39 / 61
38
しおりを挟む
静香さんがホッと大きく息を吐いて言った。
「話はできますか?」
「勿論です、ただし麻酔が切れると相当痛いので、できるだけ動かさないほうがいいですよ。食事の制限などもありませんが、柔らかい方がいいでしょう。咀嚼すると痛いから」
「付添いはできますか?」
静香さんの声に医師が一瞬戸惑った。
「うちは完全看護ですので必要ないのですが、娘さんが不安なようでしたら付添い用のベッドも準備はできます。でも、それほどの事じゃないですよ?」
「ひらはいよ」
葛城が究極の鼻詰まり声で言った。
どうやら要らないらしい。
「大丈夫なの?」
「ふん、はいひょうふ」
私たちは病室までついて行って、葛城が横になったのを見届けてから帰ることにした。
あの人たちは残るのだろうが、私たちはこれ以上いない方が良いと思う。
敵陣に負傷した友を一人残すことに不安はあるが、こればかりは如何ともしがたい。
「葛城、明日帰ったら知らせてよ。見舞いに行くから」
「ふん、あいあほーよんこちゃ」
私は頷いて手を振った。
物凄く元気そうに手を振り返す葛城が、かえって痛々しい。
深雪ちゃんが、反対側の手を握りしめていた。
「じゃあ帰るね。お大事になさってください」
病室を出て駐車場に向かう。
「ねえ、お父さん。今日はありがとうね。仕事休ませてごめん」
「いや、俺は偉そうな顔して座ってるだけで、大したことはしてないんだ」
「そんなこと無いと思うけど、だとしてもありがとう」
照れ笑いをした父が話題を変えた。
「なんかなぁ……人の家庭に口を出すのもどうかとは思うが、今回の件は知らせておくべきだろうな。どこまで介入するべきか……困ったもんだ」
「大人の事情は良く分からないけれど、私は早く葛城をあの家から出してやりたいって思ってる。あのおっさん酷すぎるよ」
私は家に着くまでずっと理不尽に葛城が殴られた事件や、引っ越しの時の外道な発言を捲し立てた。
時々相槌を打ちながらハンドルを握っていた父がボソッと言った。
「あの父親は怖いんだろうな」
「え?」
「あ……いや、お前の話を聞いてると、なんとなくそう思ったんだ」
「何が怖いんだろ?」
「さあな。もう着くぞ。腹減ったなぁ。あんなおやつみたいな飯じゃ何の足しにもならん」
私は吹き出してしまった。
やっぱり若い子に合わせて無理したんだね? 本当は肉うどんとおむすびのセットだったんでしょ?
「父さんって意外とお茶目だね」
父は何も言わず吹き出した。
駐車場に車を停めると、ばあさんと母が出てきた。
どうやら心配して会社で待っていたようだ。
「どうだった?」
父が私の顔を見た。
「鼻が折れて、肋骨にヒビが入ってた。鼻の手術は無事に終わって、今日は病院に泊まるんだって。明日家に戻ったらお見舞いに行こうと思ってる」
「そうか。まあ命に別状は無かったのならいいさ。可愛い子だったのに傷が残るのかねぇ」
多分大丈夫だと伝えていると、母が後ろから声を出した。
「今日は店屋物をとることになったの。あなた、何にする?」
母が父の顔を見た。
「肉蕎麦と稲荷ずしを三個」
私の読みは正しかったことが証明された。
「話はできますか?」
「勿論です、ただし麻酔が切れると相当痛いので、できるだけ動かさないほうがいいですよ。食事の制限などもありませんが、柔らかい方がいいでしょう。咀嚼すると痛いから」
「付添いはできますか?」
静香さんの声に医師が一瞬戸惑った。
「うちは完全看護ですので必要ないのですが、娘さんが不安なようでしたら付添い用のベッドも準備はできます。でも、それほどの事じゃないですよ?」
「ひらはいよ」
葛城が究極の鼻詰まり声で言った。
どうやら要らないらしい。
「大丈夫なの?」
「ふん、はいひょうふ」
私たちは病室までついて行って、葛城が横になったのを見届けてから帰ることにした。
あの人たちは残るのだろうが、私たちはこれ以上いない方が良いと思う。
敵陣に負傷した友を一人残すことに不安はあるが、こればかりは如何ともしがたい。
「葛城、明日帰ったら知らせてよ。見舞いに行くから」
「ふん、あいあほーよんこちゃ」
私は頷いて手を振った。
物凄く元気そうに手を振り返す葛城が、かえって痛々しい。
深雪ちゃんが、反対側の手を握りしめていた。
「じゃあ帰るね。お大事になさってください」
病室を出て駐車場に向かう。
「ねえ、お父さん。今日はありがとうね。仕事休ませてごめん」
「いや、俺は偉そうな顔して座ってるだけで、大したことはしてないんだ」
「そんなこと無いと思うけど、だとしてもありがとう」
照れ笑いをした父が話題を変えた。
「なんかなぁ……人の家庭に口を出すのもどうかとは思うが、今回の件は知らせておくべきだろうな。どこまで介入するべきか……困ったもんだ」
「大人の事情は良く分からないけれど、私は早く葛城をあの家から出してやりたいって思ってる。あのおっさん酷すぎるよ」
私は家に着くまでずっと理不尽に葛城が殴られた事件や、引っ越しの時の外道な発言を捲し立てた。
時々相槌を打ちながらハンドルを握っていた父がボソッと言った。
「あの父親は怖いんだろうな」
「え?」
「あ……いや、お前の話を聞いてると、なんとなくそう思ったんだ」
「何が怖いんだろ?」
「さあな。もう着くぞ。腹減ったなぁ。あんなおやつみたいな飯じゃ何の足しにもならん」
私は吹き出してしまった。
やっぱり若い子に合わせて無理したんだね? 本当は肉うどんとおむすびのセットだったんでしょ?
