10 / 30
本編
10話
しおりを挟むそれから一週間もしないでユーグリッドとレオンの結婚が決まった。
今回の責任をユーグリッドがとることになったといわれたが、レオンからすれば自分を研究所に残れるようにするために、ユーグリッドが犠牲になったとしか思えなかった。
「レオンが発情したのはαのフェロモンによって強制的に発情させられたからだ。……君の優秀さを妬んだ者が貶めるために画策した」
「ネックガードの効果実験ではなく、ですか?」
「本人たちはそう言っていたがな。もしそれが本当なら、あまりにも実験方法が稚雑だろう。魂胆は別だと透けて見える」
学校でも多少は感じていたことだ。優れているΩをαは認めたがらない。
だから強制的に発情させて逃げられないようにして襲うと言われている。だが実際は優秀な子を産ませるために番にしようとする行動ではないかという説もある。
まあどちらにしてもレオンにしてみれば身をもってΩとして生きる上での脅威を知れたし、襲われた時の明確な記憶もない。貞操にこだわりがあったわけでもないので時間が経てば割り切ることも出来た。
むしろ自分の管理下でそんな不祥事を起こしてしまったユーグリッドの姿のほうが、被害者のレオンから見ていても痛々しかった。目の下の隈は濃く、常に蒼白な顔をしていた。
美しいユーグリッドの面影は今はない。まるで屍人のようだ。
レオンは自分の身に起きたことよりも、ユーグリッドの今の姿を見る方が辛かった。
「その愚行を防げず、結果的にレオンを辱めたのは私だ。だから責任は取る。私の伴侶になれば自由に研究もできるし、番になれば……レオンに不埒な気を起こす者もいなくなるだろう」
Ωのフェロモンは番うことで変化し、番のαしか欲情させないものに変わる。それでも魅力のあるΩは狙われる事もあるが、その点レオンは心配する必要がなかった。
「あの……結婚はしなくても、いいんじゃないでしょうか?」
ベッドに座ったまま、レオンが出来る限り冷静にユーグリッドに意見をした。
カトラシアで結婚の意味は大きい。
しかもユーグリッドは侯爵家の嫡子だ。確かに伴侶となれば研究所だけにとどまらず、レオンの身分は高くなり、不埒なことを考える者はいなくなるだろう。
今回の事にかかわった研究員は薬草栽培地の山奥の研究所に左遷か、それを断った者は辞職をしたと聞いている。
被害者が平民で、加害者が貴族の場合は加害者に咎めのないこともある。レオンが襲われたことは隠されていたから、彼らが行ったのは危険な実験行為だけであったし、相手が貴族階級に属する者ばかりだと聞けば、研究所としては相当重い処罰を行ったと言える。
(みなさん貴族だったのに、俺が残る研究所には在籍しないようにしてくれたんだ)
この状況にするのも、もしかしたらすごく大変だったのかもしれない。だからと言ってレオンを貴族に迎え入れる必要までないんじゃないだろうか。
確かにユーグリッドの執務室で襲われたのだと思うが、部屋の鍵をかけた記憶もない。ユーグリッドは頑なに自分だと主張したが、本当は左遷されたαのいずれかに挿入されたのだろうとレオンは思っていた。
あの時、自分はユーグリッドの名を呼んで助けを求めた、はずだ。
実際、ユーグリッドに助けられたのは発情して半日も経っていなかったと聞いている。それならまだ自分は発情中だったはずなのだ。その誘惑に負けなかったと言うならば、ユーグリッドは最初から惑わされることもなかっただろう。
優しいユーグリッドが助けを求める相手を犯すなど到底考えられない。
だけど、その考察をレオンは誰にも言うことはできなかった。犯人を見ていたならいい、見ていない以上無駄な混乱を呼ぶことになる。それは罪を被ろうとしているユーグリッドの行為を無にしてしまう可能性だってあるのだ。
「……そんなに私が嫌か?」
「え? いえ、そんなことはないですけど……結婚しなくても番にしてもらえれば今回の様なことはおきな…」
自分のせいでユーグリッドが好きでもない相手と結婚するなんて、レオンは襲われたことよりも苦しくて、悔しかった。
責任というのなら番にしてもらって、研究所に置いてもらえればいい。見目が悪くて礼儀作法を学んでいない平民のΩなんて、側室にすらなれやしないのが普通だろう。
「私が番にした相手を娶りもしないような、いい加減な男だと君は思っていたのか」
ぶわりと風がおきて、だんっと壁に手を突く音がした。すぐ近くにユーグリッドの端正な顔がある。
ベッドの上部の壁に手を突き、それを背にして座るレオンに覗き込むようにユーグリッドは顔を近づけた。
キスをするような雰囲気ではない。
ユーグリッドの刺すような瞳と低い声にレオンは震えあがる。
無意識なのだろう。初めて感じるユーグリッドの強いαの威嚇が怖くてレオンの身体が小刻みに震える。
「ご……ごめん、ごめんなさぃ」
勝手に涙も出てくれば、ユーグリッドが諦めたように身体を起こした。レオンは怖くてユーグリッドを見ることが出来ない。
しばらくの沈黙の後、ユーグリッドは深い深いため息をついて告げた。
「君と結婚もするし番にもなる。だけど……子どもは産まなくていいから」
「えっ…」
レオンは元々子どもが嫌いなわけじゃない。
子どもを産むだけしか価値がないΩだと思われたくなかっただけなのだ。
(Ωの本能なのかな……ユーグリッド様に子どもは要らないって言われるのがこんなに、苦しいなんて…)
ただ番になるだけでいいと言った言葉と、自分の気持ちが矛盾しているのは判っている。
だけど、だけど。
大好きなユーグリッドとの子どもを望めるのだと判れば、浅ましく思ってしまったのだ。
……子どもを産みたいと。
自分の傲慢な気持ちが悲しくて、虚しくて、悔しくて。レオンの涙は、止まらなかった。
37
お気に入りに追加
820
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる