上 下
118 / 130
第四章

110話

しおりを挟む

 状況など見たところで判る筈のない幼い俺は、大好きな兄上を発見できてきゃいきゃい喜ぶ。うん、子どもってそういうもんだよな。

「カデル!!! なんでここにっ……!! 駄目だこっちにきたら危ない! 戻るんだ!!」

 兄上は俺を森には近づけたくなかった。だからあんな置いていき方をしたのに俺が来たらびっくりするよな。小さい俺はもちろんそんな事、気付きもしない。そして戻れと言われても戻るわけもない。兄上を発見できたのだ。それになんか兄上が困っている。俺が何とかしなくちゃ! って思った。

 よいしょと立ち上がれば兄上たちの方へとてとて歩く。そんな俺に食人花の蔦が絡まってくればひょいっと空中へ持ち上げた。

「あにうえー!」

 もちろん花は俺を自分の口に運ぼうとしてるわけだが、俺は兄上たちに近づける! と、ただきゃっきゃと喜んで尻尾を振っていた。

「サテンドラ! ちがっ……オルトゥス王、お願いです! カデルを! 弟を助けてください!!」

 兄上が視線を俺から黒いローブの男に移して、掴まれていた手を逆の手で掴み花から這い出た。もちろん、あるべき部分に肉体がない。

 あの状態で、痛くなかった……んだろうか。

 食人花は確かに麻酔に似た香りを出す。それを吸うと痛みを感じない。そして獲物を花の中に咥えてゆっくり溶かして消化する。兄上は結構な時間、消化液に……浸かって……いた?

「何でもします!! 一生仕えろっていうならそうします! あ、ほら……今回は昔と同じ人狼だ! 好きにしていいから。ちょうどサテンドラに会った頃の年齢だし懐かしいでしょう?」
「あにうえ?」

 確かに、声も何もかも兄上だ。
 だけど、兄上じゃない。この人は誰だろう?

 ――… 何故か俺はそう思った。

 声をかければ兄上は、ハッと何かに気付いたように俺を見る。

「カデル……! オルトゥス王! お願いします、どうか、どうか弟を助けて!!」

 次に黒いローブの男に声をかけた兄上は兄上だった。
 よかった、と俺は思った。けどこの時俺はすでに食人花の口にポイッと放り込まれる直前だったと思う。全然よくない。そんなことに気付かない俺は青ざめる兄上がひどく辛そうで、泣きたくなった。

「……わかった」

 すごく、綺麗な声だと思った。

 兄上を器用に抱えたオルトゥス王は逆の手で俺も抱きかかえると、静かに地上に降り立つ。

 食人花は灰になり、風が吹けば細かくなって舞っていた。俺は状況が判ってないから、兄上がすぐそばにいて、手を伸ばせば届いて、それがすごく嬉しくって。

「あにうえ、いたいのいたいのとんでけー」

 俺は手を伸ばして兄上の前髪をよしよしと撫でてそのまま空に手を挙げる。兄上がよく転ぶ俺にしてくれるまじないだ。
 兄上はそんな俺の小さな手を掴むと頬擦りしてきた。

「うん……ありがとうカデル。そうだったな……俺はお前の兄だ。トライド・リベルタース」

 俺は尻尾をぶんぶんふってご機嫌である。今目の前にいるのは兄上だからだ。大好きなトライド兄上だ。

「すまなかったトライド。どうにか、したいと……私も思って……クイド達の力も借りたが……すまない。……私の呪いを、解くことができない」
「……カデル。このお兄さんも撫でてあげて」
「うんっ! いたいのいたいのとんでけっ」

 俺は兄上に言われた通りに、オルトゥス王の額を撫でて手を空に向けた。

 じっと見つめてくる赤い眼を綺麗だなって思いながら、きゃきゃっと笑った。おじさんからなんだか美味しそうな甘い匂いがするなって思って、顔をオルトゥス王にぐいぐい押し付けて尻尾を振る。

「随分と気にいられたね、オルトゥス王」
「子どもに懐かれるのは、不思議な気分だな。ねえカデル、私を見てくれるかい?」
「うん!」
 
 俺はじーっと赤い瞳を見つめる。
 綺麗だな。美味しそう。

 あの赤いキラキラを舐めたらきっと甘いんだろうなぁ、なんて思いながら俺は見つめていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケニエヒーロー青井くん

トマトふぁ之助
BL
悪の組織に屈した世界で、魔界へ人身御供に出されるヒーローの話 筋肉達磨怪人オーガ攻め(悪の組織幹部)×苦労人青年受け(中堅ヒーロー) ーーー 現在レッド編鋭意制作中です。まとまり次第投稿を再開いたします。 平日18時一話毎更新 更新再開日時未定

彼氏更生計画(失敗)

つなかん
BL
ヤンデレにただただ振り回されるだけの話。 ヤンデレ×ツンデレ

聖獣王~アダムは甘い果実~

南方まいこ
BL
 日々、慎ましく過ごすアダムの元に、神殿から助祭としての資格が送られてきた。神殿で登録を得た後、自分の町へ帰る際、乗り込んだ馬車が大規模の竜巻に巻き込まれ、アダムは越えてはいけない国境を越えてしまう。  アダムが目覚めると、そこはディガ王国と呼ばれる獣人が暮らす国だった。竜巻により上空から落ちて来たアダムは、ディガ王国を脅かす存在だと言われ処刑対象になるが、右手の刻印が聖天を示す文様だと気が付いた兵士が、この方は聖天様だと言い、聖獣王への貢ぎ物として捧げられる事になった。  竜巻に遭遇し偶然ここへ投げ出されたと、何度説明しても取り合ってもらえず。自分の家に帰りたいアダムは逃げ出そうとする。 ※私の小説で「大人向け」のタグが表示されている場合、性描写が所々に散りばめられているということになります。タグのついてない小説は、その後の二人まで性描写はありません

異世界のオークションで落札された俺は男娼となる

mamaマリナ
BL
 親の借金により俺は、ヤクザから異世界へ売られた。異世界ブルーム王国のオークションにかけられ、男娼婦館の獣人クレイに買われた。  異世界ブルーム王国では、人間は、人気で貴重らしい。そして、特に日本人は人気があり、俺は、日本円にして500億で買われたみたいだった。  俺の異世界での男娼としてのお話。    ※Rは18です

みなしご白虎が獣人異世界でしあわせになるまで

キザキ ケイ
BL
親を亡くしたアルビノの小さなトラは、異世界へ渡った────…… 気がつくと知らない場所にいた真っ白な子トラのタビトは、子ライオンのレグルスと出会い、彼が「獣人」であることを知る。 獣人はケモノとヒト両方の姿を持っていて、でも獣人は恐ろしい人間とは違うらしい。 故郷に帰りたいけれど、方法が分からず途方に暮れるタビトは、レグルスとふれあい、傷ついた心を癒やされながら共に成長していく。 しかし、珍しい見た目のタビトを狙うものが現れて────?

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

処理中です...