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 あくる日の葛城に変化は無かった。
 昼休みに弁当を差し出すと、ポケットから100円を出す。

「弁当は作ってもらえそうにないの?」

「作ろうかって言われたんだけど、私一人だけだから要らないって言ったの。昨日はすき焼きだったんだよ。転校祝いなんだってさ。何年ぶりだろう」

「そうか……一緒に食べたんだ?」

「うん、お父さんの機嫌も良くて。でも何て言うんだろうね、3人がとても遠くに感じるんだよ。風景的な感じ? 食べていてもどんどん距離が離れていくっていうか。ほんの些細なことに傷つく自分がものすごく惨めだった」

「些細なこと?」

「そう、本当に些細なこと。お父さんが深雪ちゃんのお皿にどんどん肉を入れる姿とかさ……笑いながら……楽しそうに……静香さんは気にしてくれて卵を追加するかって聞いてくれたんだけど、要らないって答えちゃってさ。バカみたいでしょ? 欲しいって言えばいいのに、言えないんだよね」

 私はふと我が家の食卓のことを考えた。
 ばあさんが兄の皿にどんどん肉を入れる光景だ。
 父と私は遠慮がちにすき焼き鍋をつつき、母はせっせと肉を注ぎ足す。
 それでも一緒の食卓にいる家族を遠くに感じたことはない。
 ましてやどんどん離れて見えるなんて経験は無いのだ。

「家族か……家族って何だろうね。一緒に暮らせば家族なんだろうか」

 私の呟きに、葛城が答えた。

「きっと時間をかけて作るもんなんだろうね。あの人たちには10年という共有財産があるんだと思う。私には……ないから……」

「共有財産か、お前上手いこと言うなぁ。明日の現国テストが楽しみだ」

 私は無理やり話題を変えた。

「今日は現国やる?」

「そうだね、テスト対策しょっか」

「パンもあるしね」

 葛城がようやく笑ってくれた。

 放課後、私たちは桜の木の下で教科書を開いた。
 夏休みの課題として読むように指定された小説から出題されると踏んだ私は、そのあらすじから攻めていく。

「結局何が言いたかったの? この作家さん」

 葛城が鋭い質問を投げかけ、私は少しだけオタついた。

「何が言いたかったのかは明白だろ? 友情だよ。でも何を感じるかは個人の自由かな」

「友情? 友達を妹の結婚式に行かせるために命を賭けるのが? それ以前にそういう事をする奴らをやっつけた方が良くない?」

「そりゃそうだが……1人でできることは少ないからさ。一気に国家転覆なんてあり得ないよ。主人公も途中で挫折しそうに……ああ、そうか。それがテーマか」

 私はなんとなくしっくり来ていなかった疑問点が晴れたような気がした。

「真のテーマは人の弱さと強さだ。これを描きたかったんだわ」

「人の弱さと強さかぁ。人って弱いんだよね。何かに縋らないと頑張れないんだよね」

「葛城?」

「お父さんは静香さんに縋ったんだね。お母さんはお姉ちゃんに、お姉ちゃんは……お姉ちゃんは何に縋ってたんだろう」

「何だろうね……葛城は?」

「私? 私は……洋子ちゃん?」

「ははは! 縋り甲斐が無くて申し訳ないね」

「きっと静香さんはお父さんに縋ったんだね。あの二人は縋り合って傷を舐め合って生きてきたんだね。その結果が深雪ちゃんなんだろうね。何が切っ掛けで壊れていくのかな」

「どちらかだけに負荷がかかり過ぎたんじゃないかな。要は頼り過ぎたんだね」

「そうかぁ。じゃあ私も洋子ちゃんに頼り過ぎちゃうと捨てられるね」

「捨てやしないさ。私はお前を信じてる。お前がメロスなら私はセリヌンティウスになってやろうじゃないの」

「じゃあ私は自分が死刑になるために走るんだね。洋子ちゃんの友情に応えるために。でもセリヌンティウスって誰だっけ?」

 葛城……私の熱い思いを返してくれ……
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