愛すべきマリア

志波 連

文字の大きさ
上 下
61 / 98

61

しおりを挟む
「やはりな。トーマス、お前の失恋確定だ」

 トーマスがムッとした顔で言い返した。

「失恋って言うのか? どちらかというと僕は静観していた側なんだが」

「まあ、お前の思慮深さには感服するが、初めて彼女を俺に紹介したときは、まんざらでもなさそうな顔だったぜ?」

 トーマスが嫌な顔をして俯いた。

「まあ結果オーライってことだ。マリアに紹介する前で良かったよ」

「ああ、それはその通りだ」

 二人が座るソファーセットのテーブルの上には、ランプの火で炙り出された文字が並んでいた。

「炙り出しとは古典的な手ではあるが、なかなか有効だ」

「これほど上質の紙を使うのは、王族か高位貴族だけだからな。一般ごみに紛れても探しやすいというものだ」

 その紙には『早急に移動が必要』『猶予は一週間』『疑われているかも』と書かれた紙が何枚もある。

「やはり透明に近い果汁で書くのは難しいのだろうな。書き損じてゴミが増えるのも納得だ」

「左肩に丸印があるものが有効というのは理解できたが、肝心の脱出手段は無かったな」

 トーマスがそう言うと、アラバスが肩を竦める。

「そりゃそうだろ。これを俺たちが持っているということは、相手には渡っていないってことだろ?」

「ああそうか」

「潜入している仲間からの通信が途絶えたと考えたら、お前ならどう動く?」

「そうだなぁ……少し様子を見るが、それでも連絡が無ければ調べるよ」

「俺もそう思う。しかし、無理してでも助けたい相手ならいざ知らず、捨て駒のような女だ。わざわざ危険を犯すだろうか」

「捨て駒と思っているなら、黙って消えるかもしれん。直近で退職するか、若しくは黙って姿を消した者が容疑者だ。しかし、本当にダイアナは捨て駒だろうか」

「どういう意味だ?」

「曲りなりにも一国の王女だぜ? 使い道は多いはずだ。なんとしてでも連れ帰るとは考えられないか?」

「なるほどなぁ……そうなると、何か言い訳を作って接触してくる奴が出てくるってわけだ」

「いずれにしても網を張って待つしかないな」

 二人はフッと息を吐いた。

「話は変わるが、そろそろカーチスが戻る頃じゃないか?」

「そうだな、最短で最良の結果を出すのがアレンという男だ。そのアレンに尻を叩かれたのでは休む暇も無かろうからな」

 虫が知らせたのかもしれない。
 執務室のドアを大きく開いて、旅塵に塗れたままのカーチスが入ってきた。

「ただいま戻りました。シラーズに新王が誕生しました」

 二人は立ち上がってカーチスを迎え入れた。

「ご苦労だったな。予定通り進んだか」

「ええ、あっさり王位交代できました。それより面白い土産を持ちかえりましたよ」

 カーチスがドアのところで控えている騎士に合図を送ると、息も絶え絶えの中年男が運び込まれた。

「何者だ?」

「シラーズのカード宰相閣下です」

「カード? あのカードの親族か?」

「ええ、父親ですよ、西の国のスパイだと認めました。地下牢にいるのは次男だそうですが、話に食い違いがあるので、直接対面させて見ようと思いまして、連れ帰りました」

 アラバスが埃だらけのカーチスを抱きしめた。

「でかしたぞ! お前ももう一人前だな」

「えへへ、兄上にそう言われるとすごくうれしいよ」

 トーマスもカーチスに近づいて肩を叩いている。

「ここに呼ぶより我々が行こう。おい、すまんがこの男を連れてきてくれ」

 カード宰相を縛っている綱の先を持つ騎士に、アラバスが声をかけた。

「奴はどこに?」

 ニヤッと笑ったトーマスがカード宰相の顔を見ながら言う。

「地下牢だ。拷問部屋に入れてある」

 カード宰相の肩がビクッと揺れた。
 三人は騎士に連行されるカード宰相と共に地下牢へと向かった。
 石階段に靴音がやけに響く。
 誰が漏らしているのか、苦しそうなうめき声が下から這い上がってきた。

「息子は……息子は生きているのですか?」

 トーマスが答える。

「生きてはいるよ」

 それきり誰も話さない。
 到着したのは、一番奥まった場所にあるドアの前だった。
しおりを挟む
感想 89

あなたにおすすめの小説

ゼラニウムの花束をあなたに

ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。 じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。 レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。 二人は知らない。 国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。 彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。 ※タイトル変更しました

