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 なんとか無事に朝食を終えたシューンは、再び騎士に抱かれて部屋に戻った。
 その後ろを歩きながら、ライラはサリーに小声で話しかける。

「あんた、どうしちゃったの?」

「うん、なんだか不憫になっちゃってさ」

「不憫? そりゃあれだけの子だもの。自業自得じゃない? 父親も母親も無関心で、気にかけるとしたらイース王子だけじゃん」

「だからよ。あの年頃の子は親の愛情を探っているの。だからこれでもかってくらい愛してやらないと。だから反抗期が来ないんじゃないかな」

「反抗期? 殿下の場合はもう何年も続いているような気がするけど?」

「いやいや期は無いとだめなんだよ? あれは自立の第一歩なんだから」

「殿下に反抗されて太刀打ちできる人間なんているのかしら」

「大丈夫、私が受けて立つ!」

 ララは立ち止まって啞然としていた。
 それを無視して進むサリーの背中は、強い決意に溢れていた。

「殿下、今日の授業は歴史と音楽でございます」

 シューンは返事もせず下を向いていた。

「申し訳ございません、私記憶が曖昧で……授業というのは?」

 スケジュールを告げに来た侍従が、サリーの顔を見て納得したように頷いた。

「いつも通りの予定だよ。午前中に歴史の先生が来られる。昼食の後、バイオリンの先生が来られるんだ。 その後は午睡の時間で、起きられたらマナーの先生と一緒にお茶の時間。そして、自習時間の後で夕食と入浴だ」

「なんと言う過密スケジュール!」

「過密?」

「殿下はまだ5才ですよね?」

「3歳からずっと続けておられるが?」

「マジっすか……」

 サリーの言葉に不思議そうな顔をした侍従に、ライラがそっと目配せをした。
 侍従は小さく頷く。

「まあそう言うことだから。では私はこれで」

 そそくさと去って行くその背中を見詰めながら、サリーは決心した。

「ねえライラ、私ちょっとロバート先生の所に行ってくるわ」

「どうしたの? 頭でも痛いの?」

 その言葉にシューンの肩がビクッと揺れた。

「違うわ。少し話があるだけよ。構わない?」

「私はいいけど……」

 ライラがシューンに視線を移す。
 シューンは下を向いたまま、こちらの気配を伺っていた。

「殿下、私は少し外しますがよろしいでしょうか?」

「具合が……悪いのか?」

「いいえ、ロバート先生に昨日借りたものがあって、お返しに行って来るだけです」

「そ、そうか。わかった、行ってこい。すぐに戻れよ?」

「畏まりました」

 サリーは部屋を出て医務室に向かった。
 途中でよぼよぼと歩く男性とすれ違い、この人が歴史の先生だと確信する。

「絶対にダメよ。歪んでしまうわ」

 サリーは決意を新たに足を速めた。
 自室と医務室の位置はしっかり覚えているサリーは、迷うことなく廊下を進み。医務室の前に来た。

「失礼します。ロバート先生?」

 そろりとドアを開けると、今度は大柄な老人と目が合った。

「ロバートは往診に行っているよ。君は……ああ、サリーちゃんか。具合が悪いのか?」

「サリーちゃんって……まはりくまはりたやんばらやんやんや~ん」

 ぎょっとした目を向けたその男性が、みるみる小さくなっていく。

「「えっ!えぇぇぇぇぇぇ~~~~~~」」

 さっきまで老人だったその男性は、どこから見ても未就学児になっていた。

「うっっそ!」

 慌てたサリーが元老人の幼児に駆け寄る。

「お前……何者だ!」

「メイドのサリーですが……ぷっ……ぷぷぷ……笑ってすみません」

 ぶかぶかの白衣に包まれた幼児の姿の可愛さに、思わず吹き出すサリー。

「貴様! 私に何をした! 魔女か? 魔女だな?」

「違いますってばぁ。まさか本当に使えるとは思わなくて……すみません。すぐに戻します。すぐに……えっと……あれ?戻す呪文って?」

「戻せ! 早く戻せ!」

 じたばたと短い手足を振り回し、地団駄を踏むその姿には可愛らしさしかない。
 しかも見事な高音で舌足らず……
 もう愛しさしか湧かないサリーだった。

「ほらほら、暴れると怪我するよ? ちょっと落ち着きなさい」

 サリーが見た目5歳児の老人を宥めていると、ドアが開きロバートが入ってきた。
 子供を見てぎょっとするロバート。
 
「誰だ? ここは遊び場じゃないぞ? 親と一緒に来てるのか? どこの家門の子かな」

 幼児が真っ赤な顔で叫ぶように返事をした。
 天使の声のような高音で。

「フレッツ伯爵家当主のトーマスだ! ロバート! こいつが……こいつが私を……」

 我慢できずに吹き出したロバートだったが、その言葉を反芻してから真顔に戻った。

「こいつ? こいつって……サリーが?」

 サリーが申し訳なさそうな顔でいう。

「前にいた世界でよく見てた魔法使いの話に出てくる呪文を唱えたら……小さくなっちゃったんです。ごめんなさい」

「はぁ? 意味が解らん」

 ロバートは仕方なく、フレッツ伯爵と名乗るその幼児をソアーに座らせ、頭を撫でながらサリーに言った。

「僕にもわかるように説明してくれるか?」

 サリーは子供の頃に夢中で見ていたテレビ番組の話をした。
 そもそもテレビというものから説明しなくてはいけなかったが、理解してもらわないと魔女の烙印を押されてしまうと思い、誠心誠意説明した。

「転生したものだけが持つ不思議な力か?」

「う~ん。チートなのかも?」

「チート?」

「まあ良いから」

 もう面倒になったサリーが適当に流す。

「早く元に戻さないと拙いぞ?」

 サリーが申し訳なさそうな顔をした。

「解呪の呪文が……思い出せない」

「「えっ!」」

「ごめん……すぐには無理。頑張って思い出すから、少しだけ待って?」

 すると幼児がニヤニヤと笑いながら言った。

「今の話が全て本当だとすると、私はとんでもない経験をしているということだな。うん、得難いことだ。少しの間ならこのままでもいいそ?」

 ロバートが嫌な顔をした。

「サボろうと思ってません?」

「いや? でもこんな姿の私が何を言っても説得力が無いだろう?」

「それは……そうですが」

「サリーちゃんが思い出すまでは仕方が無かろう?」

「……その姿でその喋り方は止めてください」

「なぜじゃ?」

 サリーとロバートが同時に吹き出した。
 お腹を押さえて笑っている二人を見たフレッツ伯爵が言った。

「納得した」

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