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第三章
87話
しおりを挟む「キミの記憶通りだよ。アーニャが暴れてネストも暴れて、君が殺されかけてオルトゥスが助けた。そして僕はカデル以外の記憶を消して書き換えた」
「っ!! どうしてそんなことを?!」
俺が前のめりになると、アルトレスト伯爵はそれを避けるようにソファーに深く腰を掛ける。
「さぁ? 僕はオルトゥスに命令されたから実行しただけだねぇ。理由はわからないなぁ」
「オルトゥス王が……あの、あの日俺を助けてくれたのは間違いなくオルトゥス王、なのですよね?」
「うん、オルトゥスだね、彼はキミに貸しだとかなんとか言ってたでしょ。あとで何か頼まれるんじゃない?」
俺が、オルトゥス王に何かを頼まれる? そんな事、あるんだろうか。
俺は半信半疑で伯爵の話を聞く。でも、助けて貰ったのは俺の夢や妄想ではなかった。
「カデルは判りやすいね、そんなにオルトゥスに助けて貰ったのが嬉しい?」
アルトレスト伯爵が目を細めて見つめる先、俺は揺れる己の尻尾を鷲掴んで膝の上にそのまま手を置いた。
「……嬉しいです。あ、いや、お手を煩わせたのは嬉しくないんですけど、自分の妄想でなくて良かったなって」
「まーそうだね、城に来てからは完全に無視してるもんねぇ。カデルのこと」
そういうとアルトレスト伯爵はグラスに口をつける。
それを見ていたらなんだか俺も喉が渇いてきた気がして、受け取ったグラスの林檎酒をちょっとだけ口に含んだ。
少し苦いと感じたが、言われなければ普通の果汁と変わらない気がした。
「おいしいでしょ? 結構時間かけて作ってるんだよ。僕の管轄領の特産だけど、美味しいのは全部ウェスペルに持ってかれちゃうんだよねぇ」
再び伯爵は自身のグラスに瓶から酒を注ぐとそれを飲んだ。
まつ毛も長いしよく見れば指もとても綺麗だ。喉を鳴らして飲み込む様子に思わず魅入っていると、気付かれて視線が合う。俺は慌てて目をそらしてグラスの中身を飲んだ。
「なぁに? 僕に見惚れてたの?」
「いや、えっと……改めて見るとその、アルトレスト伯爵も他の伯爵も、オルトゥス王も綺麗だな…って思って」
「あー、そういえばさっきアイの胸見て興奮してたもんねぇ」
「???!! は??? してないです!!!」
「ダンスの時、じっくり見てたよねぇ?」
「見てないです!!!!!!!」
確かにドルミーレ伯爵とダンスしてた時、目のやり場に困って挙動不審になってたけど、そういう事じゃない。
絶対に真っ赤な顔になっているだろう俺の肩に手を回して、アルトレスト伯爵が寄りかかってくる。
「あははっ! カデルはほんと判りやすいなぁ。まぁでも仕方ないんだよねぇ。僕たちそういう風に出来てるから」
「そういう風?」
「そそ、魅力的でしょ? 簡単に言うと捕食するために好意を持ってもらえるような姿をしてるってだけ。だからカデルが僕のこと好きになっても仕方ないんだなぁ」
ふふふっとアルトレスト伯爵は優雅に笑うと、俺の唇を指で撫でてきた。
ぞわっと全身の毛が逆立つような感覚が駆け抜ける。俺は慌てて伯爵から距離を取るようにソファーの端に逃げた。
それを見た伯爵がまたひーひー言いながら大笑いをする。
「あはっ……ふふ、森の屋敷での疑問はこれで解けたよね。次は何が知りたい?」
ひとしきり笑い終われば仕切り直しと言わんばかりに、アルトレスト伯爵は優雅に微笑み視線を向けて来た。
「えっと、では、明らかに伯爵の中で人狼族って格下ですよね。なんで伯爵になれたんでしょうか?」
そう、なんで俺の一族が伯爵をやっているのか、建国から伯爵位であるアルトレスト伯爵なら知っているはずだ。
「……えぇ、キミ、そんなこと知りたいの? 残り2つしか質問できないんだよ?」
「え? はぁ、まあ、気になったので……」
俺が言うとアルトレスト伯爵は額に手を当て、小さく唸った。なんだろう、聞いちゃダメだったのかな?
「オルトゥスにちょっと同情したくなってきたけど、まあいいか。伯爵のことだっけ。それはリベルタースがアエテルヌムを作る時に尽力したからだね」
「アエテルヌムを?」
「そう、魔族の国の王はオルトゥスだけど、王にしたのは僕たち六伯爵だ。その一人が人狼のリベルタース。キミたちの先祖だよ」
「王にした……六伯爵が、オルトゥス王に魔族を従えさせる魔法を教えた……んですか?」
クリスティア姫とサテンドラと話した時の事を思い出し、ふと思ったことを口にする。
俺は何の気なしに言った言葉だったが、アルトレスト伯爵の雰囲気が一瞬だけ変わり、反射的に体が強張った。
……ほんとに一瞬だけだが、明らかな殺気を感じた。
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