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そして翌日、足の間に何かが挟まっているみたいで歩きにくいとごねるマリアを宥めすかしながら、メイド達はマリアを日常へと引き戻していった。
正式に妻となったマリアが相手の初夜だったのだからと、実兄のトーマスにまで庇われたアラバスは、王妃陛下からの死刑宣告をぎりぎり回避し執務室に籠っている。
「犯人の目星はついているのか?」
やっと休憩する気になったアラバスに、アレンが話しかけた。
「異国の媚薬というのがなぁ……どの道、狸か狐だとは思うが」
努めて平静を装おうとしているトーマスが声を出した。
「例の男メイドが暗躍している可能性が高いな。どちらの指示で動いているかだが、狸が本当に死んだと思っているのなら、狐の巣穴に逃げ込んでいるということだが……」
アレンが腕を組んで頷いた。
「てっきり国外に逃げたと思ったが、意外と近くに潜んでいたのかもしれんな。まあ、二重スパイなんてのを匿う旨味はないだろうぜ? 使えなくなったらポイされるのがオチだ」
アラバスが紅茶に手を伸ばした。
「そうなるとやはり親狐か。あの日は大人しく帰ったものと思っていたが、庭にでも潜んでいたのかもしれんな。全く厄介な事だ」
「そういえばアラバス、僕からだというワインを運んできたメイドの顔は確認したのか?」
「いや……俺も相当浮かれていたのだろうなぁ。メイドが入ってきたとき、マリアは季節外れの厚いガウンを着て俺の膝に座っていた。その時マリアの髪から花のような匂いがしてなぁ。ああ、俺もついに結婚したのだなぁなんて感慨に浸っていたから、ロクに見てもいないよ。失態だ」
クスッと笑ったトーマスが言う。
「いや、僕は少し安心したんだ。今までのお前なら、マリアとは理想的な国王夫妻にはなっていただろう。しかし、相思相愛かというと違っていたんじゃないかな。まあ、あの子はそれで納得してはいたが、兄としてはやはり幸せで穏やかな家庭をもたせてやりたいと思っていたからね。そういう意味では、今のお前ならマリアを憂いなく委ねることができる」
アラバスが不思議そうな顔をした。
「それは俺が変ったとでも言っているのか?」
アレンが噴き出した。
「お前、自覚無しか? 随分変わったぞ? 以前のお前なら、長年の婚約者だったとしても、国政により有益な者が現れたら、あっさり切ってただろ?」
「そうだろうか……いや、そうかもしれないな。今は眠っているが知性も高くマナーも完璧、その上にあの美貌だ。理想的な王妃になっただろう。それだけでも十分なのに、三歳児の可愛らしさが加わったんだぜ? まさに鬼に金棒だ。拗ねると少し面倒なところがたまらん」
「うん、まさに理想の女だよな」
アラバスとアレンが頷きあっている横で、トーマスが苦笑いをしている。
「そこまで我が妹を褒めてもらえるとはな。しかしアラバス、切らねばならなくなったら、容赦なく切ってくれ。僕はいつでもマリアと一緒に消えるよ」
アラバスが驚いた顔をした。
「おいおい、まだそんな事を言っているのか? 絶対に無い。万が一、狸か狐を娶るとしても、もうマリアを手放すなど考えられん。もちろんお前もだ」
「アラバス……ありがとうな」
ノックの音がしてカーチスが顔を覗かせた。
「休憩中? 僕も混ぜてよ」
アラバスは頷いてから、控えていたメイドにお茶の追加を頼んだ。
カーチスがニヤニヤしながら口を開く。
「そういえば知ってる? マリアちゃんのご機嫌を取るために、第一王子宮の使用人総出でお嫁さんごっこをするらしい。婚姻式で着用したウェディングドレスは永久保存になって宝物庫入りしたから、替わりのドレスを選ぶのに大騒ぎになってる」
「替わりのドレスってお嫁さんごっこの衣裳かい? マリアちゃんはコルセットなんてしないから、かなり限られちゃうんじゃないの?」
アレンが不思議そうな顔で聞いた。
「本人には関係ないみたいだよ? クローゼットに掛かっているドレスを全部床に並べてもらってさぁ、その上をゴロゴロ転がって大はしゃぎだよ。でもあのドレスは見当たらなかったんだよなぁ」
三人がカーチスの顔を見た。
「あのドレスってなんだ?」
「あの日マリアちゃんが着ていたドレスだよ。見たこともないテキスタイルだったから覚えてるんだけど、床に散らばっている布の海の中には無かったね」
「お前、マリアの部屋に入ったのか?」
「うん、マリアちゃんが招待してくれたからね。一緒にゴロゴロしようって誘ってもらった。さすがに遠慮したけれどね」
「なぜ俺ではなくお前に?」
「マリアちゃんは僕を自分と同じ三歳だと思っているからね。それで喜ぶと思って誘ってくれたんだろう。それよりさぁ、お嫁さんごっこの時の新郎役って誰がやるか知ってる?」
「誰だ? 母上か?」
アラバスが不機嫌そうな声を出した。
「いや、違う。マリアちゃんがいつも抱きしめて寝る紺色の熊さんだ。兄上の色をした熊のぬいぐるみで、名前はバシュというらしい。今頃お針子たちがバシュの婚礼衣装を必死で縫ってるはずだね。アシュの代役がバシュだぜ? ウケる」
カーチスが涙目になりながら肩を震わせて笑っている。
「まさに小悪魔だな……」
アレンのつぶやきに、男たちは深く頷いた。
正式に妻となったマリアが相手の初夜だったのだからと、実兄のトーマスにまで庇われたアラバスは、王妃陛下からの死刑宣告をぎりぎり回避し執務室に籠っている。
「犯人の目星はついているのか?」
やっと休憩する気になったアラバスに、アレンが話しかけた。
「異国の媚薬というのがなぁ……どの道、狸か狐だとは思うが」
努めて平静を装おうとしているトーマスが声を出した。
「例の男メイドが暗躍している可能性が高いな。どちらの指示で動いているかだが、狸が本当に死んだと思っているのなら、狐の巣穴に逃げ込んでいるということだが……」
アレンが腕を組んで頷いた。
「てっきり国外に逃げたと思ったが、意外と近くに潜んでいたのかもしれんな。まあ、二重スパイなんてのを匿う旨味はないだろうぜ? 使えなくなったらポイされるのがオチだ」
アラバスが紅茶に手を伸ばした。
「そうなるとやはり親狐か。あの日は大人しく帰ったものと思っていたが、庭にでも潜んでいたのかもしれんな。全く厄介な事だ」
「そういえばアラバス、僕からだというワインを運んできたメイドの顔は確認したのか?」
「いや……俺も相当浮かれていたのだろうなぁ。メイドが入ってきたとき、マリアは季節外れの厚いガウンを着て俺の膝に座っていた。その時マリアの髪から花のような匂いがしてなぁ。ああ、俺もついに結婚したのだなぁなんて感慨に浸っていたから、ロクに見てもいないよ。失態だ」
クスッと笑ったトーマスが言う。
「いや、僕は少し安心したんだ。今までのお前なら、マリアとは理想的な国王夫妻にはなっていただろう。しかし、相思相愛かというと違っていたんじゃないかな。まあ、あの子はそれで納得してはいたが、兄としてはやはり幸せで穏やかな家庭をもたせてやりたいと思っていたからね。そういう意味では、今のお前ならマリアを憂いなく委ねることができる」
アラバスが不思議そうな顔をした。
「それは俺が変ったとでも言っているのか?」
アレンが噴き出した。
「お前、自覚無しか? 随分変わったぞ? 以前のお前なら、長年の婚約者だったとしても、国政により有益な者が現れたら、あっさり切ってただろ?」
「そうだろうか……いや、そうかもしれないな。今は眠っているが知性も高くマナーも完璧、その上にあの美貌だ。理想的な王妃になっただろう。それだけでも十分なのに、三歳児の可愛らしさが加わったんだぜ? まさに鬼に金棒だ。拗ねると少し面倒なところがたまらん」
「うん、まさに理想の女だよな」
アラバスとアレンが頷きあっている横で、トーマスが苦笑いをしている。
「そこまで我が妹を褒めてもらえるとはな。しかしアラバス、切らねばならなくなったら、容赦なく切ってくれ。僕はいつでもマリアと一緒に消えるよ」
アラバスが驚いた顔をした。
「おいおい、まだそんな事を言っているのか? 絶対に無い。万が一、狸か狐を娶るとしても、もうマリアを手放すなど考えられん。もちろんお前もだ」
「アラバス……ありがとうな」
ノックの音がしてカーチスが顔を覗かせた。
「休憩中? 僕も混ぜてよ」
アラバスは頷いてから、控えていたメイドにお茶の追加を頼んだ。
カーチスがニヤニヤしながら口を開く。
「そういえば知ってる? マリアちゃんのご機嫌を取るために、第一王子宮の使用人総出でお嫁さんごっこをするらしい。婚姻式で着用したウェディングドレスは永久保存になって宝物庫入りしたから、替わりのドレスを選ぶのに大騒ぎになってる」
「替わりのドレスってお嫁さんごっこの衣裳かい? マリアちゃんはコルセットなんてしないから、かなり限られちゃうんじゃないの?」
アレンが不思議そうな顔で聞いた。
「本人には関係ないみたいだよ? クローゼットに掛かっているドレスを全部床に並べてもらってさぁ、その上をゴロゴロ転がって大はしゃぎだよ。でもあのドレスは見当たらなかったんだよなぁ」
三人がカーチスの顔を見た。
「あのドレスってなんだ?」
「あの日マリアちゃんが着ていたドレスだよ。見たこともないテキスタイルだったから覚えてるんだけど、床に散らばっている布の海の中には無かったね」
「お前、マリアの部屋に入ったのか?」
「うん、マリアちゃんが招待してくれたからね。一緒にゴロゴロしようって誘ってもらった。さすがに遠慮したけれどね」
「なぜ俺ではなくお前に?」
「マリアちゃんは僕を自分と同じ三歳だと思っているからね。それで喜ぶと思って誘ってくれたんだろう。それよりさぁ、お嫁さんごっこの時の新郎役って誰がやるか知ってる?」
「誰だ? 母上か?」
アラバスが不機嫌そうな声を出した。
「いや、違う。マリアちゃんがいつも抱きしめて寝る紺色の熊さんだ。兄上の色をした熊のぬいぐるみで、名前はバシュというらしい。今頃お針子たちがバシュの婚礼衣装を必死で縫ってるはずだね。アシュの代役がバシュだぜ? ウケる」
カーチスが涙目になりながら肩を震わせて笑っている。
「まさに小悪魔だな……」
アレンのつぶやきに、男たちは深く頷いた。
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