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番外編

溢れる「愛」も受け止めて

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 各務くんからの「花見に行かない?」というメッセージに、俺は思わずスマホ画面を二度見した。


 冬の寒さもめっきり和らぎ、朝のニュースでも今週末は関東各地で桜が見頃を迎えると言っていた。花見自体は問題ない。俺が二度見するほど驚いたのはそこじゃない。

 ……俺は今更ながら重大なことに気づいてしまったのだ。
 そう、もしかしなくても、どこかに出かけようって各務くんから言われたの、初めてじゃないだろうか?

 職場なので俺は冷静を装い、そっとスマホ画面を机に伏せる。

 考えてみれば旅行もだけど映画に誘うのもいつも俺の方からだった。いや、誤解しないでほしい。夕飯の約束とか、週末暇だから逢いたいとか、そういう誘いは各務くんからもある。あったはず……あったよな? あれ? この日空いてる、くらいしか言われたこと無い? いやいや初めて食事した時は各務くんから……でもあれって店長さんから言われたから俺のこと誘ったのか? え、ということはやっぱり自発的に誘われたのって初めて……? 一年以上付き合ってて? そんなことある??

「そんなことある???」

 あまりの衝撃に俺は思わず思ったことを声に出してしまった。

「え? どうかしました、チーフ」

 槇さんの声に我に返る。そうだった仕事中だった。この事はひとまず置いておこう。俺の気のせいかもしれないし。

「あ、いや、なんでも無いです。大丈夫です」

 俺を心配してくれた槇さんに愛想笑いを浮かべて誤魔化してから、その日は無心で仕事に打ち込んだ。

 ――… やっぱり勘違いじゃない気がする。

 隣に座る各務くんをじっと見つめていれば、視線に気付いたのか不思議そうに各務くんが俺を見つめ返してきた。

「……? なに?」
「あ、いや……何でもない」

 今夜は各務くんの希望により俺の家で夕飯を食べている。といってもピザの持ち帰りだけど。デリバリーせず直接お店へ買いに行くと半額になるという大変お値打ち品だ。最近めっきり食べる機会が減ってたけど、各務くんが気持ちよく食べてくれるので俺の食欲も増す。こういうジャンクフードは賑やかに食べると美味しさが増す気がするのは俺だけじゃないだろう。

 ピザを食べ終えればどちらからともなくお互いに寄り掛かり、スマホで週末の開花情報なんかを調べ花見の候補地を見繕う。おおよそ行く場所を決めたところで、各務くんが俺の肩を抱き寄せた。

 なんとなく最近の暗黙の了解だけど、家で食事をしたいという時はイチャイチャしたいということでもある。
 熱っぽい目で見られれば俺もすぐに甘い雰囲気になってしまうというか、甘えてしまうというか、各務くんに骨抜きにされてしまうんだけど、今日は先程気付いてしまった事実が気になりすぎていつものように甘えられない。

 深く考えなければ「各務くんが誘ってくれた、嬉しい!」で済む話だ。だが各務くんが今まで誘ってこなかったことに何か意図があるのだとしたら? だとしたら今回誘ってくれたのにも何か理由がある……?

 チュッと唇が触れあうだけのキスに俺が顔を上げれば、探るような視線の各務くんと目が合った。

「……ねぇ? なに考えてるの?」
「え、いや、別に……なにも」

 誤魔化すように笑えば、恐ろしいことに各務くんの膝の上に向き合うように導かれた。
 何が恐ろしいって、小さい子みたいに素直に俺が従っていることである。流石に腰を下ろすのは申し訳ないので立膝だけど。不安定なので各務くんの肩に手を置いた。
 向い合せのこの体制はお互いのモノを触り合う時にすることが多い。いつもなら意識してなんとなくそんな流れになるけど、今はそんな気分にはなれなかった。

 だけど、と思う。
 せっかくの各務くんとの時間なのだ。考えたって分からないことで悩んでても仕方がない。しかも、各務くんに聞けば答えは貰えることだ。

 ならばきちんと確認するべきだろう。一人で悩んでたって仕方ない。また各務くんに無用な心配をかけたくもない。

 俺は各務くんを見下ろしつつも気合を入れて、質問することにした。

「……。……えっと、その、俺の気にしすぎかもしれないんだけど、各務くんからどこかへ行こうって誘ってくれたの初めてだよね? それがちょっと気になったと言うか……」

 ぼそぼそと話す俺の背中を抱き寄せながら、各務くんが首を傾げる。俺は誘導されるまま、自然と各務くんの膝の上に着席した。

「? 最初にめし誘ったの、おれだと思うけど?」
「それはそうだけど、あれは店長さんに言われたからだよね」
「店長には礼をしろって言われただけだ。相手があんたじゃなかったら食事になんて誘わねぇよ。しかも自宅だぞ? まあ、それはいいや。…………確かにあんま出掛ける先は言わないようにしてたから、それはまあ、あんたの言う通りだし」
「!? な、なんで?」
「なんでって……」

 言い淀む各務くんの目を逸らすことなく見つめる。俺の無言の圧に各務くんは小さく舌打ちしつつも白旗をあげた。

「……おれが強引に迫って付き合うことになっただろ。だから、あんま迷惑かけたくねぇっていうか、これ以上、ぐいぐい行き過ぎて引かれたくねぇって言うか」
「は?」
「まぁ、あんたと居られれば正直場所なんかどこでもいいし……。でも最近ちょっとは好かれてるかなとか、思うし、頼られてる気も、少しだけど、するから、そろそろおれから誘っても平気かなって……思って」

 徐々に顔を赤らめながら横を向きぼそぼそと各務くんが呟く。

「あ~っ……ほら、カッコわりぃだろ! だから言いたくなかったのに」

 いやカッコいいとかカッコ悪いとか以前に、いい人過ぎて吃驚するっていうか、辛抱強いというか、そこまで俺に対して必死だったのかと言うか。

「……各務くん、俺のこと好きすぎじゃない?」

 思わずポロリと口からそんな言葉が出てしまった。いやでもうん。各務くん、俺のこと凄く大事にしてくれてるんだな。

「……悪いかよ」

 顔を逸らして悪態をつくように吐き捨ててはいるものの、耳や首まで真っ赤である。久々に照れまくる各務くんに心の奥からグワッと気持ちが溢れてくる。
 え、なにこの子、めちゃくちゃ可愛い。

「各務くんっ!!」
「な、なんだよ……」

 俺が勢いよく名を呼べば、放っておいてくれと言わんばかりのオーラを出しつつも素直な各務くんはちゃんと返事を返してくれる。そういう優しいところも愛おしい。

「色々気遣わせてごめん! 俺が不甲斐ないばっかりに、ずっと我慢させてたってことだよね」

 付き合ってから約一年。俺は何故もっと早く気付かなかったのだろう。いやこれからだって遅くないはずだ。

「今回誘ってもらって凄く嬉しかった」
「……ふ、ふーん、嬉しかったんだ」
「うん、嬉し過ぎて各務くんから今まで誘われたっけ? ってやっと気付いて、本当に今更でごめん」

 今、感じているこの溢れんばかりの各務くんへの気持ちを少しでも伝えたくてどうにか言葉を紡ぐ。

「……いや、別に俺が好きでやってたことだしあんたが謝ることじゃ…」
「でも、俺の態度が曖昧だったからだよね。反省する」
「……え、あ、うん」
「だからこれからは各務くんが変に気を使って我慢すること無いからね! 俺だってもっと頼ってもらいたいし、甘えてもらいたい。それにどこに遊びに行きたいとか、各務くんのこと、もっと知りたいから」
「…………」
「だから、何でも言ってね! 俺も各務くんのこと大好きだから。…………と、各務くん?」

 俺が力説していればいつの間にか各務くんは顔を手で覆い、天を仰いでいた。

「……我慢しないで、いいの?」
「もちろん。これからは何でも言ってほしい」
 
 突然一億円ほしいとか言われても困るけど、各務くんは謙虚で真面目だから突拍子も無いことや、俺に不可能なことは言ってこないはずだ。
 俺は真面目な顔で大きく頷く。

「じゃあ……遠慮しねぇから」

 いつの間にか頬の赤みもひいた各務くんが、瞳をギラつかせてうっそりと微笑む。
 この顔は知っている。最近見ることが増えた肉食獣の各務くんだ。ちなみに餌は俺。

「あ、えっと、その明日はまだ平日で……」

 各務くんの膝の上でガクブルしながらお座りしている俺の声は、あっさりと各務くんの口付けでかき消されてしまった。

「我慢しなくていいんだろ?」

 身から出た錆とはまさにこのことだ。

「うう、お手柔らかにお願いします」

 俺の泣き言に各務くんはラスボスの如く悠然と微笑むも、触れてくる手はとても優しくて暖かかった。


 年下の恋人に頼られて甘えられて我儘を言ってもらいたかったハズなのに、結局俺の方がデロデロに甘やかされている気がするのは、気のせいだと思うことにした。

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