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オーエンが肩を竦めながら言った。
「ええ、山ほどいました。しかしほぼ全員が消されています。前皇帝妃の命令でね。では、なぜキャンディ様が残ったか……不思議ですよね?」
「もったいぶらずにさっさと話せ!」
見せ場なのに……とオーエンは呟いたが、クリスのひと睨みで諦めた。
「最初は見落としでした。シルバー伯爵夫人が誰にも言わず隠し通したのでしょうね。すでにシルバー-伯爵令嬢として学園に通っていたキャンディ嬢を見て、宰相はキャンディ嬢を『保険』として残すことを思いついたのだそうです」
一度言葉を切り、オーエンは全員の顔を見回してから続ける。
「実は他にも2人ほど『保険』がいたのですが、二人とも他国の王家と縁づいてしまいましたから、何かあってももう手は出せません。まあ、まさか王子が二人も亡くなるとは思ってなかったので、あくまでも『保険』を確保しておこうくらいの考えです。だから今残っているのはキャンディ様だけ。そしてキャンディ様は男の子を生んでいる」
キャンディが両手で顔を覆った。
エマが慌ててキャンディを支える。
「ホープスが……ホープスが狙われていると言いたいの?」
「はっきり言うとお二人共です。キャンディ様はまだお若い。ご出産の経験もあるので、皇帝の血筋をこれからも生み出すことができる。そしてホープス様の年齢なら、現皇帝の庶子で押し通せます。お二人さえ手に入れば帝国の血筋は安泰だ」
キャンディは遂に座り込んでしまった。
オーエンは容赦なく続ける。
「しかしもっと拙いのが、帝国側とレガート侯爵の他に、落し胤の存在に気付いた者がいるという事です。この男が暗躍しています」
クリスが怒りをあらわにする。
「誰だ! 早く話せ!」
「隣国の第二王子です。落し胤を手に入れて皇太子になるための切り札にしようとしています。彼の妻はご存じの通りこの国の侯爵令嬢だったソニア・マクレンですが、彼女は跡継ぎを生むことができなかった。側妃が先に男の子を生んだのですが、嫉妬に狂ったソニアは側妃を階段から突き落とした。側妃は顔に大怪我を負い離宮に送られました」
オーエンが続ける。
「本来なら即刻処刑ものですよ。しかし、第二王子は彼女が学生時代付き合っていた男の妻が、その落し胤だという情報を掴んでいましたから、減刑と引き換えにソニア妃に特命を与えました。レガート小侯爵を妻から引き離せとね」
キャンディは自分が息をしているのかどうかも分からなくなってた。
エマが背中を摩ってくれる温もりだけを頼りに、意識を保ち続ける。
「失敗すれば即処刑ですからね、ソニア妃に選択肢はない。そしてソニア妃はこの国に戻ってきたのです。そして命令どおりレガート小侯爵を誘惑した。それがご主人が浮気を始めたカラクリです。それにしても彼はあまりにもチョロすぎた。もうソニア妃の虜ですよ。そして今回の旅行です。一週間でしかも遠方へ連れ出せとでも指示があったんでしょうね。この動きを踏まえると、今週中にお二人は攫われますね」
キャンディが立ち上がった。
「ホープスが! ホープスは家にいるの! すぐに戻らねば!」
エマがキャンディに優しく言った。
「大丈夫です。ホープス様の乳母は王弟殿下配下の手練れです。今頃は完全防御態勢を整えて、返り討ちにする気満々でしょうから、そこはご安心ください」
「でも! 心配だわ! 早く帰らないと」
クリスが言う。
「心配なのは分かるけれど、落ち着くんだキャンディ。君とホープス君が一緒にいる方がリスクが高い。分散している方が攻めにくい。王弟殿下の影ならこの国の最強集団だ」
それでも安心できず、おろおろするキャンディに、オーエンが厳しい口調で言った。
「そこでお伺いしたい。キャンディ様はどうされたいですか? このまま何も知らなかった振りをして侯爵家で暮らすのか、覚悟を決めてお子様と一緒に身を隠すのか」
キャンディは息を吞んだ。
クリスが優しい口調で言う。
「キャンディ、あまり時間が無い。酷だとは思うがきちんと考えなくてはならないよ。侯爵家に残るなら、王弟殿下が影を使って守って下さるだろうけれど確実じゃない。それに、君を裏切りあの女の言いなりになっているニックと夫婦を続けるということだ。彼も騙されて踊らされているとは言え、彼女の手を取ったのは彼の意志だ。同情の余地はないよね」
キャンディが頷く。
「帝国側は王子が生きている限り手は出さないだろう。しかし隣国の第二王子は、間違いなく早々に仕掛けてくる。そしてレガート侯爵もバカじゃない。君の存在がバレたとわかったら、すぐにでも領地に隠すだろう。しかし侯爵家に隣国の攻撃を防ぐほどの手勢はいない」
リリアが泣き声で言う。
「どちらも地獄じゃない……酷いわ。なぜキャンディがそんな目に合うの?」
クリスがリリアの肩を抱き寄せながら言う。
「本当に酷いよね。ねえ、キャンディ。君はあの1年、本当に上手に身を隠していたよ。でもそれは一人だったからだ。でも今の君は……例えば二人でドーマ子爵邸に匿われたとしよう。しかし、そうなるとホープス君は外に出ることもできない。例え庭でも危険だ」
キャンディは悲しそうな顔で俯いた。
クリスが続ける。
「もしこの問題が解決しなければ、ホープス君は学園にも入学できないという事態になる。しかし命の保証は得られるよ。ニックとも別れることができる。配偶者が失踪し行方がわからない場合、3年で自動的に離婚が成立するからね。逆に言うと3年は隠れている必要があるということだ。ホープス君は3歳だろ? 入学ぎりぎりの年齢になってしまう」
「私は……どうすれば……」
オーエンが口を開いた。
「キャンディ様の一番の望みは何ですか?」
「私は……ホープスと一緒にいたい。そしてホープスをこの手で守りたい。でも籠の鳥のように守るのはダメよ。彼は自由に生き生きと暮らす権利を持っているわ。それを奪うなんてできない」
頷きながらオーエンが言う。
「ホープス様をのびのびとした環境で、無事に育てたいということですね? ご主人のことは良いのですか?」
「ホープスに関してはその通りです。主人には何の未練も愛情もありません。今の衝撃的な話で頭の中の靄が消え去ったわ。むしろぶん殴ってやりたい!」
「わかりました。では、逃げましょう。私が責任をもって逃がします。木の葉を隠すなら森の中と言うでしょう? 子供を隠すなら子供たちの中だ。実行するならすぐにでも動いた方が良い。まずは失踪理由を作りましょう」
オーエンはニヤッと笑った。
「今からキャンディ様とクリス様とリリア様で出掛けていただきます。ご主人の今日の予定はオペラ鑑賞の後、ドレスショップで買い物です。偶然出会っちゃいましょうか」
三人はゴクッと息を吞んだ。
「ええ、山ほどいました。しかしほぼ全員が消されています。前皇帝妃の命令でね。では、なぜキャンディ様が残ったか……不思議ですよね?」
「もったいぶらずにさっさと話せ!」
見せ場なのに……とオーエンは呟いたが、クリスのひと睨みで諦めた。
「最初は見落としでした。シルバー伯爵夫人が誰にも言わず隠し通したのでしょうね。すでにシルバー-伯爵令嬢として学園に通っていたキャンディ嬢を見て、宰相はキャンディ嬢を『保険』として残すことを思いついたのだそうです」
一度言葉を切り、オーエンは全員の顔を見回してから続ける。
「実は他にも2人ほど『保険』がいたのですが、二人とも他国の王家と縁づいてしまいましたから、何かあってももう手は出せません。まあ、まさか王子が二人も亡くなるとは思ってなかったので、あくまでも『保険』を確保しておこうくらいの考えです。だから今残っているのはキャンディ様だけ。そしてキャンディ様は男の子を生んでいる」
キャンディが両手で顔を覆った。
エマが慌ててキャンディを支える。
「ホープスが……ホープスが狙われていると言いたいの?」
「はっきり言うとお二人共です。キャンディ様はまだお若い。ご出産の経験もあるので、皇帝の血筋をこれからも生み出すことができる。そしてホープス様の年齢なら、現皇帝の庶子で押し通せます。お二人さえ手に入れば帝国の血筋は安泰だ」
キャンディは遂に座り込んでしまった。
オーエンは容赦なく続ける。
「しかしもっと拙いのが、帝国側とレガート侯爵の他に、落し胤の存在に気付いた者がいるという事です。この男が暗躍しています」
クリスが怒りをあらわにする。
「誰だ! 早く話せ!」
「隣国の第二王子です。落し胤を手に入れて皇太子になるための切り札にしようとしています。彼の妻はご存じの通りこの国の侯爵令嬢だったソニア・マクレンですが、彼女は跡継ぎを生むことができなかった。側妃が先に男の子を生んだのですが、嫉妬に狂ったソニアは側妃を階段から突き落とした。側妃は顔に大怪我を負い離宮に送られました」
オーエンが続ける。
「本来なら即刻処刑ものですよ。しかし、第二王子は彼女が学生時代付き合っていた男の妻が、その落し胤だという情報を掴んでいましたから、減刑と引き換えにソニア妃に特命を与えました。レガート小侯爵を妻から引き離せとね」
キャンディは自分が息をしているのかどうかも分からなくなってた。
エマが背中を摩ってくれる温もりだけを頼りに、意識を保ち続ける。
「失敗すれば即処刑ですからね、ソニア妃に選択肢はない。そしてソニア妃はこの国に戻ってきたのです。そして命令どおりレガート小侯爵を誘惑した。それがご主人が浮気を始めたカラクリです。それにしても彼はあまりにもチョロすぎた。もうソニア妃の虜ですよ。そして今回の旅行です。一週間でしかも遠方へ連れ出せとでも指示があったんでしょうね。この動きを踏まえると、今週中にお二人は攫われますね」
キャンディが立ち上がった。
「ホープスが! ホープスは家にいるの! すぐに戻らねば!」
エマがキャンディに優しく言った。
「大丈夫です。ホープス様の乳母は王弟殿下配下の手練れです。今頃は完全防御態勢を整えて、返り討ちにする気満々でしょうから、そこはご安心ください」
「でも! 心配だわ! 早く帰らないと」
クリスが言う。
「心配なのは分かるけれど、落ち着くんだキャンディ。君とホープス君が一緒にいる方がリスクが高い。分散している方が攻めにくい。王弟殿下の影ならこの国の最強集団だ」
それでも安心できず、おろおろするキャンディに、オーエンが厳しい口調で言った。
「そこでお伺いしたい。キャンディ様はどうされたいですか? このまま何も知らなかった振りをして侯爵家で暮らすのか、覚悟を決めてお子様と一緒に身を隠すのか」
キャンディは息を吞んだ。
クリスが優しい口調で言う。
「キャンディ、あまり時間が無い。酷だとは思うがきちんと考えなくてはならないよ。侯爵家に残るなら、王弟殿下が影を使って守って下さるだろうけれど確実じゃない。それに、君を裏切りあの女の言いなりになっているニックと夫婦を続けるということだ。彼も騙されて踊らされているとは言え、彼女の手を取ったのは彼の意志だ。同情の余地はないよね」
キャンディが頷く。
「帝国側は王子が生きている限り手は出さないだろう。しかし隣国の第二王子は、間違いなく早々に仕掛けてくる。そしてレガート侯爵もバカじゃない。君の存在がバレたとわかったら、すぐにでも領地に隠すだろう。しかし侯爵家に隣国の攻撃を防ぐほどの手勢はいない」
リリアが泣き声で言う。
「どちらも地獄じゃない……酷いわ。なぜキャンディがそんな目に合うの?」
クリスがリリアの肩を抱き寄せながら言う。
「本当に酷いよね。ねえ、キャンディ。君はあの1年、本当に上手に身を隠していたよ。でもそれは一人だったからだ。でも今の君は……例えば二人でドーマ子爵邸に匿われたとしよう。しかし、そうなるとホープス君は外に出ることもできない。例え庭でも危険だ」
キャンディは悲しそうな顔で俯いた。
クリスが続ける。
「もしこの問題が解決しなければ、ホープス君は学園にも入学できないという事態になる。しかし命の保証は得られるよ。ニックとも別れることができる。配偶者が失踪し行方がわからない場合、3年で自動的に離婚が成立するからね。逆に言うと3年は隠れている必要があるということだ。ホープス君は3歳だろ? 入学ぎりぎりの年齢になってしまう」
「私は……どうすれば……」
オーエンが口を開いた。
「キャンディ様の一番の望みは何ですか?」
「私は……ホープスと一緒にいたい。そしてホープスをこの手で守りたい。でも籠の鳥のように守るのはダメよ。彼は自由に生き生きと暮らす権利を持っているわ。それを奪うなんてできない」
頷きながらオーエンが言う。
「ホープス様をのびのびとした環境で、無事に育てたいということですね? ご主人のことは良いのですか?」
「ホープスに関してはその通りです。主人には何の未練も愛情もありません。今の衝撃的な話で頭の中の靄が消え去ったわ。むしろぶん殴ってやりたい!」
「わかりました。では、逃げましょう。私が責任をもって逃がします。木の葉を隠すなら森の中と言うでしょう? 子供を隠すなら子供たちの中だ。実行するならすぐにでも動いた方が良い。まずは失踪理由を作りましょう」
オーエンはニヤッと笑った。
「今からキャンディ様とクリス様とリリア様で出掛けていただきます。ご主人の今日の予定はオペラ鑑賞の後、ドレスショップで買い物です。偶然出会っちゃいましょうか」
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