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

バイバイ、旦那様。【本編完結済】

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
妻シャノンが屋敷を出て行ったお話。 この作品はフィクションです。 作者独自の世界観です。ご了承ください。 7/31 お話の至らぬところを少し訂正させていただきました。 申し訳ありません。大筋に変更はありません。 8/1 追加話を公開させていただきます。 リクエストしてくださった皆様、ありがとうございます。 調子に乗って書いてしまいました。 この後もちょこちょこ追加話を公開予定です。 甘いです(個人比)。嫌いな方はお避け下さい。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

【完結】どうかその想いが実りますように

おもち。
恋愛
婚約者が私ではない別の女性を愛しているのは知っている。お互い恋愛感情はないけど信頼関係は築けていると思っていたのは私の独りよがりだったみたい。 学園では『愛し合う恋人の仲を引き裂くお飾りの婚約者』と陰で言われているのは分かってる。 いつまでも貴方を私に縛り付けていては可哀想だわ、だから私から貴方を解放します。 貴方のその想いが実りますように…… もう私には願う事しかできないから。 ※ざまぁは薄味となっております。(当社比)もしかしたらざまぁですらないかもしれません。汗 お読みいただく際ご注意くださいませ。 ※完結保証。全10話+番外編1話です。 ※番外編2話追加しました。 ※こちらの作品は「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています。

もう愛は冷めているのですが?

希猫 ゆうみ
恋愛
「真実の愛を見つけたから駆け落ちするよ。さよなら」 伯爵令嬢エスターは結婚式当日、婚約者のルシアンに無残にも捨てられてしまう。 3年後。 父を亡くしたエスターは令嬢ながらウィンダム伯領の領地経営を任されていた。 ある日、金髪碧眼の美形司祭マクミランがエスターを訪ねてきて言った。 「ルシアン・アトウッドの居場所を教えてください」 「え……?」 国王の命令によりエスターの元婚約者を探しているとのこと。 忘れたはずの愛しさに突き動かされ、マクミラン司祭と共にルシアンを探すエスター。 しかしルシアンとの再会で心優しいエスターの愛はついに冷め切り、完全に凍り付く。 「助けてくれエスター!僕を愛しているから探してくれたんだろう!?」 「いいえ。あなたへの愛はもう冷めています」 やがて悲しみはエスターを真実の愛へと導いていく……  ◇ ◇ ◇ 完結いたしました!ありがとうございました! 誤字報告のご協力にも心から感謝申し上げます。

ひとりぼっち令嬢は正しく生きたい~婚約者様、その罪悪感は不要です~

参谷しのぶ
恋愛
十七歳の伯爵令嬢アイシアと、公爵令息で王女の護衛官でもある十九歳のランダルが婚約したのは三年前。月に一度のお茶会は婚約時に交わされた約束事だが、ランダルはエイドリアナ王女の護衛という仕事が忙しいらしく、ドタキャンや遅刻や途中退席は数知れず。先代国王の娘であるエイドリアナ王女は、現国王夫妻から虐げられているらしい。 二人が久しぶりにまともに顔を合わせたお茶会で、ランダルの口から出た言葉は「誰よりも大切なエイドリアナ王女の、十七歳のデビュタントのために君の宝石を貸してほしい」で──。 アイシアはじっとランダル様を見つめる。 「忘れていらっしゃるようなので申し上げますけれど」 「何だ?」 「私も、エイドリアナ王女殿下と同じ十七歳なんです」 「は?」 「ですから、私もデビュタントなんです。フォレット伯爵家のジュエリーセットをお貸しすることは構わないにしても、大舞踏会でランダル様がエスコートしてくださらないと私、ひとりぼっちなんですけど」 婚約者にデビュタントのエスコートをしてもらえないという辛すぎる現実。 傷ついたアイシアは『ランダルと婚約した理由』を思い出した。三年前に両親と弟がいっぺんに亡くなり唯一の相続人となった自分が、国中の『ろくでなし』からロックオンされたことを。領民のことを思えばランダルが一番マシだったことを。 「婚約者として正しく扱ってほしいなんて、欲張りになっていた自分が恥ずかしい!」 初心に返ったアイシアは、立派にひとりぼっちのデビュタントを乗り切ろうと心に誓う。それどころか、エイドリアナ王女のデビュタントを成功させるため、全力でランダルを支援し始めて──。 (あれ? ランダル様が罪悪感に駆られているように見えるのは、私の気のせいよね?) ★小説家になろう様にも投稿しました★

処理中です...