上 下
111 / 130
第四章

103話

しおりを挟む

 まだ朝日も昇らぬ時間、俺はベッドから起き上がると身支度を整える。
 とりあえずサテンドラの部屋を覗いてみよう、そう思い部屋の扉に手をかけた時、小さなノック音がした。

 こんな朝なのか夜なのか判らない時間に誰だ?

 俺はそう思いつつも静かに扉を開けると、そこに立っていたのはランタンを片手にもったサテンドラだった。

「サテンドラ!! お前っ……」

 俺が声をかけようとすると、サテンドラは自分の口元に指をあてて、静かにするように身振りをする。そして俺にランタンを差し出してきた。
 俺はランタンを受け取り、サテンドラの手元が明るくなるように照らすと「まだ寝ている人もいますし、今日も仕事があるのでこのまま私の仕事場にきてください」と黒板に書いた。俺が大きく頷けば、サテンドラは微笑み歩き出す。

 サテンドラの後に続いて魔法転移の扉を通った先は温室だった。うちの屋敷にある庭園の温室よりもずっと大きいガラス張りの建物で、その中の木々の間を歩くと開けた場所に出た。

 そこには大きな作業机を囲うように戸棚があり、ランタンがいくつも置かれていて、まだ日の出前だと言うのに十分明るい。これなら確かに朝早くから夜遅くまで作業が出来るだろう。
 戸棚には乾燥した草花やいろんな色の液体が入った大小様々な瓶が置かれていて、机にはすり鉢だったりはかりだったりガラスの試験管だったり、実験や精製に使うのだろう器具が置いてあった。他にも本やノートが端に山のように積んである。

 サテンドラは俺からランタンを受け取り机に置くと、改めて俺に向き直った。
 久しぶりに見たせいか、なんだか少し雰囲気が変わった気がする。

「お前、少し痩せたか?」

 俺が思わず顔に手を伸ばせば、サテンドラは何度か瞬き、俺が触れるより前に黒板を手に取って「結構な重労働をしてましたからね」と書いて俺に見せた。

「王城ってどれだけ人手不足なんだよ。そうだ、お前ここに残るって本当なのか?」

 さりげなく避けられた気がして、俺はサテンドラに触れようとした手を下ろし、一番確認したかったことを聞いた。
 サテンドラは苦笑すると「カデルと他にも話したい事があります。お茶の準備をしますので少し待っていてください」と黒板に書いて、俺に見えるように机に置く。そして戸棚の横に置いてあった椅子を移動させれば、灰色のローブでざっとその椅子の埃をはらい机の傍に置いた。

 一脚はすでに机の傍にあったので、俺のために椅子を用意してくれたんだと気付いた。
 いつもだったら適当に座っててと言われるところだが、うちの庭園じゃないから気を使ってくれてるんだろう。
 
 まあ、うん、リベルタースに戻らない理由はきちんと聞きたいし、ちゃんと話す時間が取れるなら俺は嬉しい。

「忙しいのに悪いな。……っと、机の上、少し片付けてもいいか?」

 用意してもらった椅子に腰かけたら、ちょうど手の触れそうな位置に実験器具があった。
 これはうっかり触って倒すぞ、俺。そう思ってサテンドラに聞くと、こちらに戻ってきて黒板に「壊さないように丁寧に、よろしくお願いします」と書いて木々の向こうに消えて行った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【キスの意味なんて、知らない】

悠里
BL
大学生 同居中。 一緒に居ると穏やかで、幸せ。 友達だけど、何故か触れるだけのキスを何度もする。

花形スタァの秘密事

和泉臨音
BL
この国には花形と呼ばれる職業がある。人々を魔物から守る特務隊と人々の心を潤す歌劇団だ。 男ばかりの第三歌劇団に所属するシャクナには秘密にしていることがあった。それは幼いころ魔物から助けてくれた特務隊のイワンの大ファンだということ。新聞記事を見ては「すき」とつぶやき、二度と会うことはないと気軽に想いを寄せていた。 しかし魔物に襲われたシャクナの護衛としてイワンがつくことになり、実物のイワンが目の前に現れてしまうのだった。 ※生真面目な特務隊員×ひねくれ歌劇団員。魔物が体の中に入ったり出てきたりする表現や、戦闘したりしてるので苦手な方はご注意ください。 他サイトにも投稿しています。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

見捨てられ勇者はオーガに溺愛されて新妻になりました

おく
BL
目を覚ましたアーネストがいたのは自分たちパーティを壊滅に追い込んだ恐ろしいオーガの家だった。アーネストはなぜか白いエプロンに身を包んだオーガに朝食をふるまわれる。

処理中です...