「父さんって意外とお茶目だね」
父は何も言わず吹き出した。
駐車場に車を停めると、ばあさんと母が出てきた。
どうやら心配して会社で待っていたようだ。
「どうだった?」
父が私の顔を見た。
「鼻が折れて、肋骨にヒビが入ってた。鼻の手術は無事に終わって、今日は病院に泊まるんだって。明日家に戻ったらお見舞いに行こうと思ってる」
「そうか。まあ命に別状は無かったのならいいさ。可愛い子だったのに傷が残るのかねぇ」
多分大丈夫だと伝えていると、母が後ろから声を出した。
「今日は店屋物をとることになったの。あなた、何にする?」
母が父の顔を見た。
「肉蕎麦と稲荷ずしを三個」
私の読みは正しかったことが証明された。
14
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
もっさいおっさんと眼鏡女子
なななん
ライト文芸
もっさいおっさん(実は売れっ子芸人)と眼鏡女子(実は鳴かず飛ばすのアイドル)の恋愛話。
おっさんの理不尽アタックに眼鏡女子は……もっさいおっさんは、常にずるいのです。
*今作は「小説家になろう」にも掲載されています。
DARSE BIRTHZ。(ダースバース。)
十川弥生
ライト文芸
これは世界の謎を解き明かす物語———。
2020年3月14日、日出国(ひいずるこく)上空に突如謎の球体が出現。それにより未知の化物、化(ローザ)が全国各地に現れ、街々は壊滅的な状況となった。そんな中、たった一人の男の登場により事態は収束の一途を辿る———。
時は流れ、化(ローザ)と交戦する一つの職業が生まれた。人はそれを化掃士(かそうし)と呼ぶ。
球体が現れた衝撃の理由とは———
心の交差。
ゆーり。
ライト文芸
―――どうしてお前は・・・結黄賊でもないのに、そんなに俺の味方をするようになったんだろうな。
―――お前が俺の味方をしてくれるって言うんなら・・・俺も、伊達の味方でいなくちゃいけなくなるじゃんよ。
ある一人の少女に恋心を抱いていた少年、結人は、少女を追いかけ立川の高校へと進学した。
ここから桃色の生活が始まることにドキドキしていた主人公だったが、高校生になった途端に様々な事件が結人の周りに襲いかかる。
恋のライバルとも言える一見普通の優しそうな少年が現れたり、中学時代に遊びで作ったカラーセクト“結黄賊”が悪い噂を流され最悪なことに巻き込まれたり、
大切なチームである仲間が内部でも外部でも抗争を起こし、仲間の心がバラバラになりチーム崩壊へと陥ったり――――
そこから生まれる裏切りや別れ、涙や絆を描く少年たちの熱い青春物語がここに始まる。
おにぎりが結ぶもの ~ポジティブ店主とネガティブ娘~
花梨
ライト文芸
ある日突然、夫と離婚してでもおにぎり屋を開業すると言い出した母の朋子。娘の由加も付き合わされて、しぶしぶおにぎり屋「結」をオープンすることに。思いのほか繁盛したおにぎり屋さんには、ワケありのお客さんが来店したり、人生を考えるきっかけになったり……。おいしいおにぎりと底抜けに明るい店主が、お客さんと人生に悩むネガティブ娘を素敵な未来へ導きます。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
夏の終わりに
佐城竜信
ライト文芸
千葉彰久は完璧超人だ。
ほりが深くて鼻筋の通った美しい顔をしている。高校二年生ながらにして全国大会への進出を決めたほどの空手の達人でもある。子供の頃から憧れている幼馴染のお姉さん、鏑木真理の手伝いをしていたから料理や家事が得意であり、期末テストでは学年3位の成績を取ってしまったほどに頭がいい。
そんな完全無欠な彼にも悩みがあった。
自分は老舗の酒屋の息子であるが、空手を生かした生計を立てるためにプロの格闘家になりたい、という夢を持っているということだ。酒屋を継ぐという責任と、自分の夢。どちらを選択するのかということと。
そしてもう一つは、思春期の少年らしく恋の悩みだ。
彰久は鏑木空手道場に通っている。彰久の家である千葉酒店と鏑木空手道場はどちらも明治時代から続く老舗であり、家族同然の関係を築いている。彰久の幼馴染千里。彼女は幼いころに母親の死を間近で見ており、たまに精神不安を起こしてしまう。そのため彰久は千里を大切な妹分として面倒を見ているのだが、その姉である真理にあこがれを抱いている。
果たして彰久は本当の自分の気持ちに気が付いて、本当に自分が進むべき道を見つけられるのか。
将来への不安を抱えた少年少女の物語、開幕します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる