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 バイオリンのレッスンはライラに任せ、サリーはトーマの手を引いて医務室に向かった。

「おい、歩くのが早いぞ! 私はまだ5歳なんだ。少しは気をつかいなさい」

「あっ、そうですよね。手足が短くて椅子にもよじ登るんですものね」

 サリーがニヤッと笑って歩調を緩めると、トーマが不機嫌そうに言う。

「なぜだろうか。微妙に傷つく」

 そうこうしている間に医務室に到着した二人は、辺りを見回してからそっとドアを開く。

「帰ったぞ」

 5歳児が偉そうに言うと、奥からロバートが顔を出した。

「ご苦労様でした。先生」

「ああ、いろいろな意味で疲れたが、楽しかったから良しとしよう。そうだ、お前すぐに第一王子殿下に謁見申請しておけ。第二王子の家庭教師を変更する」

「え?」

「あの歴史の担当はダメだ。仕事をしに来ていない。金を貰いに来ているだけだ。あれではやる気にはならん。私が教えた方がずっとマシだ」

「は、はい。至急手配します。しますが、それより問題が発生しまして」

「なんだ?」

「明日の件です。僕も忘れていましたが、先生もでしょ? どうします? 僕じゃ代わりはできませんよ?」

 トーマはふと考え込んだ。

「忘れたことさえ忘れているなぁ。何があった?」

「医学生の卒業証書授与式ですよ」

「ああ! 祝辞か。参ったな」

 二人が揃ってサリーを見た。

「「まだ思い出せないのか?」」

「すみません」

 大きなため息の後、ロバートが言う。

「そもそもどんな呪文で先生に魔法をかけたんだ?」

「えっと……まはりくまはりたやんばらやんやんや~ん! って言ったんです。こうやって指をさしながら」

 するといきなりトーマが大きくなった。
 当然ではあるが、ショーンの服はみるみる弾け飛び、トーマがトーマスになったと同時に全裸を晒す。

「「「えっ!えぇぇぇぇぇ~」」」

 サリーが両手で顔を覆いつつも、指の間から覗いてみると、トーマスのトーマスはなかなかの存在感だった。

「ああ、戻ってしまったな。勿体ない……これって何度でもできるのか?」

 トーマスはどこも隠そうとせず、仁王立ちでサリーに言った。
 ロバートが慌てて机の上にあった医学書で、トーマスの股間を隠す。
 力加減に問題があったのだろう。
 トーマスが蹲っていた。

「ええ、たぶんできると思います。やってみます?」

「もしできるなら試してほしい。が……暫し待ってくれ」

「はい……わかりました……」

 笑いを嚙み殺しながらサリーは頷いた。
 素っ裸に白衣だけを羽織った状態のトーマスに、サリーは再び呪文を投げた。

「まはりくまはりた~5歳児になれ~」

 みるみる小さくなっていくトーマス。

「やった! 成功だ! 凄いな。君にダメージは無いのかい?」

「ええ、特に何も感じません」

「なるほど……。できるのは大きさを変えるだけか?」

「やったことが無いのでわかりませんが。やってみます?」

「ああ、是非試してみたい。でも、もしも戻らないと困るからロバートで試してくれ」

 これぞパワハラ! とサリーは思ったが口にせず、ゆっくりとロバートの方に顔を向けると、全力でブンブンと顔を横に振っていた。

「きっと戻りますよ。きっと……」

 そう言うなり、サリーはロバートを指さして呪文を唱えた。

「まはりくまはりた~猫になれ~」

 ロバートがみるみる小さくなり、塵のようになった途端に大きくなり始め、エメラルドグリーンの上品そうな猫が現れた。
 盛大な拍手をするメイドと5歳児の前で、高級感漂う猫がシャーシャー言っている。

「なんだ、喋ることはできないのか」

「できますよ!」

「おお~! 素晴らしい! 今日はこのまま連れて帰って孫たちに見せてやろう」

 ロバート猫が勢いよく逃げ出した。
 タイミングが良いのか悪いのか、医務室のドアが開く。
 トーマを探しに来たシューン殿下だった。

「トーマ、バイオリンは終わったんだ。まだ帰らないなら部屋に……って……猫! 猫だ! 奇麗な猫!」

 シューンがロバート猫を捕まえようと手を伸ばした。
 付いてきていたライラの胸に飛び込んだロバート。
 ライラは猫を守るように、しっかりと抱きしめた。

「殿下、動物には無暗に手を出してはなりません。病気を持っている可能性もありますし、何より怖がってしまいます」

「お前は抱いているじゃないか」

「私は下町育ちですし、大人ですから良いのです。でも殿下はダメですよ」

「ちぇっ……俺だって抱いてみたい」

 ライラの胸の谷間に顔を埋めているロバートを見たサリーは、小さく頷いた。

「少しだけですよ? ライラと一緒に抱いてみますか?」

「うん!」

 ライラがロバート猫を抱いたまま、シューンと目が合うように膝をつく。
 ロバート猫はなぜか、ライラのブラウスに爪を立てて抵抗していた。

「ダメよぉ~ブラウスが破れちゃう~」

 ライラの声にぴくっと反応したロバートは、やっと爪を収めた。

「さあ、殿下。そっと優しくですよ?そぉ~っと」

 恐るおそるロバート猫を背中から抱えるシューン。
 ライラとサリーの前に、ロバート猫は全てを晒す姿になった。

「あら、お腹は白いのね」

 サリーの声に頷いたライラが続けた。

「この子……オスね」

 事情を知っているサリーとトーマは必死で笑いをこらえた。
 そんなロバート猫の頭を撫でながら、シューンが言った。

「鳴かない猫だな。これほど大人しいなら王宮で飼っても大丈夫では無いか? そうだ、兄上にねだるのは、この子を飼うことにしよう」

 サリーとトーマが顔を見合わせた。
 もちろんサリーに何も言うことはできないが、5歳児に絶賛変身中のトーマも口を噤むしかない。
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