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 戸惑う私に、兄がやさしい視線を向けた。

「そうだよね、洋子は何も知らないもんね」

 ハッとした顔でばあさんが私を見た。
 兄が横からやさしい声を出す。

「あのね、洋子。今から言う話をちゃんと冷静に聞きなさい。事実だけをはなすからね。でも最初に話しておくと、だからと言って俺と洋子の関係が変わるわけじゃない。それだけは理解して欲しい」

 私は頷いた。

「俺はね、お前とは父親が違うんだ。俺は母さんが学生時代に産んだ子なんだよ」

 単語としては理解はできたが、頭が混乱して理解が追い付かない。

「お父さんが……違う?」

「うん、俺の父親が誰なのかは分かっているけれど、俺自身は会ったこともないし、あちらは俺という子供がいることは知っていても、一度も顔を見たこともない。そういう関係だ」

 落ち着け! 落ち着くんだ洋子!

「大学時代、付き合っていた男の子供を身籠った母さんは、その男に捨てられたんだ。おばあ様は泣きながら帰ってきた母さんを病院に連れて行ったが、母さんは堕胎することを拒否したんだ。恋人が迎えに来ると信じていたんだろうね。でもその男は来ないどころか、連絡の一つも寄こさなかった」

 私はおそるおそる母さんの顔を見た。
 じっとうつむいて掌を握りしめている。

「それから母さんは少し病んでしまってね、おばあ様がずっと付き添っていた。そしていよいよ産み月になるというころ、このままでは生まれた子が私生児になることに気付いたおばあ様は、ここに勤めていた父さんに結婚話を持ち掛けたんだ。条件は生まれた子供を自分の子供として認めること。その代償はこの会社を譲ることだ」

 父が鼻をすする音が聞こえたが、顔を見る勇気は出なかった。

「そして僕が生まれ、約束通り父さんと母さんの子として届けられた。でもおばあ様は父さんと母さんの間に生まれた子を父さんの跡継ぎとするつもりだった。でも生まれたのは女の子である洋子で、二人の間にはそれ以上子供はできなかった」

 耳の奥でキーンという音がうるさく響く。

「次の子を諦めた時、おばあ様は父さんと相談したんだ。跡継ぎをどうするかってね。例えば洋子が婿養子をとって、その子供に継がせるという方法もあるだろう? それで円満に解決するはずだったんっだけど、ちょっとした事件が発覚してね……父さんは後継者から外されたんだ」

「えっ!」

 耳を疑うような単語に理解が追い付かない。
 半開きになった口を閉じることができないでいると、兄が私の顎を指で押し上げてくれた。

「お前の父親は、私に相談もなくこの会社を売ろうとしていたんだ。満田会長からその話を聞いた時、私は心臓が止まるかと思ったよ。でも会長が間に入って下さって、未然に防ぐことはできた。その時だよ、洋子を満田会長のお屋敷に行かせるという話になったのは」

「どういうこと?」

「洋子が高校を卒業したら、お前の父親はこの家を出て行く。そういう約束だ。自分の血が流れているお前が後継者になると、私が死んだあと舞い戻ってくるかもしれないだろう? だから満田会長のところにお前を行かせて、嫁ぎ先もお世話してもらうことになっていた」

「後顧の憂いってやつですか……私の存在はおばあ様の憂いでしたか……ははは」

 思ったことをそのまま口にしてしまった。
 おばあさんがものすごく悲しい顔をした。

「違うよ。洋子は私の可愛い孫だ。お前の幸せを一番に考えたんだ」

 ずっと黙っていた父さんがボソッと言った。

「もう嫌だったんだ。俺の疎外感がお前たちに理解できるか? 俺に会社経営なんて無理なんだ。もう解放してくれ……もう……頼むから……」

 母さんがパッと顔を上げた。

「あなた……あなたも私を捨てるの? 一緒に頑張ろうって……そう言ったじゃない」

 今度は父が顔を上げた。

「そのつもりだったさ! 俺はお前と一緒になれて嬉しかったんだ。でもお前は……いつも悲しそうな顔をして俺を避けていた。あの男が忘れられないんだろ? 俺じゃダメなんだろ?」

「違うっ! 違うわ……私はあなたと一緒に……」

 母さんが顔を覆って泣き出した。
 父が立ち上がり、母の肩をポンポンと叩いた。

「もう無理するな。今更だが、今まで悪かったな。俺はずっと……お前を幸せにしてやりたかったんだが……すまんな。つまらん男ですまん」

「違うわ! 違うの! 私こそあなたに申し訳なくて……もしあなたに本当に好きな人が出来たら、黙って身を引こうって……だからあなたに頼ってはいけないって……あなたのことを好きになっちゃいけないって……あぁぁぁぁぁ」

 もう大号泣だ。
 父さんが母さんの肩を抱いている。
 いったい私は何を見せられているんだ?




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