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第四章
110話
しおりを挟む状況など見たところで判る筈のない幼い俺は、大好きな兄上を発見できてきゃいきゃい喜ぶ。うん、子どもってそういうもんだよな。
「カデル!!! なんでここにっ……!! 駄目だこっちにきたら危ない! 戻るんだ!!」
兄上は俺を森には近づけたくなかった。だからあんな置いていき方をしたのに俺が来たらびっくりするよな。小さい俺はもちろんそんな事、気付きもしない。そして戻れと言われても戻るわけもない。兄上を発見できたのだ。それになんか兄上が困っている。俺が何とかしなくちゃ! って思った。
よいしょと立ち上がれば兄上たちの方へとてとて歩く。そんな俺に食人花の蔦が絡まってくればひょいっと空中へ持ち上げた。
「あにうえー!」
もちろん花は俺を自分の口に運ぼうとしてるわけだが、俺は兄上たちに近づける! と、ただきゃっきゃと喜んで尻尾を振っていた。
「サテンドラ! ちがっ……オルトゥス王、お願いです! カデルを! 弟を助けてください!!」
兄上が視線を俺から黒いローブの男に移して、掴まれていた手を逆の手で掴み花から這い出た。もちろん、あるべき部分に肉体がない。
あの状態で、痛くなかった……んだろうか。
食人花は確かに麻酔に似た香りを出す。それを吸うと痛みを感じない。そして獲物を花の中に咥えてゆっくり溶かして消化する。兄上は結構な時間、消化液に……浸かって……いた?
「何でもします!! 一生仕えろっていうならそうします! あ、ほら……今回は昔と同じ人狼だ! 好きにしていいから。ちょうどサテンドラに会った頃の年齢だし懐かしいでしょう?」
「あにうえ?」
確かに、声も何もかも兄上だ。
だけど、兄上じゃない。この人は誰だろう?
――… 何故か俺はそう思った。
声をかければ兄上は、ハッと何かに気付いたように俺を見る。
「カデル……! オルトゥス王! お願いします、どうか、どうか弟を助けて!!」
次に黒いローブの男に声をかけた兄上は兄上だった。
よかった、と俺は思った。けどこの時俺はすでに食人花の口にポイッと放り込まれる直前だったと思う。全然よくない。そんなことに気付かない俺は青ざめる兄上がひどく辛そうで、泣きたくなった。
「……わかった」
すごく、綺麗な声だと思った。
兄上を器用に抱えたオルトゥス王は逆の手で俺も抱きかかえると、静かに地上に降り立つ。
食人花は灰になり、風が吹けば細かくなって舞っていた。俺は状況が判ってないから、兄上がすぐそばにいて、手を伸ばせば届いて、それがすごく嬉しくって。
「あにうえ、いたいのいたいのとんでけー」
俺は手を伸ばして兄上の前髪をよしよしと撫でてそのまま空に手を挙げる。兄上がよく転ぶ俺にしてくれるまじないだ。
兄上はそんな俺の小さな手を掴むと頬擦りしてきた。
「うん……ありがとうカデル。そうだったな……俺はお前の兄だ。トライド・リベルタース」
俺は尻尾をぶんぶんふってご機嫌である。今目の前にいるのは兄上だからだ。大好きなトライド兄上だ。
「すまなかったトライド。どうにか、したいと……私も思って……クイド達の力も借りたが……すまない。……私の呪いを、解くことができない」
「……カデル。このお兄さんも撫でてあげて」
「うんっ! いたいのいたいのとんでけっ」
俺は兄上に言われた通りに、オルトゥス王の額を撫でて手を空に向けた。
じっと見つめてくる赤い眼を綺麗だなって思いながら、きゃきゃっと笑った。おじさんからなんだか美味しそうな甘い匂いがするなって思って、顔をオルトゥス王にぐいぐい押し付けて尻尾を振る。
「随分と気にいられたね、オルトゥス王」
「子どもに懐かれるのは、不思議な気分だな。ねえカデル、私を見てくれるかい?」
「うん!」
俺はじーっと赤い瞳を見つめる。
綺麗だな。美味しそう。
あの赤いキラキラを舐めたらきっと甘いんだろうなぁ、なんて思いながら俺は見つめていた。
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