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 私の高校生活最後の夏休みは多忙を極めた。
 朝涼しいうちに勉強をしていきたいので、4時には起きて朝食の支度をする。
 これはやらされているわけではなく、目を覚ますためのルーティーンのようなものだ。

 机に座るのが4時半として、それから8時までは受験参考書を開く。
 家族が起きてきたら一緒に朝食をとり、気分転換に掃除と洗濯をして、早めの昼食準備にとりかかるのだ。

 これがほぼ毎日の午前中なのだが、午後からはどうするかというと、家政婦兼家庭教師となるべく葛城家へ向かうのだ。
 これは好意とか友情ではなく、純然たるバイトである。

 悪阻の静香さんが動け無いので料理を教えて欲しいという葛城の要望が発端なのだが、栄養学的な知識はあっても実技が全く伴っていないのだ。
 それでも頑張ったらしいのだが、掃除をすれば花瓶を割り、洗濯をすればしわくちゃ。
 料理に至っては深雪ちゃんが泣き出してしまったらしい。

 いや、感動ではなく不味過ぎて……

 その点彼女とは逆の実技しかない私が助けに行ったのだが、ついでに葛城の勉強を見てやることになるのは自然の流れだろう。
 昼過ぎに来て、夕方に慌てて帰っていく私を見た静香さんが『バイト』の提案をしたのだ。

「沙也ちゃんへの友情だと思うと、有難い反面、申し訳なさが酷すぎて落ち込むのよ。だからバイトでやってもらってるって思わせてほしいの」

 百戦錬磨の大人ならではの言い回しだ。
 帰って家族に相談すると、自分で決めろと言われたので受けることにした。
 仕事となればそれなりの成果を上げなくてはならない。
 結果、高校野球部の朝練より早い活動開始となったわけだ。
 そして昼食時。

「良く続くねぇ、よっぽど時給が良いんだね?」

「いや、どうだろう。時給の話はしてないよ。それにしても悪阻って苦しそうだねぇ。母さんもそうだったのかしら。おばあ様は?」

 母が先に答える。

「私は無かったくらい平気だったわ」

 ばあさんが頷く。

「私もさほど酷くは無かったね。どんな症状なんだい?」

「とにかく吐き気が酷いみたい。水も飲めないって言ってた。でも赤ちゃんのために栄養とらないといけないでしょ? 頑張って食べてもどすの繰り返しだって」

「なるほどね。ちょっと酷いねぇ。もしかしたら妊娠悪阻かもしれない。病院は?」

「今日が通院日だって言ってたよ。私が行ってからタクシー呼ぶことになってるの」

「親は……ああ、いないんだったね。なるほど……そうだ、洋子。お前が付き添ってあげなさい。年も近いしお前の方が話しやすいだろう? 2人目とはいえ高齢出産に近い年だ。気を付けてやらないと」

「わかりました。この前少し話したけど、気が合いそうだったし、同い年なのよね」

「そうなの?」

 母と同じ年で、今から子育てすると言うのだから、並大抵の覚悟では無かろうと思う。
 女って強いね。
 ばあさんも、母さんも、静香さんもみんな。

「じゃあ母さん、よろしく頼む」

「任せといて!」

 ばあさん公認で仕事をさぼれるからだろうか、母のテンションが爆上がりだ……笑える。

「あちらのお昼ごはんは?」

「昨日作ったのを食べてもらうようにしてる」

「ああ、うちと同じね。だったらもう終わってるはずね。もう行こうか」

 片づけをさっさと済ませて助手席に乗り込む。
 母の愛車は軽ワゴンだ。
 おのまとぺ的に表現すると、父の運転はスイスイで、母のそれはガンガンだ。
 お陰でいつもより10分も早く到着した。

 静香さんには母から話すことになり、私は葛城の部屋に向かった。
 ベッドでは深雪ちゃんが横になってマンガを読んでいる。
 もうすっかりお姉ちゃん子になったね。

 昨日やった箇所をさらっと復習していると、階下から母の声がした。
 
「病院に行ってくるわ。鍵は持っているから買い物に行くなら戸締りを忘れないようにね」

「はぁ~い」

 それから2時間、深雪ちゃんがうたた寝を始めたので、集中して勉強を進めた。
 そろそろ休憩という時間になり、お茶をとりに行っていた葛城が部屋の入るなり溜息を吐いた。

「少しでもサボると追いつくのが大変だね」

「そうだよね。1年の時ならまだスローペースだし基礎部分だから何とかなるけど、今のこの時期は内容がかなり濃いからね」

「うん、痛感してるよ。宿題だけでもかなり焦るもん」

 葛城の口からかなり真っ当な感想がまろびでた。
 驚きだ。
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