上 下
6 / 30
本編

6話

しおりを挟む

「あれ、レオン。今日ってまだ発情期じゃなかったっけ?」

 金の髪はさらさらで青い瞳はくりッと大きい。赤いくちびるや鼻の位置も絶妙で、美少年としか言いようもない同僚が研究室に入れば声をかけて来た。
 この研究所を所持しているクリスタニア家の次男、セルトレインだ。現在はレオンと一緒にΩ用の薬の研究をしている。

「昨日終わったから」
「ええ、それならもう少し休んでればいいのに顔色悪いよ……んー兄さんの匂いがする」

 セルトレインはついでにとレオンの分のお茶もいれ、カップを机に置きつつ首筋に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。レオンはこれには苦笑するしかない。ユーグリッドは優秀なαだから、服などの残り香でもそれこそ優秀なΩには感じさせる匂いを残せるのだろう。
 レオンはユーグリッドと既に一週間以上会っていない。発情期の数日前に「次の発情期はいつだ」と聞かれて答えただけだ。的確にいつも数日前に聞いてくるのでユーグリッドの方でも把握しているのだろう。

 机に積まれた資料を確認しながらレオンは気持ちを切り替える。
 最近はΩ用の避妊薬の改良をしている。今主流の薬は効果に問題はないものの、服用後の体調不良が問題になっていた。
 元々女性用の避妊薬を使用したら効果があったので利用されている薬だ。Ωが発情期に長期服用すると不調の症状が現れると報告書には書かれている。特に男性Ωにその傾向が強い。

 番が居れば発情期に毎回求めあうのは自然だし、だからといって毎回孕むわけにもいかないだろう。不調と言っても数日間の苦痛で済むようだから今までないがしろにされていたが、セルトレインがこの不調を強く訴えるようになり開発に着手する事になった。

「レオンは今も発情期の記憶なくなるの?」

 ぺらりぺらりと資料をめくっていればセルトレインが声をかけてくる。この研究室の室長はセルトレインで、少し離れた机に座っている。他にもβの研究員が二人所属していたが今は席を外しているようだった。

「うん、覚えてない」
「本当に……?」
「? ああ、覚えてないって。セル、なんだよ急に」 

 レオンにとってセルトレインは伴侶のユーグリッドよりも親しい相手だった。学校時代の親友ということもあるが、Ωとしての相談事もセルトレインには出来ると言うのが大きい。

「ううん、記憶ないのって辛くないのかなって」
「何をいまさら。前にも言ったけど一人でやってるのなんて覚えてない方が気楽でいいよ。覚えてたら……絶対に死にたくなる」
「そ、そこまで嫌なの?」
「前にも話したことあるけどさ、多分これって防衛本能なんだよ」

 Ωには一定数、発情期の記憶がなくなる者がいることが報告されている。原因はさまざま推測されているが主流は「本能が強くなり生殖行動だけを行いその他の機能が欠落する」というものだ。だから認知機能が落ちて記憶がない、正確には記憶をしなくなるといわれている。
 だが、数少ないΩの研究者による推測は異なる。それがレオンの言った「防衛本能」である。

 Ωは発情期に生殖行動以外の機能が大きく失われる。その代りαと交わればほぼ確実に妊娠する事も判っている。
 その獣の様な自分の姿を認識しないため、または過去、子どもを孕む道具のように扱われたΩが、その記憶を失うことで心を守り、それが出来た個体のみが子孫を残せた名残だ、というものだ。
 
「ううん、うーん……」
「セルみたいに番と円満ならね、覚えてる方が幸せだろうけど。俺の場合は……ね?」
「はぁ…全く兄さんは何をしてるんだか」
「ユーグリッド様がしっかり仕事してくれているから俺達ここで働けてるんだろ」
「うーっ!! そういう意味じゃないし!! でも嫌でも、今研究してるお茶は絶対に試してもらうからね!」
「はいはい、それは仕事だからちゃんとやるから安心して」

 かわいい子は何をしても可愛いなぁ、なんてセルトレインがぷんすこしている姿を温かく見つめていれば視線が合った。

「どうせ今日も研究所に泊まるつもりでしょ?」
「え? ああ、うん。気になる実験もあるし……」
「実験はずれ込むのも計算して明後日まで保留に出来るでしょ。今夜はうちに来なよ。子ども達もレオンに会いたがってるし、コーディが夜勤だから寂しいんだ」

 ね? いいでしょ? と可愛らしくお願いされればレオンは嫌とは言えない。
 レオンは研究を諦め、セルトレインの屋敷に行くことにした。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!

灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」 そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。 リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。 だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く、が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。 みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。 追いかけてくるまで説明ハイリマァス ※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

上手に啼いて

紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。 ■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。

処理中です...