愛すべきマリア

志波 連

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 兄王子のアラバスが無表情のまま吐き捨てた。

「そんな問題物件など、さっさと送り返しましょう、父上」

 国王が片眉を上げる。

「それは構わんが、実行するならシラーズ王国との貿易協定を締結してからだな。あの国の海産物は必要だろう?」

 話題となっている押しかけ王女の国であるシラーズ王国は、豊かな海に面しており、その漁獲量は凄まじく、ワンダー王国に置ける魚介類の輸入量の実に七割を占めている。
 貴婦人達の必須アイテムである真珠も、ワンダー王国産がほぼ九割を占めていた。

「しかし、その海に注ぎ込む清流はわが国を起点としております。あちらが魚を売らないというなら、こちらは水を売らないだけですよ」

「理屈ではそうだが、できるだけ平和に済ませるべきだろう? それになんと言ってもカレンの好物である牡蠣が入ってこないのは困る」

 王の顔を見てにっこりと微笑む王妃。
 その息子たちと側近二人は表情をそぎ落として聞こえないふりをしている。
 マリアが冷静な声を出した。

「それらを加味してアラバス殿下のお考えはどうですの? そのラランジェ王女殿下とのご縁を結ばれるご意志はございますの?」

 アラバスが爪の先ほどの動揺も見せずに言い放った。

「無い。あの王女は知能が低い上に性格も歪んでいる。見た目も全く好みでは無い。話すのも億劫だと何度も言ったのだが、まったく理解しようとしない」

 酷い言われようだが、その辺りを考慮しないアラバスの発言に慣れている者たちにとっては平常運転と言ったところか。

「左様でございますか。それでは私もそのように対処致しますわ」

 会場にワルツが流れ始め、王が王妃に手を差し伸べた。

「ダンスが始まるようだ。カレン、一曲付き合ってくれるかな?」

「ええ、喜んで」

 二人がホールに進み出ると、アラバスがマリアの前に手を伸ばした。

「我らも行くぞ。これも王族の義務だ」

「はい殿下、仰せのままに」

 最後の義務という単語さえ吐かなければ、もうワンランク上の笑顔でも浮かべてやるのにと思ったマリアだったが、これが我が夫となるアラバスという男なのだと諦めた。
 武骨で愛想の欠片も無いアラバスだが、幼いころから叩き込まれたダンススキルは一級品で、マリアの体を羽のように軽々と舞わせる。
 そのリードに身を任せ、くるくると踊るマリアがアラバスに言った。

「かの王女殿下は王宮にご滞在ですの?」

 アラバスが珍しく表情を崩した。

「気になるのか?」

「多少は」

「安心しろ、あの女が滞在するのは北の離宮だ」

「まあ! 北の離宮といえば庭園にある湖の向こうではございませんか」

「ああ、でも学園には近いだろ? 裏門から出れば歩いてでもいける距離だからな」

 王子妃教育で叩き込まれた王宮の敷地図を思い起こしながらマリアがクスッと笑った。

「そうですわね、せっかく留学までなさったのですもの、学園に近い方が何かと便利ですわ」

「ああ、あそこなら俺の宮に来るには湖を半周する必要があるからな。三か月ほどならかかわることもあるまい。しかも俺はほとんど執務室で生活しているんだ。めったな事では近寄れんさ。夜会の予定も無いし、お前が心配することなど起こりようもない」

 マリアはなんと答えて良いか迷った挙句、ふわっとした微笑みを返すだけにとどめた。
 曲が変わり、群がる令嬢たちをまるっと無視したアラバスが壇上に戻っていく。
 
「マリア、久しぶりに一曲踊らないか?」

 そう言って手を差し出したのは兄のトーマスだった。

「まあ! お兄様、喜んでお相手させていただきますわ」

 ワンダリア王国で一番美しい男と言われているのは第二王子のカーチスだ。
 マリアの婚約者であるアラバスは、美しいというより凛々しいと表現する方が似合う。
 そして次期侯爵であり、次期国王の側近である兄のトーマスも、イケメン五人衆に数えられるほどの見目の良さを持っていた。
 王子たちとはタイプの違った美しさで、端正な顔立ちでありつつも、隠しきれない理性が滲んでいると評されているのだ。

「お兄様、国王陛下は私に何をさせようとなさっているのです?」

 優雅なステップを踏みながらトーマスがマリアにウィンクをしてみせた。
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