7 / 61
6
しおりを挟む
その日の夕方、私は母と一緒に夕食の片づけをしながら、何気ない口調で弁当の件を切り出した。
「おばあさんが許すわけ無いでしょ? 無理言わないでよ」
敢無く玉砕……許せ、葛城。
冷蔵庫を開けて麦茶を出していた兄が声を掛けてきた。
「お前さあ、弁当二個も食うと太るぞ?」
「私のじゃなくて、友達のだよ。その子の親がご飯作ってくれなくて、いつもパン食べてるんだけど、お金も自由にならないらしくてさ、肌も荒れちゃって悲惨なんだよね」
「ネグレクトされてんの? そうかぁ……しかし、洋子にも友達ができたのか。そうかそうか、お兄ちゃんは嬉しいよ」
「もう! 揶揄わないでよ!」
「ああそうだ、母さん。僕も明日からお弁当を作ってもらおうかな。部活が始まる前に少し腹に入れとかないとバテるんだ。食い過ぎても良くないから、量は洋子と同じでいいよ」
「そう? お腹すくと気持ち悪くなるもんねぇ。でもおばあさんには……」
「ああ、僕から言うよ」
兄は麦茶の入ったコップを持って、テレビの前に陣取るおばあさんのところに行った。
この家でおばあさんに正面切って話ができるのは兄だけだ。
おばあさんは兄だけを家族として認めてるのだろう。
これが我が家の現実だから仕方がない。
「良いって。じゃあ母さん頼むね?」
兄は私の肩をポンと叩いて台所を出た。
母が大きな溜息を吐いて、冷蔵庫の中を確認している。
明日からのおかずはグレードアップするみたいだが、弁当二個は諦めた方が良さそうだ。
そうだ、一個でいいから量を増やしてって頼んでみようか……と考えていたら、廊下に続くドアの隙間から、兄が手招きをしていた。
「どうしたの?」
「弁当いるんだろ? 俺はお前より早く出るから、倉庫のポストに入れといてやる。持っていけ。友達にやるんだろ?」
「お兄ちゃん……」
「さっさと持って行かないとバレるぞ。もしバレたら俺が忘れていったことにしとけ。くれぐれもおばあ様には見つかるな」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、私は心の中で呟いた。
『今までありがとう。そしてさようなら、スノーホワイト』
弁当ひとつでなぜここまで心が浮つくのかわからないまま、私は早めにベッドに入った。
あくる朝、約束通り会社の倉庫前に設置されている大きめのポストの中に、兄のランチバックが置かれていた。
私は準備していた紙袋にそれを入れ、何事も無かったように学校へ向かう。
そして昼休み、昨日と同じようにコンビニ袋をぶら下げた葛城がやってきた。
「洋子ちゃん、ご飯行こうよ」
「うん、行こう」
私はロッカーから紙袋を取り出して、ウキウキとした気分で歩き出した。
「ねえ、これ。葛城の分だよ。食べて」
「え? 洋子ちゃんのは?」
「あるよ。一個作るのも二個作るのも手間は変わらないから、遠慮しないで」
まるで自分が作ったように言ったのは、ただの見栄だ。
しかし、予想に反して受け取るのを渋る葛城の口から、意外な言葉が出てきた。
「ダメだよ。誰かに何かを貰ったりしちゃお姉ちゃんの評判に響くからってお母さんに言われてるんだもん」
「え? でもたった弁当一個だよ?」
「でも……」
「そうか……それなら無理強いはしない。でも一人で二個は食べられないから、これは捨てるしかないね」
昨夜から高揚していた気分が、一気に下がった。
やはり他人に関わりすぎるのは良くない。
私らしくない行動だったし、なにより兄に申し訳ない気持ちになった。
「ねえ、洋子ちゃん。それ……売ってくれない? 貰うのはダメだけど買うのならいいと思うんだ」
「買う? それは……」
「でもね、あまりお金が無いの。300円位しか払えないんだけど……捨てるなんてもったいないよ」
「そりゃ勿体ないけど……売るのは……」
「お願い! お願いお願いお願い!」
結局200円で手を打つことになった。
なんだか兄の愛を売っているような気分になったが、貯めたお金で何かをプレゼントすることにして自分を納得させる。
「美味しい! 凄いね。洋子ちゃんちのお弁当! コンビニ弁当の千倍美味しいよ」
そりゃ美味かろうて。
肉も揚げ物も入っているし、オマケにオレンジまで添えてある。
「でも洋子ちゃんのお弁当も、昨日と同じで美味しそうだね」
そうなのだ。
同じおかずになると信じた私の能天気ぶりを笑って欲しい。
お帰りスノーホワイト、そしてこれからもよろしく。
。
「う……私はもう飽きてるんだけど……」
「じゃあこっち食べる? 私はどっちでも嬉しい」
「半分こしようか」
「わ~い! 洋子ちゃんと半分こ!」
良心の呵責に耐えかねて、弁当代を100円にする交渉をした私は意外と小心者だ。
「おばあさんが許すわけ無いでしょ? 無理言わないでよ」
敢無く玉砕……許せ、葛城。
冷蔵庫を開けて麦茶を出していた兄が声を掛けてきた。
「お前さあ、弁当二個も食うと太るぞ?」
「私のじゃなくて、友達のだよ。その子の親がご飯作ってくれなくて、いつもパン食べてるんだけど、お金も自由にならないらしくてさ、肌も荒れちゃって悲惨なんだよね」
「ネグレクトされてんの? そうかぁ……しかし、洋子にも友達ができたのか。そうかそうか、お兄ちゃんは嬉しいよ」
「もう! 揶揄わないでよ!」
「ああそうだ、母さん。僕も明日からお弁当を作ってもらおうかな。部活が始まる前に少し腹に入れとかないとバテるんだ。食い過ぎても良くないから、量は洋子と同じでいいよ」
「そう? お腹すくと気持ち悪くなるもんねぇ。でもおばあさんには……」
「ああ、僕から言うよ」
兄は麦茶の入ったコップを持って、テレビの前に陣取るおばあさんのところに行った。
この家でおばあさんに正面切って話ができるのは兄だけだ。
おばあさんは兄だけを家族として認めてるのだろう。
これが我が家の現実だから仕方がない。
「良いって。じゃあ母さん頼むね?」
兄は私の肩をポンと叩いて台所を出た。
母が大きな溜息を吐いて、冷蔵庫の中を確認している。
明日からのおかずはグレードアップするみたいだが、弁当二個は諦めた方が良さそうだ。
そうだ、一個でいいから量を増やしてって頼んでみようか……と考えていたら、廊下に続くドアの隙間から、兄が手招きをしていた。
「どうしたの?」
「弁当いるんだろ? 俺はお前より早く出るから、倉庫のポストに入れといてやる。持っていけ。友達にやるんだろ?」
「お兄ちゃん……」
「さっさと持って行かないとバレるぞ。もしバレたら俺が忘れていったことにしとけ。くれぐれもおばあ様には見つかるな」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
涙が溢れそうになるのを必死でこらえながら、私は心の中で呟いた。
『今までありがとう。そしてさようなら、スノーホワイト』
弁当ひとつでなぜここまで心が浮つくのかわからないまま、私は早めにベッドに入った。
あくる朝、約束通り会社の倉庫前に設置されている大きめのポストの中に、兄のランチバックが置かれていた。
私は準備していた紙袋にそれを入れ、何事も無かったように学校へ向かう。
そして昼休み、昨日と同じようにコンビニ袋をぶら下げた葛城がやってきた。
「洋子ちゃん、ご飯行こうよ」
「うん、行こう」
私はロッカーから紙袋を取り出して、ウキウキとした気分で歩き出した。
「ねえ、これ。葛城の分だよ。食べて」
「え? 洋子ちゃんのは?」
「あるよ。一個作るのも二個作るのも手間は変わらないから、遠慮しないで」
まるで自分が作ったように言ったのは、ただの見栄だ。
しかし、予想に反して受け取るのを渋る葛城の口から、意外な言葉が出てきた。
「ダメだよ。誰かに何かを貰ったりしちゃお姉ちゃんの評判に響くからってお母さんに言われてるんだもん」
「え? でもたった弁当一個だよ?」
「でも……」
「そうか……それなら無理強いはしない。でも一人で二個は食べられないから、これは捨てるしかないね」
昨夜から高揚していた気分が、一気に下がった。
やはり他人に関わりすぎるのは良くない。
私らしくない行動だったし、なにより兄に申し訳ない気持ちになった。
「ねえ、洋子ちゃん。それ……売ってくれない? 貰うのはダメだけど買うのならいいと思うんだ」
「買う? それは……」
「でもね、あまりお金が無いの。300円位しか払えないんだけど……捨てるなんてもったいないよ」
「そりゃ勿体ないけど……売るのは……」
「お願い! お願いお願いお願い!」
結局200円で手を打つことになった。
なんだか兄の愛を売っているような気分になったが、貯めたお金で何かをプレゼントすることにして自分を納得させる。
「美味しい! 凄いね。洋子ちゃんちのお弁当! コンビニ弁当の千倍美味しいよ」
そりゃ美味かろうて。
肉も揚げ物も入っているし、オマケにオレンジまで添えてある。
「でも洋子ちゃんのお弁当も、昨日と同じで美味しそうだね」
そうなのだ。
同じおかずになると信じた私の能天気ぶりを笑って欲しい。
お帰りスノーホワイト、そしてこれからもよろしく。
。
「う……私はもう飽きてるんだけど……」
「じゃあこっち食べる? 私はどっちでも嬉しい」
「半分こしようか」
「わ~い! 洋子ちゃんと半分こ!」
良心の呵責に耐えかねて、弁当代を100円にする交渉をした私は意外と小心者だ。
5
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
サンタの村に招かれて勇気をもらうお話
Akitoです。
ライト文芸
「どうすれば友達ができるでしょうか……?」
12月23日の放課後、日直として学級日誌を書いていた山梨あかりはサンタへの切なる願いを無意識に日誌へ書きとめてしまう。
直後、チャイムの音が鳴り、我に返ったあかりは急いで日誌を書き直し日直の役目を終える。
日誌を提出して自宅へと帰ったあかりは、ベッドの上にプレゼントの箱が置かれていることに気がついて……。
◇◇◇
友達のいない寂しい学生生活を送る女子高生の山梨あかりが、クリスマスの日にサンタクロースの村に招待され、勇気を受け取る物語です。
クリスマスの暇つぶしにでもどうぞ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ハナノカオリ
桜庭かなめ
恋愛
女子高に進学した坂井遥香は入学式当日、校舎の中で迷っているところをクラスメイトの原田絢に助けられ一目惚れをする。ただ、絢は「王子様」と称されるほどの人気者であり、彼女に恋をする生徒は数知れず。
そんな絢とまずはどうにか接したいと思った遥香は、絢に入学式の日に助けてくれたお礼のクッキーを渡す。絢が人気者であるため、遥香は2人きりの場で絢との交流を深めていく。そして、遥香は絢からの誘いで初めてのデートをすることに。
しかし、デートの直前、遥香の元に絢が「悪魔」であると告発する手紙と見知らぬ女の子の写真が届く。
絢が「悪魔」と称されてしまう理由は何なのか。写真の女の子とは誰か。そして、遥香の想いは成就するのか。
女子高に通う女の子達を中心に繰り広げられる青春ガールズラブストーリーシリーズ! 泣いたり。笑ったり。そして、恋をしたり。彼女達の物語をお楽しみください。
※全話公開しました(2020.12.21)
※Fragranceは本編で、Short Fragranceは短編です。Short Fragranceについては読まなくても本編を読むのに支障を来さないようにしています。
※Fragrance 8-タビノカオリ-は『ルピナス』という作品の主要キャラクターが登場しております。
※お気に入り登録や感想お待ちしています。
琥珀色の日々
深水千世
ライト文芸
北海道のバー『琥珀亭』に毎晩通う常連客・お凛さん。
彼女と琥珀亭に集う人々とのひとときの物語。
『今夜も琥珀亭で』の続編となりますが、今作だけでもお楽しみいただけます。
カクヨムと小説家になろうでも公開中です。
ノイジーガール ~ちょっとそこの地下アイドルさん適性間違っていませんか?~
草野猫彦
ライト文芸
恵まれた環境に生まれた青年、渡辺俊は音大に通いながら、作曲や作詞を行い演奏までしつつも、ある水準を超えられない自分に苛立っていた。そんな彼は友人のバンドのヘルプに頼まれたライブスタジオで、対バンした地下アイドルグループの中に、インスピレーションを感じる声を持つアイドルを発見する。
欠点だらけの天才と、天才とまでは言えない技術者の二人が出会った時、一つの音楽の物語が始まった。
それは生き急ぐ若者たちの物語でもあった。
ブエン・ビアッヘ
三坂淳一
ライト文芸
タイトルのブエン・ビアッヘという言葉はスペイン語で『良い旅を!』という決まり文句です。英語なら、ハヴ・ア・ナイス・トリップ、仏語なら、ボン・ヴォアヤージュといった定型的表現です。この物語はアラカンの男とアラフォーの女との奇妙な夫婦偽装の長期旅行を描いています。二人はそれぞれ未婚の男女で、男は女の元上司、女は男の知人の娘という設定にしています。二人はスペインをほぼ一ヶ月にわたり、旅行をしたが、この間、性的な関係は一切無しで、これは読者の期待を裏切っているかも知れない。ただ、恋の芽生えはあり、二人は将来的に結ばれるということを暗示して、物語は終わる。筆者はかつて、スペインを一ヶ月にわたり、旅をした経験があり、この物語は訪れた場所、そこで感じた感興等、可能な限り、忠実に再現したつもりである。長い物語であるが、スペインという国を愛してやまない筆者の思い入れも加味して読破されんことを願う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる