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番外編
これもきっと「愛」のかたち
しおりを挟む午前の会議から戻ってくれば、なにやら槇さんと谷内くんが盛り上がっていた。
仕事の話ではなさそうなのでスルーしようと思ったのに「聞いてくださいよ、チーフ!」と槇さんに捕まった。
「えっと、何の話してたの?」
谷内くんがソワソワと聞いて欲しそうにこちらを見ている。話があるのは谷内くんなのかなと思いつつ、礼儀として質問すればなぜか槇さんがドヤ顔になった。
用があったのは槇さんだったのかと思いつつも話の続きを待っていれば、やはり話があったのは谷内くんで、照れ笑いを浮かべつつ報告してくれた。
「へへへ、じつは昨日プロポーズしまして、無事にオッケーもらいました」
「わぁ良かったね、おめでとう!!」
へへへへへへっとペコペコ頭を下げつつ嬉しそうに笑う谷内くんの姿に俺も嬉しくなる。
「それで今槇さんに話してたんですけど、来年結婚式しようと思ってて、良ければチーフや槇さんにも来てほしいなって…」
「え、行っていいならもちろん行くよ」
「ありがとうございます! あの、それで会社の人ってどのくらい呼んだらいいんですかね?」
「それは式の規模とか奥さんの方のゲストにもよるんじゃないかな」
結婚式は同僚と友達に呼ばれたことはあるけどそれこそ色んなパターンがあった。会社関係は全く呼ばないってやつもいたし。大体女性主導になることが多いイメージがあるんだけど。
「槇さんの時は部長と副社長でしたっけ?」
我が社は小さい会社なので社員の結婚式に社長や副社長が出ることが多い。呼ばないと出世コースから外れる……ということはないが、呼んでおいて損はないらしい。噂ではご祝儀がまあまあいただけるのだそうだ。
「そうそう、あの時は部長に相談して重役の予定確認してもらってから招待状渡したけど、今回も部長経由でいいと思うわよ。話しつけとけば誰かしらは都合つけてきてくれるから」
「なるほど、判りました。部長とあんま話したことないんすけど、いきなり行って引かれませんかね?」
「引かない引かない」
不安そうな谷内くんに槇さんが笑って答える。
「じゃあ相談に行くとき俺も一緒に部長のところ行こうか?」
「チーフ! ありがとうございます! 一生ついて行きます!!!!」
「いやいや、俺が付き添う側だからね」
谷内くんの暑苦しい宣言に俺が引き気味に返せば、思わず三人で顔を見合わせる。一瞬真顔で見つめ合った後、同時に笑い出した。
今日も俺の職場は平和である。
結婚かぁ。男女であれば当たり前に視野に入ることなんだろうけど、同性の場合はそういった区切りをつけるのは難しい気がする。
でもそれは法的な問題であって、気持ちだったり認識だったりに性差はないだろう。
プロポーズして色よい返事が貰えるのって羨ましいよな。ちょっと憧れる。される方だって悪い気はしないだろう。俺なら嬉しい。うん、プロポーズするだけなら俺達でも出来るイベントだ。そうと決まれば実行しよう。
恐ろしいことに俺は各務くんから色よい返事が貰える自信しかない。なんて幸せなことだろうと改めて思えば、顔が勝手にニヤけてしまう。
就活に勤しむ各務くんから「今年の夏は海に行きたい」と言う希望があった。候補地を悩んでいたけどいっそ激励も兼ねて沖縄旅行とかいいんじゃないだろうか。
キレイな海を背景にプロポーズとかしたら喜んでくれるだろうか、ありきたり過ぎるかな?
まあプロポーズといっても「これからも一緒にいてください」っていう意思表示みたいなものだけどね。
明らかに俺は幸せオーラ全開の谷内くんに感化されているんだと思う。でも幸せが連鎖するっていうのは良いことだ。
ラーメン屋で今年初の冷やし中華を食べたあと、今晩はお泊り可能という各務くんを引き連れて帰宅した。
もはや勝手知ったる俺の家状態の各務くんは、途中のコンビニで買ってきたアイスを冷凍庫に閉まったあと風呂の準備をしてくれる。シャワーでもいいんだけど二人入るならお風呂を沸かしても罪悪感がない。一人だとお湯が勿体ないって思っちゃうんだよね。
その話をしたら各務くんも入りたいからお風呂を沸かそうって話になった。もう少し広かったらクリスマスの時みたいに二人で一緒に入るのも楽しそうだけど、うちの風呂のサイズでは物理的に無理である。
同棲する時は、お風呂場広いとこ探そうかなぁ。
と、その前にプロポーズである。プロポーズと言ったら指輪がマストアイテムだろう。
各務くんの指のサイズってどのくらいなんだろう? 俺よりも少し太そうだけど、そもそも俺の指のサイズが判らない。これはまず自分のサイズの確認からだな……。
「………あんた、さっきから何してんの? 怪我した?」
各務くんの訝しげな声で俺は我に返った。俺は無意識に自分の指の付け根をモミモミしていた。もちろん左手の薬指だ。
お互い入浴も済ませて後は寝るだけの状態で、各務くんはお茶を俺は缶ビールを飲みながらテレビを流し見している至福のだらだらタイムである。
「いや、別に……あ、各務くんって指輪のサイズってどのくらい?」
「なに突然。買ってくれんの?」
半分冗談、半分本気と言わんばかりの微妙な表情の各務くんの問いかけに、俺は下手に取り繕うことはせず素直に頷いた。
俺と各務くんの間において、隠し事というかサプライズはしない方が良いだろうと俺は思っている。なんというか、下手に隠し事をするとお互い気を使ってあまり良い結果にならないというか、主に俺がうまく対応できる気がしない。
「うん。夏休みに沖縄旅行に行って、海の見える場所でプレゼントしたいなって思ってて」
俺が隠すことなく考えていたことを言えば、各務くんが唖然とした顔をした。
「は? ……沖縄ってなんだよ」
「各務くん、海に行きたいって言ってたでしょ? だから沖縄がいいかなって」
「言ったけど、そんなの近場でいい……いや、まあ、あんたが行きたいなら行ってもいいけど」
「っ行きたいです!」
「食い気味に即答かよっ」
せっかくなら各務くんと遠出したいし、沖縄は行ったことが無いので行ってみたかった。もちろん各務くんが嫌じゃないならってのが大前提だけど。
「美ら海水族館行ってみたいし、あとシュノーケリングとかしてみたいんだよね」
「まぁ、行きたいなら付き合うけど」
「あ、旅行代は俺が出すから心配しないでね」
「……あんたなぁ、その金出したがる癖どうにかしろよ」
「ふふ、俺に払わせるのが嫌なら出世払いで返してくれてもいいんだよ?」
もちろん冗談である。だけど真面目な各務くんにこの冗談は通じなかった。
「判った。ぜってぇ返すから領収書取っておけよ」
各務くんは大真面目に頷くと、真っ直ぐ見つめてきた。その顔があまりにも男前で、無駄にドキドキしながら「だ、大事に取っておくね」とどもりつつも答えた。
よし、本格的にホテルを探そうと思案した俺の左手を各務くんが掴む。
「指輪、おれからもあんたに贈っていいよね?」
「え?」
そのまま薬指根元に触れるだけのキスが落とされる。あまりにも各務くんの動作がスマートで俺は固まってしまった。
「あ? 嫌だとは言わねぇよな??」
「え、うん、嫌じゃないよ! まさか俺にもって思ってちょっと吃驚しただけで」
「そう」
見つめ返せば各務くんはぶっきらぼうに答えつつも俺の手を握りしめる。
「多分こういうのってサプライズでするほうが格好いいんだろうけど、俺隠し事とか苦手で。なんかごめんね」
各務くんの手を握り返しながら俺が思わず謝罪すれば、半眼で睨みつけられてしまった。
「……いや、充分いま驚いてっから……これもサプライズだろ。いきなり指輪とか渡されたらそれこそマジ心臓に悪いからやめろよ」
「そんなに?」
「あんただっていま吃驚したって言っただろうが」
「あ! 確かに!」
各務くんから指輪を貰えるなんて思ってなかったから、当たり前に贈りたいと言われて吃驚したばかりだ。なるほど、これもある意味サプライズだな。耳を赤くして口元を手で隠す各務くんの照れ具合が可愛くて、心がほんわかする。
俺達は自然と顔を見合わせれば、穏やかに笑い合った。
次の休みに指輪は二人で買いに行った。ペアリングというか、同じデザインのサイズ違いである。
だから、いつでも渡せる状態だったのに「せっかくあんたが考えてくれたから」と、夏休みの旅行まで箱にしまっておくことにした。
こうなったらプロポーズを成功させるぞ、とりあえず指輪を交換する時になにか格好いいことを言うんだ! と気合を入れたものの、結局俺は各務くんの「愛してる、悠希」と照れつつも一生懸命言ってくれた姿に骨抜きにされ「俺もすきっ…!」と返事するのがやっとだった。
格好いいとは程遠かったけど、俺の返事に凄く嬉しそうに笑う各務くんを見て、無駄な小細工なんかいらないのかもって思ったのだった。
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