手玉に取る毒花のような人だと、清楚な見た目に騙されてはいけないと。実際、パートナーがいるにも関わらず、噂の女性に夢中になる恋人や婚約者たちが続出しているらしく、令嬢や貴婦人たちの苛立ちは増すばかり……。 そしてついに、ランスフォード公爵邸にて催された夜会で、シルヴィアーナ・バーリエット公爵令嬢は、婚約者であるランシェル・ハワード第一王子に婚約の解消を告げられてしまうのだった。しかも、その場で婚約を解消されるのは彼女だけではなかったようで……? ※2022.3.25 題名変更しました。旧題名:『 見た目だけは可憐な毒花に、婚約者を奪われた令嬢たちは…… 』 ※連載中も随時、加筆、修正していきます。話の進行に影響はありません。 ※ カクヨム様、小説家になろう様にも掲載しています。 ※2022.2.28 執筆再開しました。 続きを読みに来てくださった皆様、また、新たに読みはじめてくださった皆様、本当にありがとうございます。とてもうれしく、執筆の励みになっております。 ※第14回 及び 第15回 恋愛小説大賞 奨励賞 受賞作品 (作品への応援、ありがとうございました)

処理中です...