上 下
61 / 61

60

しおりを挟む
 勇者であり、この国の第二王子であるシューンの葬儀は、当然ながら国葬として執り行われた。
 最後まで身を挺してシューンの体を守ったサム隊長の遺族は、膨大な報奨金を下賜されたが、そのほとんどを予防医学の研究機関に寄付した。
 サムの故郷に住まいを移した未亡人は、毎日パンを焼いて墓に供えている。
 そしてシューンを最後まで守ろうとしたサリーの遺体は、勇者シューンの銅像の下に納められた。
 邪神と共に塵と消えたウサキチに墓標は無い。
 しかし、その最後の姿は勇者像と共に、永遠にこの国の中央に立ち続けるのだ。
 ヘブンズ王国の国民達は、その日何があったのかを知らない。

「これでいいのですよね?」

 勇者の像に花束を手向けながらマーカスが呟いた。
 王が私財で作った公園の真ん中に建つ勇者シューンの銅像の周りには、今日も子供たちが遊んでいる。
 その中にはロバートとライラの子供の姿もあった。
 ヘブンズ王国は医療先進国として、近隣諸国から医学生を受け入れている。
 予防医学という概念を浸透させ、国民の誰でもが病院を気軽に利用できる体制を整えたのは、皇太子となったイースと、その最側近であるマーカスの功績だ。
 寝食を惜しんでワクチンを開発したトーマス医師の後を継ぐのはロバート。
 彼もまた、家庭を大切にしながらも昼夜を問わず研究に心血を注いだ。

 ヘブンズ王国は発展した。
 それを天界から眺めてニヤついているウサキチが、振り返って口を開く。
 
「今回は私も望みを言おうと思います」

「お前の望みだと? 今まで一度も言わなかったのにか?」

 姿は見えないが低い声が響いた。

「はい、今回で最後ですから。ぜひお聞き届けください」

 声が嬉しそうに言う。

「ああ、今までご苦労だったな。その苦労に報いてやろう」

 ウサキチは深々と頭を下げて、唯一の望みを口にした。

「容易い事だ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「早く起きなさい! 塾に遅れるわ」

「はぁ~い。煩いなぁ……サボろうかな……」

「何か言った?」

「何でもない! 行ってきます」

 サリーがさおりとして目覚めたのは、今から17年前だ。
 両親とも教師という家庭に生まれ、優秀な兄と比べられながらも明るい性格に育った。
 しかし彼女には前世と前々世の記憶があった。

「前回は拗ねちゃって親子関係に失敗したからね。今回は同じ轍は踏まないわ」

 中学生の頃、やり直しの機会を与えられた今世なのだと理解したさおりは、厳しい躾もお小言も、すべて愛だと受け取るようになった。

「ありがとうね、やり直しのチャンスは無駄にしないよ」

 受験を控えたさおりは、教科書や参考書を詰め込んだ重たい鞄を抱えて、バス停に急いだ。
 あれほど比べられるのが嫌で、疎ましいとさえ思っていた兄も、見方を変えれば優秀な家庭教師だ。
 しかも無料ときているのだから、利用しない手は無い。
 両親の厳しさも、一度水商売を経験したさおりにとっては、生きていくうえで必要な教養だったのだと思える。
 そう考えを切り替えた途端に、家族の関係は前世とは比べ物にならないほど良好になっていった。

 そして春。
 希望大学に合格したさおり。
 しかし、前回の教育学部とは違い医学部を選んだ。
 前回とは違う友人たちと、学食に行った時に瞬の父親である元恋人を見かけて、絶対に関わるまいと身を隠したのも、今では笑える思い出だ。
 瞬は私の子供として生まれてくる。
 父親は私が選ぶのだとさおりは信じていた。
 医者を目指すさおりは、とにかく毎日忙しい。
 恋人など作る暇さえない。

「これで良いのよ」

 さおりは自分の毎日に満足していた。
 それでもシューンを思い出さない日は無い。
 瞬として育て一度は失ったものの、シューンとして再会した最愛の息子。
 そんなさおりの部屋は水色のウサギだらけだ。
 遊びに来た友人に少女趣味だと揶揄われるが、こればかりは手放すつもりは無い。

「ねえ、人数合わせに参加してよ。相手はここの卒業生で、附属病院の勤務医よ」

 同じ学部の友人に合コンに誘われたさおりは、軽い気持ちで承諾した。
 前々世での接客スキルを持つさおりにとって、学生の合コンなど朝めし前なのだ。
 しかし、その日はいつもと勝手が違っていた。

