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 母が車を出し、兄が留守番をすることになった。
 いつもなら少し怖いと思う母の運転が、今日はやけに遅く感じる。
 葛城の家に着くと、まだ玄関前に救急車が停まっている。

「葛城!」

 私は勝手知ったるなんとやらで、リビングのドアを開けた。
 
「洋子ちゃん!」

 深雪ちゃんが半泣きで駆け寄ってきてしがみつく。

「沙也ちゃんは?」

「お母さんと救急車に乗ってる」

「お父さんは?」

「分からないの。沙也ちゃんが何度も電話してたけど、出ないみたい」

 相変わらず役に立たんクソオヤジだ。

「深雪ちゃん、行くよ。あっ、洋子ちゃん」

 興奮状態なのか、頬を真っ赤に染めた葛城が驚いた顔をした。

「病院は? お母さんも一緒に来てる」

「今日はかかりつけ医の先生が不在で、受け入れ病院を探すのに時間がかかったみたい。駅前の総合病院が受け入れてくれるって」

「分かった。すぐ追うから」

 救急車に乗り込んだ二人を見送り、母と二人で火の用心と戸締りをしてから施錠した。
 散らかったままのテーブルはそのままにして、電話の横に置いてあったメモ用紙に病院名だけを書いて、食卓の上に置いた。

「駅前の総合病院ね。洋子は優紀に電話して、遅くなるって伝えておきなさい」

 昼行燈のような母が鬼気迫る顔で言った。

「はい」

 どうか母子ともに無事でありますように。
 私は祈る以外の術を持たなかった。

 やっと駆け付けてきた葛城のクソオヤジは、少し酒の匂いがしている。
 母と私にぺこっと頭を下げ、沙也の横を素通りして深雪ちゃんに駆け寄った。

「大丈夫か? 深雪」

 どこまでいってもクソはクソだ。
 私が一歩踏み出そうとすると、ははに肩を掴まれた。

「葛城さん、深雪ちゃんはとてもよく我慢をしていい子にしていました。でも沙也ちゃんが全ての手配をしたのですよ? あなたに連絡がとれず、心細かったと思いますよ?」

 母の声がいつもより低い。
 クソオヤジが振り返った。

「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫ですので」

「そうですか。では私たちは帰ります。じゃあね、沙也ちゃん。何時でも良いから困ったことがあったら電話してきなさい。深雪ちゃんも不安だろうけれど、お姉ちゃんの言うことをよく聞いて頑張ってね」

 父親の手を振り解き、沙也の腰に抱きついた深雪ちゃんがコクコクと何度も頷いた。

「じゃあ葛城、一旦帰るがいつでも電話して。後はお父さんに任せればいいんだから、少し休んだ方がいい」

「うん、ありがとうね。おばさんもありがとうございます。いつも頼っちゃってごめんなさい。もうどうして良いのか分からなくて……」

 母が沙也の頭を撫でた。

「いいのよ、よく頑張ったね」

 葛城がいきなり泣き出した。
 よほど気を張っていたのだろう、顔色が悪い。
 どういう理由であれ、人に暴力を振るうのは犯罪だし、私の腕力では一瞬で返り討ちにあうだろうが、どうしてもこのクソオヤジのチンに一発アッパーをかましたい!

 そんな私の激情を瞬時に鎮めたのは深雪ちゃんだった。

「お姉ちゃんに謝れ!」

 ぽかぽかと父親の脛を蹴っている。
 そうは言っても深雪ちゃんも十歳だ。
 痛かろうに呆然としているクソオヤジは、蹴られままになっている。

「行こう、洋子。優紀の準備もしてやらなきゃ」

「うん。じゃあ葛城、一旦帰るよ」

「ありがとう。おばさんも本当にありがとうございました。また連絡するね」

 私たちは家に着くまで無言だった。

「ただいま」

 出迎えた兄が様子を聞いてくる。
 出血が酷かったことや父親が来たので帰ってきたことを伝えた。

「出血か……今は手術室? 大変だったね。沙也ちゃんは大丈夫? 深雪ちゃんは?」

 玄関に立ったまま話していたら、リビングからばあさんが顔を出した。
 母が説明するからと言ってくれたので、兄と私は部屋へ戻った。

「しかし試験終了と同時にそんな事があるなんて、沙也ちゃんも大変だ」

「うん、明日は登校してこないかもしれないね。そう言えばお兄ちゃんって明日戻るの?」

「そう、明日の午後便で行くよ」

「ありがとう、お兄ちゃん。お陰で落ち着いてテストを受けることができた」

「そうか、それなら良かった。結果は後からついてくるもんだ。残りの高校生活をせいぜい楽しめよ」

 いない間に準備したのか、兄のトランクはすでにできている。
 それを階下に運び、二人でリビングに顔を出した。
 ばあさんと母さんが神妙な顔で話している。
 父さんは風呂だろうか。

「ああ、優紀さん。明日帰るんだって? 出るのは早いのかい?」

「15時半に羽田だから、昼ごはんを食べてから出るつもりだよ」

「次は春休みだね」

「いや、春は戻れないかもしれない。牧場の出産ラッシュ時期だって先輩がいっていたからね。それよりおばあ様が来ればいいんじゃない? 洋子も長い春休みなんだから一緒にさ」

 ばあさんはニヤッと笑って私の顔を見た。
 北海道かぁ……行ってみたいなぁ。

「そうだねぇ、それも良いね」

 風呂から出た父も交えて、どうでも良いような昔話をした。
 家族ってこういうもんだよね?
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