「やっと会えた」

 合コンが始まってすぐ、初対面の男性がさおりの手を握ったのだ。
 びりっと電気が走り、さおりの頭の中にイースの声が響く。

『イース? イースなの?』

『ああ、そうだ。君をずっと探していたんだよ、サリー』

『探したって? どうなってるの?』

『ウサキチが動いてくれたんだ。聞いてない? 君の魂はウサキチと一緒に昇ったのだろう?』

『うん、聞いてない。私とサム隊長の魂はかなりの時間眠っていたってことしか知らない』

『そうか……損傷が激しかったのだろうな。ウサキチはもともと天使だからすぐに復活したらしいけど、シューンの魂はまだ修復中だと聞いている』

『シューン……会いたいわ』

 手を握り見つめ合っている二人の周りで、友人たちが囃し立てた。

「出会った瞬間にカップル誕生ってか? 妬けるねぇ」

「さおり! あんた男の子に興味ないって顔してたのに、やるじゃん!」

 さおりは顔を真っ赤にしてサッと手を引いた。

「そういうんじゃないから! 昔の知り合いだっただけだから!」

 慌てて取り繕うさおりにイースが言った。

「本当にそれだけか? 俺はずっとお前だけを愛しているんだぜ?」

「イース……恥ずかしいから」

「なぜ?」

「なぜって……」

 イースがさおりを抱き寄せて友人たちに言った。

「すまんが探し求めていた女性に出会ってしまった。今日はこれで消えるが許してほしい」

 イースは颯爽とさおりを攫って店を出た。
 その後、二人は恋人同士にはなったが、さおりは簡単には絆されなかった。
 
「今回は絶対に卒業したいの!」

 さおりにぞっこんのイースは、禁欲状態を強いられることになってしまったが、生きているサリーと過ごせるだけでうれしくて仕方がない。
 それから五年。
 やっと結婚を承諾したさおりは、イースと小さな教会で式を挙げた。
 両親も兄夫婦も心からの祝福を贈ってくれた。

 結婚を機に、イースは大学に戻り研究室に入り、さおりは大学附属病院の勤務医となった。
 そしてまた二年。
 さおりは元気な男の子を出産。
 多忙な二人だったが、協力し合ってなんとか育児と仕事を両立させた。
 瞬と名付けられた二人の子供はすくすくと育ち、さおりはその確かな技術で、多くの患者を完治に導き、病院内では魔法使いと呼ばれるまでになっていた。

 ハイハイも伝い歩きも上手にできるようになった頃、休みだったイースに抱かれ公園を散歩していた瞬が、初めての言葉を発した。
 
「あにうえ?」

「おいおい、そこはパパだろう?」

 イースはボロボロと涙を流しながら瞬を抱きしめた。
 
「ママに会いに行こうか」

「ママ? サリー?」

「そうだよ。魔法使いのサリーちゃんだ」

 瞬はイースの腕の中で、心から嬉しそうに笑った。




おしまい
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(22件)

サラサ
2023.09.20 サラサ
ネタバレ含む
志波 連
2023.09.20 志波 連

コメントありがとうございます。
イース殿下……もしかしたら一番かわいそうかもと思いながら
書いています。

解除
∵🌊しお🌊∵
ネタバレ含む
志波 連
2023.09.11 志波 連

コメントありがとうございます。
自分の目がダメすぎて悲しくなります。
眼医者に行こうと思います。
引き続きよろしくお願いします。

解除
∵🌊しお🌊∵

こんばんは(^-^)/初めまして
22話 サリーが顔緒→"顔を"かと思います。承認不要です。サリー…面白い子…(^ω^)

志波 連
2023.09.11 志波 連

コメントありがとうございます。
また、誤字脱字を教えていただき感謝いたします。
読んでも気づかない……自己嫌悪です。
引き続きよろしくお願いします。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結】エルモアの使者~突然死したアラフォー女子が異世界転生したらハーフエルフの王女になってました~

月城 亜希人
ファンタジー
やりたいことを我慢して質素に暮らしてきたアラフォー地味女ミタラシ・アンコが、理不尽な理由で神に命を奪われ地球から追放される。新たに受けた生は惑星エルモアにある小国ガーランディアの第二子となるハーフエルフの王女ノイン・ガーランディア。アンコは死産する予定だった王女に乗り移る形で転生を果たす。またその際、惑星エルモアのクピドから魔物との意思疎通が可能になるなどの幾つかのギフトを授かる。ところが、死産する予定であった為に魔力を持たず、第一子である腹違いの兄ルイン・ガーランディアが魔族の先祖返りとして第一王妃共々追放されていたことで、自身もまた不吉な忌み子として扱われていた。それでも献身的に世話をしてくれる使用人のロディとアリーシャがいた為、三歳までは平穏に過ごしてきたのだが、その二人も実はノインがギフトを用いたら始末するようにと王妃ルリアナから命じられていた暗殺者だった。ノインはエルモアの導きでその事実を知り、またエルモアの力添えで静寂の森へと転移し危機を脱する。その森で帝国の第一皇子ドルモアに命を狙われている第七皇子ルシウスと出会い、その危機を救う。ノインとルシウスはしばらく森で過ごし、魔物を仲間にしながら平穏に過ごすも、買い物に出た町でロディとアリーシャに遭遇する。死を覚悟するノインだったが、二人は既に非情なルリアナを見限っており、ノインの父であるノルギス王に忠誠を誓っていたことを明かす。誤解が解けたノイン一行はガーランディア王国に帰還することとなる。その同時期に帝国では第一皇子ドルモアが離反、また第六皇子ゲオルグが皇帝を弑逆、皇位を簒奪する。ドルモアはルリアナと共に新たな国を興し、ゲオルグと結託。二帝国同盟を作り戦争を起こす。これに対しノルギスは隣国と結び二王国同盟を作り対抗する。ドルモアは幼少期に拾った星の欠片に宿る外界の徒の導きに従い惑星エルモアを乗っ取ろうと目論んでいた。十数年の戦いを経て、成長したノイン一行は二帝国同盟を倒すことに成功するも、空から外界の徒の本体である星を食らう星プラネットイーターが降ってくる。惑星エルモアの危機に、ノインがこれまで仲間にした魔物たちが自らを犠牲にプラネットイーターに立ち向かい、惑星エルモアは守られ世界に平和が訪れる。 ※直接的な表現は避けていますが、残酷、暴力、性犯罪描写が含まれます。 それらを推奨するものではありません。 この作品はカクヨム、なろうでも掲載しています。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。